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少女
試合前の軽い調整をしていた。
そして白いワンピースを着て、同じく白い帽子を被った女性を見ていた。
まただ。
シーズンが始まって、俺がチームと合流して以来毎日練習を見に来てる。
ファンは沢山いたけど、その中でも彼女はまるでサッカーになんか興味なさそうに見てた。
とても不思議な女性だ。
そんな彼女に見とれていると「集中しろ」とコーチに怒られる。
「女なんか見てる余裕があるんだな」と絡んでくるのはチームメイトのアンドレア。
アンドレアからレギュラーを奪いとってから何かとつけて絡んでくる。
「まあ、セイジだって年頃の男なんだ。色気づくのもしょうがないだろ」
そう言って俺の肩を持つのがキャプテンのアントニオ。
日本の文化に興味があるらしくて、日本語を教える代わりにイタリア語を教わった。
日常生活でも何かとお世話になってる。
「またあの子を見てたのか?」
「まあね」
サッカーに興味なさそうなのにサッカーの練習を見に来る。
不思議な少女。
興味を持たないわけがない。
「あの子はちょっと訳ありなんだよ」
アントニオが教えてくれた。
彼女の名前はパオラ・アルマーニ。
兄はこのチームのエースだった。
足の故障で選手生命を絶たれた。
サッカーに人生を捧げていた彼は人生に絶望し、そして失踪した。
それ以来訪れるようになったそうだ。
いつかまた戻ってくるかもしれない。
そんな事を考えているのかもしれない。
「パオラの事気になるのか?」
「まあね……」
「よし、俺に任せろ!」
アントニオはそう言った。
練習を終えて各々の時間を過ごして試合に臨む。
俺のライバルにはアンドレアというライバルがいる。
無様なプレイをしたら即交代だ。
一瞬たりとも気が抜けない。
試合に勝つと皆で盛り上がるのだが今日は違う。
「ついてこい」
アントニオがそう言うと言った先はパブだった。
そこにはチームのファンの女性とあの子がいた。
アントニオが手配したらしい。
「ここんところお前大活躍だからな。その褒美だ」
アンドレアはそう言って笑っていた。
俺は入ってすぐに結果を出した、期待の新人。
ファンは俺にサインを求める。
そんな中パオラは一人でつまらなさそうにしていた。
俺はパオラの隣に座った。
「ちょっと疲れた、ここで休んでもいいかな?」
「……別にいいけど」
パオラに許可をもらうとテーブルにつく。
先に話を始めたのはパオラだった。
「サッカーて楽しい?」
「まあ、しんどい部分もあるけど楽しいよ」
「……下らない。たった一度の挫折で人生を狂わせてしまうかもしれないのに」
パオラはそんな目で見ていたのか。
「じゃあ、どうしていつも練習を見に来るの」
「……兄を探してるだけ」
話はアントニオに聞いた通りだった。
手がかりがサッカーしかない以上仕方ないとパオラは言った。
「もう一つ質問していいかな?」
「……何?」
「練習中俺の事を見ているのは気のせいかな?」
彼女の視線がいつも気になっていた。
「……あんたの背番号が、兄と一緒だったから」
俺の背番号は24番だった。
そっか、そんな理由か。
そんな風にパオラと話をしているとふと時計を見る。
しまった。
もうこんな時間だったか。
「ちょっとごめん」
そう言って店を出て冴にメッセージを送る。
冴は今日も返事が無かった。
冬吾に聞いても見当がつかないらしい。
何かあったんだろうか?
「誰と電話してたの?」
振り返るとパオラがいた。
「ああ、日本に残した彼女にメッセージを送ったんだ」
ここのところ返事が返ってこないけど、きっと大学が忙しいんだろうと話す。
それを聞いたパオラは鼻で笑った。
「そんなのあなたがサッカーに夢中になって遠い国からわざわざサッカーをしに来て、置いてけぼりにされて愛想を尽かされただけじゃない」
一番考えたくないことを的確についてきた。
「それは無いよ。日本を発つときに気持ちを確かめ合ったから」
「だったらどうして連絡とれないの?」
「それは……」
言葉に詰まってしまった。
「サッカーって大っ嫌い。する人ももっと嫌い。サッカーの事ばっかり考えて家族や愛する人の事を全然考えない」
サッカーに夢中になってる間、そういう人たちの事を考えているのか。
俺は何も言い返せなかった。
パオラは自分の兄の事を言っているのだろうか?
「全く考えてないわけじゃない。ちゃんといつも想ってる」
「それは、たまにでしょ?普段はサッカーの事しか考えてない」
「それは別にサッカーだけの話じゃないだろ?」
仕事してる人だって仕事の事しか考えていないはず。
サッカーだって仕事に変わりない。
結果を出せなきゃ生き残れない。
他の事なんて考えてる暇はない。
「じゃあ、どうしてイタリアに来たのよ?」
日本でやってればいいじゃない。
どうしてわざわざ彼女から離れる真似をしたの?
パオラはそう問いかける。
「少しでも高みを目指したかったから」
レベルアップしないと最終目的のA代表なんて無理だ。
今頃冬吾や隼人だって頑張ってるはず。
「それが問題なの!彼女の事大事にしてない証拠じゃない」
「何話してるの?」
アントニオがやってきた。
「……なんでもない」
パオラはそう言って店に戻っていった。
「パオラは今でもサッカーを憎んでる。尊敬する兄を絶望の底に叩き落した元凶だから」
アントニオはパオラの背中を見ながら話してくれた。
サッカーと冴。
俺はいつの間にか秤にかけてサッカーを選んでいた。
その結果冴を置き去りにしてしまった。
冴は俺がサッカーを選んだと思っているのだろうか?
永遠の愛。
離れても変わらない想い。
そんなのは幻でしかないのだろうか?
俺がサッカーをしている間冴はどんな気持ちだったのだろう?
そんな事パオラに言われるまで考えてもいなかった。
その時初めて冴との関係に危機感を覚えていた。
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