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二階は完全な住居スペースとなっており、各々自室が割り当てられているが、従業員が三人しかいないため空き部屋がちらほらある。
ふとドアが僅かに開いている部屋を見つけた。ニルの言った通りだ。
「……」
……ここにスミスがいるのか?
慎重に開けてみる。
と、そこは儀式でもやってるのかと思うほど、どこもかしこも時計づくめだった。
カーテンを完全に閉めきった真っ暗な部屋を彩る砂時計に日時計、鳩時計エトセトラエトセトラ。
そしてそんな部屋に埋まるように存在している一つの塊。
洗濯物が放置されてるのかと思ったが、よく見てみるとそれは俯せで倒れ込む子供だった。
色素の薄いボサボサの髪は長さが半端な上、服装も大きめのパーカーに色褪せたジーンズと中性的で、見た感じでは性別がわからない。
パーカーは動物の耳としっぽ(多分タヌキかあらいぐま)が付いており、ファンシーな雰囲気。
だがそれを差し置いて絶叫もののポイントが一つ。
血まみれだった。
いきなりサスペンス劇場。
小説顔負けの場面に遭遇し、キースは混乱の極みに立たされた。
ちょ、誰か救急車……ダメか、ここ山奥の殺人鬼宅だし。
とりあえず揺さぶって生死の確認をしよう。
「おい、しっかりしろ!! 目ぇ覚ませ!」
呼びかけに反応するように、チビッ子のパーカーに付いたしっぽがピクリと動いた。
もぞもぞ動いた後、亀並のスピードでゆっくり起き上がる。
ぼんやりした水色の目を薄く開けた。
気がついたか……ホッと胸を撫で下ろす。
そしてそんなキースに対し、あらいぐましっぽのチビッ子は。
「あーー……なんだようるさいな……まだシフト交代の時間じゃないだろ~?」
そうぼやき、あらいぐま(略)は眉間を揉みながらため息をついた。
「見なよ、まだ三十分も経ってないじゃないか。ホントもう大概にしてくれよ。三日連勤はさすがにキツいって」
カッチコッチ鳴っている壁掛け時計を指差して文句を言ってくるあらいぐま。
どうやら寝ぼけてキースを仲間と勘違いしているらしい。
というかこいつ、見た目とのギャップがだいぶ激しい。
起こされてこんなリアクションするのは、徹夜明けの社会人ぐらいじゃないだろうか?
「本ッッ当に勘弁してくれ……これ以上は命に関わるよ……」
「わ、わかったわかった!休んでいいからちょっと目ぇ覚ませ!なっ、なっ?」
くしゃくしゃ頭を撫でてやったのがよかったのか休んでいいという言葉に反応したのか定かではないが、唐突にあらいぐまっ子の意識が覚醒した。
「おや……誰だぃきみ」
きょとんとキースを見上げるあらいぐまっ子。
今まで丸まっていて気付かなかったが、チビッ子は怪我でもしているのか首と手足に包帯を巻いていた。
「新メンバー入りに賛同した覚えはないし……ぼくがシフトじゃないのにニルとカリンちゃんが会わせたって事は……もしやきみ、ザコ?」
「ザコザコ言うんじゃねぇよ何度もよぉ!」
チビッ子相手に大人げなく怒鳴ってしまったが、彼には彼で譲れないプライドというものがあるので許してやってほしい。
「おい。お前ラスカル・スミスか?」
「ラスカル? ……あぁ、うん。まさしくその通りだねぇ」
寝ぼけているためか、言葉をゆっくり反芻するラスカル。
やっぱりかと、ため息を吐きたくなったが気を取り直して口を開く。
「聞きたい事がある」
「その前に、ちょっとカーテン開けてくれるかぃ。眠気覚ましに日光浴をしたいんだ」
のんびりした口調で言い、カーテンを指差す。
そうしなければ話が進まないと思い、仕方なしに窓際まで歩いていってカーテンを開けてやった。
途端に、部屋中に眩しい光が満ちる。
ラスカルは目を手で庇いながら、目が慣れるのを待つ。
「今日は確かめたい事があってきた」
「何だぃ」
「テッド・アンダーソンって男知ってるか?十年前にお前が殺りまくった中にこの帽子被ってる奴いたか」
これ、と被っている帽子を指差し問う。
この帽子は父の形見なのである。
「ぼうし? 帽子……」
もはや癖なのか、言葉を復唱してゆっくり考えるラスカル。
「いや、いなかったな。みんな黒一色の喪黒福造みたいな格好してた」
「覚えてんのかよ」
「覚えてるさ。でもさすがに百十年もする時間の流れには逆らえないよね」
「は?」
百十年?
何を言っているんだ。
外見は何故か子供だが、実年齢は二十歳前後だろうに。
「終いには大好きだった友達のことも忘れかける始末さ。だから――」
不意にラスカルは、近くに落ちていたガラスの破片で自分の腕を突き刺した。
止める間もなかった。
というより、動作がごく自然すぎたのだ。
ぶかぶかの服に鮮血が染みていくのを、ラスカルは愉しげに眺める。
「こうして忘れないようにしてるんだ。彼の顔も匂いも温かさも血の色も、全部。痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて、忘れられない。忘れたくないんだ、何もかも……ふふふ、次は何しようかなぁ。ハラキリとか?外国文化にあやかってさ。ははは」
キースはしばらくあ然としていたが、ハッと我に返り慌ててラスカルの腕を掴んで止めさせた。
「何やってんだバカチビ!」
「ちょっと離してくれよ、邪魔しないで……」
腕を振り払おうと鬱陶しそうにキースを上げる。
その時、ようやくラスカルは日差しに目が慣れたようでキースの顔をまっすぐ見た。
するとその途端、ラスカルは眠そうな薄水色の目を見開いて、心底驚いたような、というより幽霊でも見たような顔をした。
「ルーク……?」
か細い声でラスカルは呟いた。
そして次の瞬間、ラスカルは突然叫びだした。
指先まで包帯が巻かれた手で顔を覆い、元々ぐしゃぐしゃな髪を振り乱す。
キースはいきなりの事に動転しながらも何とかラスカルを落ちつけようとした。
いくら殺人鬼とはいえ、相手は(多分)子供だ。
自分も男である以上、優しく接するのが暗黙の了解。
だが頭を撫でたり抱きしめてやったりする前に、ラスカルは震える手でキースのシャツを掴み、胸にすがりついてきた。
「お、おい……」
「ルーク……ルークっ……、ルークぅ……」
誰か分からない人物の名前を連呼し、そして急に糸が切れたように倒れ、キースの腕の中に収まった。
(何だ、こいつ……?)
「あぁ、また気絶したのね。出血多量で」
混乱していると、あっけらかんとした口ぶりで言いながら救急箱片手にニルが部屋に入ってきた。
いつの間にか、戦闘は終わっていたらしい。
キースからラスカルを引っ剥がし、輸血パックを繋いでいく。
「またって……いつもこんな事してんのかよ」
「えぇ。何でも、昔死んだ友達との約束があるとかで……。けど、生きてればその内、昔の事なんて忘れちゃう。だから自傷行為に走るのよ。思い出を、一つたりとも忘れないために、自分の体を傷つけて記憶を刻みつけてね」
「そんな事しなくても、もっと他に方法ってもんがあんだろ!」
「子供の純粋な心で感じたものは、なかなか拭い去れるものじゃないのよ。トラウマみたいなものね。それに、他人が口出しできる話題じゃないと思うけど?ましてやあんた、元々はこの子を殺しに来たんでしょうし」
「……」
ラスカルはテッドを殺した覚えはないと言った。だがそれじゃあクローバーの話はどうなる。
ラスカルが嘘をついているとは思えないが……。
それにラスカルが言っていた、ルークという人物。
反応からして、おそらく自分に何かしらの共通点を見出したのだろう。
どういう人物なのだろうか。
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