5人が本棚に入れています
本棚に追加
寒い夜も
こんこん。
誰かが窓ガラスを叩いている。
私は目を覚ますとドアガラスを見る。
建人さんがいた。
ウィンドウを開けると建人さんが言った。
「ちょっと散歩でもしない?」
「……冴は?」
「まだ寝てる、それに冴には聞かせたくない話だから」
誠実そうな人だと思ったけどそうでもないのだろうか?
訝しげに建人さんを見てると、建人さんは私が何を考えているのか分かったみたいだ。
「あ、そういう話じゃないから。ちょっと冴の事で話があってさ」
冴の事?
何かあるんだろうか?
私は背もたれを起こすとドアを開けて外に出る。
他の皆は寝ている様だ。
「よく眠れた?」
そんなはずがない。
車の中で寝ていたんだ。
それも軽四の運転席でだ。
まだ霧が出ている。
とりあえず顔を洗わないとと思ったけど、後でもいっか。
辺りは静まり返っていた。
私は建人さんの後をついていく。
人気のない散策路。
ここでいきなり押し倒すとかは、江口君じゃないから大丈夫だろう。
「冴の事って何ですか?」
無言に耐えられなくて私の方から話を切り出してみた。
「冴の友達だそうだね」
「そうですけど」
「冴の高校生活ってどうだった?」
そんな話?
冴から聞けばいいじゃない。
あ、誠司君の話をしたくないから避けていたのかな?
そう思うと少しためらったけど、なるべく誠司君の事は伏せておいて、冴の話をした。
普通の女子高生だ。
違うのは恋人がサッカー選手で放課後は殆ど私と遊んでるだけ。
私も冬吾君はサッカーの練習で忙しいから一人で暇してたから。
それをただ聞いてるだけの建人さん。
「そっか……」
最後まで私の話を聞いて一人で納得している。
「建人さんから話があるんじゃなかったんですか?」
「そうだね、先に言うね。あまり冴を責めないでやってほしい」
私が冴の親友なのは冴から聞いている。
でもその私から責められたら冴は孤立してしまう。
だから責めないでほしい。
「それは、冴の彼氏だから言える事なのでは?」
私は誠司君の事も知ってる。
そんな誠司君に悪いと思わないのか?
「冴は悩んでた。ようやく答えを出したみたいだけど」
それで建人さんと寝た?
誠司君の気持ちはどうするの?
すると建人さんは話を始めた。
冴は別府に越してきて孤立した。
別府大学に進学する友達なんて皆無だったのだから仕方ない。
頼りになるのは異国の地にいる誠司君。
だけど誠司君に要らぬ心配をかけたくない。
1人で悩んで頼るあてもなくふらふらとしているところに建人さんと知り合った。
建人さんもまた沖縄から出てきて特に親しい人もいなくて途方に暮れていた。
冴はもともと沖縄に憧れていたのですぐに打ち解けた。
打ち解けたから自分の気持ちをさらけ出した。
冴は気づいていないのか、気づかないようにしていたのか分からないけど建人さんを頼っていた。
それってもうすでに冴は建人さんを好きになっていたのではないか?
だけど冴には誠司君がいる。
誠司君をあっさり捨ててしまう自分が許せない。
矛盾した思いが冴を苦しめていた。
建人さんもそんな冴にしてやれるのは自分を頼ってくる冴をただ支えてあげるだけ。
「友達なら問題ないだろ?」
冴の苦しみを和らげる魔法の言葉。
でも和らげるだけで冴の心を蝕んでいく心の闇を食い止める事はできなかった。
どうして人は愛を知ると孤独になるのだろう?
誰もがこんなに孤独になるのだろう?
暗闇よりも深い苦しみを誰が抱きしめてくれるのだろう?
何時私は輝ける?
恋の終わりの予感。
あんなに澄んでいたときめきを捨ててしまえるの?
寒い夜を一人で耐え続けることなどできない。
今は遠い思い出。
そして残酷な現実。
時計の針も違う場所を指している二人。
何処にも居場所さえなかった冴。
傷ついた羽を癒してくれたのは誠司君ではなくて建人さん。
どんな言葉でも良かった。
もう、冴は誠司と同じ想いは描いていない。
建人さんと同じ想いを描いている。
誰も冴を責める事は出来ない。
冴はずっと悩んでいた。
そしてようやく居場所を見つけた。
そこに誠司君はいない。
冴は誠司君との別れを決めたんだ。
それは許される行為じゃないかもしれない。
だけど私だけは冴を許してやって欲しいと建人さんは言う。
正直複雑だった。
誠司君はどうなるの?
誠司君に帰る場所はあるの?
「……きっと冴はいつか自分で誠司君に伝える時が来るよ」
だって、冴は恋の終わりを知ったのだから。
恋の終わりは新しい恋の始まり。
だから今は傷ついた羽を癒す時間を与えてやって欲しい。
「恋の終わりってさ、告げられる方も苦しいけどそれ以上に告げる方も苦しいんだ」
それは建人さんが良く知っているそうだ。
なぜなら建人さんもまた沖縄を発つ際に恋人に別れを告げたのだから。
離れていて会う事も出来ずに辛い思いをするくらいなら、呪縛から解放して新しい彼を探す機会を与えてやったほうがいい。
建人さんはそう決断したらしい。
どんなに暗いトンネルもいつかは抜けるのだから。
「だから今は見守ってやってほしい。きっと冴は自分で飛び立つ時がくる」
その時まで建人さんが見守っていると建人さんが言う。
私は反論できなかった。
もう冴の中に誠司君がいないならいっそのこと切ってしまった方がいい。
丸い刃で切りつけた傷はなお痛いのだから。
「……わかりました」
冴の気持ちも、冴を想う建人さんの気持ちも理解してしまった。
後は2人で解決するしかない。
私が介入する隙間なんてないんだ。
「ありがとう。こっちにいる間は冴の事は俺に任せてもらっていい」
「お願いします」
私には冴に何一つしてやれなかった。
何一つ気づいてやれなかった。
ただ冴を責めていただけ。
話が終る頃私達はテントに戻っていた。
朝食の準備を始めているらしい。
「建人!瞳子と何をしていたの!」
「ちょっと話をしていただけだよ」
「瞳子と話?」
冴は私を見る。
私は作り笑いを浮かべていた。
「建人さんは誰よりも冴を愛しているって話を聞いてただけ」
「ちょっと!瞳子に変な事吹き込んでないよね!?」
「してないよ」
そんな二人のやりとりを羨ましく思う。
私には当分の間出来ない事なのだから。
建人さんの言う通り今は冴を見守るようにしよう。
少なくとも今の冴の笑顔は建人さんがもたらしたものなのだから。
建人さんがいる限り冴は寒い夜も平気だろう。
それは建人さんだけが出来る事。
「あ、瞳子ちゃん!建人、お前冴ちゃんがいるのに何抜け駆けしてるんだよ!」
江口君がやってきた。
「瞳子ちゃん、建人と何話してたの?」
「答える義務はない」
そう言って朝食の準備を手伝う。
私にだって寒い夜は来る。
でもどんなに寒い夜も信じてる。
ただ私を想っていてくれる冬吾君を。
最初のコメントを投稿しよう!