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尚もコーヒーを啜る葦屋に、工のことを聴くか迷う。
そもそも、彼は工が恋人ゲームをしていたことを知っているのか? 真偽を確かめたその後は? 今更工のことを知って、何が変わる?
尽きない疑問は次々と頭の中を占領し、私から言葉を奪う。
「おい、紫月」
私の頬を摘んだ葦屋は、小動物を愛でるかのように頭を撫でた。無理矢理覗き込もうとしない辺り、彼の優しさを感じる。
顔を上げると、私は工のことを尋ねた。
「工は元気?」
「工くん? 元気だと思うけど」
いきなりどうした?
何の脈絡のない私の言葉に、彼は不思議そうに首を傾げる。私は何の脈絡もなく彼のことを口にしてしまったことに気付き、慌てて言葉を付け加える。
「2人とも院生なのに顔合わせないの?」
「工くんの研究室、ブラック企業さながらのサビ残三昧だから」
「それは葦屋のとこも変わらないと思うけど」
「どうだろうな」
大学院生はそんなもんだと思うぜ。
葦屋はそう言って力なく笑う。新社会人も大学院生も、忙しさはさして変わらないようだ。
頬を搔いた彼の視線は遠くを見つめていて、何を考えているのか察することは難しい。
「――紫月さ」
「ん?」
「もしかして、恋人ゲームのこと聴いたの」
彼の言葉に私は息を呑んだ。
その一言で、頭の中でひしめき合っていた疑問が、泡が弾けるように消えていく。
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