大熊座の親子

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<4>  泣くだけ泣いて、それが漸く落ち着いた頃、なかなか戻ってこない僕を心配してか輝君が階下の事務所に降りて来た。  その時ソファに腰掛け、3人で談笑していたのだが・・。  大熊さんが輝君を見るなりがばっと立ちあがり、輝君に向かって行った。  そして頭を思いきりスパーンと引っ叩いた。  大熊さんの余りに遠慮のない一発に、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。  ・・のだが、どうやら磯貝さんは見慣れているらしく、悠々と茶を啜っている。  (・・・て事は、これがこの親子の日常・・・・)  「お~ま~え~、折角南さんに来て貰ったってーのに、ポテチ片手にゲーム三昧だったそうじゃねえか!」  「痛ってえな!・・仕方ねえだろ、勉強はガキの頃から苦手なんだよ!」  「じゃあ、どうすんだよ。留年なんて俺は絶対許さねえからな」  「ヘッ、働きゃいいんだろ。今だってモデルでそこそこ稼いでんだからどうにかなるさ」  「馬ッ鹿野郎!高校も出てねえ中卒なんてな、碌な仕事も貰えねえ。もし、モデルが駄目になったら、お前この先どうやって喰ってくんだよ」  「そりゃ・・・・親父の仕事が有るし」  微妙に口ごもる輝に、磯貝が冷や水を浴びせ掛ける。  「あ~、君の親父の仕事は一代限りだろうな。今は大楠蓮君が居るからどうにかなってるが。彼だって歳は取る。君の代までスターが在籍して活躍してるなんて”夢”ははなから捨てたほうがいい」  「悪いけど、僕もお父さんたちの意見に賛成だよ。これから先は、大学を出ていない人間が職を得ていくには厳しい時代になるだろう。今やりたいことが有ったとしても、最低今いる学校は最後まで行くべきだと、僕も思う」  大人三人に包囲網を敷かれ、輝君は俯いて黙りこくってしまった。  だから僕は、輝君を助けるために止む無くこう告げた。  「・・・仕方無い、僕はあの時君の進級を請け負ったんだ。今僕は無職な訳だし、君の為に何でもするよ。だからせめて、一学期の期末まで頑張ってみようよ」  輝君は僕のその言葉が余程嬉しかったのか、一気に表情が明るくなった。  「マジっすか・・・。親父、上の階に確か空き部屋あったよな?」  大熊さんは首をやや傾げつつ、頷いた。  「ン?・・・ああ~、上の階は基本、俺とお前だけだしな。何部屋か空きはあるが」  「じゃあさ、南さんに暫く住み込みで来て貰っちゃ、駄目かな?」  その瞬間、僕は口に含みかけていたコーヒーを吹き出しそうになった。  「へっ・・・?ぐっ、ごほっ・・・」  背を屈めて必死に咳き込む僕の背を、磯貝さんは静かにさすりつつ僕の耳元で、  「ほらな、こいつら人の言う事なんか聞かんじゃろ?」  そう小さく呟いた。  「ゴホッゴホッ!・・・そんな、僕はそんな事一言も・・ごほっ」  僕の必死に発したコメントは完全無視、二人の中だけで勝手に筋書きだけが決まって行く。  「・・じゃあ、話は決まりだな!」  「って、何が?!」  「えっ?何って・・・南さんの部屋とスケジュール。取り敢えず、明日からヨロです」  輝君が「テヘペロ」的な感じで僕にウインクしてきたが・・どう返していいのか分からない。  そして・・頭を抱える僕に更なる追い打ちが。  「おお、もうこんな時間か。私はこの辺で」  唯一の頼みの綱、磯貝さんがそそくさと席を立った。  僕は慌てて、  「ま、待って下さい!この状況で置いてかれたら、僕・・・・」  そう縋ったが、磯貝さんは軽く咳払いし、  「君もこのくらい図太くないと弁護士なんかやって行けんぞ。  今回の事は彼等から「図太さ」と「無神経さ」を学ぶ格好のチャンスだ。気を引き締めて頑張りなさい」  そう言うだけ言って、さっさと事務所を離れて行ってしまった。  「じゃあ、部屋は明日までに空けとくから」  結局それだけ言われ、今日はお開きとなってしまった。  僕は思わず絶叫した。  「ああもう!何でこうなるの?!」  大熊はその絶叫に冷静に突っ込む。  「それ、欽ちゃんだから」    翌日、強制的に僕は大熊家へ移住させられた。  ・・のだが。  その方法はかなり乱暴な物だった。  早朝、日曜日だというのに僕の家のインターホンを連打する輩がやって来た。  ・・・無論、それは大熊親子。  母が寝間着にガウンと云った姿で慌てて玄関を開けると・・。  「ちわーっす」  「やあ、南さん。早朝から申し訳無い。ご子息を迎えにあがりました」  「ちょ・・・何の話ですの、一体?!」  母は全く要領を得ない。  それも当然、僕は何も話していない。  そうこうしている内に、僕が昨夜必死に段ボールに詰めた衣類などが手際よく、玄関に横付けされた大型のピックアップトラックの荷台に詰め込まれてゆく。  僕は母の後ろで大きく溜息を一つ吐いた。  ちなみに・・もう連れて行かれる前提の為、僕は身支度を早々に済ませていた。  その溜息の音で僕の存在に気付いたのか、母は振り返ると僕に掴みかからんばかりの勢いで飛びついて来た。  「ちょっとこれどういう事なの、孝生さん!こんな朝早くから!!」  母の鬼気迫る表情からやんわり視線を背けつつ、小さく呟く。  「・・・「働け」と云ったのは母さんでしょ?だから、この家を出て住み込みで暫く働きます」  「そんな・・・!こんなの、私達への当てつけのつもりなの?許しません!」  「でももう決まった事のようですから」  「「事のよう」・・って、何他人事みたいに・・・」  母は必死に食い下がって来るが、僕の決めた事ではないのでもう仕方ない。  二人で言い合いを続けている内に、もう荷物の積み込みは終わった様だ。  輝君が最後の段ボールを積み込むその横から、大熊さんが頭を掻きつつ笑顔で母に挨拶をした。  「いや~、早朝から申し訳ない。ご子息に家庭教師を依頼した大熊です。それでは、 お約束通りご子息をお預かりいたします。・・あっこれ、ウチの名刺です」  母と大熊さんが話すその横から輝君の呼ぶ声がして、僕が外に出ると・・。  「ああ、ここ乗っちゃって。もう時間無いからさ」  そう促され、面倒な事になる前に車に乗り込んだ。  「ですが・・住み込みなんて聞いてませんわ。しかも、こんなに急に・・・」  ごねる母を尻目に、またも大熊さんの携帯が鳴る。  「あちゃ~、残念ですがもう時間の様で。それじゃあ、また」  大熊さんは母の手に無理矢理名刺を握らせ、素早く車に飛び乗ってしまった。  僕は車のエンジンをかける大熊さんに、一言文句を告げた。  「にしても・・幾ら何でも、早過ぎません?未だ7:30ですよ・・」  「ワハハ、スマン。8時からもう仕事が入ってるんだ」  「それにさ、こんだけ早朝なら話がスムーズに行くかと思ってさ」  「きらり君、それ確信犯じゃん・・・・」  三人の会話もそこそこに、車は一路下高井戸に向けて走り出した。  その後、咄嗟にサンダルを履いて母が数メートル追いかけて来たのだが・・。  早々に音を上げたらしく、もうその後は追いかけては来なかった。  その後母が憔悴して自宅に戻ると・・。  別室で寝ていた父が、大あくびをしつつ二階からのそのそ降りて来て母に尋ねた。  「お~い・・何かあったのか?さっきは騒々しかった様だが」  そのあまりの無神経さに、母は父をひと睨みすると二階の自室に駆け戻ってしまった。  僕はけじめとして、初日の内に伸ばしに伸ばした髪を短く切った。  それからは、僕は毎日多忙と苦労の連続だった。  大熊さんは、実はかなり多忙な人だった。  (やたら僕の世話を焼きに来ていたから、暇人なのかと勝手に勘違いしていた)  小さい芸能プロダクションをほぼ一人で切り盛りしている為、朝から晩までオーディションやら番組の打ち合わせやら、何かしらで不在。  その間、事務所を切り盛りしているのが、事務の三木本さん(既婚者・女性)。  ほかにも営業が二人、マネジャーが数人いるらしいけれど・・。  ここでは誰もが多忙で、かれこれ二週間程大熊家でお世話になっているが、その間ほぼ三木本さんしか見た事は無い。  いつも人手が足りない為に、結果輝君不在時は僕までお茶汲みや電話番、資料整理などのパソコン作業に追われていた。  しかもあの二人。  実は二人とも、料理は決まった物しか出来ないポンコツだった。  おまけに家事は、週一で来る家政婦の女性に丸投げ。  一度僕が輝君に、  「チャーハンがあんなに上手にできるんだったら、他の物も出来るでしょう?」  と尋ねたら。  「だって、親父が「男はチャーハン・焼きそば・カレーが作れりゃ、上等」って言ってたし」  とスマホ片手に、かったるそうに答えた。  納得いかない僕は、その事を大熊さんにぶつけた所。  「少なくとも、俺はそうやって学生時代凌いで来たし。実際、死んでないんだから大丈夫だろ?」  そうしれっと告げられた。  (いつの時代だよ・・・)  僕は愕然としたのを覚えてる。  結局、僕の母が料理も家事も全くしない為、週二で来ていたお手伝いさんに小中高の12年習い続けた料理を、毎日彼等の為にふるまう羽目になった。  (そもそも僕の方がレパートリー多いし。仕方ないか・・)  洗濯も、物心ついた時から他人に洗われるのが嫌で自分でして来た。  だから、仕方無く・・仕方無く、彼等の洗濯物も僕がしている。  結果。  毎朝彼等より早く起きて家事をこなし、朝食を作って食べさせ、彼等を送り出し、炊事洗濯を終わらせ、ル〇バに留守中の掃除を頼み、輝君が帰宅するまで四階のオフィスで事務の手伝いをするのが朝のルーティンになってしまった。  そして今日も、昼の12時を知らせる音楽が事務所内に鳴り響いた。  (そういう機能のある、人形たちが時間になると踊りだす可愛らしい仕掛け時計が、事務所の一番奥に掛けてあるのだ)  「ああ~~~~っ・・・・」  さっきまでずっとパソコンの画面と戦い続けていた僕が、そんな情けない声を上げつつ伸びをすると、奥のデスクでずっと帳簿整理を続けていた三木本さんがくすくす笑った。  「やだ、南くんってまだそんな年齢じゃないでしょう?ちょっとおっさん臭かったわ よ」  「ええ~~っ、大熊さんみたいって云われるのは嫌だな・・」  「オイオイ、誰がおっさんの代表格だよコラ」  三木本さんと僕は顔を見合わせて、せーので指をさす。  ・・当然の様に、タイムリーにそこに居るのは大熊さんだ。  「お~~い!ひでえなぁ、あんまりだろ」  玄関先で項垂れる大熊さんの背後で、透き通った嬌声がした。  「社長、相変わらず良い弄られキャラですね」  大熊さんの後ろから現れたのは・・あの、超売れっ子タレントの大楠蓮君だ。  「蓮君!・・あれ、今日は?」  と僕が尋ねると、蓮君は12歳とは思えない大人びた笑顔で笑った。  「ええ、今度の大河ドラマの初顔合わせが今日なんです。それで学校は早退して来ました」  「えっ・・・大河?!凄い!!」  「しかも今回の役は主人公の弟役、準主役扱いの大抜擢だ。・・凄いだろ?」  「偉いのも凄いのも社長じゃありませんから。調子こかないで下さい」  威張る大熊さんに、三木本さんが冷静なツッコミを入れた。  そのツッコミに蓮君が更にからから笑った。  「あっはははは!三木本さんのツッコミ、やっぱりキレが違いますね~!」  「こら、あんまり大人を馬鹿にしては駄目よ、蓮」  蓮君をそう窘めつつ背後から現れたのは、蓮君のお母さん。  もう本当に超絶美人の、とんでもなくエレガントな女性だ。  その品の良いお母さんは、何時もの様に僕達に  「息子が何時もお世話になっています。どうぞ宜しくお願い致します」  そう言いながら深々頭を下げた。  思わず、  「・・ああ、いつ見ても綺麗で品の良いお母さんだね。今でもそのまま主役級の女優さんやパリコレモデルで通りそうな位素敵だよね・・・いいなぁ、羨ましい」  うっとりしながらそう言ってしまった。  蓮君のお母さんは顔を赤らめつつ、  「まあ・・お上手ですわね、新人さん」  そう言うと朗らかに微笑んだ。  その笑顔もまた・・大輪の牡丹の様に美しい。  しかしその時またも、大熊さんの携帯が鳴った。  大熊さんは時計を見ると  「む、もう時間だ。それじゃあ、留守を頼むよ」  そう言い、階下に駆け下りて行った。  それに倣い、蓮君のお母さんも軽い会釈の後、その場を離れて行った。  だが蓮君は僕に近づいて来て、こう耳打ちして立ち去って行った。  「お世辞でも、母をあんなに褒めちぎって下さって有難うございます。この後の仕事がやりやすくなって、助かります」  しかし、本心を口にしただけの僕は合点がいかない。  「待って、蓮君。僕は・・・」  そう言いかけたのを、三木本さんに制止されてしまった。  「駄目よ、言いたい事は分かるけど。急いでいるんだから」  「あ・・・っ、そうですよね。スミマセン」  
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