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貴方は誰ですか?
穂乃花は、市内の救急病院に搬送されたそうだ。その情報を聞いて俺と母親はタクシーに乗り彼女が入院している病院に向かった。
病院の入口を抜けてロビーに入ると、そこには穂乃花の父親である俳優渡辺直人がソファーで座っていた。
「あの……、穂乃花……さんは……」俺は恐る恐る彼に声をかけた。
「あ、ああ光……君か、それじゃあ……」渡辺直人は俺の母に視線を送った。
「お久しぶりです」母は軽くお辞儀をした。
「そんな事より、穂乃花さんの具合はどうなんですか!?」俺は詰め寄るように聞いた。
「あっああ、出血は酷かったんだが、命に別状は無いそうだ。ただ、記憶が少し混乱しているみたいだけど……」渡辺直人は気を取り直したように告げる。
「彼女の部屋は……、彼女の部屋を教えてください!」
「まだ眠っていると思うが、三階の右端の部屋だ。名前が書いてある」俺は彼の話を途中まで聞かないで階段をかけ上がった。
母と渡辺直人は、なにやらロビーで話を続けているようであった。
三階まで駆けあがり通路を右に曲がり突き当たりの部屋へ。途中、看護師さんに走るなと注意されるがそんなことは今の俺にとってはどうでも良いことであった。
端の部屋の前で両膝に手をついて呼吸を整える。部屋の入口にかかっている入院患者の名前を示す札を確認する。
『渡辺穂乃花』その名前がマジックペンで書かれていた。
俺はゆっくりと扉を開けて部屋の中に入る。見舞い客は俺の他にはいないようであった。ベッドの上には、まるで眠れる森の美女のように穂乃花が眠っている。彼女の頭にはガーゼが当てられていた。顔に傷は無いようでいつもの可愛らし顔であった。
ベッドの横にある椅子に座り、彼女が生きている事を確認して安堵の溜め息をついた。
「う、ううん」彼女が目を覚ましそうであった。ゆっくりとその瞳が現れる。それは俺の大好きな少女の目覚めであった。
「良かった、ホントに無事で良かった……」俺は泣きながら彼女の右手を握りしめた。
「……」穂乃花の反応が無い。このような彼女の顔を見たことはなかった。
「どうした、どこか痛むのか……?」痛みの具合が気になって聞いてみた。しかし、彼女から返ってきた言葉は俺の予想しなかったものであった。
「ごめんなさい、貴方は誰ですか?どこかでお会いしたことがありましたか?」彼女はまるで俺ではない誰かを見るような目で俺を見つめた。
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