旅人のはなし

5/9
前へ
/169ページ
次へ
ーーー クローバーによると、スミスは山を越え谷を越えた所にある民家で便利屋を営業しているという。 何で殺人鬼が人様の役に立とうとするのか、何で普通の民家なんかに住んでるのか、色々疑問はあったが、とりあえず今は親父の事だと割り切った。 もともと人が来ない地域のようで、歩いていても一人たりともすれ違う事はなかった。 まぁ殺人鬼いる山だし当然といえば当然だろう。 ーーーーー ゴツゴツした山道を進むこと二時間。ようやくそれっぽい建物が見えてきた。 それは幼稚園児が描いた『大人になったら住みたい家』を具現化したような家。 煙突があり、ガーデニング畑があり、洗濯物がハタハタと風に揺られている。 建設はしっかりしているようで、風に吹かれて壁がガタガタ音を立てる事もない。 一見すると、平和そのものな光景だ。 とても殺人鬼が潜んでいるとは思えない。 だが、確かにスミスはここにいる。 護身用の銃を握って慎重にドアを開ける。 すると……チリンチリン、と鈴が鳴った。 ドアの上に防犯対策として取り付けられていたらしい。 マズい、バレる……! 「手を上げろ!」 仕方なしに銃を構えて臨戦態勢に入るキースだったが。 「あ、いらっしゃいませ」 玄関からすぐの、ソファーやテレビなどが置いてあるリビングより無感情な声がした。 鮮やかな色をしたミカンみたいな頭の少女が、ソファーに寝そべって漫画を読んでいた。 上質かつきちっとした服を着崩して、ミニスカートと黒のニーソックスを穿いている。 「おーい、お客さんですよ」 「あら、本当? どれどれ」 ミカン頭が無感情な声で無表情のまま呼びかけると、何故か天井裏から女が出てきた。 それもとびきり美人。 じっと見ていると心ごと吸い込まれそうな紫色の宝石のような瞳。 鼻筋の通った少し高めの鼻。赤い果実のような唇。すらりと高い立ち姿。 容姿端麗とは彼女のためにある言葉なんじゃないかとすら思うほど美しかった。 キースが思わず見惚れていると、美女が彼の視線に気付いた。 目が合った瞬間、昆虫Gを見たような顔をされた。 「何よ、男じゃない。何の用なの? 冷やかしに来ただけとか言ったらミートパイにして食べずに捨てるわよ」 「せっかく作った食い物を粗末にするな!」 何だか知らないが酷い言い様だ。どうやらかなりの男嫌いらしい。 「つーか誰も用無いなんて言ってねぇだろうが。ラスカル・スミスに会いに来たんだよ」 「はあ、ラスカル・スミスにねぇ」 天井から降り立ちながら、美女が気のない返事を返す。美女は顔だけじゃなく、スタイルも非常に良かった。 手足がすらりと長く、腰まで伸びたオリーブ色の艶やかな髪が、はらりと優雅に顔にかかっている姿はモデルか女優のよう。 しかしながら、本人はフリルがたっぷりとあしらわれたブラウスに、エプロンドレスという服装をしている。 率直に言えば、少々雰囲気に合っていない。 「お前らの中のどっちかか?」 「私は違うわよ。今日はアンタの番でしょうカリン」 「えぇーそうでしたっけ? めんどいんで代わって下さいよニルさん……あ」 その時、空気が凍り付いた。 うっかりし過ぎな発言により、ミカン頭無表情少女はカリン、美女はニルと判明した。 「お前らどっちもスミスじゃねぇのかよ!」 「ありゃりゃ、バレちった。てへ」 「てへじゃねぇよこのミカンヘッド!真顔でそんなん言っても怖ぇだけなんだよ!」 「いえね、ラスカル討伐に乗り出す輩が多い上客を装ってくる奴もいるから毎日くじ引きでラスカル役を決めてるのよ」 「殺人鬼なんて大役をくじ引きで決めんなよ!」
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加