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冷たい風
父のメッセージが届いてから何週間経っただろうか。
沙羅はまた、美術室でキャンバスと向き合っていた。
その顔には泣きはらした跡。
「あーーー全然集中できない。」
沙羅は筆とパレットを投げ出し、
背もたれに思いっきり体を預けて天井を仰いだ。
目を閉じて窓から入ってくる風を感じる。
11月の風は、いつの間にか冬の気配を含んでいた。
相変わらず、運動部の声も聞こえる。
サッカー部はもうすぐ大事な大会があるらしく、気合が入っている。
「あーあ、賢治の試合はあの子が応援するのかあ」
そうつぶやてみたら、また涙がこみ上げてきた。
賢治は同じサッカー部のマネージャーと付き合いだしたらしい。
その話を友達から聞いたのは、つい数時間前だった。
メッセージの返信がなかなか来なくなってから、
薄々気づいてはいたけど…
「今度の試合、応援に来てほしい!って言ってきたくせに。」
いよいよこらえきれなくなった涙が一筋、
ゆるゆると顔を濡らしていった。
ピロン♪
スマホが鳴る。
少し前まではこの音に胸を高鳴らせていたのに。
緩慢な動きでスマホに手を伸ばす。
これ以上涙がこぼれるのは悔しいから、顔は上を向いたまま。
「はぁ…」
画面を見て、沙羅は何度目かわからないため息をつく。
なんで、嫌な気分のときって嫌なことしか起こらないんだろう。
父「今日の19時、ここのお店ね。楽しみにしているよ。」
そうだ、今日は父と会う日だった。最悪。
てか、前回のメッセージに返信していないのに。
勝手に予約して、勝手に期待されている。
スマホをカバンに放り投げて、再び目を閉じる。
なんでこんな目に合わなきゃいけないの?
両思いだと思ってた男にはいつの間にか振られてたし、
会いたくもない父親とは食事しなきゃいけない。
もう行かなくてもいいかな。
ふつふつと怒りが胸に湧く。
しかも、今日は全然絵を描けていない。
展覧会まで時間がないというのに。
自分の予定を他人に狂わされているのがとても悔しい。
ぐちゃぐちゃした感情が、怒りに変わっていく。
沙羅は涙を拭い、
何も考えずとりあえず絵に向き合うことにした。
絵は、いつだって自分を無にさせてくれる。
時刻は16時。
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