大熊座の親子

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<9>  結局二人の告白は、あれで一旦保留になってしまった。    それから数日後、事件が二つ起きた。  一つ目は、輝の高校の夏休みがあと数日で始まるという、一学期終業の直前。  その日の午前、何時もの様に輝の帰りを待ちつつ、芸能事務所のオフィスで雑務をしていると、輝のバンドメンバーだという男達が数人やって来た。  その応対に、南が出たのだが・・。  「あの、きらり君居ます?」  「ごめんなさい、まだ学校から帰って来てないんだけど・・」  その中の一人、ソフトモヒカンが南を見た途端軽く目を剥き、隣の角刈りに何やらヒソヒソ話を振り始めた。  その後ソフトモヒカンは南と話していた金髪の青年に耳打ちし、青年はその提案に黙って頷いた。  「あの・・それじゃあ、近所で俺ら待つんで、サテンかファミレス教えて頂けません?俺らこの辺の地理に詳しくなくて」  金髪がそう話すと、南は軽く笑って  「ああ、そうですよね。それじゃあ、僕が」  そう言って靴を履き、彼等を引き連れて事務所を出て行った。  その中の一人が、事務所をやたらじろじろと見回してから立ち去って行った。  三木本はそれをファイルの隙間からじっと見ており、その事はいち早く輝の携帯に報告された。  実は、一階のインターホンに出たバンドメンバーを見た三木本が、  「ああ私、こいつら苦手。代わりにお願~い」  と拒否し、南に応対を押し付けていたのだ。  但し、南に  「決してあいつらに油断しちゃだめだからね、気を付けて」  と釘をしっかり刺して。    「ああええと・・喫茶店なら、この道を行ってすぐの大通りに数件ありますよ。ファミレスも、この向こうの大通りになら在ると思います」  「そうですか。・・ああ、そういやさっき、メンバーが一階のガレージ奥に楽器置かせてもらってたんで、一緒に取りに行って貰っていいですかね?」  そう頼まれたのだが、金髪に南は  「すぐそこですよね?でしたらご自分でどうぞ。それじゃあ僕はこれで」  そう告げ、立ち去ろうとしたのだが・・。  急に腕を掴まれ、背後から口を塞がれて、引き摺る様に一階ガレージ奥へ連れて行かれてしまった。  ガレージには大型の車が二台置かれており、その車の裏側となると、表の道路からは死角になってほぼ何も見えない。  南はその大型車の裏側に連れて行かれた。  ちなみにその内の一台は、南を自宅から連れ出すのに使われた大型のSUVだ。  そこで口元に押し付けられた手を外された南が、手が外れた瞬間彼等を怒鳴りつけようとした。  「何するんです、貴方方・・」  しかし。  「・・ねえ、これアンタ?」  彼等の一人が急に、南の前にスマホを差し出してきた。  「何を・・・・・ッ!」  怒鳴りかけた南の視線は、そのスマホの画像に釘付けになってしまった。  「なあ、このさぁ・・縛られて、三人がかりで代わる代わる男に突っ込まれてさぁ、ヒイヒイ善がってるの、これやっぱアンタだよなぁ?」  「急に生配信された映像でさ~、あんまりエロいから俺、録画しといたんだよね」  「ああ俺も見た。あれマジでやばかったよな」  「すっげカワイイ女みたいなお兄ちゃんがさ、男にひたすら輪姦されてんの。あれアンタだったのね~、世間て狭いわぁ~」  彼等は一様ににやけた表情で、じっと南を見つめている。  ・・・彼等の差し出してきた映像は、以前生配信されてしまった強姦映像だった。  「・・・・止めて下さい」  「何言ってんの。綺麗に録れてるでしょ、見て見て!」  「・・・・・・・」  南はその映像から必死に目を逸らそうとするのだが、金髪はしつこくその映像を南の眼前に押し付けて来る。  だからと言って、彼ら四人に囲まれたこの状態で逃げる事も叶わない。  幾度とないやり取りの後、南は精一杯の表情で彼等を睨みつけた。  「何故、解放してくれないんです?」  「だって、アンタ思いの外可愛いんだもんな」  「俺らもさぁ~、この中の人達みたいに~ご相伴に預かりたいナって思ってさ~」  「要はやらせて欲しいんだけど」  「俺らもアンタをザーメンまみれにしてみたい」  「・・・お断りします。忙しいので、これで」  南は再び、その場を離れようとした。  だが、男たちは南を無理矢理押さえつけた。  「放して下さい!」  「駄目、やらせてくれるって確約してくれるまで解放しない」  「いいじゃん、減るもんじゃないでしょ~?」  「アンタ淫乱オメガちゃんなんでしょ?だったらむしろ、男漁れるチャンスじゃん」  「ちゃんとテクで気持ち良~くいかせてあげるからさ」  その時、限界に達した南が男たちを一喝した。  「いい加減にしてください!良いですか、今なら罪には問いません。ですが、これ以上しつこく付きまとうのでしたら、然るべき手段であなた方を告訴します」  男たちは暫くきょとんとしていたのだが、顔を見合わせて笑い出した。  「この状況で何言ってんの」  「多勢に無勢だろ」  「いいからさっさと股開けよ」  「オメガの分際で、偉そうにのたまってんじゃねえよ」  南はその発言をした男にくるりと向き直った。  「今の発言も、貴方方が先程からしている行為も、東京都の迷惑防止条例に抵触しています。そして先程の「口を塞ぎ物陰に連れ込む行為」は、営利目的等略取及び誘拐罪に該当します。それに、先程の「腕を掴む行為」・・あれは暴行罪に該当します」  男たちは流暢に語られる罪状に一瞬怯んだ。  だがその後、激高し  「なら、証拠を見せて見ろ!」  目を剥き、南の襟首を乱暴につかみつつ怒鳴りつけた。  しかし、南は至極冷静に、  「先に言っておきますが、これも暴行罪ですよ。・・・証拠はほら、天井に。・・防犯カメラ、気付かなかったんですか?」  そう言って天井を指さした。  そこには確かに、防犯カメラが付いていた。  しかも、三台も。  男はなおも怒鳴る。  「うるっせえ、こんなモン壊しゃ良いだろうが!」  南は首を静かに振る。  「解ってませんね、このカメラのデータは警備会社に直結しています。それに証拠は一つだけとは言ってませんよ」  「くそ・・・!」  「ああ・・あともう一つ。僕は司法試験に合格した現役弁護士です。貴方方が先程まで私に行った行為と、これから行われるであろう行為に対して、警察に被害届を提出したうえで民事訴訟を起こします。・・・ですが、このままお引き下がりになられるのであれば、被害届は出しません。・・どうなされますか」  男たちは南の口撃に何も言い返せず、固まってしまった。  襟首をつかみ上げていた腕も、”罪状”を読み上げられている内に外れてしまった。  その背後で、輝の絶叫が響いた。  「お前ら、南さんに何してやがんだ!」  バンドマン達は一斉に声のする方に振り返った。  その表情は・・言うまでも無く引き攣りまくっていた。  だが当の南は笑顔で、  「ああ、きらり君にお客さんですよ。僕はそれじゃあこれで」  にこやかに、何も無かったかの様にその場を離れた。  ・・いや、離れようとした。  その腕を、輝は思い切り掴んだ。  「この両腕の腫れてんのは?・・今朝は無かった」  「ああ、痒くてちょっとぼりぼり掻きすぎちゃいました」  南は笑顔でしらを切った。  「じゃあ、何でこんな所に居んだよ。こんなガレージの奥に男ばっかで五人なんておかしいだろ」  「この人達が楽器を置き忘れたとおっしゃるので、取りにちょっと」  余りに南が、本当の事をかたくなに話そうとしないので、しびれを切らせた輝がバンドメンバーの男達を怒鳴りつけた。  「知ってんだよ、防犯カメラの映像スマホで見てたからな!お前ら寄ってたかって・・・・!」  余りに大きな声に、通りがかった通行人が驚いて数人振り返った。  それに気づいた南が素早く、  「きらり君、皆さんを一旦中に入れましょう。此処は曲がりなりにも芸能事務所なんです。トラブルは御法度、こういう話は外ではしない方がいい」  「くそ・・・!」  「皆さん、一旦こちらに」  南はそう促し、バンドメンバーと輝を取りあえず2階へ連れて行った。    「すみませんでしたッ!×4」  部屋に入るなり、メンバーは一様に土下座し、頭を床に擦り付けて謝罪した。  それを、レッスン終わりで帰り支度をする就学前の子供達が母達と共にじっと見つめ、  「ねえ、あのお兄ちゃん達、時代劇みたいな事してるよ」  「ああやって、悪い奴を「成敗!」ってやつ、おじいちゃん家で見た」  「ぼくも」  「あたちも!もっとよく見たぁ~い」  「俺も俺も!」  「せいば~い!」  「わるものやっつけろ~」  子供達は口々にそう言いながら、次第に土下座するメンバーを囲んで頭をぺちぺち触りだした。  「こら、やめなさい」  「駄目よ、大事なお話してるんだから」  保護者がどうにか引き離そうとするのだが・・・。  ただでさえ彼等の頭はカラフルで、しかも形も様々。  子供達にすれば、格好のおもちゃを見つけたようなものだ。  しかもそのおもちゃは只今、不動の姿勢で床にじっと這いつくばっているのだ。  「うわ~なんかトウモロコシみたぁい」  「こっちのピンク色の、猫じゃらしみたい」  「つるつる、ピカピカ。はげえぇ~~~!」  流石に南も輝も、この状況には参ったようで・・・。  「・・もういいから、これ以上子供達の餌食は可哀想だから」  「・・・そっすね」  二人は顔を見合わせて、四人に話しかけた。  「お願いだからもう、顔を上げてくれる?」  「・・・許してくれるんですか」  南は恐る恐る上げられた彼等の顔に、邪気が無い事を確認すると  「・・・もういいですよ。その代わり、二度とあんな事はしないと誓って下さい」  そう溜息交じりに四人に告げた。  その瞬間、四人は一様にほっとした表情を見せ、  「良かったぁ・・・」  「これ以上道踏み外したら、親に叱られる」  「バンド活動も出来なくなっちまうからさぁ・・」  お互いの顔を合わせて胸をなでおろす四人に、今度は輝の雷が落ちる。  「待てよ~、俺の話は終わってねえ!」  又も四人の顔が凍り付く。  「お前らさぁ・・他人ん家来て、一体何やってんだよ!バンド活動は一年休止っつう話でちゃんと説明しただろうが!」  四人はまたも、肩を落とし項垂れる。  「だって、なあ・・・・・」  「お前居ねえと、ガチで客が減るんだよ」  「それもごっそり」  輝が溜息をつきながら、頭をガシガシ掻きむしる。  「・・・アンタらさぁ。曲がりなりにもバンド歴10年前後の先輩だろ?その位俺みたいなガキに頼らずに、実力でどうにかしろって」  「それが出来てりゃ、ここに来てない」  「そもそもそれが出来てりゃ、もうデビューしてる」  思わず南が  「確かに」  と合いの手を入れてしまった。  輝はもう一度頭を掻きむしり、  「・・・・じゃあさ、何で南さん襲ったんだ」  そう問いかけた。  但し、先程までの表情とは打って変わって、かなり鬼気迫る表情であった。  四人は困り顔で再び顔を見合わせたのだが、最初にメンバーに話を振って回ったソフトモヒカンの男が代表して口を開いた。  「それ、みんなに話振ったの俺。お前ントコ訪ねて来て・・・一年前見たエロ画像の本人サン出て来てさ。一瞬面食らったんだけど、「うまくすりゃ、お近付きになれた上、ヤれるかも」って」  その言葉が終わらぬ内に、輝の拳が男の頬にクリーンヒットしていた。  ソフトモヒカンの男は思い切り吹っ飛んで尻もちをついた。  「・・・痛ってえ」  「・・・ふざけんな、あれがどういう画像かお前ら知ってんだろ!南さんが、どれだけ苦しんだか・・今も苦しんでいるか、分かんないのかよ?」  そう叫んだ輝の目には、僅かに涙がにじんでいた。  その輝の、未だ震える拳を南が両手でそっと包み込む。  「暴力は駄目だよ。それでは何も解決はしないよ、きらり君」  南は殴られたバンドメンバーに向きなおり、しゃがみ込んでにっこりと微笑んだ。  「良かったね、子供達が帰った後で。君達、またさっきみたいに囲まれておもちゃにされる所だったよ」  「されりゃいいんだ、こいつらなんか」  輝がそう吐き捨てると、南は立ち上がり、輝の頬を軽く撫でた。  「もう彼等を、僕は許したよ。だからもういいんだ。・・僕の代わりに怒ってくれて有難う、きらり君」  輝は拳を握りしめ、そのまま黙り込んでしまった。  南は再びメンバーに顔を向け、  「・・て事は、仕事が無い訳、君達?」  そう尋ねた。  メンバーは顔を見合わせ、頷いた。  「・・・そういう事っす」  南は輝に、  「大熊さん、いつも忙しそうじゃない?頼んだら仕事、有るんじゃないかな?」  そう提案した。  輝は軽く目を見開き、  「まさかこいつら雇うのかよ?!・・・アンタ、幾ら何でも人、良すぎねえか・・・」  そうう呟きつつ、大きな溜息を一つ吐いた。  南はからからと笑いながら、  「でも、僕は社長じゃないから。一応話だけはしてみるからね」  そう告げ、小さく溜息をついた。  「・・・そこまで悪い子達には見えないよ。流石きらり君の眼鏡にかなっただけはあるかな」  南はそう耳打ちし、そのまま事務所に戻ってしまった。
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