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あっ!野生のおっさんが飛び出してきた!
小さな池が、工場の庭にある。
元々あったものではなく、カリンが作った人工の池だ。
その池の周りをうろうろしながら、独り言を呟いている女がいた。
クローバーの秘書、パティである。
「まずノックして……あの人が出てきたら……いや、別の人が出るかも……その場合は、えーっと」
言葉の順を追って推測するに、誰かを訪ねてきたようだ。
こんな山岳地帯の、しかも犯罪者の家を兼ねた店まで来ているのだから、そこの住人の誰かに用事があるのだろう。
だが、玄関どころか庭でグダグダと油を売っているあたり、その人物と会うのを躊躇っているらしい。
「……やっぱりダメかも」
やがてパティは、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
彼女にとって、今日のように目的がまともに達成できないのは日常茶飯事である。
秘書業務も、何かしらミスをして、いつもクローバーを苛つかせているほどだ。
今日ここにきたのは、仕事ではなく自分の意思なのだが、やはりできそうにない。
(情けない、情けない、情けない……)
不甲斐なさに、吊り目ながら黒目がちの可愛らしい瞳が潤む。
「……?」
ふと、パティは目の前にある池の異変に気付いた。
水底から泡が上ってきている。それも結構大きい。
さして深さもないので、生き物が生息しているようには思えないが……。
少し身を乗り出して、水中を覗こうとした次の瞬間。
ドッキリよろしく、派手な音とともに水柱が上がり、パティは悲鳴も出ずにただただ腰を抜かした。
開いた口が塞がらないながらも、何が起こったか把握するために池を見る。
そして今度こそパティは叫んだ。
ずぶ濡れの男が、池の中から顔半分を出してこっちを見ていたのだ。
どうしよう、悪霊呼び出しちゃった。
何とかして帰ってもらおう、でもどうやって?
副社長に助けを求めるのは……いや、駄目だ。
そんな事で仕事の邪魔をしたら減俸される。
混乱の極致に立たされているパティに向かって、ずぶ濡れ男が手招きをした。
猫でも手懐けるような雰囲気だった。
「な、何でしょう……?」
律儀に近寄るパティに気を良くしたのか、ずぶ濡れ男はにんまり笑った。
そして手を伸ばし――素早く彼女を引き寄せ、桃色の唇に口づけた。
開いた口が、塞がった。
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