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俺は、なんてことをしようとしていたのだろう。俺がしようとしていたのは、いわば臓器売買。人間を売る行為だ。金がないからといって、犯罪行為に手を染めようとしていた俺を、ぶん殴ってやりたい。この女は、金なんて貰えなくても、俺にここまでよくしてくれたというのに。
「……お前、さ。何で見返りもない――もしかすると暴言吐かれてもおかしくないはずなのに、何で金がない俺にここまで……?」
ぐす、と鼻をすすりながら、待機している女に尋ねる。女は、二度瞬きをして口を開いた。
「それが私の使命だからです。……いえ、少し違いますかね」
女は少しだけ考えるような素振りをして、ひび割れた頬を指先で掻いた。
「なんとなく、貴方が私と似たような感じがして、放っておけなかったんですよね」
女は、照れくさそうに笑んだ。
お人好しのアンドロイドかよ。人間よりも機械の方が温かいだなんて、そう思う日が来るとは思わなかった。
俺はやっぱり、メカニックだったときの心を捨てきれていないのだと思う。きっと、機械が好きなのだ。それがどれほど無機質で冷たいものであっても、彼らは彼らなりに生きている。
そう感じざるを得ない。
「……さぁ、お食事が済みましたね。片付けが終わりましたら、どうぞ私を解体なさってください」
女が無理やり話を切り替えるように、空になった食器を手にとった。所々塗装が剥げて、内部がむき出しの腕を必死に動かして。
その時に見えた女の顔が、事故に遭う前日の母の顔にそっくりだった。「久しぶりのデートなの」と、父と共に出かけていった、優しい母の顔に。
俺は立ち上がり、女の腕をそっと掴んだ。それはあまりにも細くて脆かった。女は食器を置き、ゆっくりと振り返る。
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