チキチキ新人研修会

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「第一回チキチキ★クズ工場新人研修会~」 連行された先はリビングだった。 到着するなり、カリンはどこからともなくマイクを取り出して宣言した。 そこには既にニルがいて、優雅に紅茶を飲んでいた。 時間が時間だというのに、どいつもこいつも何故ここまですっきりした顔をしているのか。 キースは不思議で仕方なかった。 「よぉ」 「……」  ただしニルの場合は、挨拶しても無視する程度には機嫌が悪いらしかった。  いや、正確に言えば、すっきりした表情はそのままなので、多分キースに話しかけられた事のみを不快に感じ、脳内からシャットアウトしたのだろう。  どっちにせよ腹が立つ。 「えー、ではこれからキースさんに、ここで働くための研修を受けてもらいます」 「研修って、何やるんだよ」 「従業員一同による、カウンセリング、施設紹介、シフトについて教えるオリエンテーションリレーです」  まぁ気楽に構えてくださいな、とカリンは言った。 「トップバッターはニルさんです。じゃ、ニルさん、まずは自己紹介をお願いします」 「ニルギリス・バーンズよ。ニルでいいわ。趣味はぬいぐるみ集め、好きなものは紅茶よ。一応精神科医で、ここではカウンセラーを担当してるの」 「はいどうも。じゃ、最初のプログラムですね。キースさん、ちょっと座ってください」  対になって設置されているソファーを、ぺしぺし叩いて促され、キースは席に着く。  そういえば、最初にここに来た時もこのソファーに座らされた。  あの時は拘束されたが、今回は大丈夫なのだろうか。身構えていたが、何も起きない。  どうやら、杞憂だったようである。  ニルが向かいに座り、第一のプログラム・カウンセリングが始まった。 「さっきも言ったけど、私は医者なの。専門は精神だけど、時と場合によっては外傷も診るわ……モグリだけど」 「おい今何かとんでもねぇ台詞が聞こえたぞ」 「そんな訳で、これからあんたに色々質問していくわ。正直に答えてちょうだい。正直に喋らなかったら、カリンにぶん殴らせるから」  およそ医者らしからぬ言動がひっかかるが、恐らくここではそれを気にしたら、とてもやっていけないのだろう。  自己暗示に近い悟りを開き、キースは質疑応答に専念した。 ーーー 「――キース・アンダーソン。男性。十七歳、A型。一月十三日生まれ。身長体重、並。出身はイギリスの貧民街。好きなものは文学全般。嫌いなもの、水……って、やだ。あんたまさかお風呂も嫌いなの?」 「え、あぁ、まぁな……」 「どうりで香水がきついと思ったわ。これだから野郎は」  カルテを抱えて、うんざりしたようにため息を吐くニルに、少し罪悪感が芽生える。 「その点、ブルーノは香水なんてつけない、シンプルイズベストだもの。潔くていいわよね。ちょっとカビ臭いけど」 形だけでも謝ろうか迷っていた時、唐突に話題が恋人自慢にすり替わった。 よりにもよって、あの幽霊面ペテン師、クローバーの話に。 謝る気が、一瞬にして打ち砕かれた。 「まぁいいわ。次、趣味は……家族づくり?」 「あぁ、ホームステイ先で出会った人達と交流を深めてな。ホームステイはいいぞ。初めのうちは言葉が通じなくても、そりが合わなくても、相手を気遣う気持ちさえあれば最後には分かり合える。そうして家族になれるんだ」  力説するキースに対して、ニルは端正な顔を緩ませて嘆息した。 「そうね、家族っていいわよね。いつか結婚して、ウェディングドレス着たら、ブルーノったら褒めてくれるかしら」  デジャヴ。キースが自分について語る時間のはずが、さっきから何を言ってもクローバーの話にすり替わっている。  キースは何だかイライラしてきた。 「ブルーノ、ブルーノってうるせぇんだよ! つーかお前、あいつの女なら僕の指名手配何とかしろよ!」 「『女』なんて下品な言い方やめてちょうだい。『恋人』よ。しかも幼馴染なの。ドラマでもよくある、運命的な組み合わせでしょう? でも最近じゃ、仲が良すぎるせいか全然トラブルがなくって、逆に不満だわ。幸せすぎるのって疲れるのね」 ふぅ、と悩ましげにため息を吐くニル。 聞いちゃいない上に、面倒臭い。 『美女をぶっ飛ばしたい』という、人生初の衝動に苛まれていると、カリンが手を叩く小気味のいい音で、場の空気を変えた。 「ニルさん、恋人自慢はその辺で。次に移ります」 「あら、そう? じゃあ私もう戻るわね」  長い髪をなびかせて立ち去っていき、ニルのターンが終了した。  何というか、どっと疲れた。 オリエンテーションというより、我慢大会と言った方が正しい気さえする。  項垂れていると、カリンがフォローするように肩を叩いた。 「アドバイスしておきますが、ニルさんは面倒くさいし、ラッさんはマイペースすぎるので、消去法でいくとカリンが一番話しやすいです」 「DV娘が一番とか、世も末だな」 「人間関係って案外そういうもんですよ。さて、お次はカリンが担当します。第二プログラムは施設案内です――あ、その前に自己紹介ッスね」
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