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「おい、まてよ」
キースだ。声は静かではあるが、その表情は強ばっている。
「それじゃあ、何か。僕が今ここにいるのもニルのせいってわけか?ニルがクローバーの野郎を追い詰めたから」
一見関係なさそうではあるが、確かにそうである。
ニルがクローバーを追い詰めなければ、クローバーは友人を殺さなかったし、遠い将来にその友人と瓜二つの青年を見つけることもなかったろう。
つまりキースはクローバーに騙され貶められることもなかった。
よって今もここにはいなかったはずだ。
それすらも、巡り巡ってニルのせいになるのだ。
「……そうなるかもね」
いまいち自分のせいだと思いきっていない口ぶり。キースの頭が、瞬間的に沸騰した。
キースがポケットに片手を突っ込んで、大股でニルに近づいた。
彼が何をしでかすつもりか察知したベルトが止めに入る頃には、事は起きていた。
「あ゛ぁあ゛ああああああぁぁぁっ!!」
刹那、上がる絶叫。慌ててベルトが、キースを羽交い締めにして引き離す。
キースの手からこぼれ落ちたのは、ラスカルの酸入りシャボン玉の瓶。
それをニルの顔にふりかけたのだと観衆が気づく頃には、彼女の美しい顔は傷ついた後だった。
「よし、いくらかすっきりした」
「おっま、すっきりじゃねーべや!」
「どうだよ馬鹿女。これで小指の甘皮程度なら反省する気になったか?」
「わた、しはっ……ただ愛されていたかっ、だけ、なのぉ……!!」
みっともなく髪を振り乱し、咽び泣きながらニルは訴えかける。
「誰だって愛されるのは心地いいものでしょっ……?人間として当たり前の欲求じゃない。それを求めて何がダメなのよぉお……!」
「……愛、ねぇ……まぁ、俺もあんまり知ったようなこと言えねーけど。愛ってのは多分、他人を心から大切な存在だと想うことだ」
そう、想うことが大切なんだ。
カリンのように、いくら憎まれても守ってるのも。
キースのように、勝手に家族だと信じていたことも。
ラスカルのように、もう居ない友達のために生きるのも。全部大切に想うからこそだろう。
……だが。
「あんたは一方的に大切にされるだけされて、見返りを与えなかった。ちょっと状況が変わったからって、他に乗り換えようとして、そのせいで色んな奴が傷ついたんだ。そんなんでまだ愛されたいとか、ちゃんちゃらおかしいわ」
ベルトはおもむろにニルの眼前に片膝をついた。
潤みきった美しく醜い紫眼を覗き込む。そして一言。
「可哀想に。お前はいつか、独りぼっちで取り残されるぜ」
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