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<10>
彼等はその後、奇跡的に職を得て内二名は社員になった。
・・とはいえ、未だ(仮)ではあるが。
まずは彼等、バンドメンバーの紹介。
彼等は現在、[ストライカー]と云う売れないロックバンドを結成している。
バンドのギター担当/北見 流星(25)・・赤いロン毛。
ベースギター担当/斜 暁生(21)・・ブルーのソフトモヒカン。
ドラム担当/西之川 崔(24)・・グリーンの角刈り(子供達には、ハゲと言われていた)。
シンセサイザー担当/前田 海里(22)・・金髪ロン毛。
彼等の内仮採用になったのが、前田海里と(何と!)斜暁生の二人だった。
残りの二人は、他社タレント専属ののコンサート要員としてすぐに採用され、現在そのタレントと共にツアー中だ。
二人は意外な事に、現在大学生なのだ。
しかもかなり偏差値の高い大学に留年する事無く在籍していた。
そう云う事であるので、現在アルバイトとして採用されている。
その二人の仕事、前田の仕事は・・・帰国子女のスキルを活かし、子供達に英語を教える先生を。
斜は工学部のスキルを活かし、撮影現場やスタジオの配線などを手伝っている。
先日は事務所宛に来たウイルス入りスパムメールを、更に二次加工して送り返してほくそ笑んでいたそうだ。
「その笑顔が余りに薄気味悪かった」・・と、後に南は三木本から語られたそうだ。
それから半月が経過しただろうか。
輝も学校が夏休みに突入し、南のデスクワークが集中する午前中は、図書館で自習をするのが日常になっていた。
その、夏真っ盛りの午前11時頃。
「御免下さいませ」
四階の事務所に、甲高い婦人の声が響いた。
齢はせいぜい三十代後半から40代前半、かっちりしたブランド物のツーピースのスーツを纏ってはいるが、随分と細身の上小柄で背は150センチ程しか無い。
彼女が合コンで無理から「二十代ОLです」と言ったとしても、童顔にうっかり騙される輩が居るのではないだろうか。
応対に三木本が出たのだが、その来客の顔を見るなり血相を変えて、南の許へ逃げ帰って来た。
「あ・あ・・アンタのお姉さんが居る!しかもめっちゃ怖い顔してる!!」
南は一人っ子である。
だが、思い当たる節があったらしく、南が素早く応対に出た。
「・・やっぱり。お母さん・・訪問時には普通、事前連絡位は入れるものですよ?」
「だとしたら、こちらには不要の筈。なんて言っても、貴方を連れ出すときには連絡なんて頂かなかったもの」
オレンジの派手なスーツを身に纏った夫人は、そう南に告げるとふいと横を向いてしまった。
そう、彼女は南の母、南 章江であった。
ちなみに、彼女の御年は52歳である。
だが確かに、三木本の言う通り「母」と云うには・・どう見ても若すぎる様に見える。
背後で黙り込んで、ひたすら考え込んでいた三木本が急に奇声を上げた。
「ええーーーーっ、お母さん?「お母さん?!」若すぎでしょ、どう見ても!!!」
母は、三木本のその一言に機嫌を良くしたのか
「まあ・・事務の方はとても素直で良い方ね」
と微笑み、そのまま黙って応接室へ足を運んだ。
その後、たまたま珍しく在宅中だった大熊が、連絡を受けて応接室に姿を現した。
「ああ、これはこれは・・。今日はどういったご用件で?」
「どうもこうもありません。もういい加減、お宅が拉致した息子を返して頂きたいんです」
にこやかに笑顔を浮かべる大熊に、間髪入れずきつめの一言が浴びせられた。
それには流石に、南が口をはさむ。
「お母さん、待って下さい。”拉致”なんて物騒な事言わないで下さい。僕は一年契約でこちらに雇われているんです。契約書の写しも送付したはずですよ?」
「いいえ、私は少なくとも受け取ったつもりはないわ。それに、磯貝先生の所にも再度お断りをしておきました。・・・ねえ、孝生さん。私達への当てつけだと云うのなら、もう十分でしょう。貴方の新しい職場として、うちの事務所にポストを作ったわ。お父様も貴方の帰りを待っているの。さあ、荷物をまとめて帰りましょう」
全く取り付く島もない。
しかし南も負けてはいない。
「嫌です。僕はもう成人です、大人なんです!もうあなたたちの世話にならずとも、自分の力で十分生きていけます。ですからもう、放っておいて下さい!」
「駄目よ、貴方にはゆくゆく南家の跡取りとして家を継いで貰わなければならないんだから!貴方は一人っ子なんだから、分かるでしょう?」
「分かりませんよ!そもそもそれは貴方達の都合でしょう!」
「「私達の」ではないわ。「南家」の都合よ!」
「んんっ、うぉほんっ!」
親子喧嘩を静観していた大熊が、突如咳払いをした。
それも、そこそこ大きめの。
流石にその咳払いで、ヒートアップしていた二人も思わず大熊を見つめた。
「あの・・・。私からも、お母様にお話があるんですが」
怒りに任せて席を立っていた母は、座り直しつつ大熊に再度尋ねた。
「・・・どのようなご用件ですの?」
大熊はちらと南に目配せをした。
南は頷き、大熊の隣に座り直した。
大熊はもう一度小さく咳払いをすると、母の目をじっと見つめて真剣にこう告げた。
「あの・・・。息子さんを、私に下さい」
母は、何かの聞き間違いだと思ったのか、にっこりと微笑んだ。
「・・・?仰る事が分かりませんわ」
大熊はやや顔を赤らめつつ、再び
「息子さんの孝生君を、私に下さい!」
そう強めに、頭を下げつつお願いした。
その一言に、お茶を持ってきた三木本がお茶をひっくり返しつつ。
南と母は、思わず顔を真っ赤にして飛び上がる様に立ちあがりつつ。
(但し、母と南が顔を真っ赤にした理由は正反対であったが)
「はあああああ~~~~~~???」
・・・と、近所に響き渡る位の大声で叫んだ。
「・・・まあ、言いたい事は分かるんですがね。私は本気です」
「いやいやいや、社長!ツッコミどころ満載過ぎ!!」
「ほっ・・・本気って!貴方結構なお歳じゃないの!うちの息子の歳、分かってらっしゃる?そもそもこの子は男の子です!!!」
「ええ、理解してます」
大熊はいたって冷静に受け応える。
だが、母の方はそうはいかない。
急に見当はずれの方角に向かいだした。
「・・・・ははぁ。さては・・からかってらっしゃるのね。ウチの子がオメガで、あんな事があったから」
「いいえ、あれは痛ましい”事件”でした。同情こそすれ、からかいなんて決してしませんよ」
「・・・・・じゃあ、本気・・?」
「ええ、本気でお母様に結婚のお申し込みをしています」
母は、あまりの事にまたソファにへたり込んでしまった。
「・・・嘘よ、義理の息子がこんなジジイだなんて・・・私は嫌」
「たっだいまぁ~。・・はれ?なんか暗いけど・・・みんな何かあったのか?」
ちょうど絶妙の間の悪さで、輝が帰宅した。
「バカ!アンタは相変わらず間が悪い奴ねっ!」
その輝を、三木本が有無を言わさずに奥に引っ張り込んだ。
「・・・そちらはどなた?」
放心状態の母が、隣で同じく呆ける息子に尋ねた。
「・・・・・ああ、彼・・ここの息子さん・・・・」
その一言に、母が我に返った。
「・・・息子?そうよ・・・・あんな大きな息子の居るオッサンなんかに、ウチの可愛い息子をやれる訳無いじゃないのよ!」
輝は三木本に向かって首を傾げた。
「何だ?息子をやるとかって・・どう云う事?」
三木本は呆れ気味に大きな溜息をついた。
「それがさぁ・・・うちの社長、何とち狂ったんだか急に「南くんを嫁に下さい」って尋ねて来た親御さんに言い始めてさぁ・・」
その言葉が終わらぬ内に、今度は輝が
「はアァ~~~~~?!何抜け駆けこいてんだよ親父!ずりいぞ!!」
と叫び出した。
今度は三木本が、その言葉に
「ええぇ~~~~、アンタら親子でなんかーい!」
とツッコみつつ絶叫した。
「ちょっとお待ちなさい!どういう事なの、貴方達親子のどっちがうちの息子を・・」
「俺です!俺!」
「馬鹿野郎、話がややこしくなるじゃねえか!・・ああすみません、私です。この馬鹿は放っておいて下さい」
「はぁ~~~?馬鹿はそっちだろうが!ジジイの分際でナマ言ってんじゃねえ!南さん嫁にすんのは俺だ!」
「ふざけるな、稼ぎの無いすねかじりはあっち行け!!・・私です、私」
「うるせえ、死にぞこないのくそジジイ!」
「ケツの青いクソガキがナマ言いやがって!」
「ああもう本当、どうなってるの?!」
全員が立ち上がり、もう何が何だかわからない乱打戦になっていたのだが・・・。
当時者である筈の南を除いて。
南は俯いたまま、大きく大きく息を吸い込み・・・。
「・・もういい加減にして下さい!」
ご近所中に響き渡りそうな位大きな声で怒鳴りつけた。
余りに慣れない事をしたせいで、顔は真っ赤、肩で必死に息をしている。
「はあっ、はあっ、はあ・・・・・。もういい加減にして下さい、お願いです」
南が再度必死にそう訴えると、毒気を抜かれた全員がその場にへたり込むようにして座り込んでしまった。
南はその後も暫く荒い呼吸だったのだが、落ち着いてくると少しずつ語りだした。
「・・・大熊さん」
「・・ハイ」
「・・確かに僕は、貴方に告白されてます。でも僕は未だお返事はしてませんよね」
「・・・・・・はい」
「きらり君」
「・・ハイ」
「きらり君も同じです。僕は先ずは一年間勉強を頑張りましょうと、貴方にそう言ったはずです。きらり君も「わかった」と仰った事、覚えてますよね?」
「・・・・・・はい」
「・・・そういう事です、お母さん。僕は今やらなくてはならない事が多くて、ここを離れられません。ですから今日は、お引き取り下さい」
「・・なっ、そんな・・許しません・・・・」
その単語が入った瞬間の、南の無言の圧は凄まじい物だった。
母はそれ以上の言葉を告げる前に、立ち上がった。
「・・一つだけ聞かせて、孝生さん」
「何ですか、お母さん」
「貴方・・・この方達と、未だ身体の関係は無いのよね?」
「ええ、有りません。僕はそういう分別はちゃんとする方なので」
「・・わかったわ。次はお父さんを連れてきますから。私は諦めませんよッ!」
まるで負け惜しみでも言うかの様に小さくそう怒鳴ると、母は立ち去って行った。
母の姿が見えなくなった瞬間、南は力なくソファに倒れ込んだ。
「はぁ・・・・・・」
そんな南を遠巻きに見つめる大熊親子に、
「お腹、すきません?」
そう言って笑った。
大熊は財布ごと輝に渡し、
「・・四人分、マック買って来てくれ、頼む」
そう頼んだ。
輝は無言で頷くと、さっさと階下に降りて行った。
「・・・て事は、私も?」
状況を素早く呑み込んだ三木本の声が弾む。
「ああ、君のも頼んだよ」
気だるげに大熊が告げると、三木本は大急ぎで
「じゃあ、自分の分は一杯頼まなきゃ!行ってきまぁ~すぅ」
そう告げ、事務所から飛び出して行ってしまった。
二人きりになった時、先に口を開いたのは大熊だった。
「・・・すまない、俺は少々せっかちで、よく失敗するんだ」
「でしょうね。母には嘘もついちゃったし・・」
「嘘?」
「ええ。今の所貴方と、最後まではしてませんが。「全く無い」訳では無いので」
「・・・抱きしめてキス位、今時中学生カップルでもやってる」
「フフッ・・母の頭ではきっと、中学生カップル位の事ですら「有罪」なんだと思いますよ」
「じゃあもう君に、何やっても「有罪」なんだろう?それならいっそ、最後まで・・」
大熊が南に頬に手を伸ばしかけた時。
「駄目ですよ、きらり君とも約束しましたから。こういう事は、きらり君の受験が終わってからにしましょう。それに」
「それに?」
「もう二人とも帰って来ますよ。マック、すぐそこじゃないですか」
「確かにな」
大熊が手を下ろした瞬間。
「ずりいぞ親父!南さんと二人きりとか!!」
輝が階段を二段飛ばしで駆け上がって来た。
その向こうから、
「ちょっと、きらり!私一人じゃ重いじゃないの!持ちなさいって!!」
三木本の叫び声が響いた。
大熊と南は顔を見合わせて笑った。
「そんじゃ、飯といこうか」
「そうですね、いただきます」
その日は無事、事無きを得たが・・。
それからも二か月に一回は南の両親が夫婦でやって来て、南に「帰って来い」コールを浴びせるのが大熊家の日常となりつつあった。
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