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その後、ここでは何だからと近くの喫茶店に入った。
「さて、早速本題に入りますが……あなたの父、テッドさんが殺された秘密。それを知る者が一人、このイブムニアにいるのです」
「誰ですか」
「あっ、敬語じゃなくていいですよ。フランクにいきましょうが私のモットーですから」
コーヒーカップを持ち上げ、乾杯のマネをする副社長。
見かけによらずいい人だ。
あぁ、やっぱり人っていいものなんだよな、とキースはさっきの追い剥ぎでの傷が癒された。
「ラスカル・スミスってご存知ですか?」
「あぁ……例の殺人鬼だろ。ここ来る前にイブムニアの本でちょろっと出てきたな」
「へー。意外と読書家なのね……べっ、別に褒めてなんかないんだからね! チンピラみたいな見た目とのギャップにびっくりしただけよ!」
パティが、顔を真っ赤にして余計な事を言う。
しかし涙ぐんでいる所からして、言わなきゃよかったと心底思っているのだろう。
後悔がひしひしと伝わってくる。不器用な子だ。
「ただ、名前と人殺しって事しか知らないから情報不足だな……これから図書館でも行って調べてきた方がいいか?」
「いえいえ、そんなお手間は取らせませんよ!簡単に説明致します」
ーーー
ラスカル・スミスとは、この国で最も残虐な大量殺人鬼として有名だ。
元々スミスの家は、昔この国の頂点に長い間君臨していた統率者一族だったそうだ。
ラスカルはその最後の一人だが、とある大虐殺事件が原因で、国民が反旗を翻しラスカルを捕らえた。
今は人里離れた土地に隔離されている。
の、だが。
どんな心境の変化があったのやら、現在はそこで便利屋を営業している。
「……という、感じです〜」
「それ実はいい奴フラグなんじゃないか?便利屋って他人様の役に立つ仕事だし。そりゃあ確かに昔は重科犯罪者だったんだろうけど、改心してもう丸くなったんだろ」
「あ、避けて下さいアンダーソンさん」
ふとクローバーがキースの発言を遮り言う。
何を? と聞こうとしたが、それから一秒も間を開けず突然頭上から何かが降ってきた。
重力に逆らえず、体ごと豪快かつ勢いよくテーブルにめり込んでしまい、キースは生まれて初めて顔でテーブルを真っ二つに割って床にひれ伏した。
「うおおおおお重ぉおッ……なんだこれ!?」
「便利屋を訪問した客ですよ」
「客!?」
「一言に便利屋と言っても、客は九割方がスミス討伐を目的とする者です。そしてそんな“客”達はこうして袋詰めにされ返ってくる。袋叩きの斬新な例ですね」
「この国ではよく空から人が降るのか!?降ってきた中の一人が言うのも何だけど!」
パティに手伝ってもらって起き上がりながらツッコミを入れる。
世界のジョーク集にこんなの載っていなかったが、これがイブムニアンコントか。
斬新かつ劇的なリアルコントで観光名物化も望めそうだ。
「ちなみにスミスの便利屋は、今ご覧いただいたように行った者は皆社会のクズ同然になるので、通称“クズ生産工場”と呼ばれています」
「あっそ……」
顔に刺さった木片を抜きながら新しい椅子に座って聞いた。
「で?そのラスカルってのが捕まったのはいつなんだよ」
「十一年前です」
キースの動きが止まり、木片が手をこぼれ落ちた。
「あなたのお義父様が亡くなられたのとラスカル隔離はほぼ同じ時期ですね。おかしいと思いませんか?」
「確かに……偶然にしちゃ出来すぎてるかもな」
末裔とはいえ、ラスカルの一族が代々イブムニアを支配していたのなら、当然そこで起こった事も全て知っているはず。
それならタイミング的に考えても、もしかしたらテッドの事も知ってるんじゃないかと、そういう訳か。
「それでですね、アンダーソンさん。彼だか彼女だか知りませんが、とりあえずラスカル・スミスと接触してみて下さい。ついでに息の根を止めてきて下さい」
「ちょっと待て」
思わず制止の言葉をかけた。
あまりにも話が抽象的過ぎる。
「彼だか彼女だか知らないって何だよ。しかもついでに殺れって、そんなショッピング感覚で人の生死を左右するなよ」
「し、しょうがないじゃない! 誰もスミスの顔どころか 姿すら見た事ないんだから!」
「はぁ?」
似非ツンデレ秘書もといパティの、意味の分からない発言に、キースは首を傾げた。
翻訳を求め、クローバーに視線を送ると、笑顔で説明してくれた。
「実は、スミスを倒しに行った者は、皆もれなく生きたまま口封じされてしまっていまして……まともに話を聞ける者がいないのです。だからスミスの正体は謎に包まれている」
「スミスはジャックザリッパーかよ」
曖昧すぎる全容に、キースは呆れながらもツッコんだ。
不意にクローバーの顔から笑みが消え、俯いた。
「それにこれは私自身の復讐でもあるのです」
「復讐……?」
「奴は――ラスカルは、私の大切な恋人まで虐殺対称に巻き込んだのです。必死で奪い返した時には、彼女はもう薬指しか残っていませんでした……だから私は決めた!この恨みはいつか必ず返す!そして奴を地獄の業火で焼き尽くすと‼」
突然激昂して拳でテーブルを叩きつけ、大きな声を立てたクローバーに、キースは唖然とした。
が、すぐにハッとしたように、クローバーは顔を上げた。
「あっ、す、すみません!私とした事が公私混同など……」
大きな体をぺこぺこ折り曲げて申し訳なさそうにしているクローバー。
パティもびくついているかと思いきや、案外肝が据わっているようで、いたたまれなそうな面持ちで上司を見つめている。
「……その、何で自分で殺らねぇのか聞いていいか?」
キースの腫れ物を扱うような口調に対し、クローバーは自嘲するように笑い、眼帯に覆われた左目に触れる。
「私はこの通り、既にボロボロでして……まともに戦うこともできない身なのです」
ふとクローバーの手を見ると、骨張った手は無数の小さな傷だらけだった。
まるで彼の心の痛みを現しているようで――放っておけなかった。
「わかった。僕に任せろ」
スミスと接触する事は、長年探し続けていた父の死の真相を探るチャンス。
と同時に、この小さな国を救う事に繋がる。
数年間、様々な国を廻ってはみたが、手がかりはなかった。
ならばまだ関わった事のないイブムニアに、何かあるのかもしれないという可能性は捨てきれない。
ものは試しだ。もし違ったのならば、その時はまた手段を考えるとしよう。
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