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「……では、ご家族は?」
「お前はプライベートなことばっか聞くんだな」
「申し訳ございません」
「いや、別に俺も話し相手欲しかったから構わねぇけどよ。……家族はいねぇ。事故で死んだ」
「その後はずっとお一人で?」
「アンドロイドを買う金なんかなかったからな」
女は一度だけ振り返り、俺をじっと見つめる。同情でもしているつもりなのだろうか。心なしか、女の顔が少しだけ寂しそうに歪んだ気がした。
「寂しくは、ないのですか?」
「寂しい?さぁな。そんなん感じてる暇もなかったよ」
目を閉じて嘆息する。両親が生きていた頃は、貧しいながらにも幸せな生活を送っていたと思う。アンドロイドもまだ普及したばかりで、誰もが便利で心地よい世界で生きていた。
そんな両親が死んだのは、アンドロイドの誤作動が原因の交通事故。あまりにも唐突で、理不尽で、涙なんて出なかった。ただ、心が機械のようにさび付いていくことだけが俺には分かった。
そこからはもう、落ちるところまで落ちた。あのゴミ捨て場に辿り着くまであっという間だったし、どうやって流れ着いたかも今は曖昧で思い出せない。
「……これから、どうするおつもりですか?」
「決まってんだろ。お前を売った金で、人生をやり直す」
ベーコンの焼けるジューシーな音をかき消すくらい、はっきりとした声で言ってやった。女は黙ったまま、手を動かしている。自分の身が売られるというのに、何の反応も見せないソイツに無性に腹が立った。感情のないロボットにそんなことを思っても無駄だというのに。
「この世界は便利になったが、腐っちまったな。生きづらいったらありゃしねぇ。全部、量産された機械どものせいだな」
「……私たちアンドロイドも、単なる道具として扱われる嫌な世界です」
その声は、憎しみと哀感を帯びた震えた声だった。一瞬、この家に人間がいるのかと思って振り返りそうになるが、その声は明らかに女のものだ。
まるで、人間の声音そのものだ。感情を乗せた、繊細な声。
まさか、コイツは、本当に感情を……?
そんなわけあるか。感情を持つ機械だなんて、都市伝説に違いない。女の背を見つめたまま、俺はメカニックの頃に冷えた無機質な機械に触れていたことを思い出した。
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