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ああ、と思い当たった。昨年、引っ越しの手伝いのあと、市内のデパートで彼女の靴を買った。柔らかいベージュ色のパンプスだったと思う。
彼女は喜んで、店から履いて帰ることにし、俺は軽い空箱の入った袋を持った。
軽い荷物だな、と思いながら冷たい春夜風の吹く坂道を、彼女の足元を眺めながら後ろからついていった。
もはや、遠い記憶になっていた。
まさか、いま箱が出てくるとは。
結局、箱の中にライターは無く、
「ごめんね。キャンドル無しで、食べようか」
とやや力なく彼女は言った。
「買ってくるよ」
俺が立ち上がり、玄関へ続くドアを開けると、彼女が後ろに立つ気配がした。
「一緒に行くよ。一緒にいたい」
薄手のコートを手に持っている。
手をつないで大通りのコンビニへ行き、ライターを買った。
限られた時間の中で、何をしているのだろう、と思う反面、何度でも繰り返したいような気持ちで歩いた。
泣きそうになるのは、なぜだろう。
ところどころに花の香のする、冷えた空気のせいなのか、それとも藍色の空に光る金星のせいなのか。
坂道を上がって、
「ただいま」
「ただいま」
それぞれ言って、靴を脱ぐ。
クローゼットは半開きのまま、中の品々も出しっぱなしのままで時を止めていた。
ライターの炎は親指を焦がしたけれど、無事に小さく丸いキャンドルを灯した。
電気を消すと、その小さな光では、ほとんど手探りで食事をするしかなかった。
暗いね、と笑い合い、なんだか寒いような気もして、肩を寄せる。
「ねえ、どうすれば私たち、一緒にいられるようになると思う?」
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