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ドブ板通りの雇われもの。①
陽射しの弱い夕暮どき、規則性もなく乱立する建物が並ぶ町を照らしながら、夕闇がすくすくと育っている。
暮れはすくすくに育ち、やがては枯れて紅花を散らし夕闇に変わるだろう、そんなもの寂しい、つい今日の出来事を訳もなく振り返りそうになる頃合いである。
ときに芙蓉歴。季皇四年十二月二十一日。
場所は、芙蓉皇国の政治上の首都【西京】が存在する弓状の西の島の一角の、この国を代表する軍港に隣接した港町。
十六もの主だった諸島がある、かつては大陸で現在はなにかしらの要因で円形に散らばった世にも珍しい島国家は、そのかたちを保ったまま緩やかに大海の直中を北から南へと移動している。
正しくは、北北東から北北西に動いている。
お陰で今年の春は豪雪にならない。ずっと海水浴シーズンにもならない。ちゃんとした梅の花咲き乱れ風薫る春になるのだろう。
ただ、一個の国を乗せた島々は急ぎ足で南へ南へと流れていっているがため、夏がくるのがちょっとばかり、すこしばかり早まるのだけれども。
「あらロリちゃん♪今日もみまわりかい?精がでるねぇー♪」
港町のドブ板通りと呼ばれるドヤ街の裏路地を、無表情で背筋を伸ばしてまるで行進でもするかのように歩いていた小さな異国の少女を呼び止めたのは、この界隈では珍しい肉屋を営むおかみさんだった。
「ほらこっちおいで、アツアツのコロッケ上げるから♪」
呼ばれたロリというアレな愛称を持つ透き通るような色白な肌を美少女は、肩まで伸びた美しい金髪を冷たい風にそよがせながら声のした方に顔を動かして、首をコクンと左に十二度傾けながら振り向いた。
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