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一通りツッコミ終え、キースはボケの嵐に精神的に疲れながらも彼女達に危険性がないと判断し、銃をしまって本題を持ち出した。
「で……本物のスミスはどこにいるんだ」
「何であんたにそんな事教えなきゃならないんスか。個人情報をネットに流して悪用する気ですか」
カリンは思いっきり疑わしそうな目で見てくる。
まぁ殺人鬼とはいえ仲間をあっさり差し出す奴はいないか。
何かうまい言い分はないものかと考えようとした時、カリンが口を開いた。
「その前にあんたについて聞かせてください。この度はお前ラっさん討伐にようこそいらっしゃいました。誰の差し金ッスか」
やる気のなさそうな口調で問いかけてくるカリンに、おかしな所で男の意地が働きかけ、負けじと気だるげに言う。
「ブランクインのクローバーさんからッスけどぉ!」
「は?クローバーさんですか?」
「僕自身の目的はまた別だけど……恋人が殺されたっていうからその報復だよ」
カリンが目を丸くし、ニルと顔を見合わせる。
「報復も何も……生きてますけど、その人」
「は?」
「話に出たブルーノの恋人は私よ。この通りピンピンしてるわよ、残念だったわね」
「はああああぁ!?」
「あの人嘘つきなんスよ。ご愁傷さまですね」
なんだそりゃ。騙されたってことか?ラスカルを殺す道具として使うためだけに。
何がなんだか分からないキースとはまた違った微妙な沈黙が流れていたが、四秒で空気が変わった。
「やーやーわざわざこんな所までお越しいただきどうもありがとうございます」
「疲れたでしょう?さぁさ、座って」
急に歓迎モードに切り替わった二人。
混乱するキースを椅子まで引っ張っていき座らせる。
ちなみにニルはやはり男嫌いのようだ。肩を掴む力加減に憎しみを感じた。
「えーじゃあ今回の依頼はラスカルの殺害ということでよろしいかしら?」
満面の営業スマイルを浮かべたニルが向かいに座って聞きつつ、そっとメニュー表を置いた。
「いや僕はそんな依頼するなんて一度も……って、何やってんだミカン頭ァ!」
どさくさ紛れにキースの手足を手錠で拘束するカリンにツッコミを入れるが、構わずビジネストークを始めだすクズ工場レディース。
「Aコースなんかどうかしら?ブルドーザーとか使うからちょっとお高めだけど確実にラスカルを仕留められるわよ」
「いらねぇ!」
「Bコースはじわじわ時間をかけて殺していくパターンね。必要なのは時間と胡椒だけだから格安よ」
「これはおすすめですよ。あんたは元セレブなカリンと違って貧乏そうなんで」
「だからいいっつーの!!しつけぇんだよてめーら!」
「そう……残念だわ」
勧誘を振り切って叫ぶと、ニルがしゅんとして俯いた。
それだけでもしまったと思ったが、その美しい目に涙が光っているのを発見し、キースはとうとう青ざめた。
「いえ、ごめんなさいね。こんな親切の押し売りみたいな事しちゃって。でもっ……わ、わたし、久しぶりに口がついてるお客様が来たものだから嬉しくてっ……うぅ」
「あー泣かしたー貧乏ヤローが美女を泣かしましたー。お客様、どう落とし前つけてくれるんですかコレ」
しくしく泣き出したニルの横でカリンが囃し立てて不安を煽る。
「えッ、あ、いや、な、泣かないでくれ!言い過ぎた!!僕こそ悪かったよ、ここにお前らがいるって知らなくて……悪ぃ!」
拘束されたままなので体をくの字に折り曲げて頭を下げるキースに、ニルは細い指で涙を拭いつつ微笑みかける。
「いいえ、いいのよ。でもねお客様、できればお願いがあるんだけど……その……聞いてくれるかしら」
「あぁ。僕に出来る事なら何でも言ってくれ」
「ありがとう……じゃあまず服を脱いで下さるかしら。上だけでいいわよ、見苦しいから」
「あぁ」
「次にこの油を体に塗り込んでちょうだい。あ、香辛料でもいいわよ」
「あぁ」
…………ん?
「おいちょっと待て。なんかこんな流れの話知ってるぞ。最終的に食う気か。カニバリズムかおい」
「ちゃんと付け合わせも食べて小骨までしゃぶり尽くしますよ」
「やっぱりそうなんじゃねぇか!!ふざけろ、指一本たりともくれてやるもんか!」
「チッ、ケチ臭いわね。香水臭くて貧乏臭いなんてゴミの極みだわ」
「お前はさっきまでのしおらしさはどうした!!」
目まぐるしい程のボケの嵐にツッコミ疲れ、キースはだんだん士気もスミスに会う気も消え失せてきた。
もちろん親父の事を諦める気は無いが……。
仕方ない、ここは日を改めて出直そう。
あの副社長の口ぶりからすると、多分ここにこんなコンビがいるなんて知らなかったんだろう。
別に火急という訳でもなさそうだし、説明すればきっと分かってくれるだろう。
「おい、僕もう帰――」
帰る、と言おうとした瞬間、店内に耳障りな轟音が響き渡った。
サイレンかと思ったが、それにしてはスローテンポ過ぎる。
叫び声がとてつもなくスローモーションで流れているかのようだ。
「おいなんだこの音!?」
「敵襲です。あーこの数だと一人じゃキツいッスね。ニルさん、背中お願いできますか」
「仕方ないわね、貸しにしといてあげるわ」
ハードボイルドな受け答えをする彼女たちの背中は、心なしか哀愁が漂っている。
「あ、あんたもそこでぼさっとしてたら危ないわよ。敵が侵入してきたら蜂の巣にされちゃうかもね」
「はぁ!?この状態でどうしろって……」
文句を言いつつ手足をガチャつかせる。
と、軽い音を立てて手錠が開き、あっさり解放された。
驚いて手首を見ると、擦り傷一つない。
そういえば拘束されている間、痛みは全くなかった気がする。
そんなキースを呆れた目で見ながらニルが言う。
「やっぱり……ブルーノが何であんたをよこしたか分かったわ、ザコだからよ」
「あぁ!?誰がザコだテメェ!」
「女に言いくるめられるわ手錠が外れかけてるのに気付かないわ、ザコキャラじゃないスか完全に」
「ザコなら、万が一私達に危害を加えそうになっても、返り討ちにできるものね」
何か言い返そうにも言葉が見つからず、ただただ悔しさに唇を噛むしかできないキース。
良くない……この流れは非常に良くない。
これはアレだ、娘さんを下さいと言ったらチャーハンを渡されて帰されるパターンだ。
せめてスミスの部屋の情報だけでも得て帰還せねば。
「そうそう、ラスカルなら二階の自室よ。ドアが開いてると思うからすぐわかるわ」
「って、ずいぶんさらっと自白したなおい!」
と思っていたら、ニルが勝手に喋ってしまった。
「ちょっと、なにカリンの許可無しに勝手に白状してんですか。裏切りです」
「こいつが単にラスカルを始末しようとしてるようには思えないの。女の勘ってやつよ」
「……あっそ」
まぁ確かに親父の事を聞いて、スミスの返答次第ではクローバーを説得すればいい話だから、あながちその勘も間違いではない。
こっちも、できる限り穏便に済ませたいとは思っている。
カリンはまだ不服そうだったが、キースを振り返らず外に飛び出していった。
彼女なりの肯定の意思表示のようだ。
「あ、そうそう。もしアンタが殺されたら財産は私が全部もらってあげるから安心しなさい」
「不安しかねぇよ」
適当に受け流してニルを戦地に送り出し、リビング脇の階段へと向かう。
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