父の事情

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父の事情

side: 浩一 浩一はスマホの画面を見ながら、 娘に送る半年ぶりのメッセージを考えていた。 業務も一通り目処がついていたので、 コーヒーを淹れて娘のことを考える。 半年に一回の、娘との食事会。 浩一はいつもそれを楽しみにしていた。 娘はいつも、つまらなさそうだけど。 前回娘と会ったときの、 そのあからさまにムスッとした顔を思い出す。 当然だよなあ。 自分はずっと家族より仕事を優先してきた。 仕事が楽しかったというのももちろんあるが、 早く嫁の両親に認められたいという気持ち、 それが強かった。 浩一の実家は地方の農家で、細々と暮らしてきた。 一方、嫁の凪沙の実家は、都内近郊の地主ときたもんだ。 結婚するときも、凪沙の両親は反対していた。 「あんな田舎者に娘を任せて大丈夫か?食いっぱぐれはしないかね」 凪沙の父が陰でそう言っていたのを知っている。 最後は熱意が伝わって了承こそしてもらえたが、 仲が良いとは言えなかった。 だからしっかり家族を養えること、 むしろ普通以上の暮らしをさせられる ということを示すために 早く出世することが大事だと思っていた。 「それで離婚しているんだから、世話ないよなあ。」 当時を思い出して、浩一は自嘲気味に笑う。 沙羅のことは、本当に目に入れても痛くないほど 愛おしかった。 会社のデスクには沙羅の写真をおき、 辛いときはそれを見て元気をもらっていた。 上司は、 そんな可愛い娘がいるなら早く帰れよ- と言ってくれたが、 当時の自分は仕事を頑張る格好いい父親になることが、 沙羅のためになると思っていた。 深夜に帰宅し、沙羅の寝顔を眺める時間が 一番幸せな時間だった。 沙羅が中学に入ってからは部屋に入れてもらえなくなったが。 バカだなあ、自分は。 凪沙が体調を崩したとき、自分の過ちに気がついた。 しかし時すでに遅し。 皮肉にも、凪沙から離婚を切り出されたその日は、 社内最年少記録に並ぶ役員への昇進を 上司に通達された日だった。
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