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不意にカリンが、指をパチンと打ち鳴らした。
途端に部屋の照明が消え、代わりにスポットライトのようなものが、彼女を眩しく照らす。
「我が名はカリン・ヘイゼルシュタイン。元ギャングであり、現在はこのクズ工場でリーダーをやってます。趣味は発明、スローガンは『裏切者に死を』。よろしくお願いしやがれ」
よろしくできるか。何なんだ、この色々と問題のある自己紹介は。
滅茶苦茶な自己紹介を終えると、カリンは手帳を取り出して告げた。
「そんな訳でプログラム再開です。さぁ、行きますよ」
斯くして、カリンのターンが始まった。
ーーーーー
――一階、居間。
「まずは居間です。ここは食事、談話など、一般的な家庭と用途は変わりません」
適当に相槌を打ちつつ、辺りを見渡してみた。
談話スペースには、大型液晶テレビや本棚が設置されている他、ぬいぐるみ等もある。恐らくニルの趣味だろう。
文学好きの性か、自然と本棚の中身が気になり、近づいてみると、ほぼ全てがまさかのゴルゴだった。誰の趣味だ。
「あと、接客もここでやりますね」
「接客って、普通の客が来ることなんてあるのかよ」
「訪問販売のお姉さんに、『帰らせてほしい』って仕事を申し付けられることはあります」
「お前、お姉さんに何したんだよ……」
ーーーーーー
――同フロア、風呂。
「ここは嫌だ! 入りたくねぇ!」
「説明する前から、全力で嫌がらないでくださいよ。えー、ここは見ての通り、浴室です。元は普通のお風呂でしたが、最近は新技術が発展していってるし、発明家として負けられないので、改造しました」
改造とは、また不穏な響きだ。
出会って丸一日も経っていない関係だが、このDV娘のやる事は、大体把握した。
どうせ鍵を閉めた瞬間、上から盥でも降ってくるのだろう。
水は嫌だ、だが他人の思い通りになってたまるか。
「ちなみに、この浴室は鍵を――」
そら来た、やっぱり鍵だった。
カリンが言い終える前に、浴室に足を踏み入れ……ようとしたのだが、偶然そこに落ちていた石鹸を踏み、キースはひっくり返った。
その刹那。おびただしい量の水が、天井から床めがけ、降り注いできた。
キースは間一髪、水しぶきを浴びるだけに止まった。情けなくも、彼は石鹸に救われたのである。
「……この浴室は、鍵を閉めないと上から大量の水が降ってきます。今流行りのミストサウナ仕様です」
「滝行ってんだよ、これはァァァ!」
ーーーーーー
――地下。
「ここはカリンの研究室です。寝室はまた別にありますが」
「はぁ!? 何でお前だけそんなVIP待遇なんだよ!」
「あ、聞きたいですか。ここは元々、ただの塔だったんですが、天才カリンちゃんが一軒家にフォルムチェンジしたんス」
いえーい、とカリンは横ピースを決めた。
要は、設計者の特権か。そういえば、さっきも浴室を改造したとか言っていた。
このDV娘、ただの馬鹿に見えて、結構光るものがあるのかもしれない。
「にしても、さっきの浴室でのビビりっぷりは最高でした。写メ取っておけばよかったです」
前言撤回、こいつはただのクソガキだ。
ーーーーー
――二階。
カリン曰く、このフロアは、ただ寝室があるだけらしい。
部屋は全部で五つ。一階への階段に近い順に、ニル、空き部屋、カリン、キース、ラスカル。
ちなみに、ラスカルが一番奥なのは、「引きこもりだから」らしい。
その可哀想な理由に対してツッコミを入れる以前に、気になるのだが、何故ここに至って、BGMが『蛍の光』なのだろう。
研修オリエンテーションが終わる前から、既に送別会気分だ。
「さて、楽しかった研修も終わりに近づいてきました。次のメンバーでラストスパートになります」
「えっ」
カリンの言葉に、キースはぎくりとした。
「ラストって、まさか……」
「はーい。まさかのぼくだよー」
ぎゃあ。キースは心の中で、情けない声を上げた。
声に出なかったのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。
前回と同様、ラスカルはまたもや気配もなく、背後に忍び寄ってきた。
何なんだこいつは。実は忍びの者とか、そういうオチか。
「じゃ、カリンはここで失礼します。寝ちゃダメですよラッさん」
「了解。またね、カリンちゃん」
弛みきったパーカーの袖を振り回し、ラスカルは立ち去っていくカリンを見送る。
気分と同調しているのだろうか、しっぽまで一緒に振っている。気の抜ける、のんびりとした雰囲気だ。
不意にキースは、初対面の時のことを思い出す。
急に錯乱された事について、理由もわからないままだが、一応謝っておくか。
「な、なぁ……昼間は悪かったな」
「ん? 何がだぃ」
何がだぃ、と来た。
何たることか、あんな事があったというのに、もう忘れてしまっている様子だ。
カリンが「マイペース過ぎる」と言っていたのも頷ける。
「いや、覚えてねぇならいいんだよ。それで? お前は何を教えてくれるんだ」
「何も」
「はっ?」
「教えないよ、何も。自分で考えてみたらどうだぃ」
ほんわかした笑顔のまま、ラスカルは勝手なことを言う。
キースはムッとしそうになったが、昔経験した、埒の開かない口論を思い起こし、何とか穏便な会話を試みる。
「いや、ちょっと待てよ。それじゃあ、オリエンテーションの意味ねぇだろうが。せめて自己紹介ぐらいしろよ」
「ラスカル・スミス、二十一歳。A型。性別は勝手に判断しておくれ。終わり。何か質問は?」
投げやりな言い方に、キースは今度こそカチンと来た。
というか、このプロフィール自体本当なのか怪しい。
「……別に。何もねぇよ」
「そうかぃ。じゃあ、早速仕事だよ。ぼくと二人で、カリンちゃん達が起きるまで、刺客が入ってこないように見張るんだ」
簡単だろう、と微笑みを向けられる。
ついさっきまで、癒される笑顔だと思っていたのに、今は苛立ちばかりが沸々と湧き上がってくる。
殺意すら、湧いてくる。
キースは無意識のうちに、ホルダーに収められた銃を、指でなぞっていた。
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