シナプスが僕を作る?

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 何故ここまで変化をしたのかを、考えてみよう。ここから先は、飽くまで仮説での話だ。これにより、「性格の問題」と言う疑問と、「誰」なのかと言う問いの答えが導き出せるかもしれない。  人の人格は、遺伝子と環境から作られると言われている。だが遺伝子は、然程関係性は無いとも言われているが。しかし、全くの無関係とも言えない。現に父親は、若い頃は僕と同様に、精神に異常が有るのではと言われ、様々な検査をした。だが結果、異常は無く、性格上の問題だとされたのだ。この時点で、僕と共通する点は多い。「性格の問題」と言う点は、この時点で有る程度解決してしまう様にも思える。純粋に遺伝だと言う事だ。だが決定打に違う事は、環境面だ。もし遺伝以外で何らかの障害が生じたとすれば、それは間違いなく環境だろう。そこに「答えの無い答え」が潜んでいるのかもしれない。僕の場合は、僕と言う「存在」が誰であり、いつから居るのかと言う事だ。  思い出して欲しい。何故か僕には、小さい頃の記憶を思い出す事が出来た事を。(それ所か、二十代の頃の記憶も有る)だが二十代の頃には、記憶が無かった。それは意識的に、又は無意識に封印をしたせいだろう。重要なのは、「僕」と言う存在が残った時期だ。複数の存在が消え、しばらくした後気付いたら居た筈にも関わらず、昔の記憶が有ると言う事は、昔から居たと言う事になるのではないだろうか。昔とは、幼少期からだ。だが幼少期、自分が男だと思った事等無い。逆に女でいる事を好んだ。ズボンを履く事を嫌がり、スカートしか履きたくなかった位だ。しかし、「女」としていなければいけないと、意識し過ぎていた事も有ったのは事実だ。一番明確に覚えている物として、色に関する事だ。  今の僕は、ピンク色が一番好きだ。だが小学生の頃、ピンク色か水色の紙を選ぶ事となった時、本心では水色を選びたかったが、それでは女の子らしくないと思い、ピンク色を選んだ。その時は「女らしく」と言う事や、「女はこうで有るべき」と言う事柄が、脳裏に浮かんでいた。そこから僕のピンク色生活が始まったと言っても、過言ではない。これは二十代の頃も、ピンク色を好んで選んでいた。  二十代の頃と、今の僕との共通点は、このピンク色だろう。そして多分、「僕」と言う存在はこのピンク色の紙か、水色の紙かを選ぶ分かれ道で、弱まってしまったのではと考える。自身の年齢と、実際の年齢の不一致はここから感じるのではと思う。だがだからと言い、思考が小学生と言う訳ではない。中学生までは、まだ存在はしていたと思う。それは後に語る。  ならば、果たして僕は産まれた時から存在していたのか、と考えると、それはとても難しい。
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