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「丈二の件だが、お前の耳にももう入ってるだろう」 「はい…2時間程前に聞きました」 腕時計を確認しながら答える。 「まあ、警報システムを切らずに金庫を開けようとしたアイツが間抜けなんだから仕方ないとしても、今後はシメ方を少し考えた方が良いかもな。今回の件で渉流、お前までがパクられるような事にでもなったら俺も困るからな」 顎を撫でながら鷹揚に言う姿に、本当にそうなったとしてもこの男は何も困りはしないだろう事が見て取れる。 その時は俺を切り捨てるだけだ。 「分かりました。以後、気をつけます。蓮見さんにまで心配をお掛けして申し訳ないです」 従順な飼い犬として頭を下げる。 「気にするな。お前に任せてりゃ滅多な事など無い事も分かっている。この話はこれまでだ」 そう言うと、組んでいた脚を解き、片手で自分の隣をトントンと叩いて 「………渉流、此処へ来い…」 舌舐めずりする様な声に、鋭利な刃物の様な双眸に “欲” が滲み出すのが判った。 無言のまま立ち上がり隣へと腰を落とせば、太い腕が肩を掴み力任せに身体を引き寄せられる。 近付いてくる顔に逆らわず瞼を閉じる。 1~2時間、痛みを我慢すればイイだけの事だ… 夜、(ねぐら)へと帰る。 食事は主に外で食べる。 俺を買いたいと言う奴がいれば、男でも女でも構いやしない。 そのままホテルでも相手の部屋でも行けば良い。 自分の部屋でする事だけはしない。 寝る為だけの、文字通り “塒” だ 町田丈二が逮捕されたと知り、後味の悪さから今夜は適当な客でも見つけ様かと思っていたけど、蓮見さんの相手をした所為か身体がしんどい。 シャワーも浴びたのに、やけに全身がベタベタする気がする… 早く帰ってとっとと寝てしまおうと思いながら、ふと夜空を見上げた。 星が見えない……月も出ていない…… 点在する外灯以外何も見えない、人影も無い。 真っ暗な空間に1人、放り出された気がした。 「…………バカみてぇ……」 自分を卑下する事で自身の存在を確立させる呪文の言葉を呟き、歩く速度を速めた。 部屋に戻るなり浴室へと足を向け、頭からシャワーを浴びる。 全身を蝕んでいる澱みを洗い流すかの様に… 濡れた髪もそのままに、シーツの海に潜り込む。 町田の事も蓮見さんの事も、記憶から追い出す様に固く瞼を閉じだ。 薄れゆく意識の片隅に、昼間の微睡の中に現れた陽炎のように揺れる、ぼんやりとした人影を思い出す。 誰かに似ている気がした。 あれは誰だったのか……
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