旦那様と一夜、その後

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 俺が真面目に答えたら、彼女は目を見張った。そして、ほんの少しだけ肩の力を抜く。 「俺は、君に幸せになって欲しいんだ」  ――大事だから。  最後の言葉は声にはならなかった。  高校二年生の俺は、まだ好きな女の子にアプローチ出来るだけの諸々を持っていなかった。上流階級に仲間入りしたばかりで、劣等感と父親と義理の母親、父方の祖父母への反発心をまだ心の隅に飼っていた。 「ありがとう」  ふんわりと可愛らしく微笑んだ彼女がとても眩しくて、俺は自然と微笑み返していた。  この時初めて、伊ヶ崎の名前も、社長の息子という自分の立場も全て利用してやろうと思えたんだ。  この言葉が、この決意が、全て自分の足枷になるとは思っていなかった。彼女を救うヒーローのようになれるんじゃないかって、思い上がっていたと言ってもいい。  まさか、俺自身が一年後に政略結婚の相手になるとは夢にも思わなかった。  だから彼女の幸せを願った俺が、夫である事を笠に着て抱けるわけが無い。  戸惑ってどうしようもない顔をしていた美咲に、高校生の俺は彼女を政略結婚から解放する事しか思い付かなかった。
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