ドブ板通りの雇われもの。⑧

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ドブ板通りの雇われもの。⑧

 惣太郎が質素すぎる中にキラリと焼き鳥だけが光る料理を作り終え、炊飯に勤しむ働き者の羽釜の具合や火加減を(うかが)いながら、食器棚兼用の戸棚から箱膳を2つ取り出して(かまど)と背中合わせの一畳分の板間に置き、蓋を開いて中に伏せてある飯椀と汁椀と菜皿と小皿が割れたりしてないか確かめてから、古道具屋で買った壁掛け振り子時計の長針と短針を見つめ、いま何時かも確認する。  現在時刻。芙蓉皇国標準時で17:45。  あと2、30分もしたら同居人の金髪美少女が帰ってくる時間だ。それまでには炊きたてのご飯もロリさんの小さな口の咀嚼に与れる名誉を得られるだろう。 「ロリさんは働き者ですから生活助かってます。今日もこうして三度三度のご飯にありつけるのもロリさんのお陰さまです。ありがとうございます」  とある事情によって惣太郎と同居することとなった少女。(よわい)13歳の芙蓉皇国と同じ島国のオーベラル連邦王国出身の可愛いらしい金髪美少女ロリの同居人である。  そのロリさんは現在、通称“ドブ板通り”と一般的に呼ばれている港町に隣接する貧民街を取り仕切る自治会に御町内の警羅(けいら)の仕事を(うけたま)って、惣太郎ともども日給50銭で雇われ、毎日交代で1ヶ月間、昼夜2交代制で労働に励んでいた。  おかげで当面は喰うに困らない上に、自治会のご厚意で産地不明の古米だが米も一俵貰っているので、昨今高騰している主食の心配もいらないのも有り難かった。 「この仕事を引き受けて正解でしたね。いや全く助かります。ロリさん早く帰ってこないかなぁ」  まあ、あたしとの見回り交代時間まであと少しありますから、やっぱりすぐには帰っては来ないのでしょうけれど。  ガタ。 「おや?」  残念がる惣太郎の耳に異音が微かに響した。  それは閉めてある玄関の戸板からした音であり、格子に張られた接ぎ当てだらけの障子紙に、まだ帰宅予定ではない女の子然とした小さな上半身が、すっかり弱くなった陽射しに投影された風景であった。 「あらあら今日はお早いご帰還ですねぇ。お腹でも空きましたか?」  スラリ。  惣太郎の呼び掛けに応じたのか、戸板は横にスライドさせ開けられた。  だがそこにいたのは背格好はロリと同じでも、見たこともない充血した眼を左右の視線を別々に向けたみすぼらしい痩せた少女だった。
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