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ライター・恋人・扇風機
どこかにあるはず、と彼女は立ち上がって、白いクローゼットの扉を開けた。
待ち望んでいた再会のひとときなのに、こんな手続きめいたことが必要になるなんて、現実だなあ、と考える。
彼女と俺は遠距離恋愛をしている。
遠距離、といっても、俺が東京、彼女が仙台だから、こうして月に一度は欠かさず逢瀬を重ねてきた。
離れ離れになった昨春から、1年が経つ。
どうして続いたんだろうね、とお互い首をひねりつつも、今日は彼女の部屋で祝杯を交わすことになった。
ダイニングテーブルの上には手料理をならべ、特別な気分になりたいからと、小さなキャンドルを出したものの、火をつける道具がないことに気が付いた。
「夏に蚊取り線香をつけたから、どこかにあるよ」
と繰り返し、彼女はいくつかの段ボール箱を引っ張り出しながら、薄暗いクローゼットの奥へ、もがく様に腕を伸ばしている。
「別に、キャンドルは無くてもいいんじゃない」
ポニーテールのうなじに声を掛ける。
「待って。絶対あるから」
収納術の成す技なのか、単身者向け1DKの備え付けスペースに入りそうな量をはるかに超えた物が、そこには詰まっていた。ライターもきっとあるだろう。あるだろうけれど、到達までにまだ時間がかかりそうだった。
俺は軽い疲労のせいで、傍観者になりつつあった。
「サハ共和国って、知ってる?」
マンモスがよく発掘されるロシア連邦の国を連想して、また後ろから声を掛けてみる。
「マンモスの墓場って言われてて、掘ると必ずマンモスが出てくる谷があるんだ」
「なに、それ」
返答に力を込めながら、下段にあった扇風機がぐい、と押し出された。
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