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大熊座の親子
<1>
僕の名は、南 孝生。
僕は物心ついた時から、自分がオメガなのだと云う自覚が有った。
何故なら、僕の視線は常に男子に向かっていて、決して女子に向かう事は無かった。
初恋は、保育園の副園長。
その保育園の園長のご子息で、未だ大学を出たばかりの優しいお兄さんだった。
小学校では、一年の担任だった先生に恋した。
体育大卒のスポーツマンで28歳、細マッチョのイケメンで、何時もクラスメイトのママ達の中心にその先生は居た。
その後、6年生の時に同級生の男子に恋をした。
初キスはその子だった。
彼は勉強もルックスも程々だったが、とにかく運動神経が良くてクラスの人気者だった。
残念だったのは、その彼とのキスを僕の母に見られてしまった事。
ただでさえ僕がオメガだというのに、「そういう所」を見られてしまい・・。
その後周囲からの風評を心配した両親から、私立の中学校への進路変更を強制された。
でも僕から言わせれば、オメガだけは男性でも女性でも妊娠も出産もできるというのに、異性間でしか交際も結婚も大っぴらにできないと云うのは・・おかしい気がする。
でもそういう「男女の役割」とか「住み分け」みたいな物が、未だ根強く支持されている。
これもある種の「男尊女卑」では無いのだろうか。
・・そうは言っても、現在それがこの国の主流である為、従わざるを得ないのが現実だ。
結局、僕は中学校からは良家の子女の通う私立のエスカレーター校に通わされた。
残念ながら初キスの彼とは、そのまま別れる事になってしまった。
だが・・・。
そのエスカレーター校は、オメガである僕にとってパラダイス、夢の空間だった。
何故なら、その学校は高校までは完全に男子校だったからだ。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
ハイクラスなお育ちのお坊ちゃま達にはそれぞれカーストが存在し、それによる陰湿な虐めが当然のように横行していた。
そもそもその学校の90%はアルファ、残り10%のベータとオメガは特に格好の標的にされた。
だが、その中でも家柄や親の職業、資産状況などによって虐めの度合いが変わる。
僕の家は代々医者の家系で、父は歯科医、母も弁護士。
性別はオメガだけれど、しょぼいへまをして”ぼろ”さえ出さなければ虐めの標的にされる事は無かった。
僕は必死に目立たぬ様に努力を六年間し通し、無事念願の法学部に進学した。
しかし・・・。
法科大学院3年の時、悲劇は起こった。
司法試験の勉強の合間の息抜きで、ふらりと立ち寄ったハッテン場のバーで、初キスの相手と再会してしまったのだ。
僕は知らなかったが、彼はあの後、同級生たちからずっと同性愛者の烙印を押されて虐められていたのだそうだ。
しかも、それを暴露したのが何故か「僕」という事になっていた。
その後家庭不和で両親が離婚、定時制高校も中退、今はホストをしながら生計を立てているのだと聞かされた。
僕は必死に彼に「僕が話したのでは無い」事を説明し、何度も謝罪した。
その時彼は何度も頷き、
「いいよ、もう過去の事だから」
・・・そう言って微笑み、許してくれた。
その後彼は、僕をホテルに誘って来たのだが。
司法試験は一週間後、試験前で迂闊な事も出来ず、彼には
「司法試験に合格したら」
と約束し、連絡先だけを交換した。
その後僕は無事試験に合格し、そのまま大学も無事卒業出来た。
就職もすんなり決まり、4月からは母の知人の経営する弁護士事務所で、見習いとはいえ晴れて弁護士として働き始める事になっていた。
その後何だかんだで忙しく、なかなか彼に連絡を取る事が難しかった。
それが漸く、卒業式の夜。
僕はようやく彼に連絡を取り、彼と夕食を共にした。
・・・・その食事には薬が盛られていた。
僕は、知らぬうちに意識を失ったのだろう。
気付いた時には・・・ホテルのベッドの上だった。
彼は、最初から僕に復讐するつもりだったのだ。
だというのに・・・僕は舞い上がって、勘違いしていたのだ。
彼がそんなに簡単に「許してくれる」程、彼にとってその傷は浅い物ではは無かったのだ。
そのホテルで、僕は彼のホスト仲間を含めた三人の男から、代わる代わるに一晩中犯された。
しかもその時の映像は逐一、ネットに生配信された。
・・・・今でも検索すれば、その時のレイプ画像が残っているに違いない。
一つだけ、ラッキーだった事は・・・奇跡的に妊娠しなかった事。
その後彼と、彼と共犯だった2人は逮捕され、有罪が確定。
そのまま刑務所に送られた。
・・・・・でも。
その代償は、想像をはるかに超える物だった。
僕の就職は取り消され、白紙に戻された。
僕の家の近所の人々は、僕が「オメガ」で「レイプ被害者」だと知ってしまった。
その後母が掛け合って、弁護士資格だけはどうにか死守出来た。
でも・・・・・この世界に「僕」が「僕」で居られる場所は、もう存在しない。
家からも一歩も出る事が出来ない。
部屋から出れば、両親にひたすら責められる。
僕の居場所は遂に、家の中の自室だけになった。
・・・・そのまま僕は、世間で言われる「引きこもり」という状態になった。
「そうなんですよ。ね、酷い話でしょう?」
「本当だ、そりゃ酷い。だって、その子には何の罪もないじゃないか」
「ですけどねぇ・・・。世間てのは、とかく意地が悪いもんでしてねェ」
そんな会話が、とある弁護士事務所の応接室で話されていたその頃。
あの事件からすでに一年が経過していた。
その会話の主、六十代ほどの初老の男性はこの弁護士事務所の主任弁護士兼所長。
その男性より幾分若いもう一人は、この弁護士事務所と契約する企業の社長の男性。
とは言っても、彼の会社は世間一般で言う会社とは違う。
彼は小規模ながら、芸能事務所を経営していた。
「・・ハイ、これで契約更新は無事済みました。また一年、よろしくお願いいたします大熊社長」
「こちらこそ、頼りにしてますよ~磯貝さん」
二人は書類を確認すると立ち上がり、固い握手を交わして別れた。
その大熊の去り際、磯貝が思い出したかのようにぼそりと呟いた。
「・・・ああ、さっき伺った「ご子息の受験勉強の家庭教師」。その「彼」に頼んではいかがですか。何せ、彼は難関の司法試験に一発合格する程の秀才ですから。もしよければ、「彼」の母上とは私、知己なもので・・紹介させて頂きますよ」
その話に、大熊が乗り気で振り返った。
「そりゃいい、是非頼みます!」
大熊はその後直ぐ、「彼」の母上から直接事務所に電話を頂戴した。
だが、その返事は随分素っ気無い物であった。
「ウチは一向に構いません。目立った取柄も無い愚息ですが、存分に使って下さいませ。・・ですが、どうやっても所詮、息子をあの部屋から引っ張り出せはしませんよ」
それだけを告げ、早々に電話は切られてしまった。
翌日、彼の母上の事務所から使いの方が来て、家の合鍵を借り受けた。
「・・・よし、やってみるか」
大熊は、その鍵と共に預かった住所を手に、「彼」の家へ向かった。
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