第5話

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第5話

瞬間、心臓がドクンと跳ねる。 近づいて来る姿にバカみたいに狼狽えた。 「……はや…と……どう…して…」 一気に口の中が渇き、掌がジワリと汗ばむ。 「…何で……お前が、ココ…に…」 「………」 「……勇登…」 恐る恐る伸ばした指先を思いの外強く払われた。 「勇登…?」 見上げた両目にはハッキリと怒りの感情が見て取れた。 見下ろした両目には明らかに戸惑いの色が見て取れた。 「…勇登…どうしたんだよ、何で此処に」 「さっきの人、誰?」 「……え…」 「あの女のと人、誰?どうしてキスしてたの?」 瞬時に逸らされた視線に、言いようのない不快感と抑えの効かない怒りが込み上げて来て、薫兄の腕を掴むと力任せに引き寄せ、直ぐ傍のコンクリートの壁に推しつけた。 「…ってえぇ……っにすんだよ!?」 俺を見る目に怒りの色が滲むのもお構いなしに、腕を掴む指先に更に力を込める。 また会えたら笑ってくれると思っていた。 嬉しそうに笑って俺の名前を呼んでくれると思った。 なのに、どうしてそんな顔で俺を見るの? いきなり腕を掴まれコンクリートの壁に押しつけられた。 「…ってえぇ…」 背中に感じる硬い感触に声が詰まる。 壁に押しつけられた勢いと反動で、半ば投げ出すように落とした鞄から中身が転がった。 「…っにすんだよ!?」 目の前の男を睨みつける。 けれど、腕を掴む指は緩まない。 「放せよ」 目の前の男は動かない。 「退けよ」 目の前の男は動かない。 「勇登っ!!」 名前を呼んだ直後、唇を塞がれた。 「勇登っ!!」 ずっともう一度俺を呼んでほしかったその声に、その目に、明らかな怒りと微かな戸惑いが感じられて… 反射的に、薫兄の唇を塞ぐようにして唇を重ねた。
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