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「え、こんな扇風機、持ってたの」
黒くて、細長い楕円形の穴から風が出る、羽のないタイプだ。
「うん」
悪い? と言わんばかりに髪を振りながら、彼女がこちらを向く。
同時に、剥き出しのベニヤ板の匂いが鼻をつく。
「夏、使ってた?」
「残暑が厳しくて、九月に買ったの」
「知らなかったな」
俺は、そっと扇風機の頭部に手をかけ、もう一度辺りを見回した。彼女の所有物で自分が初めて目にするのは、この扇風機だけだろうか?
そんなわけはなかった。
ピンクのヨガマット、ブーメラン形の美容器具、展覧会の図録、ユニコーンのぬいぐるみ。
どれも、話題にあがったこともなければ、この部屋で取り出されたこともなかった。
仙台へ越してきた時には恐らく存在しなかった見知らぬ品々は、ぴりりと、わずかに胸を苛んだ。
別にいいじゃないか、彼女の生活のなかで、どんなに物が増えようと。
自分は彼女を監視したいわけじゃない。
そう思おうとしたけど、上手くいかなかった。
どうして、俺は知らぬままの日々を、ずっと許して来れたのだろう。
「私がマンモスだったら、自然に朽ち果てたいけどねえ」
彼女の意識に、やっと先程の俺の台詞が届いたようだった。
「それは無理。永久凍土の中だから、微生物に分解されないんだ」
「ちょっと可哀想」
あ、ここかな、と彼女は小ぶりの赤い箱に手をかけた。彼女の身幅より少し小さなくらいのその箱には見覚えがあったけれど、何の箱だったか瞬時には思い出せない。
彼女はクローゼットに背を向けて膝をつき、その箱を揺すった。ガラガラ、と硬質な音がする。
蓋を開けようとする彼女に、
「それ、何の箱だっけ」
と尋ねた。
「靴の箱。買ってくれたやつだよ」
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