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すき焼きと親子
ジュー--ッ
目の前で綺麗にサシの入った牛肉が焼かれていく。
とてつもなく魅力的な匂いが、煙とともに個室に充満する。
この店では店員さんがすき焼きを作ってくれるようだ。
ちょうどよく焼けた肉を卵にくぐらせ、口に運ぶ。
「わ、美味しい…」
思わず、口に出てしまった。
とても柔らかく、それでいてほどよい脂が乗っていて、
甘辛い割り下の味もちょうどよい。
沙羅は口いっぱいに幸せが広がるのを感じた。
野菜が投入されグツグツいっている鍋から出る湯気の向こう側には、
同じように頬をゆるめて肉を味わっている父の姿が見える。
なんか、意地張ってるのも疲れたな。
美味しいすき焼きのおかげなのか、
それとも第三者の店員さんがいるからなのか、
個室に充満するすき焼きのいい匂いのせいなのか、
沙羅は苛立ちが収まり、というかなぜ苛立っていたのか不思議なくらい、
穏やかな気分になっていた。
店員さんが出ていったあと、
「・・・今は、風景画にチャレンジしてる。
・・・あんまりうまく行ってないけど。」
ぼそっと、父からの質問に答えてみた。
父は答えが返ってきたことに一瞬驚いたような顔をして、すぐ笑顔になる。
「風景画か、いいね。どこの風景?」
「・・・昔行った公園。大きなクスノキのある」
小さいときに何回か行っただけの公園だったが、
どうしても脳裏にその光景が焼き付いていて描きたくなったのだ。
十年ぶりに出向いた公園には、あの頃と変わらずクスノキがそびえ立っていた。
そういえば、家族全員で行ったっけ…?
「あぁ、あの公園。昔みんなでピクニックしたよね」
やっぱり。お父さんも一緒に行ったことあるんだ。
数少ない、家族での思い出。
二人で鍋をつつきながら、その思い出話をきっかけに
ぽつりぽつりと会話が生まれ始めた。
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