工と、黒い噂。

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「……言うべきか迷ったんだけど」 「ん?」  私の言葉を遮るようにして、菜摘が口を挟む。そして真剣な顔で私を見た。その表情があまりにも真剣で、私は姿勢を正す。 「逢沢工は、恋人ゲームをしてるらしいの。大学生のころから」 「恋人ゲーム?」 「そう。付き合って1ヶ月のうちに別れを切り出されなかったら勝ち、ってゲームらしいよ。負けたら罰ゲームで、付き合ってた女の子は絶対に1ヶ月で振られるって噂になってた」 「菜摘は、工がそんなことしてるって言いたいの?」  彼女は私の問いかけに何も言わなかった。  多分、何も言えなかったのだろう。俯いたまま唇を噛む。  私はと言うと、店の外を行き交う車をただ見つめていた。信じたくはなかったけど、10年来の友人である菜摘が意味もなくそんなことを言うはずは無いこともまた分かっていた。  ――工が、恋人ゲームを…… 「それを聴いて納得した。工と麻里と付き合い始めたって噂が広まる前に、別れたって聴いたから」 「私は紫月が相沢と付き合うことにならなくて良かったと思う。この噂を聴いたのこの前だから、知らずに付き合ってたら、きっと……もっと辛かったんじゃないかな」 「……」  何も言わずただ店の外を眺めながら涙を流す私の背中を、隣の席に移動した菜摘がゆっくりと擦る。  その手が温かくて、私は涙を強く拭った。彼女の温かさが、凍りついた心を溶かしていく気がした。
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