すき焼きと親子

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「はー、美味しかった」 店員さんに鍋を下げてもらい、 一息ついた途端、思わず笑みがこぼれた。 お父さんも、満足気な顔をしている。 「満足してくれたようで、よかったよ。」 食後のほうじ茶をすすりながら しばらく余韻に浸る。 すると、 「失礼致します」 店員さんが入ってきた。 その手にはなにやら大きなプレートが。 「沙羅さん、お誕生日おめでとうございます!!」 え、まさか… 嫌な予感がする。 テーブルに置かれたそれを見ると、 フルーツやケーキ、アイスクリームで彩られたプレートに 「サラ Happy Birthday」 の文字が。 え、これお父さんが? まじか。 友達からもらうならまだしも、恥ずかしすぎる… 「・・・」 黙っていると、店員さんが居心地の悪い様子で 「あ…お取皿お持ちしますね」 と個室を出ていった。 やば、0点のリアクションしちゃった。 店員さんに悪いことしたかも。 「…これ、頼んだの?」 思わず聞いてみる。 「せっかくの誕生日祝いだから。でも、こんな豪華なものが出てくるとは思わなかったよ。」 うわ… 嬉しいよりも、恥ずかしいの気持ちが勝る。 友達同士とかカップルでやるものじゃないの?これ。 が、同時に いい年したおじさんが、しかもこのド真面目な父親が、 「沙羅お誕生日おめでとう、って文字を入れてください」 と店員さんに伝えているのを想像して可笑しくなった。 なんともいえない気持ちになっていると、 なにやら包みが出てきた。 「お誕生日おめでとう。沙羅。」 誕生日プレゼント。 受け取って中を確認する。 「あ、これ…」 中には、新しい油彩画用の筆と、パレットが。 しかも結構良いブランド。 「うまく行かないときもあるさ。無理に続けなくたっていい。」 「でも、楽しいと思っているうちは思いっきり描き続けてみてよ。 沙羅の絵は、見た人を包み込むような優しさがあるのを、お父さんは知ってるよ」 なんかクサイこと言ってる。 だけど、すごく考えて言葉を選んでくれていることが伝わった。 ふふっと笑いながら 「うん。ありがとう・・・お父さん」 この日初めて、お父さんと言ってみた。 個室の中に、ぎこちないながらも少しの恥ずかしさと嬉しさ、 そして小さな幸せの空気が広がった。 少なくとも、食事が始まった時のあの重い空気とは、 全く性質の違うものに変わっていた。 会計を済ませ、個室を出ると 店員さんが見送りにくる。 この人、今日ずっと接客してくれたな。 大学生くらいのお姉さん。困らせてごめんね。 「ありがとうございます。またお待ちしております」 笑顔で見送ってくれた。 「ごちそうさまでした」 少し気まずいから、小さな声でそう告げて、店を出た。 気のせいか、店員さんの顔が明るくなった気がした。
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