合コン

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合コン

ジリリリリ……。 まだ眠っていたいけどそうもいかない。 アラームを止めて私は起き上がると、とりあえず歯を磨いて顔をあらい身も心も引き締める。 その後に昨日買っておいたサンドイッチを食べて出かける準備を始める。 その間に流れるテレビのニュース。 時間的にちょうどスポーツ関連の話題。 昨日も私の彼・片桐冬吾君は活躍していたらしい。 スペインのトップチームに入団後、すぐにレギュラーを勝ち取り切磋琢磨している。 私も負けてられない。 準備が終ると車で大学まで通う。 今日から本格的に授業が始まる。 そして私を待ち受けていたのは、熱狂的なサークルの勧誘だった。 サークルに入る意味も理由もない。 探せばあるかもしれないけど、どうせならバイトをしたい。 と、言う名目でいくつものサークルの勧誘を断っていた。 人混みの中を潜り抜けて教室に入ると一息つく。 そして始まる授業。 高校までとは全く違う専門的な科目をこなしていく。 毎時間フルに受けるわけじゃない。 自分で決めた時間割通りにこなしていく。 それが終ると大学を出てバイトに出かける。 そんな一週間を過ごしていた。 冬吾君は時差もあるのに私が家に帰る頃を見計らって通話をしてくれる。 海外に電話をかけるなんて無茶はしない。 ネットで音声チャットを楽しむ。 ビデオ通話なので冬吾君の元気な姿を見る事が出来る。 けれどそれが寂しいと思う事もあった。 モニタ越しで触れられない彼の姿にもどかしさを感じる。 だけどそれを顔に出してはいけない。 そんな淋しさを見せたら冬吾君はすぐに感じ取ってしまう。 余り負担になりたくないから必死に笑みを作る。 「浮気しちゃだめだよ」 冗談っぽく言うけど本気だった。 そのサッカーの才能もさることながら、彼は誰にでも優しく、上手く心を読み取って他人と接することができる。 誰が冬吾君に惚れてもおかしくない。 実際毎日ファンが押し寄せるらしい。 「僕には瞳子だけだから」 その言葉を糧だけに今日を生きていく。 するとスマホが鳴った。 こんな時間に誰だろう? 「ごめん、冬吾君。電話が入ったみたい」 「分かった。ゆっくり休んでね」 冬吾君との通話を止めるとスマホを見る。 友達の赤西冴からだった。 「もしもし?」 「あ、瞳子。冬吾君と通話してた?」 「まあね」 「ごめんね。ちょっと急用があってさ。瞳子明日バイトないよね?」 週末は極力バイトを入れないようにしてる。 最初から飛ばすと続かないからと先輩から聞いていたから。 「大丈夫だけど、どうしたの?」 「夜空いてないかな?ちょっと女子が足りないから探してたんだよね」 夜? 女子が足りない。 なんとなく察しがついた。 「私飲めないよ?未成年だし」 「大丈夫。ソフトドリンクでいいから。会費も男子が負担するって言ってるし」 「冴、私には彼氏いるんだけど?」 ていうか冴にもいるでしょ。 「固い事抜きにしてさ。たまには息抜きしようよ。どうせ誠司たちだって羽目はずしてるんだろうし」 まあ、誠司君ならそうだろうね。 「ちゃんと瞳子には彼氏いるって言ってあるから。ただの人数あわせでいいから!」 それって人数あわせにもなってない気がするんだけど……。 まあ、そういう友達付き合いも必要だと聞いていた。 他の大学にまで交遊関係を持つ理由にはならない気がするんだけど。 「わかった。何時に行けばいい?」 「ありがとう!19時に地元駅にお願い!」 それで冴との電話は終わった。 あんまり好きじゃないんだけどな。 でも仕方ないか。 翌日私は家を出ると大学前駅から電車に乗って移動する。 大学生になって一人暮らしを始めた。 新居は駅から5分という立地条件だけは良い場所。 家賃から察するくらいの古いワンルームマンション。 車で行っても良いけど、冴は飲まなくても良いと言ってたけど万が一もある。 代行なんて頼んでたらお金がいくらあっても足りない。 予防策として電車で向かう事にした。 地元駅まで付くと冴にメッセージを送る。 宗麟像前で待っているそうだ。 そこに向かうと確かにそれっぽい集団がいて、その中に冴がいた。 冴も私をみつけたらしく、手を振っている。 当たり前だけど冴以外の人はだれ一人として知らない。 自己紹介をしながら時間を潰して、そして1次会の居酒屋に向かう。 冴は私の事情は話してあると言っていたけど、私を見て声をかけてくる男性は沢山いる。 酒の勢いもあるのだろうけど。 そしてやっぱりしきりに酒を勧めてくる。 そんな中で彼は違っていた。 「彼女困ってるだろ。やめとけ」 そう言って私の代わりに断ってくれる人がいた。 「ありがとう」 一応礼を言っておいた。 「気にしないでいいよ。君一人で来たの?」 「うん、友達……冴に人数あわせに誘われて」 「なるほどね。あ、俺江口劉生。別府大学の1年生。君は?」 「中山瞳子。今年から地元大学に通ってる」 上手くかばってくれたと思ったけど、結局私は口説かれているんじゃないか? 「へえ、彼氏とかいるの?」 やっぱり。 「いるよ、今は日本にいないけど」 「それって寂しいんだじゃない?」 「毎日連絡してくれるから」 「彼氏って社会人?どこの国にいるの?」 「サッカー選手。今はスペインで活躍してる」 「へ?それってまさか……」 彼もサッカーは詳しいのだろうか? 別に言っても信じてくれないだろうなと思ったけど冴が横から割って入ってきた。 「瞳子はやめておいた方がいいよ、相手が違い過ぎる。あの片桐冬吾君なんだから」 「マジで!?」 大げさにリアクションを取られるほど地元で知らない人を探す方が難しいくらい有名な冬吾君だった。 なんせ高校時代から日本代表に選ばれるほどの人物なんだから。 しかしここはお酒の入った人ばかり、誰もまともに受け止めるわけがない。 「瞳子ちゃんサッカーファンなんだ?片桐の追っかけしてるの?」 ほらね。 ここでムキになるのも馬鹿馬鹿しい。 高校の時からずっと繰り返してきた事だから。 話題を変えてみる事にする。 「江口君は彼女いないの?」 「あはは~彼女県外の大学に行くって言ってサヨナラだよ。遠距離なんて無理だからってさ」 遠距離なんて無理。 よく言われる事。 それを聞くたびに不安になる。 だけど冬吾君を信じるしか私にはできない。 あまりそういう話を聞きたくないし、江口君の話に乗せられる自分が怖い。 でも、他に誰か知り合いがいるわけでもなく、……ってさっきまで隣にいた冴はどこに行ったんだろう? 普通に隣にいた。 その隣にはさっきまでいた人とは違う褐色の肌の人と楽しく話してる。 様子を見てるとスマホを取り出して連絡先まで交換している様だ。 そんな物なんだろうか? 確かに友達を作るのはごく普通の事だけど異性と連絡先を気軽に交換するのは何か間違ってる気がする。 冴は誠司君に悪いと思わないのだろうか? そんな事を考えながら冴たちを見てると冴は私に気づいた。 「あ、瞳子。紹介するね。比嘉建人君。彼沖縄から来たんだって!かっこよくない?」 冴は嬉しそうに隣にいた男性を紹介してくれた。 「初めまして、中山瞳子ちゃん?よろしくね」 彼はそう言って握手を求めてきた。 場の空気を悪くするわけにもいかずに握手に応じる。 すると冴と反対側にいた江口君が私の肩に触れると、私はびくっと身体を震わせる。 「瞳子ちゃん、俺達も連絡先交換しない?こういう集まりある時便利でしょ?俺車あるから迎えに行けるよ?」 「わ、私も車持ってるから大丈夫」 それに何度も来ないといけないグループなの? そもそも私は人数あわせに来ただけなのに。 私は悩んだ。 冷静に断るべきか、この場の空気を読んで教えておいてそっとブロックしてしまえばいいのか? こんな時の為に冴がいるんじゃないのか? 私は冴を見る。 「だめだよ~瞳子には付き合ってる人いるんだから」 「ただのファンじゃないの?」 「……証拠見せたら納得する?」 冴はそう言って自分のスマホを操作して写真を見せた。 私と冴と冬吾君と誠司君の4人で撮った写真。 それを見て江口君の表情が変わった。 「……マジなの?」 私は無言で頷いた。 これで諦めてくれるよね? しかし江口君は諦めなかった。 「いや、無理っしょ!だって片桐選手今スペインでしょ?遠距離にも程があるって」 「でも冴だって誠司君と付き合ってるんだよ?」 誠司君もイタリアだよ? 「だから冴ちゃんは別の彼氏探してるんでしょ?」 え?そうだったの? 「別に本気になるかは分からないけどね。まあ、遊ぶくらい誠司だってやってるだろうし」 冴がとんでもない事を言い出した。 寝耳に水とはまさにこの事を言うのか? 「じゃあさ、俺ともとりあえず友達からってことでいいから。一人で大学生活やっていても楽しくないでしょ。片桐選手だってきっと今頃……」 「いい加減にして!!」 我慢できなくなった私は思わず立ち上がって叫んでいた。 皆が静まり返る。 「お、落ちついて瞳子」 冴が宥めようとするけど、これ以上この男と話したくない。 これだからこういうのは嫌いだったんだ。 「私もう帰る」 「ちょ、ちょっと瞳子!」 冴の制止を振り切り私は店を出た。 追って来たのは冴だけじゃない。江口君も一緒だった。 「ご、ごめん。なんか気に障った事言ったなら謝るよ。とりあえず店に戻ろう?」 「お構いなく!」 「じゃ、じゃあ送るよ。どこに住んでるの?」 この期に及んで住所まで聞き出そうってつもりか? 「電車あるんで大丈夫です。駅から近いし」 余計な情報はなるべく与えたくない。 このままホームまで付いてこられたら私が大学駅周辺に住んでることがバレてしまう。 落ち着け。 「私はもう今後江口君に会う事は無い。だから連絡先を教える必要もない」 「それでも夜道を一人で歩くのは危険だよ」 今一番危険なのは江口君だ。 幸い地元駅のそばには交番がある。 「このままついて来るなら交番に駆け込みますよ?」 私は落ち着いてそう言うと、ようやく江口君が諦めたようだ。 「瞳子ごめん!あとでメッセージ送るから」 冴はそう言って江口君と一緒に居酒屋に戻っていった。 私は電車に乗って家に帰る。 窓に映る景色をボーっと見ながら左手の薬指にはめられた指輪を見つめて、ふとあの日の事を思い出していた。 それは冬吾君がスペインへ発つ当日の記憶。
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