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その後、昨晩の残りを詰め込んだ大きめのタッパーを囲みつつ、三木本さんと何時もの様に昼食をとった。
そのお弁当の内容は・・・。
肉詰めピーマン、残り物のきんぴらを玉葱とレタスでかさ増ししたサラダ、セロリときゅうりの浅漬け、おかかおにぎり。
「ああん、何これー!肉詰めピーマン超うま!きんぴらごぼうのサラダも最高!何よ、あのポンコツ親子、こんないいもん毎晩食ってんのー?あー超むかつくー」
三木本さんは最初、自分のお弁当をちゃんと持参していたのだが・・。
次第に、弁当箱に白米だけをぎっしり詰め込んで、僕の持参するおかずを勝手に食べる様になってしまった。
そして今日も、三木本さんの箸は止まらない。
結局しっかり腹一杯になるまで食べたらしく、お腹をさすりながら空の弁当箱の蓋を閉じた。
「ゴメンねぇ~、うちの子達、未だ保育園児でね。子供に合わせた物ばっか一緒に食べてるといい加減飽きちゃって」
「三木本さんの口に合ったんなら、光栄です・・」
(本当、この事務所の人たちは全員容赦無い)
僕はその後、タッパーに僅かに残ったおかずを摘まんで昼を終わらせた。
(これからは、三木本さんの分もおかずを作ろう・・・)
僕が溜息を心の中で小さく吐くと、お茶を啜りながら三木本さんがさっきの事を説明してくれた。
「・・で、さっき蓮君になんて言われたの?」
「・・僕のお世辞のおかげで、仕事がやり易くなったって・・」
「ああそう」
「でも、僕は決してお世辞じゃなくて・・・!」
「解ってるわよ、あの人見た目だけはすっごく綺麗だもん。だけど、ねぇ・・・」
「?」
三木本さんは、辺りを頻りにきょろきょろしだし、周囲に人影が無い事を確認すると、僕の耳元でこう呟いた。
「蓮君が言ってたのよ。あのお母さん、すんごいプライド高くて我儘なんだって。だから蓮君がオメガだからってのがどうにも許せなくて、アメリカでは育児放棄されてたって」
「えっ・・・?」
「見た目は綺麗でも、中身がそんなじゃあね・・。
蓮君の芸能界入りも、アメリカの白人社会で虐められた経験からだって。
蓮君が云うには、「僕を、ひいては自分を認めて貰える場所が欲しかったんでしょうね」ですって」
余りに衝撃的な事実を知ってしまい、僕はショックで口がきけなくなってしまった。
三木本さんは湯飲みを置き、空を見上げて大きな溜息をついた。
「わずか13歳の我が子にそう言わせる母親って・・。私も一応母親やってるけど、あれは無いわ・・・。ああ、分かってるだろうけど、これオフレコね」
僕は其処で、ずっと温めていた質問をぶつけてみた。
「そう言えば、三木本さんて一体幾つなんですか?」
そう尋ねると、三木本さんはグーを二つ作り、僕のこめかみを思いきりグリグリして来た。
「女に年齢たずねるのはルール違反!」
「いってててて!」
その後もひとしきりグリグリされた後、僕が
「・・お昼いつもご馳走してるんだから。良いじゃないですか、それ位」
そう呟くと、三木本さんが「しまった」という表情をしながら、小声で
「わかったわよ・・・・・34歳」
と渋々教えてくれた。
「なんだ、全然若いじゃないですか」
「だ・か・ら!私より若い子から「若い」って言われても、嬉しかないってーの!」
「ハハッ、そうだよな。加代子実際ババアだしな」
「何だよ、もう帰って来やがったのかよ。このクソガキ」
「ちぃーす」
そんなやり取りをしている内に、昼終わりの輝君が帰って来たのだ。
僕は食い気味に、
「それより!学年末テスト、どうだった?」
そう尋ねたが・・・。
輝君はいかにも気まずそうに頭をぼりぼり掻いて、
「・・・サーセン、全滅っす」
そう言いながら逃げて行ってしまった。
それを聞いた瞬間、がっくりと肩を落として項垂れる僕の肩を、三木本さんがポンと叩いた。
「まだ一年ある、ドンマイ!」
そうは言ってもこの一年は「勝負の一年」なのだ。
あの”やる気スイッチ完全オフ”の輝君を、どうやってやる気にさせながら大学合格レベルまで引き上げるのか。
課題は尽きない・・・と言うか、課題しかない。
僕は輝君に夕食を提供し終わると(そもそもそれ自体本来の仕事ではない)、彼への指導方針をリビングのテーブルでノートに書き始めた。
軽く伸びをしながら何気なく時計を見上げると、もう23時を回っていた。
(今日も遅いな、大熊さん)
大熊が帰宅するまで待ち、みそ汁を温めておかずをチンしてから就寝するのが、ここに来てからの僕のルーティンになっていた。
だからその為に、自室にも戻らずわざわざリビングでノートを書いていたのだ。
(・・まあ、こんな”女房”みたいに甲斐甲斐しく世話する必要は無いんだけれど)
そもそもそうなったのは、ここに来ているお手伝いさんの料理が余りにしょっぱくて脂っこく、僕の口に合わなかった事がきっかけだった。
僕の家に来ていたお手伝いさんは京都の出身で、味付けが薄く、素材のうま味や甘味が感じられる上品な野菜メインの料理が多かった。
だが、ここに来ているお手伝いのおばさんの作る料理は、自身が脂っこい物が好きだからなのか、味付けがやたら濃くて脂の浮き出たギトギトした物が多かった。
僕は胃が弱いので、そんな料理には早々ギブアップし、自分の分を自炊しだしたのが始まりだった。
結果・・・。
「ただいまー。お、今日はサバの味噌煮かぁ。蕪のそぼろあんかけ、俺これ好きなんだよな~。みそ汁は何?」
帰宅早々、大熊さんは夕食の物色をしだす。
それをどうにか風呂に向かわせるのが僕の仕事である。
「ハイハイ、今日は酒粕入りの豚汁です。サッサと風呂に入って下さい。温めときますんで」
「おお、悪いね何時も」
その後大熊の携帯が暫く鳴り続けていた。
風呂上がりの大熊が鳴り続ける携帯を手に取り、漸く携帯の電源を落とした頃には、南はダイニングテーブルに並べられた料理の横で、くうくうと安らかな寝息を立てていた。
大熊は風呂上がりでパンツにシャツ姿だったのだが、しゃがみ込んで南を抱き上げると南の部屋まで抱えて行き、ベッドに寝かせていた。
・・・のだが。
(あれ、親父帰ってたのかよ。って、そこは南さんの部屋だろ・・)
その様子を、トイレの為に部屋を出た輝が何となく気になり覗くと・・・。
ベッドに寝かせた南に大熊は甲斐甲斐しく布団を被せると、その頬を優しく撫で、そして頬にキスをしていた。
(・・・・ッ!)
父親の「そんな所」を今まで見た事が無かった輝にとって、その光景は衝撃以外の何物でも無かった。
その後、輝は音を立てぬ様に部屋にどうにか戻ったものの・・・。
(何だこれ、俺はどうかなっちまったのか・・?)
心臓の鼓動が苦しい程脳裏にこだましている。
体中が火照って、どうにもならない。
(止まれ、止まれ、止まれ!)
必死に胸を押さえるが、鼓動は落ち着く気配がない。
(どうしたんだ俺、こんなのまるで・・・・)
似たような経験はある。
だがそれは、友人とこっそりアダルトビデオを”初めて”鑑賞した時。
初恋の彼女に告白して、両思いになった記念にした”初キス”の時の。
・・・彼女との初セックスの時の、まさに”あれ”に酷似していた。
口元を押さえて下を向くと・・股間ははちきれんばかりに隆起したモノで膨らんでいた。
(これは何かの間違いだ、俺は同性愛者なんかじゃない!)
必死に自身に言い聞かせていると、父が南の部屋から出て行く音がした。
その足音が完全に階下に降りたのを確認すると、いけないと思いつつも南の部屋に忍んでいった。
・・そっと部屋のドアを開けるが、南は完全に熟睡しており目覚める気配はない。
暗がりでじっと、南の顔を覗き込んだ。
眼鏡を外したその、やや幼く感じる綺麗な顔が、暗闇の中で鈍く浮かび上がっていた。
(まつ毛なげえ・・顔も唇も、小っさ)
その小さな唇が、小さく名を呟いた。
「・・ン・・頑張ろうね、きらり君・・・・」
その瞬間、輝は心臓を射抜かれたような衝撃を覚えた。
そのまま吸い寄せられる様に軽く唇を重ねると・・・・。
軽く触れ、離れた瞬間・・その唇がほころんだ。
「・・うふふ・・・・・」
どんな夢を見ているのかは知らないが、その光景が脳裏に焼き付き、離れ難くなってしまった。
(駄目だ俺、こいつは8つも年上の同性のオメガだ。騙されるな)
輝は必死にそう念じつつ、煩悩に抗いながらどうにかその場を離れた。
部屋にはどうにか戻ったものの、下半身が疼いて・・その晩はまともに寝る事が出来ぬまま夜が明けた。
翌朝。
何時もの様にエプロン姿で輝を起こしに来た南は、寝惚けた輝に絶叫された。
「うわああああっ、何でそんな恰好・・・」
「ええっ、何で?!」
何時もと同じ物を着て同じ事をしているだけだと云うのに、今日に限って輝の反応は何処か変だった。
飛び跳ねる様にベッドから転げ落ちたかと思えば、顔を真っ赤にして南から目を逸ら
してしまった。
「大丈夫?どこかぶつけなかった?」
心配そうに尋ねて来る南の顔をまともに見れない。
そんな輝を心配して、南が膝をついて輝の前にしゃがみ込み、そっと額に手を当てて来た。
「顔赤いよ・・熱があるのかな?」
眼鏡の奥の、大きくつぶらな瞳が輝をじっと覗き込んで来る。
(顔から湯気出そう・・・・これ以上はヤバイ)
そこからどうにか逃れるために、輝は慌てて立ち上がろうとした。
のだが・・何故だか体に力が入らない。
そのままよろけてしまい、気付けば南に覆い被さっていた。
自分がどういう体勢になっているのか、理解してしまったその瞬間・・絶叫した。
「う・・うわああああっ、ゴメン!ホントにゴメン!!」
「だ、大丈夫?よろけるほど具合が悪いんなら、今日は休んだ方がいいよ」
南は輝が心配で、押し倒された事などこれっぽっちも気にしてはいない様だ。
しかしその恰好、傍から見たらかなりえぐい状態だ。
南のシャツの前は引っ張られたせいで肩に近いところまではだけてしまっている。
しかも南の股を押し開いた状態で、輝は南に覆い被さっていた。
・・二人の顔の距離は、僅か10センチほどしかない。
重ねて間が悪い事に、輝の絶叫を聞きつけた大熊が心配して駆けつけた。
しかし。
二人のその・・あられもない格好に、大熊が違う意味で過剰に反応してしまった。
「うおっ・・朝っぱらから何やってんだ!南君はお前の先生なんだぞ!!」
激高する父に、つい輝もカッとなり
「うるっせーよ、ちょっと倒れこんじまっただけだろ・・」
そう吐き捨て、立ち上がろうとしたのだが。
「くそ・・・力が入んねえ」
又も、南の上に倒れ込んでしまった。
「大熊さん、きらり君やっぱり熱があるみたいです。今日はこのまま休ませましょう」
南は覆い被さる輝を腕に抱きつつ、冷静に大熊にそう告げた。
その言葉で頭が冷えた大熊は、頭を掻きむしると
「・・解った、学校に連絡しとく」
そう小さく答え、気まずさに目を逸らせてしまった。
しかしその直後、南はそのままダウンしてしまった輝の下から脱出できずに、
「・・・重い、助けて大熊さん・・・・」
大熊に助けを求めた。
「ああ、スマン!」
大熊は慌てて息子を肩に担ごうとしたのだが、その手を輝が力任せに振り解いた。
「・・いい、自分で出来る」
そのまま、ふらつきながらも輝はベッドにどうにか戻り、父をひと睨みすると顔を背け布団に潜り込んでしまった。
大熊も何も息子に声を掛けぬまま、その場を離れて行ってしまった。
「・・ええっ・・・?」
昨日まであんなに仲の良かった親子の、急な態度の変化に南はどうしていいかわからずにいた。
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