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「俺が殺される時どんなに辛かったか、わかるか?体の色んなところを潰されて、絶望しか無くなって。お前と友達になったこと、心から悔やんだんだぞ」
ルークの顔が崩れていく。
海みたいに綺麗な目も、甘いもののにおいに敏感だった鼻も、優しい言葉をかけてくれる口も。
全部焼けて爛れて潰れていく。
「ラスカルお前、俺がいないでも幸せになってもいいかな、なんて思ってなかったか?俺がそんなこと望んでると思ってたのか?」
「…………そ、そんな事ないよ」
「キース・アンダーソン。あいつに絆されて、俺を放って勝手にひとりで幸せになろうとしただろ」
「……ッッ……!」
見透かされてる。ぼくの考えていたこと、すべて。
顔をぐちゃぐちゃに崩れさせながらも静かに微笑むルークに、心が揺さぶられる。
「違うよ。俺は、俺だけいなくなった世界でラスカルが幸せなのよりも、俺も一緒にいる世界がよかったんだ」
ほとんど恨み節に近いそれの意味が理解できないほど、ぼくは子供じゃあない。
ルークは、ぼくが憎いのだ。それはそうだろう。
ぼくを助けようとしなければ、ルークは今も元気に生きていたはずだから。
夢だと語っていた時計職人にもなっていたろう。
「……そっかぁ」
緩やかに感じ取れるルークからの憎しみに、安堵を覚えた。
何となく、彼はぼくを縛り付けたいのだと思えた。
彼は、ぼくの唯一無二。言い換えるならば神様だ。
どんな理由であれ神様に執着され、縛ってもらえるなら、こんな嬉しいことはない。
もちろん悲しくもあるけれど、仕方ない。
むしろルークの本当の気持ちが聞けて本望だ。
「やっぱりぼくのこと、憎かった?」
「うん」
「連れていきたい?」
ルークがぼくの首に手をかけた。絞め殺すのだろうか。ぼくは黙って目を瞑った。
けど、いつまでたっても苦しみも痛みも訪れない。
目を開く。ルークの顔は元に戻っていた。
首に感じる重みに目を落とせば、いつも提げている懐中時計。
自分の形見であるそれを、ルーク自ら提げ直してくれたらしい。
ルークはというと、神妙な面持ちだった。
「ルーク……?」
「ラスカル。俺、たしかにお前が憎いよ。憎たらしいけど……連れていくのはダメだ」
聞いたことも無い、きっぱりとした言い方だった。
昔はこんなはっきりした性格じゃなかったし、死んで性格が変わったのかもしれない。
「お前にはまだ生きて、やらなきゃならない事がある」
強い言い方ではあった。けれどその目には、生前と同じ優しい色が滲んでいた。
ルークはぼくのせいで死んだと言って、憎んでいる。
それは一種の責任転嫁にもあたるけれど、それでもぼくをまだ友達と見なしている。
ルークは良くも悪くも人間らしい。
だからぼくを憎しみつつも、大事にしようと思ってくれているのだ。
だから……連れて行って、くれないらしい。
「やらなきゃならないこと……?」
「うん」
「ないよ、そんなもの」
「あるよ」
「ない!!ルークと一緒にいたいのに、なんでダメなの?」
「クローバーを助けてやってくれ」
時が止まった気がした。彼は、何を言ってる。
「笑えないよ、その冗談」
「冗談なんかじゃない。あいつがずっと後悔してたのはもう知ってるだろ」
思わず唇を噛み締めた。
いくらルークの言う事でも聞けない頼みだった。反抗の意を示すために下を向く。
ルークはぼくの目線まで屈んで、追いかけてきた。
「……わか、った。きみが言うなら、ぼく従うよ。がんばる……」
「ラスカル」
急に、叱るような声になった。
「大事なのは俺じゃなくてお前の意志なんだ」
「え……」
「俺のせいで『自分』がなくなったのは悪かったと思ってる。でもそろそろ目を覚まさなきゃダメだ」
「目を、覚ます?」
「眠ってる心も、そろそろ起きる時間だよ」
そんなもの知るもんか。絶対起きたくない。
だって起きても、世界のどこにもルークはいないのに。
「大丈夫。俺はいつでもここにいるぞ」
ルークがぼくの胸に触れた。
厳密には、さっきルークが提げてくれた時計に。
「さぁ、もうおはようの時間だ」
有無を言わさず終わりは来た。
とん、と。ルークの手がぼくの胸を押す。
景色がぐにゃりと歪んで、体が遥か後ろに引っ張られる。
「やだ、嫌だいやだ、まって、ルークお願い……」
「本当の事を見て聞いて知っておいで。忘れるなよ、ラスカル。自分で考えるんだぞ」
「嫌だぁああああっっ!!!」
手を伸ばしても伸ばしても、届かなくて。
必死に泣き叫んでいる間にも世界は暗くなっていく。
蘇る頭痛。絶望感に染まっていく脳髄。
ルークが完全に見えなくなる瞬間、最後にもう一度だけ、ルークの声が聞こえた。
「あ、そうそう。クローバーに言っといてくれ」
「――俺とラスカルは、ずっとふたりぼっちだからなって」
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