ルーク・ローレンス(前編)

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――そして数時間後。 「あぁッ、あいつ指名手配犯の!」 「工場のやつだ! 捕まえろ!血祭りじゃァァァ」 「ぎゃあぁあああ!!」 キースは町中を全力疾走していた。 あの幽霊副社長の力を甘く見ていた。まさか指名手配から一日しか経っていないのに、顔を見られた瞬間町斧、出刃包丁、チェーンソーなどを持ち出して追い回され、恐怖のリアル鬼ごっこに早変わりするとは。 何なんだこの国民性?もう帰りたい。 だが家に帰っても、妙に時間が長く感じる上、女所帯で落ち着かない。 何より、ラスカルが明らかに自分を意識しているのが感じ取れ、理由が分からないだけにむず痒い。 長年の目的のためとはいえ、流石に心がへし折れそうだ。 「あーいたいた。キースさーん」 不意にカリンが呼ぶ声がしたその時、前方から超速でセグウェイ式芝刈機が走ってきた。 止まってくれるのかと思いきやそうではないらしい。というのも、カリンは一切スピードを緩めず、親指で自分の背中を指差して合図していたからだ。 おっと、何やら口パクで何か言っている。 『と・び・の・れ』……飛び乗れ!? 待て待て待て、できるかそんなスタントマンみたいな事。 しかし背後からは町民達がすぐそこまで迫ってきている。 飛んできたフォークが耳をかすった瞬間、もたついている暇はないと悟った。 ――ええい、もうなるようになれ! 近付いてくる芝刈機が真横をすり抜けた瞬間を見計らって、キースはカリンの背中に飛び付いた。 風圧で吹き飛ばされそうになりながらもカリンの腰に手を回して、後ろから抱きしめる形になる。 体全体で風を切り、鬼気迫る形相の町民軍団の合間をすり抜ける。 暴走芝刈機は路地裏に入り込む。ダストボックスをひっくり返して足止めし、何とか振り切れた。 「大丈夫ですかキースさん。死にそうな顔してますよ」 「かっカリン……テメェ!何してやがった!迎えに来いってメールしてからだいぶ時間経ってんぞ!」 「いだだだだ、ちょ、やめてください振り落としますよ」 回した手に力を込めて横腹をぐりぐり抉り、散々走らされた復讐をする。 キースは一度でも嫌な目に遭うと、例え相手が誰だろうが関係なしにやり返す。 復讐を完遂するための執念は凄まじく、プライスレス。彼の知人は総じて“復讐スイッチ”と呼んでいる。 「さて、と……」 心拍が落ち着いてきた所で、本日のリアル鬼ごっこの戦利品を取り出す。 今日はテッドの事について調べるために、図書館で歴史の本を借りてきたのだ。 『歴史というパズルのピースたち』という題名の古ぼけた本。 ……誰だこの痛いタイトル考えた奴。 間違いなくポエマーだろうなと思いつつ、読んでみる。 本には歴史の本と銘打ってはいるものの、半分は住民台帳だった。 写真も添付されており、誰が誰だか分かりやすい。 しかしいくらページをめくっても、テッドの顔は見当たらない。 クローバーはテッドを知っていた。という事は、テッドはイブムニア出身なのかもしれないと踏んだのだが……やっぱりただのハッタリだったのか。 本人にもう一度会って聞くのが一番だろうが、どうせまた壮大な嘘つくからな……あの嘘つきめ。 舌打ちして本を膝上に落とすと、あるページが開いた。 そこに記されていた名前は――ルーク・ローレンス。 キースは即座に本を拾い上げた。ここにも写真が載っていた。そこに写っていたのは、キースと同じ顔をした少年だった。 ページに鼻が付かんばかりに近付いて読む。 ーーー 十一年前まで、このイブムニアはスミス家という一族によって支配されてきた。 だが支配下から抜け出したいと民衆が発起し、やがて反乱軍と呼ばれる組織を作った。 反乱軍は次々にスミス一族を暗殺していき、そして最後には、一人の幼い子供、ラスカル・スミスが残された。 いくら幼いといっても、所詮は殺戮者の末裔。 反乱軍は容赦なくラスカルを始末しようとしたが、そこで一人邪魔者が出てきた。ラスカルの友人、ルーク・ローレンスが、ラスカルを攫おうとしたのである。 ローレンスはみなしごで、家族に一人取り残されたラスカルに共感したのかもしれない。 しかしそんな理由で極悪人を逃すほど反乱軍は甘くはなかった。反乱軍はローレンスを捕らえ、ラスカルの目の前で首をはねた。 するとラスカルは気が触れ、周りの人間全てを虐殺した。誰の手にも負えなくなったラスカルを、反乱軍のとある穏健派一派は人里離れた山奥に隔離した。 そして敷居内から出られないように特殊な結界装置を張った上時間感覚を遅らせる特殊技術を使って反省を促し、事態を収拾した。 この反乱軍の一派が、後のブランクイン。 殺人鬼を隔離し、製菓玩具メーカーとして国民や世界に奉仕する彼らは、永遠の英雄として語り継がれている。』
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