旅人のはなし

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ーーー そうしてクローバーから教えられたのは、イブムニアというヨーロッパの海の真ん中に浮かぶ小さな島国の事。 そこにとある大量殺人鬼がいるらしい。 その人物が殺した大勢の人間の中に、テッドも入っているのだという。 ようやく掴んだ真実への手がかり。取り逃す訳にはいかない。……はずだったが、もうダメだ。 地上まであと5メートルの所で覚悟して目を瞑った――が、訪れたのは痛みでも衝撃でもなく、柔らかい感触。 固く閉じていた目を開いてみると、何やら深緑色のものに包まれている。葉っぱだ。 一本のふかふかな木の上に落下、そしてクッションの如く受けとめられたのだと、飛行機での強行からだいぶ褪めてから気付いた。 ぼ、僕すげぇ……まさにマジックだ。 ミスターイリュージョン……とか考えてる場合じゃなかった。 いやぁ、怖かった。 飛び降りるタイミングが、少しでもズレていて、そのまま海に落ちていたかもしれないとか考えると背筋が凍る思いだ。 それ以外にゾッとするものは、山程あるはずだが。 「ねー、おにいちゃんそこで何してるの?」 樹木の下から、子供の声が聞こえてきた。 覗き込んでみと、もう真冬なのに薄着のみすぼらしい子供の集団が、澄んだ瞳で不思議そうにこっちを見上げていた。 急に空から人間が降ってきて木の上でぼんやりしていれば、そりゃあ誰だって奇妙に感じるだろう。 「べ、別に何でもねぇよ」 言いながらいそいそと木から降りる。 ふと、子供達の一人がくしゃみをした。やはりと言うべきか、寒いようだ。 「大丈夫か? ほら、これ着てろ」  ジャケットを脱いで渡すと、子供は鼻をこすりながらへにゃっとはにかんだ。 「ありがとうおにいちゃん」 「いいって。人間、助け合いが大切だろ」 「ねぇねぇおにいちゃん、わたしも寒いよ。何かちょうだい」 「あー、悪ぃけど上着は一枚しか――」 ないんだよ、そう続けようとした瞬間、顎にものすごい衝撃を受けた。 目を白黒させつつも、目の前で握り拳を構えて立っている子供の一人を視認した。 この子に、強烈なアッパーを食らわされたようだ。 「つべこべ言わんと、とっとと服よこさんかい。いてまうどコラ」  いきなり子供達の態度が豹変した。いきなり柄が悪い口調になった。 さっきまでの無垢な姿はどこへ行ったんだ。 「ボンタン狩りじゃァァァ!」 「ぼくシャツもらう」 「わたしズボン」 「靴下はおれのな」 「ちょ、待っ、ああぁああ!」 次々と剥ぎ取られていく衣服。抵抗しようにも腕と足に全体重をかけられ、動けない。 ガキ共の追い剥ぎは容赦なく、キースはみるみるうちに肌を露わにされていった。 残っているのはトランクス一丁に大事な帽子のみ。 幸い小銭は何かあった時のために、帽子の内側に縫い込んでいたので無事だった。 「特別にパンツだけは許したるわ。その古臭い帽子もな。じゃあの、あんちゃん」  高笑いしながら走り去っていくガキ共の背中に、自分がいかに平和ボケしていたかを思い知った。 彼が今まで出会ってきた人達は、みんな優しかった。 時々ケンカこそするものの、追い剥ぎや暴力なんて無縁な、平和で平坦な暮らし。 そんなキレイな思い出も消し飛ぶような事態に、直面して、キースは心底むかっ腹が立った。 ――人間助け合いが大切だって? むしろ今は僕が助けてほしいわ! 何でガキが盗賊まがいのテクニック持ってんだ、ろくでもねぇなこの国! 「キース・アンダーソンさんですね?」 「あぁ⁉」  イライラしている時に背後から声をかけられ、つい乱暴な反応をしてしまった。 振り返った先にいたのは、二人の男女。 男はやたら長身で、黒装束。頭の後ろでだらりとした伸びた髪をまとめた男。 真っ黒いマントを着て、左目に保護用眼帯をつけている。 ありとあらゆる陰気さを詰め込んだような男だ。 真夜中に柳の下で佇んでいたら、ゴーストバスター出動間違いなしだろう。 しかしそれも人の良さそうな笑みを浮かべているおかげでうまい具合に調和されている。 女はまだ社会人なりたてのような初々しさがある。 緩くウェーブのかかった髪の毛を後ろにリボンで結んでいる。 そしてやたらと豊満な体をしていた。 特に足が、目のやり場に困るほどにむっちりとしている。 率直に言って、エロい。 パッツンの前髪は長めでチラッと片目が覗く程度しか見えない。何やらそわそわと落ち着かなそうだ。 「初めまして。先日お電話させていただきました、クローバーです」 「……ひ、秘書のパティ・ホプキンスです。飛行機から勝手に飛び降りたって情報聞いたから迎えに来てあげたわよ! できればちょっとでいいから感謝して下さ……いや、しなさい!」  どうやらツンデレ属性な秘書らしい。 が、その完成度は低めであり、あからさまにおどおどしているのであまり顰蹙は買わない。 だって今『できればして下さい』って言いかけたし。ちょっとでいいからって言ったし。超控えめだったし。 「ずいぶん寒そうな格好ですねー。この辺りではよく孤児達による集団追い剥ぎが起きるんですよ。以後お気をつけ下さい」 「それもっと早めに言ってくれよ……」 「あ、これ新しい服です」  用意周到か。
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