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一夜
「じゃあ、明日のキャンプの成功を祈って乾杯！」
幹事の人が言うと宴の始まり。
私の席には建人と劉生と佐々木芹葉の４人だった。
瞳子は今日は来ていない。
「別府までは無理」と言われたらしょうがない。
その代わり明日からのキャンプには参加するらしい。
瞳子がいなくて落ち込んでいる劉生を皆で慰めてた。
「明日頑張れよ」と建人は言うけど、私は「瞳子は諦めた方がいいよ」と思った。
瞳子は私と違って一途だ。
しかも相手はサッカーの一流選手の上に上手く瞳子の心を上手く慰めてやることができる。
サッカーの一流選手なのは私の彼の多田誠司も一緒だけど、私と瞳子に違いがある。
瞳子は一途だけど私にはとてもじゃないけどビデオ通話だけでなんて無理。
だけど誠司の事が嫌いなわけではない。
好きな気持ちだって残ってる。
それでも寂しさを紛らわす何かが必要だった。
そんな時に建人と出会った。
高校の卒業旅行に行った、憧れの沖縄から来た男性。
彼は沖縄の事を色々教えてくれる。
その話を聞いてるだけで退屈しない。
しかも価値観も似ていた。
恋人なんてシガラミに捕らわれない自由な関係。
ただの友達という枠に収まっていた。
建人がどう考えているかは聞いたことがないけど、私にとっては都合のいい相手だった。
「私彼氏いるんだけど」
「別にいいよ、そんなつもりないし。ただ一人で寂しそうだったから」
そう言って声をかけてくれた。
私の立場は建人の甘えているだけという人もいるかもしれない。
それでも私には建人が必要だった。
「中山さんだってそのうち冷めるよ。だって一年に数日帰れるかわからないんだろ？」
ネットだけの恋愛なんて幻想でしか過ぎない。
実際に会えなければ心が疲れてしまう。
寂しいのは心だけの年代は過ぎた。
体だって温もりを求めてしまう。
それが建人の見解。
理想を求めすぎるあまりに、現実に疲れてしまうだろう。
今の私の様に。
瞳子がどう思ってるのか知らないけど、私は寂しい。
寒い夜を一人で過ごすなんて無理。
別に交際したから結婚まで同じ人とは限らない。
私は将来沖縄で暮らしたい。
そのくらい沖縄に憧れていた。
知らず知らずのうちに建人を求めていたのかもしれない。
運命は誠司ではなく建人を選択した。
ただ誠司の事が忘れられずにいるだけ。
それはこうやって皆で騒いでいる時にその悲しい現実から逃れるしかなかった。
「でさ。冴はどうなの？建人に乗り換えるの？」
芹葉が聞いてきた。
私は言葉に詰まった。
どう返したらいいのだろう？
「俺と冴はそんな関係じゃないから」
爽やかに答える建人に胸が痛む。
「そうだよね、やっぱり相手はスター選手だもんね」
芹葉は納得していた。
多田誠司。
イタリアのミラノのチームで活躍するスター選手。
鳴り物入りでデビューを果たし活躍している。
幼稚園の頃からの幼馴染。
いや、恋人と言った方がいいのだろう。
彼は小学生の頃から地元サッカーチームのジュニアで活躍し、日本代表のU-15にも合流している。
そのままジュニアユース、ユースと活躍していた。
その間私は置き去りにされたまま。
もちろん、マメに連絡はくれていたけど、それで満足できるような私じゃなかった。
そして高校を卒業すると同時にイタリアへ行く。
その後私は建人に会う。
大学のサークルで遊んでいて夢中で楽しんでいた時に誠司から着信があった。
「何してたの？」
誠司にそう聞かれるのが怖くて、誠司との連絡を避けるようになった。
一度転がったら二度と戻れない。
これから私はどうしたらいいか分からなくなっていた。
「冴、大丈夫？」
いつの間にか考え込んでいたようだ。
建人が私に聞いてきた。
「ご、ごめん。ちょっと考え事してた。どうしたの？」
「いや、今日も泊ってくんだろ？」
「うん、そのつもり」
1人で部屋にいるのも寂しいから。
遊べる夜は徹夜で騒ぐか建人と夜を過ごすかのどっちかだった。
誠司に対して遠慮しているのかどうかはわからないけど、建人とは肉体関係はなかった。
建人も私の心情を察してくれているのか求めてくることはなかった。
「でも冴大丈夫？一日くらい実家に帰った方が良いんじゃない？」
「それはいつも週末は実家に帰ってるから」
連休くらい帰らなくても問題ないはず。
「冴さ、もう建人に乗り換えたら？荷が重すぎるでしょ」
芹葉の言う通りだ。
イタリアと日本の間での恋愛。
相手はサッカーのスター選手。
確かに普通の女子大生の手に終える相手じゃない。
私の不祥事が誠司の足を引っ張る事もあり得る。
そんな事は分かってる。
「そう言う感情って他人が押し付けるものじゃないと思う」
建人が私を擁護してくれる。
「それおかしくない？劉生には頑張れで、冴には押し付けるなって」
「普通だよ。劉生が中山さんに本気なら頑張れとしか言えないっしょ？」
論理的にはあってると思う。
でも何もしてくれない建人は優しい様に見えて実は冷たいんじゃないのか？
「えーと、宴もたけなわですが」
感じが飲み会の終了を告げる。
いつもならこのまま2次会へと行くのだけど明日は朝からキャンプの準備だ。
私たちは解散した。
別府駅に向かって歩いてそして電車で一駅移動。
大学駅前で降りて坂を上ったところに建人の家はある。
一々荷物を運ぶのが面倒なので大体の着替え等は建人の家に置いてある。
シャワーを借りると座ってドリンクを飲みながら建人とテレビを見ていた。
「……悩んでる？」
建人が突然聞いていた。
「……まあね」
こんな関係がいつまでも許されるとも思えない。
それにこれがスキャンダルにならない保証はない。
私自身いい加減決断する時が来たのかもしれない。
無意識のうちにネックレスを外していた。
それは誠司がイタリアに渡る際にくれたプレゼント。
それを見て建人は私に言う。
「それが冴の答え？」
私は黙ってそれをゴミ箱の中に投げ捨てていた。
さよなら、今日までの私。
これから私はどうなるのだろう？
不安と悲しみが私の中に積もり積もってくる。
涙になって今私に呼びかける。
約束は果たせない。
ごめんなさい。
突然泣き出す私をやさしく抱いてくれる建人。
建人の優しさに触れた。
こうなるのを予見していたんだ。
その時に私を支えられるように待っていてくれていたんだ。
私は無意識のうちに建人に抱きついてた。
建人の顔を見上げて目を閉じる。
「本当にいいの？」
冴はそう言うの好き好んでるようじゃなかったはずだけど？
実際に肉体関係をもったりそういうのはあまり好きじゃない。
けど今日の私はどうかしてる。
無性に建人を求めていた。
「わかったよ」
そう言って建人は私を受け入れてくれた。
何度も建人と夜を過ごして来たけど、初めての夜だった。
朝になると服を着て朝食を作ってやる。
その間に建人は車にキャンプ用具を積んでいた。
朝食を食べると準備をして集合地点に向かう。
「……今度ネックレスを買いに行かないか？」
おそろいのネックレス。
「わかった」
「で、いつ彼に伝えるの？」
今はシーズン中。
誠司を動揺させるような真似はしたくない。
でも時間が経てば経つほど言いづらくなるよと建人は言う。
「気持ちの整理をしてから伝える」
その前に瞳子にも説明しないといけないな。
憂鬱な行楽シーズンの始まりだった。
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