ドブ板通りの雇われもの。⑦

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ドブ板通りの雇われもの。⑦

 冬の、夏とは違う強さが感じられない太陽の、しかも夕方の陽射しというもの人を心細くさせるものである。 「夕暮れ時の寂しさ。ですかねぇ」    そんなこんなで、仕事の依頼者でドブ板通り自治会仕切るを自治会長が、ちょっと近所に用事があって来たついでに寄っていき、それを見送ったあとの空を眺めながら、ついつい物思いに耽っている継ぎはぎがところどころに当てられた着物を着た男。  ロリの同居人である草野惣太郎は、住まいである貧乏長屋の牢人長屋の共同水道の蛇口の下で、米の貯まった羽釜(はがま)を据え、その中にチョロチョロ水を注ぎ米をとぎ、白く濁った水を捨て、また水を注ぎとぎ水を捨てる動作を繰り返す。 「こんなもんですかねぇ」  ボツリ(つぶや)いた惣太郎は、とぎ終え適量な水を(たた)えた羽釜を両手にもって、いそいそと自身の長屋の端っこの住まい兼事務所まで運んだ。  惣太郎ともうひとりの家人の住まいは奥行き九間、広さで言えば四畳半一間の、いつ頃から建っているのも定かでもない通称【牢人長屋】と呼ばれるオンボロ長屋。  台所兼玄関の土間に簡単には(しつら)えた、二口ある(かまど)の一口に羽釜を据え終えた惣太郎は、火口(ひぐち)に拾ってきた古新聞と薪を突っ込み火打ち石で火を着けて、中の節を飛ばした火吹竹で息を吹き込んで着火した火種(ひだね)を炎にして安定させたあと、今度は昆布を底に敷いた鍋に水を張りもうひとつの、羽釜の横の火口にトンと置き、そして真魚板(まないた)と竈横に置いてある漬物壺から糠漬けの大根を取り出して、ついでに野菜かごに取ってあった大根葉も取り出し洗って共に真魚板に並べた。  どうやら今日の夕飯は、大根葉(だいこんぱ)の味噌汁に糠漬けの大根。それに五分搗(ごぶづき)(ぬか)で少し茶色いっぽい米飯に、  そしてとっておきの、ドブ板通りのひなびた屋台の焼き鳥屋で購入した焼き鳥が四本。  町中の高級焼き鳥屋で使われる“鶏”や“軍鶏(シャモ)”とはいかないが、田畑を荒らすために山の子らに小遣いがてら駆除された野鳥を塩だけで串焼きにされた丸焼き鳥だった。
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