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 かつて、魔法使いと呼ばれる人々がいました。その身に流れる魔力を駆使して摩訶不思議なことをやってのける彼らは、イギリスの発展に大きく貢献したとも言えます。しかし、彼らの力添えによって人々が手に入れた科学の力は魔法使いの仕事を奪い、彼らは数を減らしてしまいました。  そこで、魔法使い達は自分達の身に流れるその魔力を残そうと考えました。国としても、魔法使いが権力を失い減っていくのをただ指を咥えて見ている訳にもいきませんでした。皆さんも知っているように、古よりこの国に暮らす妖魔と呼ばれる怪物達を手懐け、あらゆる場所に潜む妖精達の力を借りて自然を操り、夜の森を闊歩する小人達の悪戯から人々を守り、卑しき者共の手によって数を減らしてしまった伝説に語り継がれる幻獣達を守ることができるのは、魔法使いだけでした。  国は魔法使いを守る事を決め、彼らに爵位を与えました。「特殊貴族」と呼ばれるようになった彼らは魔法や妖魔に関する政務を行うようになりました。みなさん、聞いていますか。居眠りはしないで下さい。           ○  講堂のステージで熱弁する校長先生の声を聞き流している男子生徒が一人、大欠伸をしていた。アクロレイン侯爵家嫡男レゾール・アクロレイン。注意されたのは自分だろうか、などと思いながら寝ぼけ眼で周囲を見回すが、どうやら真面目に話を聴いているのは数人のようだ。特に普通貴族や一般人は魔法使いの話には全く興味がないようである。校長先生はみんなの眠気を払おうと大声になっている。ブロンドやブルネットが多い中で目立つ、夜の森のように暗い黒髪を軽く耳にかけてレゾールは再び欠伸をした。  ロンドン郊外に広大な敷地を持つ、聖サーミスター学園。貴族の子弟も多く通う全寮制の高貴で優雅で気品あふれる豪奢な学園といえども、校長先生の話を聞く生徒達の様子は普通の学校のそれと何ら変わらない。欠伸をしたせいで目尻に浮かんだ涙を拭いながら、レゾールは退屈な長話が終わるのを待っていた。 「えー、みなさん、明日から夏休みです。と、いう訳で、この後はみなさんお待ちかねの年度末パーティーですね。参加する生徒は午後三時までにこの体育館棟二階の大広間に集合して下さい。これで校長先生の話は終わりです。みなさん、九月にまた元気に登校して下さいね」  校長先生がステージを降りる。司会をしていた教頭先生の「修了式を終わります」という言葉を遮って、生徒達のざわめきが講堂に響き始めた。そして、入口のそばにいた教師が扉を開けると同時に我先にと講堂を飛び出す。人の波に流され、もみくちゃになりながらレゾールも講堂を出た。  聖サーミスター学園では毎年修了式の後に舞踏会が開かれている。貴族にとって社交会は大事な交流の場なので、紳士淑女たるものしっかりと作法を心得ておきたいものだ。そのため、この舞踏会はパーティー作法の練習も兼ねている。  大広間で思い思いに食事をしたりおしゃべりをしたりしている生徒達を眺めながら、レゾールは壁際で一人ジンジャーエールを飲んでいた。一部の生徒の脇に浮かんでいる小さな生き物を見て、溜息をつく。 「おうい、レゾール。折角の舞踏会なんだ、もっと楽しんだらどうだい」  紫色のハリネズミのような生き物を従えた男子生徒が近付いてきた。魔力を受け継ぐ特殊貴族の特徴である美しいエメラルドグリーンの瞳が、眼鏡の奥で煌めいている。 「楽しそうだな、フタレイン」 「ははは、私はパーティーが好きなんだよ」 「僕はあまり賑やかなのは好きじゃないな。ダンスも下手だし……」 「じゃあなぜ出席しているんだい?」 「……場の空気に……慣れる為……?」  同級生のフタレイン・エチレンスがにやりと口元を歪める。ふざけた名前だ、とレゾールは改めて思う。科学に存在を脅かされた魔法使いの末裔である特殊貴族は、まるで天敵に対抗するかのように科学的な名前を冠している。しかし、屈してしまったようだともレゾールは思っていた。炭化水素のような苗字の同級生はにやにやしたまま、傍らのハリネズミと顔を見合わせる。 「レゾールは妖魔を連れていないからなあ……。そろそろ従者は必要だろう? なあ、ティーネ」 「ぼくもそうおもうよ」 「そんなの僕の勝手だろ。妖魔の従者を連れていなければならないなんて変なしきたりだよ」 「あはは、仕方ないよ。元々魔法使いは妖魔を引き連れるものなんだから。ああ、でも……君には無理かな」  従者であるハリネズミ型妖魔。個人名はティーネである。小さなお供を肩に乗せて、フタレインは再びにやりと笑う。 「だって、君には相棒の妖魔を支えることのできるくらいの魔力がないもんねぇ。支え切れなくて死なせちゃったんでしょ、最初の従者」 「おまえはすこぶる性格が悪いな」 「ふふふ、それほどでもあるかな。しかし君も勇気があるな。このフタレインにそんなことを言うとは」  やっぱり性格が悪いな。そう言ってレゾールは顔を顰める。 「僕は……もう人間の従者でいいかなと思っている」 「それじゃあ普通の貴族と変わらないじゃないか」  妖魔を連れていない生徒の方をちらりと見てフタレインは言った。手にしたグラスの中でアイスミルクティーが揺れている。 「いやあ、それにしても今年度も終わりか。夏休みが開けたら私達も中等部の五年生だな」 「そうだな」 「五年生かあ……。やっぱり妖魔は必要だよレゾール。それが特殊貴族たるもののあるべき姿だ。本格的に社交界デビューをした時に妖魔を連れていないと笑われるよ。この夏休みの間にいい感じの従者を見付けるといい」  空になったグラス片手にフタレインはウインクをして見せる。  二百年前に起こった最恐の妖魔による災厄の際、その封印に協力したと言われる大貴族エチレンス公爵家。持っている魔力と財力は計り知れない。フタレインは決して家の名前を振りかざしている訳ではなかったが、周りの人間はエチレンスという名前を畏れて一歩引いて接していた。レゾールもそんな周りの人間の一人だ。フタレインからは「君はわりと砕けた感じでいてくれるから私も嬉しいよ」と言われるが、自分ではそんなつもりはない。 「レゾールは水魔法が得意だから、それを補助してくれる水属性の妖魔を相棒にするといい。まあ、頑張りたまえ」  レゾールの肩を叩き、フタレインは大広間の中央を向く。楽団による円舞曲(ワルツ)の演奏が始まり、何人かがペアを作って踊り始めていた。 「さて、私も踊ろうかな。行こう、ティーネ」 「はーい。それではしつれいいたします。れぞーるさま」  輪の中に消えていくフタレインの背を見送って、レゾールはジンジャーエールを呷った。空になったグラスを眺め、溜息をつく。 「新しい従者……か……」
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