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     1 西暦2020年。 今年から元号が廃止となった。 天皇制はついに潰えてしまったのだ。 その代わりに、神暦が誕生した。 今年は神暦2333年。 正確には、1億8345万2333年だ。 これはこの日本国を創った神である天照大神が生き抜いてきた年数でもある。 その天照大神が満を持して今世に降臨した。 国の神である天照大神は様々な奇跡を起こした。 現在は、伊豆半島沖に突如として現れた天照島に住んでいる。 そして日本とは別の国を創り上げた。 タクナリ市国。 この国は、天照島と九州と沖縄の間に突如として出現したロマン島を領土としている。 しかし、これらのことは天照大神だけが起こした奇跡ではない。 すべての秘密は、タクナリ市国の大使館がある、神奈川県横浜市のレストランから始まった。 城下松崎町。 ここに、グルメパラダイスという名のレストランがある。      2 万有源(ばんゆうげん)はグルメパラダイスの一階にある総合レストランのペア席にひとりで座って、このフロアのど真ん中にある透明の壁に囲まれている部屋をぼんやりと眺めている。 その視線の先には一人の男性がいた。 松崎拓生(まつざきたくなり)。 源はある日、松崎に名刺をもらった。 もらったというのとは少々違う。 いつの間にか、源の胸に張り付いていたのだ。 これが一体どういうことなのか、源には理解できなかった。 名刺は張り付いていたように見えたのだが、粘着性は全くなく、指でつまむと簡単にはがれた。 ―― どういうこと? ―― 源はこのひと月の間、ずっとそのことだけを考えている。 謎を解明したいのであれば、透明の箱に近づいて扉を開けて松崎に聞けばいいだけだ。 だがさすがに、15才の少年にはその勇気がなかった。 相手は手の届くところにいるのだが、透明の囲いの中は神の領域だ。 来店客は遠くからこの透明の部屋を見ているだけで満足だった。 まさに源もその一人だ。 だが、かなり昔の話なのだが、源は松崎とはつながりがあった。 すると、幼なじみの古崎智子が、透明の部屋の地下に続く階段から上がってきた。 源にとっての幼なじみは遠い存在になってしまった。 智子は今年から大学一回生となった。 始めは地元の国立大学に行く予定だったはずだが、智子の上司といえる大学教授が東京大学に勤めていたので、簡単に進路変更して、簡単に合格した。 これも、今年から町名を改めたこの城下松崎町の奇跡と言えることでもある。 源も東京大学の理工学部に進むことをもう決めている。 そして就職先はタクナリラボともう決めているのだ。 このタクナリラボは求人を出しているのだが採用者が皆無だ。 倒産寸前でない限り、こんな企業はどこにもないはずだ。 源はふと思い立ち、財布を出して一枚の名刺を取り出した。 名刺の中央には、『松崎拓生(まつざきたくなり)』とまさに堂々と印刷してある。 そして裏には、その肩書きでびっしりと埋め尽くされている。 当然のように、『タクナリラボ 副社長』の文字も刻まれている。 15才の源から見ても、松崎は20代中ごろよりも上には見えない。 ―― とんでもない神様だ… ―― と源は思い、名刺に向かって頭を下げた。 「相席、いいよね?」 不意の声に、源は驚いて名刺をテーブルの上に落としてしまったが、すぐに拾い上げた。 「あら?」と古崎智子が言って名刺を見た。 そして、「ふーん…」と智子は言って怪しげな目を源に向けた。 「…なんだよ…」と源が言うと、「べっつにぃー」と智子はいつもの口調で言った。 「大使館に連れ込んじゃうっ!!」と智子が言うと、源はぼう然とした顔を智子に向けた。 「…な、なんでだよ…」と源は震える声を何とか押し出した。 「高校生活がつまんなかったら  大検受けて来年は大学生でもいいんじゃない?」 智子はお気軽に言った。 源は、「…サヤカ先生のようなこと言わないで欲しい…」とつぶやくように言った。 「その資格があるからじゃなぁーい。  アスカさんよりもすごいわっ!」 智子は自分のことのようによろこんで言った。 「…14才で起業…」 源はつぶやくように言った。 「えっ?」と智子が驚きの声を上げた。 「高校二年の時だって聞いたから、17才だって…」 「ちがうよ。  小学校4年しか行ってないって、昨日聞いた。  驚きだよ…」 源の言葉に、智子はさらに驚いていた。 「聞いたって…」 「アスカさん、なんでも屋にいたんだ」 「あー、なるほどなるほど…」と智子は怪訝そうな顔をして源を見た。 「なんだよ…」と源が言うと、「べっつにぃー」と智子は言って、いやらしそうな目を源に向けた。      3 源は始めて恋をした。 今、目の前にいる智子は、源にとっては姉の意識が強いので、その相手は智子ではない。 家の近くに突如として出現した、『なんでも屋』にフラフラと立ち寄った。 ウインドウを見ると、源からしてみれば楽しそうな店だったので、ついつい足を踏み入れた。 扉を開けると、「いらっしゃいませ」という野太い声のあとに、「いらっしゃいませっ!!」と、魅力的なふたつの女性の声がした。 「あ、あれ?  衛さん…」 源は、野太い声の主を見上げた。 松崎衛(まつざきまもる)は身の丈二メートルほどあり、その肉体はまるで山だ。 しかし衛は、元はといえばグルメパラダイスの警備の仕事をしているので源とは顔見知りだ。 「源ちゃんがお客様第一号です」 衛は笑みを浮かべて言った。 「面白そうだなーて思って、ついつい…」と源は頭をかきながら答えた。 まさにこの店はさまざまなものを展示してある。 間口はそれほど広いとは思えない店なのだが奥行きがあり、見回るだけでもかなり楽しそうだと源は感じた。 まずは窓際にあるアンティーク的なものの品定めを始めた。 オルゴールや時計など、時代を偲ばせるものに源は興味津々となった。 源にとってここは心休まる場所になると思い、ひとつずつつぶさに観察した。 店の入り口の展示物は、基本的には機械仕掛けのものが多い。 よってまさに、源にとってはついついほほがほころんでしまうものばかりだ。 よく見ると値札などがついていないので、博物館的な、ギャラリーといったものかと源は思い込んでいたようだが、『お値段は店員にお尋ねくださいませ』という小さな看板がところどころに置いてある。 ここの店主は値札を商品に貼り付けたりぶら下げたりすることを拒んだのだろう。 さらには興味があれば店員と自然に話しをすることにも繋がる。 できるかぎり、何かを買って帰ってもらいたいという店主の意向のようだ。 源は納得してから窓際から離れて振り返った。 「…あ、アスカさん…」と源はつぶやいた。 衛がいるので、当然その雇い主であるアスカもいるとわかっていたのだが、あえて探すようなことはしなかったのだ。 もっとも、衛の大きな体の後ろのレジ横にいたので、源には見えなかっただけだ。 「源君、ここで働かない?」とアスカがいきなり言ってきた。 アスカは、この店内でひときわ輝いている。 ダイヤモンドガウン。 小さなひし形のダイヤモンドを敷き詰めたロングガウンを着ているのだ。 かなりの重量があるはずなのだが、全く重そうには見えない。 アスカがわずかに動くだけで、『シャリ、シャリ』と心地よい音色が聞こえてくる。 アスカはレストランの社長でもあり、フロア担当の接客店員でもあるので、源はこの事実は知っていた。 「働くって…」と源はつぶやくように言った。 「あ、学校が終って、塾に行く合間の時間だけでいいの。  彼女、休憩時間が取れないから」 アスカの視線の先を見ると、源はいきなり赤面してしまった。 「店主の森崎花蓮(もりさきかれん)です」と言って、女性が頭を下げた。 「あ… 万有源です」と源は自己紹介して頭を下げた。 花蓮はまさに可憐な少女のように見えた。 長い髪は枝毛が一本もないように光り輝いている。 目は大きく、ほんのわずかだがたれ目だと感じる。 鼻は小さく、桜色のくちびるも薄く小さい。 服装は深い緑色のワンピースで、頭や体には貴金属のようなものは一切つけていない。 その肌は透き通るように白かった。 年齢は源と同じか少し上だろう。 源はついつい、マジマジと花蓮を見つめてしまった。 「うふふ」とアスカが笑うと、源は我に返った。 「どうぞ、ごゆっくりと鑑賞されてくださいね」 花蓮が言って小さく頭を下げると、源はその動きをコピーするように、花蓮に向かって頭を下げた。 源はほてった顔を隠すようにして、レジ前を離れて右手に移動して鑑賞を再開した。 奥に行くほど、現代的な品に代わっていった。 ―― あー、すっげぇー… ―― 源はタクナリラボ製品の、『メカニカルヒーローズシリーズ』の前で立ち止まった。 源はこのシリースはすべてそろえたのだが、ショーウインドウにはプラスティック製ではなく金属製のマシンが並んでいた。 そして妙なものを発見した。 『メカニカルヒーローズシリーズ メタルバージョンコントローラー』 それはヘッドギアだった。 ―― あー、エイリアン・ウォーリアのシミュレーター… ―― と源は思い納得した。 ―― だけど、この小さいのが動くの? ―― そのロボットは体高10センチほどしかない。 これがヘッドギアを装着することで動くとは誰も考えられないだろう。 その考えられないものを、タクナリラボでは造り出しているのだ。 ショーウインドウの上に小さなモニターがある。 メタルバージョンの宣伝が流れていたので、源は見入ってしまった。 「…はー、やっぱ、すっげぇー…」と源はついついつぶやいてしまった。 ―― あ、赤木の兄ちゃん… ―― 小さなモニターに、松崎拓生、伊藤祐介、赤木武の三人が並んでいた。 そして、メタルバージョンについて赤木武の細やかな説明が始まった。 源は無意識にうなづきなから映像を堪能した。 源は今から五年前に赤木と知り合った。 この頃の赤木は、市販品やオリジナルのロボット作りに勤しみ、模型屋のショーウインドウをにぎわしていた。 ある日、赤木が展示品の入れ替えをしていた時に、源はついつい興味をもって赤木に声をかけた時からの知り合いだ。 源はロボット造りの一部始終を赤木から教わった。 まさかその赤木が、松崎拓生の幼なじみとは源は露とも知らなかったのだ。 しかし、―― これは究極… ―― と思い、源は肩を落としたが、メタルバージョンに釘付けとなってしまっていた。 源は、―― 買いたいけど… ―― と思ったが、かなり値は張るだろうと感じた。 最新の製品なのだが、ここにも値札はついていない。 ―― 聞きたいけど聞けないぃー… ―― と源は花蓮の顔を思い出して赤面してしまった。 『ここで働かない?』 アスカの言葉が蘇った。 花蓮とは顔を合わせることになるのだが、源が働いている時は花蓮は休憩を取ることになる。 基本的にはひとりで店番をすることになるので、源はうれしいような残念なような感情が沸いた。 アルバイトは高校の校則で禁止されてはいないので特に問題はないし、この地の名士であるアスカが声をかけてくれたので後ろめたさは全く感じない。 ―― 受けようかなぁー… ―― と思いながらレジの方を見ると、キラキラした目で花蓮が源を見ていたのですぐに視線を反らせた。 ―― アスカさんたち、帰っちゃったよぉー… ―― と源が思っていると体中から汗が吹き出てきた。 源はそのほかの展示品や商品をしっかりと堪能してから、恐る恐るレジに近づいて行った。 すると、コーヒーのいい香りがしてきた。 源は中学二年の時からコーヒーを愛飲している。 『ギュィーン』という小さな音が聞こえる。 ―― ああ、エスプレッソマシン… ―― と源は思い笑みを浮かべた。 「万有君、少しお話ししませんか?」 花蓮の言葉に、源は全身が硬直してしまった。 源は今のこの状況が夢ではないかと疑った。 「…あ、はい…」と源は小さな声で答えて、ゆっくりと花蓮に近づいて行った。 「こちら、どうぞ」と花蓮はレジ横にある小さなテーブル席の椅子を右手で示した。 そして花蓮はエスプレッソ用のデミカップを音もたてずにソーサーの上に置いた。 「私も、エスプレッソが大好きなんです」 花蓮の言葉に、源は違和感を感じた。 コーヒー、特にエスプレッソが好きなのは、源の家族しか知らない。 しかし、アスカからの情報かもしれないと思って、それ以上は考えないことにした。 「あ、どうも…」と源は言って、勧められるがままに椅子に座った。 「メタルシリーズはフルセットで4万5千800円です」 花蓮が言うと、「…はー、安いって思ってしまいました…」と源は思わず答えた。 「従業員割引の価格ですけど」と花蓮は少し笑って言った。 「でも、万有君は買わない」 花蓮はまるで預言者のように言った。 源は花蓮を目の前にしておかしいと感じた。 花蓮は人間ではないと思ってしまったのだ。 ―― ヒューマノイド… ―― と源は思い、かなり気落ちした。 それは、花蓮の顔にある。 まさに左右対称だったのだ。 この知識は赤木から仕入れたものだ。 源の初恋はもう終ってしまったと思い、ごく自然に花蓮と接することができると感じた。 「…あーあ、見抜かれちゃったぁー…」と花蓮は言って少しうなだれた。 「本当に、ヒューマノイドなんですか?」 源が聞くと、花蓮は申し訳なさそうな顔をしてうなだれた。 これは肯定したとしていいのだろうかと源は考えてしまった。 「整形…」と花蓮が言うと、「えー…」と源はついついつぶやいた。 「あのー、事故とか…」と源が言うと、「うんっ! そうなのっ!」と花蓮は言って、かなりの勢いでよろこんでいる。 ―― ここはよろこぶところなんだろうか… ―― と源は思った。 花蓮は急に憂鬱そうな顔に変え、「…本当の死を見たわ…」と言ってうなだれた。 「…まさか、だけど…」と源はつぶやくように言った。 「え? なになに?」と花蓮は一転して陽気に言った。 ―― この感情の起伏… ―― と源は思い、赤木の言葉を思い出した。 『感情の落差が激しい人は、脳の病気かヒューマノイド』 だが、その可能性がもうひとつあることを源は知っている。 源は、まずは赤木に聞いた言葉通りを花蓮に告げた。 「ブッブーッ! ハーズレェーッ!!」と花蓮は陽気に言った。 「じゃ、じゃあ、神の…」と源が言うと、「ピンポンピンポンピンポーンッ!!」と花蓮は陽気に言った。 ―― どちらにしても終った… ボクの初恋… ―― と源は思いうなだれた。 「働いてくれないかなぁー…」と花蓮は目尻を下げて源に縋るように言った。 源は、どうしようかと考える前に、「どうしてボクなんですか?」と聞いた。 「そんなの当然じゃない」と花蓮は少し怒った口調で言った。 ―― なんか、智ちゃんみたいだ… ―― と源は思って少し笑った。 「智子ちゃんもバケモノ」と花蓮が言うと、「はあ、ある意味そうかも…」と源はうなづくついでにうなだれた。 智子から詳しい話は聞いていないが、神イコールバケモノには変わりないのだ。 「じゃあ、源君もバケモノッ!!」と花蓮は陽気に言った。 「…えー…」と源はクレームを言うようにつぶやいた。 「パートナーになってもらいたいの、今から」 ―― パートナー… ―― 源の頭の中にこの言葉だけが渦巻いた。 この言葉にはふたつの意味がある。 ―― 仕事、そして恋愛 ―― と源が考えると、「両方っ!!」と花蓮は陽気に言った。 「…えー…」と源は尻込みするようにつぶやいてしまった。 「今は、差があるわ」と花蓮は厳しい目をして言った。 「…はあ…」と源はつぶやくように肯定した。 「うーん、男らしくないなぁー…」と花蓮は言ってさも残念そうにうなだれた。 「…はあ、ごめんなさい…」と源は言って、少し冷めてしまったエスプレッソに口をつけた。 「あー、おいしいっ!」と源は始めて声を張った。 「エスプレッソをほめないで欲しいわっ!!」と花蓮は怒ってしまったようで腕組みをしてそっぽを向いた。 「男らしくはないなぁー…  でも、花蓮さんをひと目見て好きになりました。  でも今は、ないなぁー…」 源は今の気持ちを正直に話した。 「うわぁーっ!  大失敗だぁ―――っ!!」 花蓮は叫んで頭を抱え込んだ。 そんな花蓮を見て源は少し笑ってしまった。 「でも、もしよければ、いろんなことを知りたいです」 源の言葉を受けて、花蓮の目が光った。 その話の内容は源にとってまさに驚きで一杯だった。 マスコミでは報道されていないことがわんさかとあった。 語り終えた時、花蓮の声は枯れていて、肩で息をしていた。 ふと、壁にかかっている時計を見ると、塾に行く時間が迫っていた。 「あ、ごめんなさい、塾に行ってきます」と源が言うと、「ああ…」と花蓮は源に縋るような眼を向けてきた。 「バイト、引き受けますから」 「やったぁーっ!!!」と花蓮は喜んで叫び声を上げて、座ったまま両腕で源を抱きしめた。 あまりのことに源は驚きを隠せなかったが、―― あー、塾に行きたくないぃー… ―― と初めて思ってしまった。     4 「と、いうことがあったんだ」 源の言葉に、「初耳ぃー…」と智子は言ってかなり悔しそうな顔をしている。 そしていきなり、智子は源を抱きしめた。 「ちょっ! なっ?!」と源が言った時、智子は満足そうな笑みを浮かべて源を放していた。 「…やけちゃった…」 「うそつけ」と源は特に怒ることなく言った。 智子には好きな男性がいることを源はきちんと知っている。 さらには源にとって智子は姉なので、全くと言っていいほど恋愛対象ではない。 「三田さんに振られたとしたら、源しか残こんないもぉーん…」 「滑り止めにしないで欲しいんだけど」 源の言葉に、智子はころころと笑った。 源は智子に視線を向けているのだが、その背後に赤木を発見した。 源は赤木たちに視線を向けて頭を下げた。 智子は源の視線気づいて振り返ってすぐに、赤木たちに手を振った。 そして困ったことに、笑みを浮かべた松崎が源を見つけて足を源と智子がいる席に向けた。 ―― えー… ―― と源が思っていると、松崎はいきなり方向転換して、赤木たちとともに透明の部屋に入って行った。 そして、室内にいる五月大河が何かを話し始め、松崎たちは五月に視線を向けている。 「姉ちゃんは行かなくていいのかよ」 「私、あんたの姉じゃないんだけど…」と智子は少しホホを膨らませて言った。 「めんどくせ」 「めんどくさいって言わないで欲しいっ!!」と智子は目尻を下げて少々困った顔をして叫んだ。 「今までずっと姉ちゃんだったじゃんか…」 源がクレームを述べると、「修行のため…」と智子は妙に真剣な顔を源に向けた。 「…あー…」と源は言って、昨日の花蓮を話しを思い出した。 「名前には正しい呼び方がある…  智子の(きみ)…」 源の言葉に、「智子でいいのよっ!!」と叫び、今度は確実に怒っていた。 「智ちゃんでもいいんだよね?  子供っぽいけど…」 源がごく自然に言うと、『がっ!!!』と智子は人ならざる声でうなり声を上げた。 源は一瞬何があったのか全くわからなかった。 だが、源の目の前には人ならざるものがいた。 まさにバケモノ。 そのバケモノは源が観察する猶予を与えず消えた。 源は透明の部屋を見た。 松崎拓生が源に向かって笑みを浮かべていて、少しだけ頭を下げた。 源はすぐに頭を下げ返した。 源はすぐさま今の智子の変貌ぶりを思い起こした。 全身は緑色のとげに覆い尽されていた。 頭髪などは人間のものではなかったが黒かった。 顔は獣っぽく、目がただただ異様だった。 その瞳の黒目の部分が丸くなく、剣の断面のようにひし形だった。 源は、―― まさにバケモノ… ―― と思い、背筋を振るわせた。 ―― もっとかっこいい覚醒の方が… ―― などと源は思ったようだ。 覚醒したほかの人たちは、智子ほどではないが、人間の原形をとどめていない人たちばかりだ。 花蓮も覚醒しているはずなのだが、その姿を見せてもらえなかった。 もっとも、源が願えば見せてくれたはずだ。 源は食事を終えてから、ゆっくりと席を立って、精算するためにレジに向かって歩いていった。 源は支払いを済ませて、重厚なゲートをくぐって外に出た。 「あ、衛君」 今の門番は衛のようで、その山のような背中が振り向いて、「毎度ありがとうございますっ!」と今回は子供のような高い声で明るく言ってきた。 「声とか、変幻自在だよね」と源が言うと、「あはは、まあねっ!」と言って、衛は人懐っこい笑みを浮かべた。 「衛君は変身したらどうなるの?」 源の言葉に、衛はほんの一瞬だけ体を変化させた。 「はぁー…」と源は言って夢見心地の顔になった。 その肉体は、今の倍ほどになっていたのだ。 源はその事実しか確認できなかった。 だが、智子よりはかなりマシだと感じたようだ。      5 源は店の敷地を出て、整備された県道の歩道を西に向かって歩き始めた。 源の家も、学習塾も、そして花蓮の店である、『花蓮のお懐かしなんでも屋』もこの方向にある。 このまままっすぐに300メートルほど歩くと、右手に少し大きな児童公園がある。 それを超えると源の家があり、その道沿いのほんの30メートル先に、なんでも屋がある。 春休み中なので、源は家を出てコンビニエンスストアに出かける際に、いきなり現れていた店に入ったのだ。 道路と公園の境のフェンスの先に、源は目線を向けた。 ―― あ、焔さん… ―― と源は思って体をフェンスに向けた。 焔美恵(ほむらみえ)は、アスカ ―― 本名は佐々木優華(ささきゆうか) ―― と同じようにして、中学は二年しか通わず源の同級生となったので、源よりもひとつ年下の14才だ。 美恵は整備された陸上用の固いウレタンのコースを走っている。 短距離走用のもので、幅10メートル、長さは150メートルほどある。 その美恵が視線を感じたのか辺りを見回してすぐに、源の目の前にいた。 「えっ?!」と源が叫ぶように声を上げて、魅力的な美恵を見た。 そしてその視線は美恵の頭の上にあった。 ―― 天使の、輪… ―― と源は思い、美恵の頭の上から目を離せなくなった。 黒髪が光っているように見えるのだが、あまりにも浮き上がっている。 よって美恵は天使だったと源は感じ取ったようだ。 「万有、源君…」と美恵は源のフルネームを口にした。 今はまだ春休み中なので、源たちは高校には通っていない。 高校の合格発表の日に、アスカに美恵を紹介されていた。 源は美恵の顔に視線を移して、「…焔さん、こんにちは」と言って何とか笑みを浮かべた。 髪はスポーツをしているせいかそれほどな長くなく、肩に届く程度でボブカットにしている。 顔は、どちらかと言えば頼りなげで、男であれば守ってやりたいと思うはずだ。 美人というよりもかわいらしい、整った顔をしている。 しかし源はきちんと知っている。 こういった顔の女性は、まさに気が強いはずなのだ。 「あ、こんにちはぁー…」と美恵は言って、恥ずかしそうな顔をして源を見ている。 「足、早いね、驚いちゃった」 「ううん…」と美恵は答えてかぶりを振った。 そして、「…飛んできたから…」と恥ずかしそうな顔をして言った。 源が驚きの顔を美恵に向けたと同時に、「あ、時間ってある?」と聞いてきた。 「あ、これからバイトなんだよ」 「…アルバイト…」と美恵はつぶやくように言った。 「すぐそこに店ができたよね、なんでも屋」 すると美恵はかなりのオーバーアクションとともに半歩下がって、「えっ?! えええええ―――――っ?!」と叫び声を上げた。 道行く人たちが振り返るほどなので、その声はかなり大きかった。 源が何かをやったのではないかと道行く人々は思ったようだが、美恵との間にはフェンスがある。 よって源の痴漢行為などではないと思ったようで、通行人たちはその顔を笑みに変えた。 「…ああ、叫んじゃってごめんなさい…」と美恵は言ってぺこりと頭を下げた。 「…森崎、花蓮さん目当て…」と美恵に単刀直入に言われた源は、簡単に経緯を話した。 「ではっ!! 今は恋愛対象ではないんですねっ?!」と美恵はまた気合を入れて叫んだ。 「え? ああ、まあ、そうだけど…」と源があいまいに答えると同時に、美恵の姿は消えていた。 源は辺りを見回したが、美恵はどこにもいない。 源が自分の家に視線を向けた時に、しなやかな足が履いている靴を確認した。 その足は、ゆっくりと地面につけた。 「一緒に行きますっ!!」と美恵は宣言するように源を少し見上げて言った。 「えー…」と源はぼう然としながらも言って、20メートルほどあるフェンスを見上げた。 「高飛び、世界一…」と源がつぶやくと、後ろ手に手を組んでいる美恵は、「あははっ!」と陽気に笑った。 ―― あー、かわいいけど… ―― と源は思った。 「…か、かわいいけど、なあに?」と美恵は源の思考を読んで言った。 「はぁー…」と源は深い溜め気をついた。 その先の思考を読んだ美恵は、「大失敗だぁ―――っ!!!」と大声で叫んで、頭を抱え込んだ。 「あー、ある意味そうかもね」と源は答えた。 「じゃ、行くから」 「私も行くもんっ!」と美恵は陽気に振舞いながら言った。 美恵からいい匂いが漂ってきた。 源は少しだけ体温が上がったように感じた。 この匂いの元は美恵の汗なのだが、男性にとってこの匂いは危険なものだ。 まさにその汗には大いに女性のフェロモンが含まれているからだ。 しかし源は、美恵をただただかわいいと思うだけで、恋愛感情は沸いていない。 そしてどこか遠い存在のようにも感じている。 「ドーハン出勤?」と美恵は妙にかわいらしい言葉で、少々大人びたことを言ってきた。 「はは、別に何も買わなくていいからね」 「あははははは…」と美恵は乾いた笑い声を発した。 美恵は財布を持っていないので、店の品物を買う意思などさらさらない。 源がいきなり歩き出したので、美恵は源のとなりにすぐに寄り添った。 「…あー、50メートルほどデート…」と美恵が言ったので、源はすぐに驚きの視線を美恵に向けた。 美恵はかなり積極的だと、鈍い源でも理解できた。 「今は、好きな人はいないなぁー…」と源が言うと、美恵は大いに落ち込んだ。 その瞬間、源の目の前は真っ白になった。 そして、穏やかな笑みを浮かべた、エンジェルリングを持つ天使が源の隣にいた。 「…あー、やっぱり…」と源は言って、ついつい美恵の頭の上に浮かんだエンジェルリングに手を伸ばした。 そしてその行為はすぐに源の意思によって留まった。 「…あ、うかつだった…」と源は言って美恵に頭を下げた。 「…源君だったら、いいのぉー…」と美恵は笑みを浮かべて言ってから、その姿を人間に戻した。 源と美恵は以前にも面識はあったのだが、先日の高校入試の合格発表の時に始めて言葉を交わした。 学習塾も同じところに通っているのだが、学年が違うので当然教室は別だ。 会話を交わすことはなかったし、まるで学校のように生徒数は多いので、学習塾で美恵の存在を確認することはなかった。 「…あのぉー、いつから?」と源が言葉足らずに言うと、「…あー…」と美恵は少し困った顔を笑みに変えて、「幼稚園の時から…」とずいぶんと昔のことを言ってきた。 もちろん源にその当事の記憶はあまりない。 だが、具体的に考えると、おぼろげだが浮かんでくる。 「…あー、今気づいた… 時々光ってたけど、気にもしてなかった…」 源がつぶやくように話すと、美恵は大いに落ち込んでいた。 源がゆっくりと歩を進めると、美恵もすぐに歩き始めた。 美恵は源の顔をのぞきこむようにして、「悪魔のほうが好き?」と聞いてきた。 「あ、そういうことはないんだけど…」と源はあいまいに答えた。 悪魔の知識は源にもあった。 それはメディアでも紹介されていたし、昨日の花蓮の話しにも出てきていたのだ。 美恵は笑みを浮かべて、まるでスキップを踏むようにして源のとなりを歩いた。 源の家を通り過ぎるとなんでも屋が見えてきた。 美恵はいきなり表情を強張らせた。 「…あー、まさかだけど…」と源が言うと、「私も、正体は知らないの」と美恵は神妙な顔をして答えた。 「ボクとしては今はまだ落ち着かないって心境だなぁー…」 源の言葉に、美恵は満面の笑みを源に向けた。 すると店の扉が開いて、店主である森崎花蓮が姿を見せて源に笑みを向けたのだが、すぐにその表情は強張った。 花蓮の視線は美恵に移っていた。 「知り合い?」と表情を強張らせている花蓮が源を見て、妙に低い声で言った。 「幼稚園の頃から…」と美恵が自慢げにその問いに答えた。 「知り合い、には違いないです」と源が答えると花蓮は、「ふー…」と小さくため息をついた。 そして花蓮は美恵に顔を向けて、「いらっしゃいませ」と営業的笑みを浮かべて少し頭を下げた。 花蓮の長い髪が半分ほどその顔を覆い、頭を上げてから髪をゆっくりとかき上げた。 美恵は花蓮ではなく源を見ていた。 「髪、伸ばそうかなぁー…」と美恵が笑みを浮かべて言った。 源は答えることなく美恵に笑みを向けた。 「はいっ!!」と美恵がいきなり叫んだ。 肩まであった美恵のその髪は、今は腰までに達していたので、源は驚きの顔を美恵に向けた。 だが源は、「あー、大人っぽくなった…」と驚きの表情を笑みに変えてつぶやいた。 「あー、よかったぁー…」と美恵は言って、右手のひらを胸に当てた。 源はすぐに美恵の右手から視線を反らせた。 美恵の胸は、その顔から想像できないほどに魅力的だったからだ。 「ううー…」と花蓮はうなり声を上げて、美恵の胸を見据えている。 妙な戦いになるような予感がした源は、「あの、仕事を」と花蓮に顔を向けて言うと、「待ってっ!!」と花蓮は大声で叫んだ。 「急いだのは、サヤカ先生に勧められたから」と美恵が言った。 さらに、「松崎先輩も犬塚先輩も応援してくれるって思って…」と美恵は言って上目使いで源を見た。 「アスカさんも、だから急いだの」 美恵がさらに言うと、花蓮はいつの間にかうなだれていた。 「はあ、恋愛対象として…」と源が言うと、美恵は少しホホを赤らめてうなづいた。 「私、源の初恋の人」と花蓮が胸を張って言うと、「もう、終っちゃってますぅー…」と美恵は自信満々な顔を花蓮に向けて言った。 「ううー…」と花蓮はまたうなり声を上げた。 「仕事優先だぞ」という声が源の背後から聞こえた。 源は素早く振り返って、「あ、松崎さん…」と思わずつぶやいた。 そのとなりには、松崎の右腕をしっかりと抱いているアスカがいた。 すると、美恵はアスカのマネをするように源の右腕を握りしめた。 「えっ?!」と源も松崎たちも驚きの声を上げて美恵を見ている。 「なんだか、複雑な関係…」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「あはは、いきなりモテ始めました」と源は恥ずかしそうに言った。 「間違えないように」と松崎は笑みを浮かべて言って、薄笑みを浮かべたアスカとともに店の中に入って行った。 ―― 間違えないように… ―― と源は松崎の言った言葉を繰り返し考えた。 どう間違えないようにするのか、今の源にはわからない。 だが、花蓮も美恵も、今は恋愛対象ではない。 「花蓮さん…」と源はさも困った顔をして花蓮に言った。 「じゃ、仕事を伝授するわっ!」と花蓮は弟子に言うような言葉を放ち胸を張っていた。 「はあ、お願いします」と源は言って、店の扉を上げて店内に入った。 花蓮は少し憤慨した様子で、昨日腰掛けたカップル席に座った。 ここは邪魔をするべきではないと思った美恵は、源の右腕を仕方なさそうに放して松崎たちに寄り添った。 源は少しため息を漏らした。 「…とんだ伏兵だわ…」と花蓮はつぶやくように言った。 「間違えないように…」と源は思わずつぶやいた。 「簡単なことだわ」と花蓮はため息混じりに言った。 ―― 簡単なこと… ―― と源は昨日からのことと、今までのことを頭に思い浮かべてすぐに気づいた。 「あー、なるほど…」と源はつぶやいた。 そして、「あまり考えないことにしました」と源が堂々と言うと、花蓮は一気にうなだれた。 そして、「はい、それが正解ですぅー…」とまたため息交じりに言った。 何事も慌てないこと。 そして自分の気持ちに素直になり、意地を張らないこと。 さらには欲を持たないこと。 これらを守ることで、間違いは起こらないと源は確信に似た答えを導き出したのだ。 「花蓮さんはまさに修行不足…」 源の言葉に、「悪かったわねぇー…」と花蓮は源をにらみつけて言った。 「あははははっ!」と美恵が明るい声を上げいて笑った。 「焔さんも笑える立場ではないです」 源の言葉に、花蓮は薄笑みを浮かべた。 仕事の話しを始めた花蓮は、まさに可憐だった。 しかしその魅力は半減していたので、源にとっては申し分なくすべてのことが手に取るように理解できた。 逆に源が質問をすると、花蓮は少し驚いてからアスカに寄り添って相談を始める始末だ。 ―― あー、エスプレッソマシン、いいなぁー… ―― と源は思い、レジ横にあるマシンを見ていた。 すると少し憤慨した様相で花蓮が戻ってきた。 「勝手に入れて勝手に飲んで」という花蓮の投げやりな言葉に源は素早くうなづいて、「花蓮さんもどうです?」と源は言って立ち上がった。 「私はいいわ…」と花蓮はため息混じりに言った。 「私、飲みたいっ!」といつの間にか源の隣にいた美恵が言った。 「あ、普通のコーヒーじゃないけど、大丈夫?」 「うちにもあるから知ってるのっ!」と美恵は言って手馴れた仕草でマシンを扱い始めた。 結局は美恵が源にエスプレッソを入れた。 「私、お客様、なんですけどぉー…」と美恵が花蓮を見ながら言うと、「はい、申し訳ございません」と言って花蓮は少し美恵をにらんでから席を立った。 美恵はその視線に気にすることなく源に笑みを向けて、空いた席に座った。 「源君も座ってっ!」と美恵は笑みを浮かべて言った。 「ああ、まあ、いいけど…」と源は言って美恵の前の椅子に腰掛けた。 そしてカップに口をつけて、「あー、やっぱりおいしい」と源はごく自然に言った。 「あー、うれしいわぁー…」と美恵は笑みを浮かべて言った。 「誰が入れても同じ…」と花蓮はぼそりとつぶやいた。 「焔さんは部活動、陸上部だよね?」と源が聞くと美恵は、「あー…」と言ってうなだれた。 「え? 陸上、やめちゃうの?」と源は驚きの顔を美恵に向けて言った。 「必要ないって…」と美恵はうなだれて言った。 それもそのはずで、もう人間でなくなってしまった美恵にとって、陸上競技にはなんの未練もない。 できれば高校三年間は有意義な時間にしたいと美恵は思っているのだが、部に所属することは校則で必修となっている。 よってどこかの部活動に入らなければならないのだ。 「ボク、同好会を立ち上げようって思ってるんだけど、  焔さんも一緒にやらない?」 源の言葉に、「えっ?! 入る入るっ!!」と美恵は満面の笑みを浮かべて叫んで右腕を上げた。 「ううー…」と花蓮はまたうなり声を上げた。 このままだと、花蓮は源に接触できなくなるとでも思ったようだ。 しかし花蓮は胸を張って、「ここのバイト」と言った時、源は、「やめませんよ」と平然として言った。 「えっ?!」と花蓮も美恵も驚きの声を上げた。 「ボクがつくる部活動は、職業訓練同好会なので」 源の言葉に、「あー、なるほど」と花蓮と美恵ではなく、いつの間にかペア席の近くにいた松崎が言った。 源は素早く立ち上がって、「松崎さんにお願いがありますっ!」と珍しく声を張って言った。 松崎は笑みを浮かべてうなづいていた。 「タクナリラボで、働かせてくださいっ!」 源は言ってすぐに頭を下げた。 「ああ、いいよ」と松崎はあっさりと気さくに答えた。 「はいっ! ありがとうございますっ!!」と源は満面の笑みを浮かべて松崎に頭を下げた。 「君の実力の程は赤木から聞いて知っているからね。  何も問題はないから」 松崎の言葉に、源は松崎に笑みを向けた。 「あー、私…」と美恵は言って、源のように素早く立ち上がってすぐにアスカに頭を下げた。 「職業訓練として、グルメパラダイスで働かせてくださいっ!」と美恵は言ってアスカに頭を下げた。 「もちろんっ!」とアスカは笑みを浮かべて美恵に答えた。 「あ、じゃあ早速…」と源は言って、少し大きめのボディーバッグからファイルを取り出して、生徒会発行の部活動発起用紙に記入を始めた。 ある程度書き終えた上で、松崎、アスカ、花蓮に企業名と氏名の記入をしてもらった。 あとは保護者の署名をもらえば万全となる。 松崎は源の書いた発起理由などを素早く読んだ。 「具体的で素晴らしい。  教師たちは驚くよりも逆にあきれるだろうな」 松崎は言って、用紙を源に返した。 「その用紙もらえるかしら?」とアスカが言うと、「あ、はあ…」と源は答えて用紙をアスカに渡した。 「行って来るわ」と言ってアスカは消えた。 「え?」と源は言ってぼう然とした顔をした。 「まずは、ふたりの親御さんのところに行って署名をしてもらって、  生徒会長に承認させてから、校長のところに行くと思う」 松崎の言葉に、「はあ、ありがたいことです…」と源はぼう然として言った。 「塾、やめるんだよね?」と松崎が言った。 「あ、はい。  もうどこの大学でも入れるって  サヤカ先生に太鼓判をもらいましたから」 源の言葉に、松崎は笑みを浮かべてうなづいた。 「この三年間、大いに働いてもらいたいな」 松崎は源に笑みを浮かべてハッパをかけてから、今後の予定を話した。 早速明日の朝から源はタクナリラボで働くことになった。 だがそれは午前中だけで、昼食をとってからこのなんでも屋の店員として働く。 夕食を摂ってから、またタクナリラボで働く。 学生にとってはかなりの過密スケジュールなのだが、今は春休みなので可能なことだ。 よって美恵も、源と同じような行動を取ることになる。 「ああ、お昼からずっと…」と花蓮は夢見心地の顔をしてつぶやいた。 「デートではありませんから」と源がかなり困った顔をして言うと、「うん、わかってるぅー…」と花蓮はまだ夢から醒めていないような顔をして言った。 「うー…」と今度は美恵がうなり声を上げた。 「本気のようだね」と松崎が美恵に顔を向けて言うと、「はいっ! ずっと狙ってましたっ!!」と美恵は胸を張って言った。 「…えー、ずっと?」と源が言うと、「…うん、ずーっと…」と美恵は言って恥ずかしそうな顔を源に向けた。 「…ストーカー…」と花蓮が言ったが、美恵の感情は何も変らなかった。 「ボクは何も感じていなかったので…」と源が言うと、花蓮は悔しそうな顔をしていた。 「…ボクの初恋の相手、間違っていたのかなぁー…」と源は悔しそうな感情を込めて言った。 「えー…」と花蓮は言ってから深くうなだれた。 松崎は笑みを浮かべて三人を見ているだけだ。 「さらに間違っていたらと思うと、  ちょっと怖いかなぁー…」 源の言葉に松崎は、「ああ、そうだろうね」と笑みを浮かべて言った。 源はうれしかったようで松崎に笑みを向けた。 「…同情心も武器にしようって思ってたのにぃー…」と花蓮は美しい顔に悔しさをにじませて言った。 「それも恋愛の手だ。  だけど、源君は正しい道を歩んでいると俺は思ったぞ」 松崎の言葉に、「あーあ…」と花蓮は言ってうなだれた。 「欲をかくからだろ…」と松崎が言うと、「ノーマークだって思ってたから…」と花蓮は言ってうなだれた。 「そんなわけないだろ…  智子も友梨香も亜希子も杏奈も美佐までも狙ってるぞ」 松崎の言葉に、源はあっけに取られていた。 「ううー… 友梨ちゃんは強敵ぃー…」と美恵は悔しそうな顔をして言った。 「姉ちゃんも、やっぱり…」と源は言って少し落ち込んだ。 そして源の腕に鳥肌が立った。 松崎はそれを見て、「本当に、姉でしかないんだな」と納得したように言った。 「は、はあ… 気味が悪いって言うか、  おぞましいって感じが…  バケモノは抜きにして…」 源の言葉に、松崎は少し笑って大いにうなづいた。 「美恵ちゃんと源君が実は血の繋がった兄妹だったらうれしい」 花蓮の言葉に、「余計なこといわないで欲しい…」と美恵はクレームを申し立てた。 「ところで、花蓮さんっておいくつなんですか?」 源は話の流れを変えるために禁断の質問をした。 「うっ! うまいっ!!」と花蓮が叫ぶと、松崎は大声で笑った。 「うふふ…」と美恵は意味ありげに笑って笑みを浮かべた。 花蓮としては、ここは正直に話すしかないと思ったが、振られることは確実となるはずなのだ。 しかし、ウソはウソしか呼ばないことはきちんとわかっている。 よって花蓮は正直に、「年齢、わかんないの…」とさびしげに言った。 「…はあ、なるほど…」と源は言って少し考えた。 「30才よりも上ですか?」 「ノーコメントでっ!!」と花蓮は間髪入れずに堂々と言い放った。 「はあ、花蓮さんはお母さんだった…」と源は少しうつむき加減に言った。 「うまいなっ!」と松崎は言ってまた大声で笑った。 「ううううううっ!!!」と花蓮はとんでもないうなり声を上げた。 そして、「推定、3万才よっ!!」と花蓮はとんでもない年齢を言い放った。 源はぼう然として花蓮を見入っている。 「しかも人間じゃないわよっ!  それに、私は一度死んだわっ!!」 花蓮は言い放ってからすぐに、花がしおれるように下を向いた。 「あー、その時に顔が壊れた…」と源はぼう然として言った。 「ええ、もうそれはそれはぐっちゃぐちゃになってたわ…」と花蓮はやけくそ気味に言った。 「正直に話してくれてありがとう」と源は笑顔で言った。 「えっ」と花蓮は小さくつぶやくように言って、穴があくほど源を見入った。 「もし、付き合うのなら花蓮さんは  ボクを大いに成長させてくれるって思いました」 源の言葉には破壊力があったようで、美恵は二歩下がって驚きの顔を源に向けている。 松崎は笑みを浮かべてうなづいている。 美恵はわなわなと震えて、「…私、今世はまだ13才だけどね、前世の記憶もきちんとあるのぉー…」と源を上目使いで見て言った。 「…前世の、記憶…」と源はぼう然とした表情をして美恵を見て言った。 「うううー…」と花蓮はうなり声を上げた。 どうやら花蓮は、今世生まれてきた3万年分の記憶しかないようだ。 源は恐る恐る美恵を見て、「それって… どれほど長い年月分なの?」と聞いた。 「神暦よりも長いのぉー…」と美恵はうなだれて言った。 「なっがっ!!!」と源は叫んで大声で笑った。 そして、「じゃ、今は決めないでおくよ」と源は明るく言った。 「決めて欲しいぃー…」と花蓮は悔しそうに言った。 「ボクがみんなと同じになるのなら、  そうなってから決めるよ。  それが間違いのない道だと思うんだ」 源の言葉は松崎には承認を得たようで、笑みを浮かべてうなづいている。 「焔さんは精神的には大人なんだなぁー…」 源が感慨深く言うと、美恵はバツが悪そうな顔をした。 「だけどね、魂を探らないとわからないことも多いから…」 美恵が自信なげに言うと、「はー、そういった仕組みなんだぁー…」と源は納得したように言った。 「ユリカさん?」と源が言うと美恵は、「うわああああっ!!」と大声で叫んだ。 「俺が娘にした子だよ」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「はぁー、高嶺の花…」と源は悟り切ったようにつぶやいた。 「一般人にとってはその通り」と松崎は笑みを浮かべて答えた。 源は、レストランの透明の壁の部屋にいつも何人かいる少女たちを思い浮かべた。 もちろん、名前はわからない。 だが、印象に残っている子がひとりだけいる。 「髪をリクタナリスヘアにして、  時々動物に変身したりして外を飛んだりしてる、  ちょっとお転婆そうな子…」 源は思い出しながら話すと、「友梨香だよ」と松崎は少し笑いながら答えた。 「あー、そうですかぁー…  小さい智ちゃんだといつも思って見てました」 源の言葉に、松崎は大声で笑った。 花蓮とも美恵はどういった顔をすればいいのか判断に困ったようだ。 「確かに、顔も活発的なところも少し似てるね」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「きっと、姉ちゃんと一緒で気も強いんだろうなぁー…  だったらないな」 源の言葉に、「ないそうだぞ」と松崎が言った。 「えっ?」と源たちが驚いた顔をして言うと、「うっそぉ―――っ!!」と店の奥の方から声がした。 そしてその友梨香が姿を現した。 「えー、いつの間に…」と源が言うと、友梨香はホホを膨らませてそっぽを向いた。 「あはは、かわいいなぁー」と源が言うと、「えっ?!」と友梨香は叫んで、一瞬にして源の目の前にいた。 「はー、せっかち…」 友梨香は、『しまった…』といった顔をした。 「会ってじっくりと観察しないと  わからないことも多いっていう経験を積めたよ」 源の言葉に、友梨香は手のひらを合わせて、少し飛び上がるようにしてよろこんだ。 「だけど、ロリコンって言われそう…」 「お父さんもロリコンだからいいんだもんっ!!」と友梨香は松崎に笑みを向けて言い放った。 「あー、犬塚千代さん…」と源は言って背筋を振るわせた。 「ま、人間の姿は子供にしか見えないからなっ!」と松崎は上機嫌で笑った。 「ですけど、犬塚さん、最近見かけませんけど…」 「大使館にはいないけど、毎日帰ってきてるよ」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「はー、それはすごいなぁー…」と源は感慨深く言った。 源はそれなりの情報は仕入れていて知っている。 松崎たちは様々な星を平和にする仕事もしているのだ。 昼間にここにいないということは、どこか別の部隊に入って宇宙のどこかで戦っているはずだと察した。 「察しがよくて何よりだ」と松崎は言って、源の肩を軽く叩いてから、店の外に出て行った。 「あのぉー、これください」と友梨香が言って、着せ替え人形の洋服セットを源に手渡した。 これは昨日発売されたばかりのものなので、源に話しかけようなどという策略を持っていたわけではない。 「はい、お買い上げありがとうございます」と源は友梨香に笑みを浮かべて言った。 「…ああ、私だけの笑み…」と友梨香は言って素晴らしい笑みを源に向けた。 「営業スマイル」と花蓮が大人げないことを言ったが、友梨香は気にしないようで、源についていってレジ前に立った。 「1280円です。  こちらに会員証をかざしてください」 源は言って、カードリーダーをカウンターの端に置いた。 友梨香は現金を源に渡して、カードをリーダーにかざした。 『ニャーン』という声がして、カードの書き込みが終った。 グルメパラダイスの会員証はポイントカードにもなっている。 このポイントで、様々な商品や、非売品などの交換ができるものだ。 源は商品を素早く包んで、友梨香に手渡した。 「お買い上げ、ありがとうございました」 源が笑みを浮かべていうと、「ああ、素敵…」と友梨香は言って源を見上げた。 すると、『ニャーン』と今度は本物の猫の鳴き声がした。 「えっ?」と源がその声の方向を見ると、「エンジェルちゃん」と友梨香が言って振り返った。 源はこの知識も持っていた。 いつもは松崎の肩の上にいるのだが、今日はいなかった。 よって、店の中を探検しているのだろうと察した。 小さな子猫のような白い猫が、すたすたとまっすぐに源に向かって歩いてきた。 そしてその姿はいきなり消えた。 「えっ?」と源が言った途端、小さな猫は源の肩の上にいた。 「私がもらったわ」とエンジェルは言って丸くなって眠った。 「ボク、もらわれたそうだよ」と源が言って少し笑った。 花蓮たちは驚愕の顔をエンジェルに向けている。 エンジェルは人間の言葉を話す猫。 まさに化け猫だ。 しかし実際はかなり高尚な神であることも源は知っていた。 これはメディアでも大きく取り上げられていたので、この界隈に住む人たちで知らない人は誰もいない。 「友梨香ちゃんは先週お誕生日だったんだね」 源の言葉に友梨香は、「はいぃー…」と言ってホホを朱に染めた。 この情報は今知ったばかりで、会員証に生年月日が記されているからだ。 「ちょっと待っててね」と源は言ってから、店のほぼ中央にあるフィギュアの陳列棚を見た。 そして、縦横五センチほどの箱を見て笑顔でうなづいて、少し探ってからそのひとつを取った。 『まん丸猫 全6種類』と箱に書かれている。 クジのようなもので、どの種類のものが中に入っているのかはわからない。 源はレジに戻って料金を払い、ラッピングをしてから、「お誕生日、おめでとう」と言って友梨香に差し出した。 友梨香は、まさか誕生日プレゼントをもらえるとは思わなかったようで、大いに喜ぼうとしたのだが、なぜだか涙があふれて止まらなくなっていた。 「あはは、すっごくよろこんでもらえたようだね」と源は言って、友梨香の手を取ってラッピングしたプレゼントを渡した。 「…おんどうに、あでぃがどぉー…」と友梨香は泣きながらもしっかりとお礼を言った。 「ボクが一番かわいいって思っている猫が入ってるから」 源が言うと、「え?」と花蓮が言って驚きの顔を源に向けた。 そして、「…透視…」と花蓮が言うと、「あー、多分そうだって思うんです」と源は頭をかきながら言った。 「時々外れるけどねっ!」と源が笑いながら言うと、「大切にしますっ!!」とようやく泣き止んだ友梨香が真剣な眼を源に向けて言った。 「粗末にして、また買いに来て欲しいなっ!」と源は言って少し笑った。 「…うう… 商売上手…」と花蓮は言って、源に笑みを向けた。 それを見ていた美恵が店の外に出ようと振り返った。 「焔さん、無理して買わないで欲しい」 「欲しいものがあるのっ!!」と言って店を飛び出して行った。 「売り上げ貢献、本当にうれしいわ」と花蓮が柔らかな笑みを浮かべて言った。 すると美恵はもう戻ってきた。 手にはかわいらしい財布を持っている。 「早いねっ!」と源は言って美恵に笑みを向けた。 「…ああ、私だけの笑顔…」と美恵は言って地に足をつけずに素早く飛んで、少し大きな箱を持ってきた。 これも、まん丸猫と同じようなもので、タクナリラボ製の着せ替え人形のオプションパーツだ。 アクセサリーや小物、ティータイムセットやランチセットなどがあり、かなりの売れ筋商品でもある。 この箱には12個の小さな箱が入っている。 全15種類なので、大箱を買ってもすべてがそろわないようになっている。 「無理してない?」 源の言葉に、「あはは…」と美恵は苦笑いっぽい顔をして笑った。 「あとね、みっつだけ足りないのぉー…」と美恵は少し肩を落として言った。 「じゃ、友達になった記念に…」と源は言って、美恵に何が足りないのかを聞き出した。 別の口が開いている大箱から、みっつの小さな箱を取り出した。 「たぶん、間違いないって思うよ」と源は言って美恵に箱を手渡した。 美恵は精算を済ませて、早速箱をひとつ開けた。 「あー、アタリィー…」と美恵は言って、かなりの量の小さな部品が入っている、ディーナーセットを並べ始めた。 「あー、いいなぁー…」と友梨香がつぶやくように言った。 そして残りのふたつの箱も開けて、「オールコンプリートッ!!」と美恵は叫んでもろ手を上げた。 「あー、よかった」と源は言って美恵に笑みを向けた。 美恵は携帯の画面を源に見せた。 「あはは、すごいねっ!」と源は言って画面を見入った。 その画面には、ドールハウスで優雅に暮らしているフィギュアがいる。 もちろん、今開けた小箱のシリーズの小物も並べられている。 「見てるだけでも、本当に楽しいから」と美恵は笑みを浮かべて言った。 源は笑顔でうなづきなから、「ほかに、こんなものが欲しいっていうのない?」と聞くと、「学校セットッ!」と美恵は間髪入れずに言った。 「うん、わかった」と源は笑顔で答えた。 そしてそれっきりなにも言わないので、「あのぉー、源君?」と美恵は源の顔を覗き込むように言った。 「あ、言葉足らずだった…」と源は言って頭をかいた。 「明日タクナリラボに出勤して提案しようと思ってね。  もしほかにも希望があれば聞きたいな」 源の言葉に、美恵、友梨香、そして花蓮までもが様々な意見を述べた。 源はすぐにメモをして、「できれば、全部叶うといいなぁー…」と言って三人に笑みを向けた。 「さすが、もてる男は違うわね」とエンジェルは眼を閉じたまま言った。 「ここで造っちゃう?」とエンジェルは言ってすくっと立ち上がってひとつ背伸びをした。 そして源の肩を軽く蹴って床に降りたと同時に、少女に変身した。 「…はぁー…」と源は言って、少し気の強そうな顔をしたエンジェルを見入った。 切れ長の目はまさに気の強さを象徴している。 髪の長さはミドルで、肩の下まで伸びている。 なんと言ってもその特徴は赤い瞳だ。 源はエンジェルの顔に引き込まれてしまった。 「無臭の速乾性のカラーパテを用意できるの。  造ってみない?」 エンジェルは源に挑戦するように言った。 「わかったよ。  造ってみたい」 源は自然体で言った。 「じゃあ、お子様通学セットを」 源の言葉に、友梨香が手のひらを合わせてよろこんだ。 もちろんこれは友梨香の意見が採用されたからだ。 「赤、白、黒、オレンジ、ピンク。  五色だけでいいよ」 源の言葉に、エンジェルは作業用のプラスチック製の板をまず出して、そこに透明の密封ケースに入ったパテを並べた。 源はエンジェルがどうやって材料を出したのか不思議に思ったが、今は造ることに集中しているので驚きもしていない。 「店長、申し訳ないんですけど」と源が言った途端、花蓮は消えてまた姿を現した。 そしてテーブルの上に子供サイズの着せ替え人形を置いた。 「あ、ありがとうございます」と源は言って、一瞬のうちにランドセルを創り上げた。 「えっ?!」と誰もが驚きの声を上げた。 「拓生よりも早いわっ!!」とエンジェルは笑顔で言い放った。 「何秒で乾く?」と源が聞くと、「あと30秒」とエンジェルは答えた。 源は給食袋や体操服袋、体育館シューズなど、かなりの量の、学校に関する小物を造り上げた。 人形にランドセルを背負わせた。 「あー、このパテ、すごいなぁー…」と言って源はランドセルを背負った人形に笑みを向けた。 「特別製だもん」とエンジェルはなんでもないように言った。 「ジオラマジオラマ」と花蓮がいうと、「あ、はい」と源は言って、パテを使って学校の一角を作り上げて、そこに人形と小物を並べた。 「はは、いい宣伝になりそうですね」 源の言葉に、「非売品のプレート」と花蓮は言った。 源はすぐに造り上げて、ジオラマを見渡した。 「あー、楽しかったぁー…」と源は笑みを浮かべて言った。 花蓮はそそくさとショーケースにジオラマを飾ると、エンジェルたちはショーケースの中をじっと見つめていた。 「売って欲しい…」と友梨香がつぶやいた。 「手造りだけど、既製品よりもできがいいわ」とエンジェルが言った。 パテはまだ十分に残っているので、源は友梨香のために色違いのものを造り上げた。 そして、美恵の希望だったデートセットを造り上げて、街の一角をジオラマとして造り上げた。 「これ、いくらだったら買う?」 源が言うと、みんなはテーブルの上を凝視した。 「…いつの間に…」と花蓮は言ってジオラマを見入った。 「全財産っ!!」と美恵は言って、テーブルに財布を置いた。 「具体的に」 「…うー、決めらんないぃー…」と美恵は言って頭を抱え込んだ。 「今回は友梨香ちゃんと焔さんにアンケートのお礼として進呈するよ」 源の言葉に、ふたりは涙を流しながらよろこんだ。 「過ぎた報酬だわっ!」と花蓮は言ってホホを膨らませて腕を組んだ。 「その分、バイト代から引いてもらっても構いません」 源が言うと、さすがに気が引けたようで、「…わかったわよぉー…」と花蓮は言って、ジオラマに見合うケースをふたつ出した。 源はその様子を見ていた。 何もないところからケースが出てきたのだ。 ―― やっぱり神の力はすごいなぁー… ―― と、ひたすら感心していた。 「ライバルたちにアメを進ぜようっ!」と花蓮は言って、ケースを友梨香と美恵に手渡した。 ふたりは、「ありがとう、源君っ!」と源にだけ礼を言った。 花蓮のホホはこれ以上ないほどに引きつっている。 「あー、大変なことになるかもね。  特に友梨香」 エンジェルの言葉に友梨香は、「あー、天使ちゃんたちに取られちゃうぅー…」と言ってうなだれた。 源はまたプレートを作って、友梨香と美恵に手渡した。 そこには、『友梨香専用』と書かれていた。 もちろんもうひとつは、『美恵専用』だ。 「きちんと名前を書いておけば、  さすがの天使たちも手は出ないと思うよ」 源の言葉に、「なかなかいいわね」とエンジェルは笑みを浮かべて言った。 「ここに攻め込んできちゃう、かもぉー…」と友梨香が肩を落として上目使いで源を見て言った。 「松崎さんに相談することにしたよ」と源が言う、エンジェルは大いに笑った。 「それでいいわ、私も言っておくから」とエンジェルは言って、また猫の姿に戻って友梨香の肩に飛び乗って丸くなって眠った。 友梨香はまだ帰りたくなかったようだが、エンジェルに催促されているとでも思ったようで、源たちにあいさつをしてから店を出て行った。 「エンジェルちゃんの正体、知ってます?」と源が花蓮に聞くと、「…本人に聞いて欲しい…」と言って背筋を振るわせた。 「はぁー、相当に怖い人のようですね」と源は笑みを浮かべて言った。 「ちなみに、花蓮さんの正体を見せて欲しいんですけど」 源の言葉を聞いてすぐに、花蓮は一瞬だけその正体をさらした。 「あー、瞬きしてなくてよかった」と源は笑みを浮かべて言った。 「フェイントッ?!」と花蓮は言って、頭を抱え込んだ。 「きちんと見せてもらいました。  ありがとうございます」 源は花蓮に頭を下げた。 そして、源は腕組みをして、「うーん…」とうなった。 そして美恵に笑みを向けた。 もう言葉はいらないようで、「うれしいっ!」と美恵は言ってよろこんだ。 「うう、もう正体見たんだ…」と花蓮は言って美恵を見た。 「ええ、ついさっき。  だけど、友梨香ちゃんの正体をまだじっくりと見てませんから。  鳥と馬は見ましたけど」 「…まだまだたくさん変身できるわよ…」と花蓮は言って肩を落とした。 「動物の神様のような人のようですね」 「動物使い」と花蓮はため息混じりに言った。 「動物に変身できて、動物を操ることもできる神。  ある意味最強ですねぇー…」 源は感慨深く言った。 店を訪れる客はまばらだった。 花蓮と美恵が源にコミュニケーションを取っていると、少々乱暴に店の扉が開いたが、すぐに閉じた。 「え?」と源は言って扉を振り返って見てからすぐに立ち上がって窓の外を見た。 そこには時々グルメパラダイスで見かける妙に胸の大きい女性がいて、松崎と、源が初めて見る理想的な男性が女性の手をひぱって止めていた。 「一番困った人が現れたわ…  松崎悦子さん」 花蓮が言うと、「はあ、松崎さんの親族の方だったんですか」と源は言った。 「拓生さんの押しかけ子供」と花蓮は少し笑って言った。 「何か造れということなんですね」 「そういうことね…」と花蓮はため息混じりに言った。 源は扉を開けて外に出た。 「松崎悦子さん、ですよね?  万有源です」 源が自己紹介すると、「造ってっ!!」と悦子はいきなり言った。 「友梨香ちゃんに差し上げたジオラマの件ですか?」 「同じの、造ってっ!」と悦子は鬼のような顔をして言った。 「あれはお礼ですから」と源が言うと、「えー…」と悦子は言ってうなだれた。 「友梨香は何度も言ってたぞ」と松崎が言うと、「聞こえてなかった…」と悦子はうなだれたまま涙を流し始めた。 「聞く耳を持ってなかっただけだろうが…」 松崎が言うと、「そうかもぉー…」と悦子は悲しげな顔をして答えた。 「万有君、お騒がせして申し訳ありません」と男性は姿勢を正して言ってから、「松崎レスターといいます」と自己紹介して源に頭を下げた。 「あ、はい、万有源です」と源はまた自己紹介をした。 源は松崎に顔を向けて、「実は、アンケートのお礼に造らせてもらったんです」と源は言って、松崎に一部始終を伝えた。 源はメモ用紙を松崎に手渡した。 「フリーハンドの域を超えていた。  赤木が苦笑いを浮かべていたぞ」 松崎が言うと源は恥ずかしそうにして頭をかいた。 「もうひとつ丸がついているな。  小学校通学セット」 松崎が言うと、花蓮は松崎たちを店内に誘って、ショーケースを示した。 「はは、これはすごいなぁー」と松崎は感心して何度もうなづいている。 「これも欲しいっ!!」と悦子がまた騒ぎ始めた。 「非売品と書いてあるだろうが」と松崎が言うと、悦子は一気にうなだれた。 「友梨香ちゃんのは専用だったしぃー…」と悦子は言ってまたうなだれた。 「そうなの?」と松崎が源に顔を向けて聞くと、「あ、はい」とだけ源は答えた。 「じゃあ、悦子さんにアンケートです」 源の言葉に、悦子はキラキラした瞳を源に向けた。 「着せ替え人形用の  どんなシチュエーションの小物が欲しいですか?」 源の質問は悦子にとってかなり厳しいもののようで、悦子は腕組みをして、「うーん…」とうなり始めた。 この時間を使って、源は松崎、レスターとコミュニケーションを取った。 源が造ったものは即採用となって、数量限定で販売することに決まった。 「やはり学生は学校とは離れられない考えを持っているようです。  そこに理想を求めているんだと感じました」 源の言葉に、松崎は大いにうなづいた。 「あっ!!」と悦子は叫んでから、「はいはいっ!!」と言って源に向けて右手を上げた。 「はい、悦子さんっ!」と源は悦子に指をさした。 「教室セットッ!!」と悦子は答えたが、源は少し肩を落とした。 「それはいいんですけどね。  人形がたくさん必要になると思うんです。  二体ほどだと、過疎の村の学校のようでさびしいですよ」 源の言葉に、「あー、そうだぁー…」と悦子は言ってまた腕組みをして、「うーん…」とうなり始めた。 「その通りだな」と松崎は言って少し笑った。 「あっ!!」と悦子は言って、また、「はいはいっ!!」と言って右手を上げた。 「はいっ! 悦子さんっ!」とまた源は言って、悦子に指をさした。 「学校で告白ぅー…」と妙に恥ずかしそうな顔をして言った。 「あー、いいですねぇー…  ではそのシチュエーションに出でてくる小物を全部書いてください」 源は言って、メモ用紙を悦子に手渡した。 「…書いて欲しい…」と悦子は言って松崎を見たが、松崎は首を横に振った。 「エッちゃんが描かないと、  出来上がったものはエッちゃんものにならないって思うんだ」 レスターが言うと、「あー…」と悦子は言って、じっくりと考えながら書き始めた。 「…うー、エッちゃんの扱いがうますぎるぅー…」と花蓮が言って、源とレスターを見た。 「なかなかいないぞ」と松崎は言って源に笑みを向けた。 「ボクの妹が、まるで悦子さんのようでしたから。  すっごく懐かしく思って」 源の言葉に松崎は少しうなだれてから源に笑みを向けた。 花蓮は、―― ん? ―― と思い、源の脳内を探ってすぐに後悔した。 ―― もう、探っちゃダメッ!! ―― と花蓮は流れ出しそうになった涙を必死になって堪えた。 「できたのっ!!」と叫んで悦子はメモ用紙を源に手渡した。 源は素早く読み取って、「ラブレターがありません」と言うと、「あー… 追加でぇー…」と悦子は申し訳なさそうな顔をして源を見た。 「あとは、小動物がいてもいいでしょうね、  ふたりを覗き見る猫とか。  シチュエーションとしてはいいですね。  木の根元で告白をする。  ボールなどが転がっているのは自然です。  人形に余裕があれば、このふたりをのぞき見る、とか。  かなり楽しいジオラマになりそうです。  シールを作ります。  これを使って、ほほが赤くなっている表現をします」 「ああ、面白いな」 松崎が言ってすぐにそのシールを創り出した。 源はじっくりと松崎の手元を見ていた。 やはり手品のようにものがいきなり現れていた。 体内で創り出して外に出したといった感じだ。 源は早速、残っているパテでそのジオラマを創り上げた。 「あ、このふたつで…」と悦子は商品棚から人形を持ってきた。 「お買い上げありがとうございます」 源の言葉に、「うんっ!」と悦子は元気よく答えて精算を済ませた。 早速悦子は、人形に気に入ったポーズをとらせてジオラマを完成させて喜んでいる。 「…ああ、夢が叶った…」と悦子は感慨深く言って、ジオラマを凝視しながら店の外に出て行った。 レスターは源に丁寧に礼を言ってから悦子を追いかけた。 「きっと、また困らせると思う。  本当に申し訳なかった」 松崎は言って、源に頭を下げた。 「あ、いえ、ボクも楽しかったので」 「そういってもらって助かった」と松崎は笑みを浮かべて店の外に出て言った。 その途端、「ごめんなさい、ごめんなさい…」と言って花蓮が泣き出し始めた。 源はこれがどういうことなのかよくわからなかった。 だが、なんとなくだが想像がついたようだ。 「もう、七年も経ったんだなぁー…」と源は感慨深く言った。 そして残ったパテで人形を造って、源は新たな涙を流した。 花蓮は当然のように興味が沸いて、源の右手に収まっている人形を見て、「えっ?!」と驚きの声を上げた。 「え?」と源は言って、今造った人形を見入った。 「似た人を知っているんですね?」 源の言葉に、花蓮は必死になって首を横に振った。 感情的にはただただ会わせたくないだけだろうと源は察した。 「ほかの人に聞くのでいいです」と源が言うと、「ローレルちゃんっ!!」と花蓮は叫んだ。 「外国人?」と源が言って少し笑った。 「私もだけど、異星人…」と花蓮が答えたので、源は少し笑って大いにうなづいた。 「でも性格は、エッちゃんとはぜんぜん違うわ」 花蓮の言葉に、源は笑顔でうなづいた。 「美恵ちゃんと同い年なのにね、もう大人って感じ…」 「あー、あいつも、美奈もきっとそうなってるだろうなぁー…」 源のつぶやきはかなりの破壊力があったようで、花蓮と美恵は大いにうなだれた。      6 閉店の時間が来たので、片づけをして三人は店の外に出た。 「ボク、グルメパラダイスに行ってきます」 源が言うと、「あ、私もぉー…」と花蓮と美恵は同時に言った。 美恵は家に電話をかけて、「一大事だから今日は夕飯はいらないっ!!」と親に連絡していたので源は笑ってしまった。 「何がどう一大事なんだよ…」 「私的に一大事なのっ!」と美恵は少し怒った口ぶりで言った。 「天使はいつでも朗らかに…」 「松崎さんみたい…」と美恵はホホを赤らめて言った。 「え? そうなの?」と源は言ってかなりよろこんでいる。 美恵はうなづいてから、「負の感情よりも正の感情を出すように誘われるの」と答えた。 「あー、なるほどね。  ボクも真似しよう」 源は言って、ゆっくりと歩き始めた。 一旦家に戻って源の母親にグルメパラダイスに行くことを告げた。 「あらあらあら、まあまあまあ…」と母親は花蓮と美恵を笑みで見て言った。 「冷やかすのはやめて欲しい…」 「源ちゃん、がんばってっ! ファイトよっ!!」と母親の応援を背中で聞きながら外に出た。 「ごめんね」と源がふたりに謝ると、「ぜんっぜんいいのっ!」と花蓮が陽気に言った。 「きっとね…」と源が少しさびしそうに言うと、「あー、わかっちゃった」と花蓮と美恵が同時に答えた。 源の母はあえて明るく過ごしているんだろうと、三人は思っている。 グルメパラダイに入って、源はまっすぐに透明の部屋に足を向けた。 『おい』といった感じで、五月が松崎をつついている。 松崎はすぐに振り返って源たちに笑みを向けた。 するとアスカが素早く立ち上がって、透明の扉を開けた。 「こんばんは、お邪魔します」と源は頭を下げながら言った。 そして今造ったばかりの人形を松崎に渡した。 「…ローレル… いや…」と松崎は言って苦笑いを浮かべた。 「できれば、会わせていただきたいのです」 源がまた頭を下げると、「そうしよう」と松崎は言って黙り込んだ。 すると、まるで人形が成長したような女性が姿を現した。 「ああ、これは…」と源は言って絶句した。 「あはっ! 大注目の人だっ!」とローレルは明るく言った。 「始めまして、万有源です」と源は感情を押し殺してあいさつをした。 「ローレル・ミストガンですっ!」とローレルは明るくあいさつをした。 「もしよろしければ、食事をご一緒に」 源の言葉を受けてローレルは、「あ、ちょっと待ってね」と言ってから、「姉ちゃんよ、今日、デートだから」といきなり言った。 源は苦笑いを浮かべた。 「ウソじゃないわよ、だったらこっちに来る?  …なんだよ、人見知りどもめぇー…」 ローレルの言葉に、源は笑みを浮かべている。 「さあ、お食事に行きましょうっ!」とローレルは源の右手を取って部屋の外に出て、「アスカさん、お願いっ!」と言って、ひとつのボックス席に指をさした。 源は知識として知っている。 あのボックス席だけは透明の囲いが下りてくるのだ。 密談などをする場合に使うことは、この店の誰もがよく知っている。 「ちょっと、ローレルちゃんっ!!」と花蓮が叫んで源たちに追いついた。 「邪魔して欲しくないわね…」とローレルが言うと、「いえ、今日はみんなで」と源が言った。 「そう、ざんねぇーん…」とローレルは心底残念そうに言って素早くソファーに座って源を従えるようにして横に座らせた。 「あー、源君の体温を感じるわぁー…」とローレルは明るく言った。 「うー…」と花蓮は低くうなりながら源の真正面に座った。 源はほんの少しだけ、ローレルとの距離を取ったが、ローレルは座り直すしぐさをして源にぴったりと寄り添った。 「はぁー、美奈も、よくやってたなぁー…」と源は感慨深げに言った。 「源君はもてるのね」とローレルは笑みを浮かべて言った。 「妹です」と源が言うと、「ああ、なるほどね、お兄ちゃんを取られちゃう」とローレルはすぐさま答えた。 ―― 頭の回転がかなり早い… ―― と源は思い感心した。 まさに天才のタイプだと源は感じた。 「思い違いとか、失敗しませんか?」 源の言葉には破壊力があったうようで、「見られてたわっ!!」とローレルは大声で陽気に言って笑い転げた。 「これからの課題にするわ」とローレルは源の顔をのぞきこむようにして笑みを浮かべた。 「…あー、美奈のようだ…」と源はつぶやくように言って笑みを浮かべた。 「シスコン?」とローレルは言ってから、「あ、ごめんね、失敗失敗っ!」と明るく言った。 そして、源から見て少し肩を落としたように感じた。 「妹は亡くなりました」 源が言うと、「うん、そうかなぁーって…」とローレルは言ってから背筋を伸ばした。 「私に、似てたのね」とローレルは極力笑みを絶やさずに言った。 「いえ、きっと、ローレルさんのように成長したんだろうと  感慨深く思っているところです。  ボクの記憶にある美奈は、まるで悦子さんのようでした」 源の言葉に、ローレルは何も言わずにうなづいた。 「もし私に兄がいたら、きっと大いに甘えたと思うわ」 ローレルは熱い視線を源に向けた。 「エッちゃんはずっと子供だからっ!」とローレルは言って笑い転げた。 源もつられて笑った。 源は、今日あった経緯を話すと、「いいお兄ちゃんだわ」とローレルは言ってから、花蓮と美恵を見た。 「私も含めて、みんなは源君の妹だと思うわ」 ローレルが言うと、花蓮も美恵も、今の発言を無視するように源を見た。 「何人かは、妹のようになるかもしれませんね」 源の言葉に、ローレルは大いにうなづいた。 「妹にならないようにするわっ!!」とローレルは胸を張って言った。 「お邪魔しますっ!!」と言って扉を見たが誰もいなかった。 だが源の左隣に友梨香が座っていて源に笑みを向けていた。 「きたの? 妹一号」 源の言葉に反抗するように、「妹じゃないもんっ!!」と友梨香は言ってホホを膨らませた。 「友梨香ちゃんの場合、ちょっと幼いかなぁー…  今のところ、付き合う対象じゃないよ。  できれば三年後」 「アスカお姉ちゃんみたいにずっとしがみついてるもんっ!」 友梨香は言って、俺の左腕を強く抱きしめた。 「ずっとそれをしてると、本当に妹になるって思わない?」 源の言葉は破壊力があったようで、友梨香はすぐに源の腕を放した。 「…なっちゃうって思っちゃった…」と友梨香は言って、食事を運んできたアスカに眼を向けた。 アスカが、「ローレルちゃんをどうするつもり?」と食事の配膳をしながら源に聞いて来た。 「母の様子が、ある日を境にいきなり変わりました。  ボクは見ていなかったのですが、  ローレルさんはテレビに出ていたそうですね。  母は突然明るくなりました。  どうしようかと悩んでいる最中ですけど、  ボクが会ってしまったので、母にも会ってもらいたいと、  どうしても思ってしまうんです」 「それでいいと思うわ」とアスカは言ってから、「ごゆっくり」と頭を下げて、透明の部屋を出た。 「あー、一時的にハイになっちゃったんだ。  娘は生きていると自信を持っている」 ローレルはまさに正解を言ったと源は思った。 「実際母は、亡くなった妹を見ていませんから。  現実から目を反らせたんですよ。  もちろん、気持ちはわかりますけどね。  ボクも認めたくなかった」 源の言葉に、みんなは少しだけうなだれた。 「あ、ごめんねっ!  ここは母のように、明るく振舞おうっ!」 源は言い放って、今日の一日を振り返るように話題を提供した。 ここからは旧知の仲のように五人は大いに語らった。 「あー、食ったぁー…」とローレルが言い放つと、源は大いに笑った。 「兄ちゃん、帰るよっ!」とローレルは陽気に言った。 「ローレルさん、本当にありがとう」 源が言うと、「源君の家に帰るのよっ!」とローレルは言って素早く立ち上がった。 「別人だと、認めさせてやるわぁー…」とローレルは言って、妙な気合を放った。 「うわぁー、なんか怖いなぁー…」と源は言って少し震えた。 「きちんと話しを聞いたからね、全く戸惑いはないわ」 ここは源が折れて、ローレルたちとともに家路についた。 さすがに花蓮たちは遠慮するようで、源とローレルだけが源の家に入った。 「ただいまぁーっ!!」とローレルは陽気に大声で叫んだ。 源は、―― あー、やっぱり素晴らしい人だ… ―― と感慨深く思った。 すると母と父が慌てて廊下に出てきた。 そして、「美奈っ!!」と源の母が叫んでローレルを抱きしめた。 「私はローレル。  美奈ちゃんじゃないわ。  テレビに出てたでしょ?」 ローレルの言葉に、源の母は涙に濡れた顔を上げた。 「だけどね、源君と結婚したら私はお母さんの娘よ」 ローレルはとんでもないことを言い放った。 「あー、成長した美奈だと思ってしまった…」 源の父はつぶやくように言った。 「母さんの学生当事とよく似ている」 父の言葉に、源は感慨深くうなづいた。 だが源の母はまだぼう然としている。 「お母さん、私の部屋に案内して」 ローレルが妙にぶっきらぼうに言うと、「うん、いこ」と源の母はまるで子供のように言って、ローレルの手を引いて二階に上がって行った。 「結婚、するの?」と源の父が聞いて来た。 「今日からモテ期突入」 源の言葉に、源の父は笑顔でうなづいた。 源は父に今日あったすべてのことをダイジェストで話した。 「もう、働くんだな…  おまえ、誰の子だ?」 源の父は言って大いに笑った。 「この土地独特のものだよ。  家族は血の濃さじゃない。  誰が産んだ魂かということが一番の絆なんだ。  ボクはいずれ、神の仲間になるそうだ」 源の言葉に源の父は驚きもせずうなづいた。 「宇宙、行くの?」と源の父はうらやましそうに言った。 「あー、どうだろ…  神に覚醒する前に行った人もいるからね。  でも、今のボクじゃ何もできないから、  松崎さんの指示を仰ぐことにするよ」 源の言葉に、父は大きくうなづいた。 源は風呂に入ってから自室に入った。 すると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。 扉を開けると、ローレルが笑みを浮かべて立っていた。 「今日は泊まるわ」 ローレルの言葉に、「うん、ありがとう」と源は答えた。 「お礼は口にチュー」とローレルが言うと、「最低でも三年はしないな」と源は言った。 「友梨ちゃんを待つつもりかっ」とローレルは言って、地団太を踏むポーズをとった。 「そういうと。  ボクは急がないことにしたから。  そうすれば、脱落していく人も増えるだろうし」 「私は最後まで残るわ。  源君は明日にでも覚醒することはわかっているから」 源は絶句した。 それがどういうものなのか、少々不安になってしまったようだ。 「切欠が必要なの。  それは大いなる喜び」 ローレルの言葉に、源は大いにうなづいた。 「私と契ったら、それがよろこびになるかもぉー…」 ローレルは自分の都合にいいように言ったのだが、恥ずかしくなったようでホホを朱に染めた。 「残念だけど、今はその気はないよ」 源が穏やかに言うと、「あー、曇ってないことがおかしい…」とローレルは言って少しうなだれた。 「仕方ないから、お母さんと寝てくるわ」 ローレルが言って、源の今の気持ちを振り切るようにきびすを返した。 源はまた、「うん、ありがとう、おやすみ」とローレルの背中を見ながら言った。 ―― 大いなる喜び… ―― それはなんだろうかと、源は他人事のように考えた。 源はそれほど感情の起伏は激しくない。 やはり妹を亡くしたというリアルが、源の感情を押さえ込んでいるようにも感じる。 ここは少し流されたほうがいいと源は思うことにしたようだ。 翌朝、妙に明るい源の母の見送りを受けて、源はローレルとともにグルメパラダイスの大使館に足を向けた。 途中で源と同じくスーツ姿の美恵と合流して三人でレストランに入り、大使館の透明の扉を開けた。 「みなさん、おはようございます。  万有源といいます。  どうか、よろしくお願いします」 源があいさつをして頭を下げると、なぜか拍手が起こった。 源としては怖い人ばかりだと思っていたのだが、それはないようでほっと胸をなでおろした。 「…ああ、私もぉー…」と美恵が言って今更ながらなのだろうが自己紹介をした。 美恵にも分け隔てなく、暖かい拍手が起こっている。 しかしこの中に、源に敵意を向ける感情を感じた。 源はなぜだかこういった感情を敏感に察知する習性のようなものがある。 源はゆっくりと部屋を見回したが、その感情の持ち主はここにはいないと感じた。 だがまだその感情は源を見ていると思い、真正面を向くと、地下に降りる階段の手すりの隙間から、ふたつの目がのぞいていた。 「えー…」と源がクレームっぽく言葉を発すると、「本当に申し訳ないね」と松崎は源に向かって頭を下げた。 「千代、いつまでふてくされてるんだ」 松崎の言葉に、「だっておかしいもんっ!!」と幼児の声が聞こえた。 「エッちゃん、二世…」と源が苦笑いを浮かべて言うと、「ああ、今はまさにその通り」と松崎は苦笑いを源に向けた。 「それに、エッちゃんにまでっ!!」と千代は言って、今度は大声で泣き出し始めた。 ―― あー、泣かせちゃったぁー… ―― と源は思い、どうしようかと考えていると、千代が宙に浮いたように見えた。 「私の娘を泣かせたわね…」と千代を抱き上げた犬塚千代 ―― コードネーム エリカ ―― が階段を昇ってきた。 「はあ、何がいけなかったのか考えている最中です」 源の言葉に、「はい、正解」とエリカは笑みを浮かべて言った。 「え?」と源がつぶやくように言うと、「普通はね、こういった時は事なかれ主義を発動して謝るものなのよ」とエリカは笑みを浮かべて言った。 「はぁー… ボクは、人よりも少々鈍いようなので…」と源は言って頭をかいた。 「いいえ、それは違うと思うの。  きちんと筋道を立てて考えていると私は感じた。  だから、お説教は千代にすることに決めたわ」 エリカは言って、千代に厳しい眼を向けた。 「えー…」と千代は言って深くうなだれた。 「あ、だけどね、昨日まではこれでいいの。  だけど今日からは条件が変ったから、  考え直した方がいいわよ」 エリカの言葉はまるで問答だ。 しかし源は、ここまで聞いてすぐに理解できた。 「はあ、答えが出て納得しました。  平等にすればいいだけなんですね」 源の言葉を聞いてエリカはその身を倍にして、『おまえ、生意気だなぁー…』と源を見下ろして言った。 肌が見えているところは白いのだが、服装は真っ黒だ。 今までの妙にかわいい顔は消え、美人なのだが目が異様に釣りあがっている。 ―― これが、最強の悪魔… ―― と源はエリカの目を見て考えている。 「はい、生意気だと言われることは慣れていますので」 源はエリカに挑戦するように言い放った。 源は背後で美恵が天使に変身した雰囲気を感じた。 『拓生と同じか…』とエリカは言って、今度は松崎をにらみつけた。 「修行の度合いは、源の方が上かもな」と松崎が言うと、『ふーん…』と言ってエリカは人間の姿に戻ってから、「私、かなり荒んでいるみたい…」と言って源に頭を下げた。 「ああ、私のせいで…」 目に涙を一杯溜めている千代が言った。 「この三ヶ月間、  サポートを受けていないせいだとは気づいていないのか?  それとも、それを修行としているのか?」 松崎の言葉に、「両方」とエリカはぶっきら棒に答えた。 「どちらかと言えば、前者の原因が大きいわ。  私のイメージとはまったく違うから。  腹が立つほどだから、受けないほうがマシ」 エリカが答えると、松崎は大きくうなづいた。 「ランスの軍は、サポートを強化する必要があるようだな」 「まあね。  ほかの子たちは、かなり我慢してるわよ。  戦闘が終わったらフラフラだもの。  受けないほうがしゃきっとしてるほどだから」 エリカはあごを上げて笑みを浮かべて言った。 「ん?」と源は怪訝そうな顔をしてエリカの今の顔を見入った。 「源とは会ってるわ」とエリカが言うと、「はあ、ですが思い出せません…」と源は答えた。 「かなり大昔の前世の話よ」 エリカの答えに、「あー、なるほど…」と源は答えは出ていないのだが納得の笑みを浮かべた。 「あんたが私のサポートをしなさい」とエリカは命令口調で言った。 「その時がきたら、ぜひ試してください」 源の言葉に、エリカは笑みを浮かべた。 「レイカでもいいんだろ?」と松崎が言うと、「ここで必要じゃない…」とエリカは眉を下げて言った。 「悪魔はほかの部隊に分散させてもいいんだ」 「…じゃあ、今日だけ…」とエリカは少しうれしそうな顔をして言った。 松崎が目を閉じると、いきなり悪魔がこの部屋に現れた。 「なんだ? 痴話げんかか?」と悪魔がニヤリと笑って言った。 「まあな、似たようなものだ」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「エリカがご所望だ」 「わかった」 悪魔は短く答えて、エリカに寄り添った。 「少しは受けてやれ」と悪魔が言うと、「味方を撃っちゃいそうでイヤなの」と平然とした顔をして言った。 「俺もそう思うっ!!」と悪魔は言って大声で笑った。 「千代、きちんとお願いして」とエリカは千代に笑みを向けて言ってから、悪魔とともに消えた。 「…あー、怖かったぁー…」と源が言うと、源の背後から小さな泣き声が聞こえた。 その声の主は天使姿の美恵だ。 「泣いて当然だと思うよ」と源が振り向いて言うと、美恵は首を横に振った。 「私、覚醒してるのに、源君よりも弱い…」と美恵は言って、源の両手をつかんだ。 ―― あー、かわいいなあー… さすがに今は言えないけど… ―― 源は考えるだけで満足したようだ。 千代は少し宙に体を浮かせて、ゆっくりと源に近づいてきた。 「…怒っちゃってゴメンなさい…」と千代は言って上目使いで源を見た。 「うーん…」と源がうなって考えていると、松崎が大声で笑った。 「ええー…」と千代はクレームがあるようにつぶやいた。 「今日はここに仕事に来たんだ。  だからしばらくは、ボクの自由時間はないんだよ。  ごめんね」 源の言葉を聞いて、千代はまた大声で泣き出し始めた。 「あー、拓生よりも厳しいなぁー…」 ここのリーダーでもある五月大河が感慨深げに言った。 「父親としては、千代の肩を持ちたいところなんですけど、  源の言い分が正しいので反論できません」 松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「だけど、仕事中に造ることはできるんだ」 源が言うと千代は、「えっ?」と言って顔を上げた。 「昨日だって仕事中に造ったからね。  幼稚園が終ったら、  花蓮のお懐かしなんでも屋に来て欲しいんだけど」 「行くのっ!」と千代は源に笑みを向けて言って、松崎を見た。 「あー、それはそうだった…」と松崎は言って笑みを浮かべた。 「だけどね、仕事が忙しい時は造れないから。  その時は我慢して欲しいんだ」 源の言葉に千代は、「えー…」と言ってまた悲しそうな顔を源に向けた。 「それももっともだな」とだけ、松崎は言った。 「…花蓮ちゃん、かんじゃうぅー…」と千代は幼児らしからぬ畏れを流して言った。 「はは、千代ちゃんの怖さはお母さん譲りだね」 「…あー…」と千代は言って、ほうけた顔を源にさらした。 そして千代は、なんと赤みがかった薄い茶色の犬に変身して源に飛びついた。 「あはは、かわいいなぁー…」と源は言って犬を抱きしめた。 ミニチュアダックスフンドに変身した千代は源に大いに甘えた。 すると、源は殺気を感じた。 この殺気はなんと松崎から出ていたのだ。 「お父さん、怖いです…」と源は言って、千代を松崎に抱かせた。 「あ、悪いね」と松崎は気さくに言って笑みを浮かべて、千代を抱きしめた。 「それが正解だ」と五月が言うと源は、「エリカさんよりも怖かったです…」と言って苦笑いを浮かべた。 源は松崎に連れられて、タクナリラボの工場に案内された。 ここには考えられないほどの様々なメカがびっしりと並んでいる。 「おはようございますっ!」と源はできる限り大声で叫んであいさつをした。 工場の端まで源の声は届いていたようで、働いている人たちは気さくに手を上げて源にあいさつをした。 「さあ、早速だけど、力仕事だ」 松崎は言って、大きな金属製の箱をひょいと抱え上げた。 「ええー…」と源は言って腰が抜けるほど驚いた。 軽く見積もって、その重量は1トンほどあるはずだ。 「あ、これはまだしなくていいから」と松崎が言うと、源はほっと胸をなでおろした。 歩き出した松崎に源はついて行った。 そこには扉があって、妙なモニターなどが壁に貼り付けてある。 「この中で仕事をしているんだ。  この部屋は、時間が進まない」 松崎の何気ない言葉には相当の破壊力があったようで、源は驚きを隠せなかった。 松崎が部屋に入って行ったので、源はすぐに後を追いかけた。 この部屋には、源が見知った男性がふたりいた。 ひとりは赤木武で、もうひとりは伊藤祐介だ。 「万有源です。  よろしくお願いします」 源は言ってふたりに頭を下げた。 すると伊藤が笑い出し始めた。 「おまえ、大人気なさすぎ」と伊藤は松崎に顔を向けて言った。 「俺の最大の弱点ですからね」と松崎は笑みを浮かべて言った。 ―― やはり、子を持つ親の弱点は子供… ―― と源は考えて松崎に笑みを向けた。 「通常の仕事は後回しにしてもいいじゃない」と赤木が松崎に言うと、「千代のためにならないからね」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「それはそうだけどね」と赤木は笑みを浮かべて言った。 松崎は組み立てて手順書を源に手渡した。 「プラモデルを作る感覚で作業をすればいいだけ。  でも、ひとつひとつの部品は少々重いからね。  精密な作業だけど体力勝負になる」 「あ、はい…」と源は言って、震える手で手順書を受け取った。 まさかいきなり本物のエイリアン・ウォーリアを組み立てることになるとは夢にも思ってもいなかったのだ。 しかし源は、手順書をしっかりと読み始めた。 確かにプラモデルのようなものだが、足のパーツで重いものは10キロほどある。 歯車ひとつにしても、2キロほどはあるはずだ。 これはとんでもない重労働になると思い、少し気合を入れた。 やはり驚きはパーツの多さで、プラモデルの比ではない。 源は慎重に手順書通り足から組み立て始めた。 ―― これは、オートメーションは難しい… ―― と源は思った。 パーツの重さもあるが、手作業でないと不可能な部分が多くある。 よって、この時間が進まない部屋で造る必要があるのだろうと察した。 源は無心になって造っていたのだが、ふと気づくと松崎たちは話しをしながらとんでもないスピードで組み立てている。 ―― ここは我慢の時 ―― と源は自分に言い聞かせて、コツコツと組み立てている。 どれほど時間が経ったのか、『ピー』と小さな音がした。 「さあ休憩だ」と松崎が言うと、赤木も伊藤も作業の手を止めた。 源もそれに倣って、次に組み立てるユニットの予習を少しだけした。 「ふーん」と松崎は源の組み立てているエイリアン・ウォーリアを見ながら言った。 そして、「さすがだ」と松崎は言って源の頭をなでた。 「ボク、違う仕事してもいいかもね」と赤木が言うと、「急ぎがあればそれでもいいぞ」と松崎は気軽に言った。 ―― ほめられてる… ―― と源は思ったが気を抜かないように我慢した。 「飯、食ってもいいぞ」と松崎が言うと、「あ、はい、その方がいいと思いました」と源は答えた。 「俺も付き合うよ」と伊藤は言って、源の肩を抱いた。 「源は重労働班です」と松崎が言うと、「俺も弟子が欲しいんだっ!」と伊藤は言って、逃げるようにして源とともにラボから出た。 伊藤は気さくな兄貴のように源に接した。 口を開けば松崎の悪口ばかりなのだが、本人を目の前にして言っているので源としては仲がいいと察した。 現在の時刻は午前9時15分。 現実世界では時間は15分しか経っていない。 最低でも二時間ほどは仕事をしていたはずなので、腹が減って当然だと感じた。 「さあ、本来の昼食に行こう」と松崎は言って作業の手を止めた。 源は、「ふー…」とため息を漏らして全身の力を抜いた。 ここまでに5回ほど食事をしたが、もうすでに腹ペコだ。 「源の実労働時間、18時間だ。  ここまでの日給は5万5000円ほど」 松崎の言葉に、「えっ?」と源は言って驚きの顔を松崎に向けた。 「なんだか、簡単にお金持ちになるようで、ちょっと怖いです」 源の言葉に、「即戦力とは思ってもいなかった」と松崎は言って源に笑みを向けた。 「今日一日で、10万円ほどは渡せそうだね」と赤木は笑みを浮かべて言った。 「昼はなんでも屋のほうなんだなぁー…」と伊藤は少し残念そうに言った。 「うーん…」と松崎は言って深く考え始めた。 「よっし、決めた」と松崎は言って、源の肩を抱いて外に出た。 食事の前に、四人は天照島に渡った。 ここに来るまでの経過時間がたった3分だったことに、源はぼう然とした。 源の目の前には、古代の地球かと思わせる風景がある。 まずここに来て目に入ったのは巨大な火山。 噴煙ではなく、マグマが懇々と流れ出ている。 そしてその手前には高さ数百メートルはあろうかというほどの巨大な木がある。 ―― ここは、なんだ… ―― と源は思いぼう然と立ち尽くした。 右手の前方には人が出入りしている建物がある。 『天照島スーパー銭湯へようこそ』と看板が出ていることに源は少し笑ってしまった。 スーパー銭湯の裏手にかなり離れて教会とかわいらしい建物が見える。 教会も建物も源は覚えていた。 それは源も通った教会に併設している幼稚園だ。 ここに移設していたことは知っていた。 しかし、訪れたことはなかったので、驚きは新鮮だった。 風呂に入ると、源は生き返ったような気持ちになった。 かなり疲れていたことをここで始めて認識した。 風呂から出ると、「おにいちゃぁーんっ!!」という大声が聞こえ、幼稚園の建物の外にいる千代が両手を振っていた。 源も両手を上げて手を振った。 グルメパラダイスに戻り、大使館内で今日目覚めてから7度目の食事を始めた。 「源、昼から二時間はラボで仕事。  三時から五時過ぎまでなんでも屋にいってくれ。  もう花蓮には伝えてあるから」 「あ、はい、わかりました」と源はごく自然に言った。 すると松崎は、「ふーん…」と言って源を見た。 「わかりやすくていいな」と伊藤が言った。 「仕事に恋愛は持ち込まないだけだよ」と赤木が笑みを浮かべて言った。 「はあ、急にモテ期が来て途惑ってます。  それにエンジェルちゃんまで…」 源の言葉に、「こら、エンジェル」と松崎が肩にいるエンジェルに言うと、「資格があるもの」とエンジェルは当然のように言った。 「若い子にもチャンスをやれ」 「どうしようかしら」とエンジェルは体を丸めたまま言った。 「でも、三年は決めないことにしました」 源の言葉に、「えっ?」と松崎たちは驚きの声を上げた。 何事にも動じないはずのエンジェルも素早く頭を上げて源を見ている。 「友梨香ちゃんの成長を待つことにしました。  今のままだと、妹でしかありえないので。  できれば、  アスカさんのようになってもらいたくないって思ったんです」 源の言葉は相当な破壊力があったようで、松崎は少しうなだれた。 「やっぱり厳しいな」と五月は笑みを浮かべて言った。 「俺としては、花蓮で決まったと思っていたんだが…」と松崎は少し悔しそうに言った。 「はい、一目ぼれしたのですが、すぐに醒めました」 源の言葉に、松崎を除いてみんなは大声で笑った。 「花蓮は余裕を持ちすぎていたようだ」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「今は、少し焔さんに心が動いていますね。  今朝、かわいいって思ってしまいました」 源の言葉には誰も答えなかった。 源はすぐに左側に顔を向けた。 その美恵が、アスカとともに笑みを浮かべて大使館にやってきていたからだ。 「みなさん、お疲れ様ですっ!」と美恵は満面の笑みで言った。 「お疲れ様」と源もその言葉に答えた。 美恵は恥ずかしそうにして、源の左側に腰掛けた。 そして、「あのぉー、源君…」と美恵は源を覗き込むようにして言った。 源が美恵に顔を向けると、「日曜日、おやすみだって聞いて…」とさらに恥ずかしそうな顔を源にさらした。 「あー…」と源は言ってから、「ちょっと、造りたいものができたんだよねぇー…」と言うと、「何を造るの?」と松崎が間髪入れずに聞いて来た。 「あ、はい、エイリアン・ウォーリアのミニチュアです。  ボクなりの設計図がやっとできたので」 「あー、いいね、見せて欲しいんだけど」と赤木が笑みを浮かべて言った。 「あ、はい」と源は言って、バッグからぶ厚いファイルを取り出して赤木に手渡した。 源はまるで、受験の面接官を目の前にしたような顔をして姿勢を正した。 赤木の顔色に変化はない。 だが、ページをめくるたびに厳しい表情に変わっていったことに、源は少し肩を落とした。 赤木は最後のページをめくり終えて、「松っちゃんにも見てもらっていい?」と源に聞いた。 「あ、はい、どうぞ」と源は言って少しいぶかしげな顔をした。 ―― パス、した? ―― と源は思い、希望を持った。 松崎は笑顔でファイルを受け取って、ページをめくった途端、「…恐ろしいな…」と言った。 そして素早くページをめくって、『パタン』と音を立ててファイルを閉じた。 「これ、売ってくれない?」と松崎が言ったので、「えええー…」と源は驚きの声を上げた。 「もちろん、源が造ればいい。  工作機械もふんだんにあるから、  すべてを使ってくれていい。  もう君は、このタクナリラボになくてはならない人材となった。  社員として今から働いて欲しい」 松崎の言葉に、源は大いに感動した。 だが、気持ちを抑え込んで、「はい、お世話になります」と穏やかに言って松崎に頭を下げた。 伊藤がファイルを手にしてページをめくると、「おいおい…」と言って驚きの顔を源に向けた。 「マッドサイエンティストには見せないほうがいい」と伊藤は苦笑いを浮かべて言った。 「マッド、サイエンティスト…」と源はぼう然として言った。 「ラボの地下に潜む悪魔だ。  背筋が凍るだろ?」 松崎が雰囲気を出して言うと、源は本当に身震いした。 「じゃ、日曜日は美恵ちゃんとデートねっ!」とアスカが明るい声を発して言った。 美恵は上目使いで源を見ている。 「はい、そうします」と源はアスカに言って頭を下げた。 「うれしいっ!!」と美恵は言って、源の左腕をつかんだが、思い直してすぐに腕を解いた。 「妹になりそうでイヤだった」 「アタリィー…」と美恵は言って、苦笑い気味の笑みを源に向けた。 ―― あー、かわいいなぁー… ―― と源はまた思った。 そして、このまま付き合うことになるんだろうかと考えていると、いきなり大使館の扉が開いた。 開けたのは、鬼の形相の花蓮だった。 「松崎さんっ! どういうことですかっ?!」と花蓮は松崎に食って掛かった。 「事情が変った。  花蓮のお遊びに付き合う必要はなくなった。  だが、源の意思を聞いていないから、  その答えを聞いてからだ」 松崎の言葉を聞いて花蓮は、「どうするのよっ?!」と源に食って掛かってきた。 「事情がよくわからないから返答のしようがないんですけど」 源の言葉に、「そういえばそうだっ!」と松崎は言って大声で笑った。 「花蓮は源と付き合うためだけに、なんでも屋を造った。  きっと源に興味が沸くだろうと思ってな。  源はその手にまんまと引っかかったが、花蓮の正体を見破った。  もし源が、あの店で働く意思がないのであれば、  その能力はタクナリラボでだけ発揮してもらおうと思ったんだよ」 松崎が語ると源は、「友梨香ちゃんたち、心の底から喜んでくれたんです」と言った。 松崎たちは笑みを浮かべてうなづいている。 「今日は、千代ちゃんが喜ぶ番ですから。  ボクは、一対一でよろこぶ姿を見てみたいと思いました。  ですので、なんでも屋でも働きたいんです」 源の言葉に、花蓮は源に笑みを向けたあと、松崎をにらみつけていた。 「昼から来てもらうから。  いいわよね?」 「わかった」とだけ松崎は答えた。 「余裕がないの?」と源が花蓮に顔を向けて言うと、「そんなこと…」と言ってから、「ないわね…」と言って肩を落として、一瞬だけ美恵を見た。 「あ、日曜日は焔さんとデートだから。  邪魔しないで欲しいんだ」 源の言葉に、松崎たちはくすくすと笑い始めた。 「うううううー…」と花蓮はうなって地団太を踏んでから、なんと本来の姿をさらした。 「あはは、すごいすごいっ!!」と源は陽気に叫んでよろこびながら手を叩いた。 『それほどすごくねえっ!!』と悪魔姿の花蓮が叫んだ。 「まあ、エリカさんほどじゃないよね」 源の軽い言葉に、『うっ! もう遭遇してたのかっ?!』と叫んでからうなだれた。 「めちゃくちゃ怖かったよぉー…」と源は言って身震いした。 『あー、俺のインパクトが役にたたねえ…』と花蓮は言ってうなだれた。 「お店、閉めてきたの?」 源が聞くと花蓮は人間に戻ってから、「スイッチひとつで普通の家…」とつぶやいた。 この件は花蓮から聞いていなかったので、後で聞くことにした。 「花蓮さん、千代ちゃんが欲しいものを教えて欲しい」 源の言葉に花蓮はそのイメージを源の脳内に渡した。 「はは、これは便利だっ!」と言って源はよろこんでいる。 「少しは驚いてっ!」と花蓮は言って憤慨している。 「千代ちゃんには内緒で。  造っているところも見てもらいたいから」 「わかったわ…」と花蓮はため息混じりに言った。 「あー、その件だがな…」と松崎は困り果てた顔をして源を見た。 「大勢の幼稚園の友達や天使たちも連れて行くと思うんだ」 松崎の言葉に、「平等を貫きますよ」と源は笑みを浮かべて言った。 「悪いな」と松崎は言って源に頭を下げた。 「どーでもいいけど、私とデートしなさいっ!」と花蓮は源に顔を近づけて言った。 「あ、今はないね」と源は簡単に花蓮の言葉を否定した。 「作ってないかわいらしさ」 「わかったわよぉー…」と言って松崎に向けて頭を下げてから大使館を出て行った。 「…あー、だから簡単に受けてくれたんだぁー…」と美恵はホホを赤らめて言った。 「やっぱり、今以上に知りたいって思うよね?」 「うんっ!」と美恵は元気に返事をして、陽気に食事を始めた。      7 源は食事を終えて、本来の予定通りなんでも屋に足を向けた。 店内に入ると、花蓮が手ぐすね引いて待っていた。 「かなり不思議なことがあります」 源の言葉を聞いて、「あら、なにかしらぁー…」と花蓮はとぼけて言った。 「このお店も、グルメパラダイスと同じだと思ったんです。  会員証を持ってないと入れないはずです。  奥のほうには会員限定の製品が並んでいますから」 源の言葉を聞いて、「うふふ…」と花蓮は笑った。 「会員証を持っていない人には、このお店は見えないの」 花蓮が言うと、源は笑顔でうなづいて、「普通の家に堂々と入る人はさすがにいない」と言った。 「あら?  ヒントを参考にされちゃったようね」 花蓮が言うと、源は笑顔でうなづいた。 「魔法を使っているようですね」 「ええ、そうよ。  それがこのお店を出す条件だったから。  グルメパラダイスの無料配布分の  バックナンバーの限定品もそろえてあるから、  ユーザーは多いの。  おかげで、お店を出したことが無駄にならなくて済んだの」 花蓮の話しを納得した源は、早速陳列の乱れなどの修正に勤しんだ。 そして面白いものを発見した。 それは陳列棚だ。 床を見ると、簡単に模様替えができるようになっていると確信した。 そうすることでいつまでも飽きがこない店になると思い感心した。 品出しをしていると、やはり人気商品はすぐにわかる。 よって、利用する年齢層も手に取るようにわかる。 この店は、源と同年代の学生が足しげく通っているはずだと感じた。 ひと通り仕事を終えると、数名の学生らしき客がいた。 「あ、晩田君、いらっしゃいませ」と源は同級生の晩田に頭を下げた。 「え? 源ちゃん、ここで働いてるの?」と晩田は眼を見開いて言った。 「春休み中は昼から夕方までだよ。  学校が始まったら、放課後から閉店までになるけどね」 「だけど、校則では認められてるけど、よく許可が下りたよね」 「あはは、佐々木優華さんがすべてやってくれたんだ」 源の言葉に、晩田は笑顔でうなづいたが、すぐに怪訝そうな顔をした。 「塾、行かないの?」 「うん、昨日で終ったよ」 「あー、あのウワサ、本当のことだったんだぁー…」と晩田は言って肩を落とした。 「どんなウワサ?」 「来年、大学受けるって…」 「あ、それはないよ。  高校は三年間しっかりと行くから。  逆に、大学は行かないかもしれない。  その必要がなくなったからね」 源の言葉に、晩田はさらに驚いていた。 「いや、だけど…  将来有望…」 晩田が言ったところで、ある可能性が頭に過ぎった。 「まさか、タクナリラボに…」 「あはは、就職決まっちゃってもう社員」と源は笑みを浮かべて言った。 「俺も、見習わないとなぁー…」と晩田は言ってから、ゆっくりと陳列物を見回り始めた。 「ああそうだ」と源が言うと、晩田は振り返った。 「あと一時間もすれば、店内が満員になると思うんだ。  少し騒がしくなると思うんだけど、了承して欲しいんだ」 源が頭を下げると、「この店、つぶれそうにないね」と晩田は笑みを浮かべて言った。 「はぁ―――…」と花蓮が長いため息をついてから、「秀才にして天才…」と言って、源を少しにらんだ。 「自分にあった勉強方法を教えてもらったら要領がよくなったんです。  花蓮さんも通ってもいいと思いますよ」 源の言葉に、「考慮するわ…」とため息交じりに言った。 「あー、どうしよう…」とここで源は困ったことに気づいた。 「はいはい…」と花蓮は言って、透明のケースに入った黒いパテを出した。 「あ、よかったぁー  申し訳ありません」 源が少し頭を下げると、「ひとつ造って」と花蓮が言った。 「あ、はい」と源は言って、粘土細工用のプラスティック板をテーブルの上においてパテを練り始めた。 「あ、違う…」と源が言うと、「じゃ、これは?」と言って花蓮は別のパテを出した。 「あ、どうも」と言って源は早速パテを練って、「うーん、もう少し柔らかい」と言った。 「エンジェルちゃん、かなり張り切ったようね」と花蓮は言ってまたパテを出した。 源はパテを練った。 「あ、これですこれですっ!  白、赤、緑を」 源の言葉に、花蓮は無表情でパテを出した。 源は精神統一してじっくりと造り始めた。 「よっしっ! 完成」と源は言って、人形らしきものの鑑賞を始めた。 そして乾いたことを確認してから、「はい、店長」と言って、花蓮に人形を手渡した。 「え? うっ!!」と花蓮は言ってうなり声を上げた。 そして、「ありがとぉー…」と猫なで声を出して源に礼を言った。 「あー、私だぁー…」と花蓮は爽やかな声で言った。 「じゃ、これも」と源は言って、花蓮の悪魔姿の人形を手渡した。 今の花蓮はまさに美少女だが、悪魔の方はこの世の者ならざる美しさと形容していいほどの完璧な美人だ。 「ぜんぜん私じゃないからバレないわ…」と花蓮は言って笑みを浮かべた。 花蓮は透明な小さなケースをふたつ出して、それぞれをケースに収めた。 「あ、名盤を」と源は言って、ひとつだけ花蓮に手渡した。 それには、『森崎花蓮』と書かれている。 「悪魔の名前はなんですか?」 源の言葉に、「クリスタル」と花蓮はぶっきらぼうに答えた。 なぜか花蓮はいきなり機嫌が悪くなって、源をにらみつけた。 しかし、「あー、きれいな名前だ」と源は言って早速名盤を創り上げると、その機嫌は治っていた。 花蓮は二体の人形をマジマジと見て、ご満悦の表情を浮かべている。 「あ、ごめん、非売品のプレート」と花蓮が言うと、源はすぐに二枚のプレートを花蓮に手渡した。 「誰か、売って欲しいっ! って言ってくれないかしら…」と花蓮は言いながら、スキップを踏むようにして陳列棚に人形を収めた。 そして、その場でじーと見つめ始めた。 すると、「あー、すげぇー…」と言って、花蓮の周りに学生たちが集まり始めた。 もちろん、花蓮と人形を見比べて驚いているのだ。 「こっちの黒い方もいいよなっ!」と学生らしきのひとりが言うと、「おっかねえ…」という意見がほとんどだった。 「うふふ…」と花蓮は意味ありげに笑ってから、源の目の前に座った。 そして、鼻歌交じりにアンティーク雑誌を読み始めた。 数分後に、店の外が異様に騒がしくなった。 どう考えても小さな子供たちの声だ。 店のドアが開いて、「お邪魔いたします」とシスタークリスが言って頭を下げた。 「あ、シスター、お久しぶりです。  万有源です」 「はい、覚えています。  立派になって、私は鼻が高いですわ」 クリスが園児たちの引率に抜擢されたようで、それほど騒がしくならないだろうと源は思った。 「そうそうっ!」とクリスは胸の前で手のひらを合わせてから、「クリスタルがレストランに攻め込んできたようね」と言うと、花蓮も源もバツが悪そうな顔をクリスに向けた。 「消し去ってもいいのよ」とクリスが威厳を持って源をみつめて言うと、「ただ騒いだだけですので…」と源は控えめに答えた。 花蓮は本気で怯えているようで、顔色がかなり悪くなっている。 「あらそうなの。  残念だわぁー…」 クリスは心の底から残念そうに言って源に軽く頭を下げてから、子供たちにまぎれて行った。 「…あはは、本気だ…」 「…急に具合が悪くなったわ…」と花蓮は言って、レジの後ろにあるドアを開けて入って行った。 「お兄ちゃんっ!」と千代が叫んで、源に抱きついてきた。 「どんなものが欲しいか考えてきた?」 源が聞くと千代は、「あのね…」と言ってスケッチブックを出した。 千代が開いたページを見た途端、「うっそぉー…」と源は言ってぼう然とした。 幼児が描いたものとは思えないほど、花蓮からもらったイメージとマッチしたのだ。 「あのね、それでね…」と千代は言いにくそうにして源を上目使いで見た。 「何セット欲しいの?」 千代は右手のひらを開いて、「あ、あはは、いつつ…」と言った。 「ほかに欲しいものってないかな?」と源は園児たちに笑みを向けて言うと、ひとりの園児が恥ずかしそうにして、画用紙を出した。 「千代ちゃんみたいにうまくかけないのぉー…」と少し涙ぐんで言ったので、源はすぐに園児の頭をなでた。 源は園児の頭に触れたまま絵を見て、そのイメージをはっきりとさせた。 そして園児のネームプレートを見てから、「このみちゃんの欲しいものを先に造るから見ていて欲しいんだ」と源が言うと、園児たちはすぐさまテーブルの近くに集合した。 源はゆっくりと椅子に座って精神統一をしてから、妙にかわいらしいアクセサリー類を作り始めた。 「うわぁー、魔法…」とこのみは笑みを浮かべて言った。 「お人形、持ってきた人」と源が右手を上げて言うと、かなり素早く三体のドールがテーブルの上に置かれた。 ひとりが大人の女性だったので源は少し驚いた。 「あ、先生ですか?」という源の問いかけに、「サフラン・ベンダーですっ!」とかかとを鳴らして敬礼をして言った。 その視線は源の頭上にある。 ―― マジ、軍人だぁー… ―― と源は思ったが、「ボクは万有源といいます」と源は自己紹介して、サフランに頭を下げた。 「はっ! ご紹介、ありがたく思っていますっ!」とサフランは姿勢を変えずに言った。 サフランを無視したわけではなのだが、源は三体の人形にアクセサリーを取り付けた。 「うわぁー、かわいいぃー…」と園児たちは小さな装飾品に負けないほどかわいらしい声で言って、三体の人形をマジマジと観察を始めた。 すると、ひとりの園児がいきなり成人女性になり、源に向けて白いブラウスをめくって豊満な胸を見せ付け始めた。 もちろん下着はつけていたが、あまりにも生々しい。 さすがの源もこの攻撃にはかなり驚いたのだが、クリスとサフランによって強制的に園児に戻された。 「…えー…」と源がぼう然として言うと、「あはは、ランちゃん」と千代は言って苦笑いを浮かべた。 「気に入った人にね、今のようなことやっちゃうの」 「はあ、ちょっと変わった人のようだね…」 源は苦笑いを浮かべた。 源は心を落ち着かせてから、千代の願いのもの5セットを造り上げた。 千代たちは源に丁寧に礼を言って、上機嫌で店を出て行った。 「…あー、嵐のようだった…」と源は言って、椅子に浅く座ってくつろぎの姿勢を取った。 「うふふ…」と子供の笑い声が聞こえた。 その声の主は目から上だけをテーブルの上に出していて、源を見つめていた。 それを確認した源は一瞬固まってしまった。 「あ、あのぉー、みんな帰っちゃったけど…」 「私、カノンッ!」と園児は顔を源に向けて笑みを浮かべて言った。 「はあ、カノンちゃん…」と言ったところで源は気づいた。 「カノンちゃんは天使なんだね。  それにランちゃんも。  千代ちゃんもそうだ」 源の言葉に、「やっぱり、すごいんだぁー…」とカノンは言って笑みを浮かべた。 「カノンも帰って」と、いつの間にかレジ横にいた花蓮が言った。 「シスターに言って消してもらっちゃうっ!」とカノンはかなりひどいことを言って笑みを浮かべて店の外に出て行った。 「はあー、話には聞いていたけど、  天使でもあり、悪魔でもある…」 源のつぶやきに花蓮は、「エンジェルちゃんレベルね…」とため息をつきながら言った。 「どんな悪いことしたの?」と源が怪訝そうな眼を花蓮に向けた。 「…あー…」と花蓮は言ってから、両手で頭を抱え込んでうなだれた。 「これください」と源と同年代の少年がレジに立った。 この少年が並ぶと同時に、レジは大混雑となった。 「あ、はい。  お買い上げありがとうございます」 花蓮は営業スマイルを浮かべて、てきぱきと客をさばき始めた。 この少年たちも今の源のイベントを見ていたようで、源に熱い視線を投げかけていた。 源は花蓮の話はあとで聞こうと思いながら、客がまばらになった店内の掃除と商品チェックを始めた。 出したばかりの商品がもう底をつきかけている。 源はまずはその補充をするために、ストッカーを開けた。 「…ラスト、ワン…」と源はつぶやいて、大箱を空けた。 メカニカルヒーローズは相変わらずの人気だ。 漫画やアニメで人の目に触れて爆発的な人気を博している。 これがすべてタクナリラボの仕業だと源が知ったのは、たまたまコンビニで買い物していた時にめくった漫画雑誌だった。 ―― 原作、タクナリラボ… ―― まさかこんなところまで仕事の手を伸ばしているとは、さすがの源も知らなかった。 そして意識して載せているのだろうが、松崎たちの名前も記されている。 その役割は、総合デザインが松崎、ストーリー・実物製作が赤木、電気系統担当が伊藤だ。 この三人はこのようなロボットだけでなく、一般家庭電化製品、玩具なども手がけてる。 今までになかったものを造り出し、みんなに笑みをもたらせている。 『みんなの笑顔が見たいから』 これがタクナリラボのキャッチフレーズだ。 源はその一員となって今が最高に幸せだった。 ―― だけど、さらに笑顔を… ―― 源の杞憂は、グルメパラダイスの会員証だ。 これを持っていない人たちは、商品が欲しくても、もらうことも買うことも不可能。 会員資格を得るのは簡単だが難しい。 アスカの思う、『いい人』でないと確実に会員にはなれない。 しかしその審査はあっという間に終る。 アスカを目の前にすることだけなのだ。 被験者のその時の精神状態など全く関係ない。 すべてはアスカが決めていることだ。 もうすでに、日本の総人口一億三千万人の面接は終っている。 それだけでもとんでもないことだが、たった数日でおわらせたようだ。 そして会員となったのは、たったの二千万人しかいない。 その内の八千人は、この城下松崎町に住んでいる。 この界隈の土地はすべてアスカのものだ。 よってアスカは、いい人しかこの地に住まわせていないことになる。 だがその他大勢のほうが圧倒的多数だ。 今は特に何も起こっていないのだが、『平等』をライフワークとした源にとって、心苦しいことになっている。 しかし、アスカの気持ちもわかる。 いい人は争いを好まない。 よって、グルメパラダイスはおろか、この界隈では揉め事が起こらない。 揉め事は別の土地から来た者だけが起こしているのだ。 みんながさらにいい人になればいいだけ。 アスカも、そして松崎もそれを曲げる意思はないと源は思っている。 よって源はうかつな行動は起こせない。 もしも、会員以外に源の造ったものを渡した場合、大問題が発生するはずなのだ。 だがそれでは平等ではないと源は思ってしまう。 この矛盾をどうにかする必要があると、源は考え込んでいた。 「なかなか難しい問題よね」 花蓮が源の思考を読んで言った。 「きっと、ボクが造ったものは  すぐにでも転売されるんだろうなぁーって…」 源が言うと、花蓮は愉快そうに笑った。 「間違いないわ」と花蓮はため息混じりに言うと、源は苦笑いを浮かべてため息をついた。 「だけど、平等にしたい」 花蓮の言葉に、源は深くうなづいた。 「転売できないようにする方法はあるの。  販売ではなく、レンタルにする。  そうすれば、安価で販売できるし、  オークションなどで出回ることはまず起こらない。  売ってしまうと、法律によって罰せられるからね。  オークションの主催者側でもチェックするから  面倒ごとはほとんどない。  タクナリラボはそれをやろうと検討中のようよ」 「はあ、なるほど…」と源は言ってうなづいた。 「私のいた星でもそれをやって、ほとんど問題が起こらなかったわ」 もう実証済みだったと源は納得の笑みを花蓮に向けた。 「だけど、悪いやつはいるもんですね」 「麻薬を売るように、街角に立って売っちゃう。  学校で売っちゃう。  インターネットなどを介さない方法を使って、  細々と商売をするのよ」 花蓮の言葉に、源は肩を落とした。 「私の悪事だけどね…」と花蓮が言った。 源は小さくうなづいた。 「すみませぇーんっ!」とレジから若い女性客の声が聞こえた。 源はすぐさまレジに向かって走って行った。 「え?」「あ」 女性客と源は、お互いを見詰め合って固まった。 「…うう、はずかしいぃー…」と源の友人の朝山早苗は、商品を後ろ手に隠した。 「だったら交代するよ」と源が振り返ると、「あ、いいのっ!!」と早苗は言ってすぐに商品を源に手渡した。 源は商品をチラッとだけ見て、「お買い上げありがとうございます」と笑みを浮かべて言った。 それは魔法少女系のマスコット人形だった。 源はレジに入って、精算をして、商品を手早くラッピングした。 「はー、手馴れたものねぇー…」と早苗は感心した口ぶりで言った。 源は笑みを浮かべて早苗に商品を手渡して、「お買い上げありがとうございました」と言って少しだけ頭を下げた。 「…学校に内緒なの?」と早苗は小さな声で言った。 「ううん、きちんと許可をもらったよ。  あ、もらったはずだよ」 源が言い換えると、早苗は怪訝そうな顔をした。 「佐々木優華さんがすべて処理してくれたからね。  聞くに聞けないんだよ」 源の言葉に、「あー、それは聞けないわぁー…」と早苗はかぶりを振りながら言った。 「聞くだけ野暮だし」と早苗はさらに言った。 「ここのバイト自体が、佐々木さんの紹介だったから」 源の言葉に、早苗は驚きの顔を源に向けた。 「万有君…  もう手がとどかなくなっちゃったのねぇー…」 早苗は妙に芝居かかったように言った。 「山口君と付き合ってたんじゃないの?」 早苗は無言で首を横に振った。 「言いふらされてただけ。  いい迷惑だわ」 早苗は言って、源に熱いまなざしを向けた。 「まさかだけど、付き合えって?」 早苗は少し照れた顔をして小さくうなづいた。 「今週の日曜はデートなんだ」 源の言葉はかなりの破壊力があったようで、早苗は半歩下がった。 そして、「手が早かった…」と早苗は言って、少し離れて立っている花蓮を見た。 「はい、ハズレ。  店長じゃないよ」 早苗は怪訝そうな顔をしたが、源がウソをつく必要がないと思ったのか、「…誰よ…」と小さな声で言った。 「下級生だけど同級生」 源の言葉に、早苗はかなり考え込んだ。 「意味、わかんないわよぉー…」と早苗は言った。 「そういった人がいるんだよ。  かなりの有名人なんだ」 「あー、気になっちゃうぅー…」と早苗は少し控えめな声で言った。 「聞いてどうするの?」 「あー…」 早苗は肩を落とした。 「悪い人になっちゃうところだった…」と早苗は源に頭を下げて店を出て行った。 源はその背中を見ながら、「ありがとうございましたっ!」と気持ちいいほど澄んだ声で言った。 「いい人だからこそね。  決して問題は起こらない」 花蓮が言うと、「はい、そうなんですけどね…」と源はあいまいに答えた。 「美恵ちゃんって有名人なの?」 「当然じゃないですか…」と源はクレームをいうように言った。 「それほど見たことはありませんでしたけど、  空を飛べる中学生は彼女しかいませんでした」 「あはは、そうだったわっ!!」と花蓮は陽気に答えた。 「飛び級したことはそれほど知られてないのね」 「多分そうなんでしょうね。  いい人だから自慢もしません。  だけど、ボクが大検を受けるようなうわさが立っていたから、  放送局がいるのかもしれないので、  思わぬ人が知っているのかもしれません」 「ふーん…」と花蓮は言って黙り込んで、「ああ、なるほど…」と花蓮ひとりが納得した。 源は少し考えて、「サヤカ先生との面談の時にでも廊下で耳にしたのかもしれません」と言うと、「さすがね…」と花蓮はため息をつくように言った。 「ボクが面談を受けた日は、  小学校の低学年の子の授業があった日なので、  興味津々に聞いていたのかもしれません。  該当者は、井山、影山、佐藤、といったところでしょうか」 「佐藤陽一」と花蓮は限定して言った。 「はは、すごいですね、さすがです」 源の言葉に、花蓮は横目で源を見て、「能力を使ってもいない人に言われてもうれしくないわよ…」と唇を尖らせて言った。 「話は変るんだけどね…」と花蓮は言った。 源は、花蓮がどんなあくどいことをしたのかと興味が沸いた。 「日曜日、中止になんない?」と聞いて来たので、源は少し笑ってしまった。 「中止にする理由がありません。  ボクは美恵ちゃんを気に入ったと思っています。  だからさらに知りたくて興味が沸いたんです」 源の言葉に、花蓮は深くうなだれた。 「…女なんて、みんな同じよ…」と花蓮はつぶやくように言った。 「最終的にはそうなるのかもしれませんね。  だから、その途中が楽しいんだって思っているんです」 源が答えると、花蓮は地団太を踏んだ。 「この、優等生っ!!」と花蓮は言って、憤慨した足取りでレジの裏に回って部屋に入ってドアを、『バンッ!!』と勢いよく閉めた。 「天照がお隠れになった…」と源はつぶやいて少し笑った。 「あら、ここにいますわ」という女性の声がしたので、源は振り返った。 「あ、天照様、いらっしゃいませ」 源は平然として言ったのだが、内心は心臓が破裂しそうなほど驚いている。 「花蓮はまだまだだわ…」と天照大神は言ってゆっくりと頭を振った。 「何を急いでいるのでしょうか?」 天照大神は少し考えて、「舞い上がってるだけ」と言ってくすりと笑った。 「あー、そうだったんだぁー…」と源は言って少しだけ口角を上げた。 「ある意味、かわいい人だったんですね」 天照大神は源の言葉を認めるように、ゆっくりとうなづいた。 「私の夫になりませんか?」と天照大神はいきなり衝撃の告白をした。 源はさすがに言葉につまってしまった。 しかし、「松崎さんに言いつけます」と言うと、天照大神は少し慌ててからその姿は消えた。 ―― 神様も大変なんだなぁー… ―― 源は天照大神を不憫に思った。 在庫確認をして、メカニカルヒーローズ関連商品が品薄になっていることを認めた源は、タクナリラボのオフィスに電話を入れた。 源が名乗ると受話器から、『キャー!! キャーッ!!』と黄色い声が聞こえた。 その状態が数秒続いて、『ごめんね、源君』とアスカの声が聞こえてきた。 「どう対応していいのやら…」 『放っておいていいの』とアスカは答えて少し笑った。 品薄の件をアスカに話すと、もう在庫はないと答えた。 「生産終了ですか?」 『あ、それはないの。  ただ、ほかの仕事が山積みだからね。  後回しにしてるだけ』 「夕食が終わってから、ボクが造ってもいいでしょうか?」 『あ、なるほど…』とアスカは言ってからしばし待たされた。 そして、『そうして欲しいってっ!』とアスカは弾んだ声で言った。 生産数などの内容はわかるようにしてくれているようなので、源は安心して電話を切った。 「店長、代わって」と天岩戸から出てきた花蓮が言った。 「店長がこういった時はこうするのよって  教えてくれたんじゃないですか」 源がクレームを申し立てると、「まあ、そうだけど…」と花蓮は言ってうなだれた。 「天照様が降臨されました」 源の言葉に、花蓮は驚きの顔をしてそのまま固まった。 「少しお話をして、プロポーズされました」 「受けてない」と花蓮は間髪入れずに自信満々に言った。 「そんなの当然です」 花蓮は源をにらみつけて、「にくたらしい…」と言った。 「はい、最近よく言われます」と源は平然として言った。 「今考えると、悪いことだったわ…」 花蓮はいきなり、過去の自分の話しを始めた。 源は笑みを浮かべてうなづいた。 ―― 常識の違い… ―― と源は漠然と考えた。 「人間を殺して魂を喰らうことが何がいけないんだって思ってた。  だけど、今はできないわ…」 花蓮はうつむいて(かぶり)を振った 「悪魔はそれが半分ほどは仕事ですよね?」 源の言葉に、花蓮は小さくうなづいた。 「っていうか、少しは驚いてっ!!」と花蓮は源をにらんで叫んだ。 「いえ、常識の違いだってすぐに気づきましたから。  この地球では人を殺すと罰せられます。  花蓮さんのいた星ではそれはなかったと思っていますから」 「原始的な星だったからなかったわ…」 花蓮はため息混じりに言った。 「生きるために必要なことだったんですよね?  人間が動物を殺して食べることとなんら変わりないと思います。  でもボクは、弱くても抗います」 源の言葉に花蓮は、「さっさと話しておけばよかったわっ!!」と叫んで、源に抱きついた。 「仕事中です」と源は言って、花蓮をやさしく押し戻した。 「…わかってくれないって思ってた…」と花蓮は涙ぐんで言った。 「あ、二日前のボクだったら引いていたかもしれません。  だけど、できる限りわかろうとしたはずです」 源の言葉に花蓮は、「離れたくない…」とつぶやくように言った。 源はどきりとした。 花蓮は重い荷物をやっと降ろしたのではないのかと源は考えた。 そして、今の花蓮は魅力的だった。 まるで初めて花蓮を目にした衝撃を受けた時のように。 「悪魔に変身して、できれば素直な言葉で言ってもらえませんか?」 源の言葉に花蓮は少し首を横に振ったが、思いつめた顔をしてから、悪魔に変身した。 昼に会った悪魔クリスタルとは別人の表情で、今は穏やかな気持ちだと源は感じている。 『源が、好きだ』とクリスタルは言って、ホホを赤らめてから源から視線を外した。 「今の言葉は重いです。  来週の日曜日に、デートに行きませんか?」 源の言葉に、「え?」とクリスタルは言って驚きの表情を源に向け、花蓮に戻った。 「付き合ってくれないんですか?」 「行くに決まってるもんっ!!」と花蓮は叫んでから、堰が切れたように泣き出し始めた。 こういう時は決まって邪魔が入るものだ。 「こんにちはっ!」と元気な弾むような声を放って美恵が店に入ってきた。 そして源たちを見て、「うー…」とうなって、花蓮だけを凝視した。 「いらっしゃい」と振り返った源は明るい声で美恵に言った。 「どうして泣いてるの?」と美恵は極力笑みを浮かべていたが、そのホホは引きつっている。 「秘密だよ」と源が言うと、美恵はこれ以上ないほどホホを膨らませた。 「天使の徳が落ちるよ」 源の言葉に、美恵は無理やり笑みを浮かべて、瞳を閉じ手を組んで拝み始めた。 「あー、しっくりときてるね。  とっても自然な行動だと思ったよ」 源の言葉に、美恵はパッチリと目を見開いて、「日曜日、どこに行こうかなぁー…」と楽しそうな顔をして源を見てから、一瞬だけ花蓮を見た。 「勝者は一人だけじゃないよ」と源が言うと、美恵は怪訝そうな顔をした。 ―― これは本物だ… ―― と源は思って、花蓮を見ることなく感情だけを探った。 まさに花蓮は、今は平常心だと感じた。 よって花蓮は源と美恵との会話に口を挟まないと感じている。 「デートスポットとしては、水族館かテーマパークだよね」 源の言葉に、「あー、どっちも行きたいぃー…」と美恵は言ってまたちらりと花蓮を見た。 花蓮はレジに移動したようだと、美恵の視線で感じた。 「気にしすぎていると思う。  それとも、勝ち誇ってる?」 源の言葉に、美恵はまた瞳を閉じて手を組んで拝み始めた。 「自然じゃないと、デートがなくなる可能性もあるよ」 「…もう、気にしません…」と美恵はうなだれて言った。 「じゃ、話しておくよ。  来週の日曜は花蓮さんとデートすることに決まったから」 源が話すと、美恵は一瞬固まったが、「あ、そう、なんだぁー…」と言って、少しうなだれた。 「ボクがデートを申し込んだ。  花蓮さんの意思を汲んだわけじゃないよ」 「ううー…」と美恵はうなったがすぐに、「もうすぐ閉店だねっ!」とかなり無理をして明るく言った。 「そう、まだ仕事中だ」 源は小さなほうきとちりとりを持って、店内を巡回した。 閉店の時間ぎりぎりに、数名の客がやってきて、「あー、遅かったぁ―――っ!!」と言って嘆いている。 欠品間近だった、メカニカルヒーローズの商品がついに品切れとなっていたようだ。 「あ、明日納品する予定です。  もしよろしければ予約票を書いていただけたら、  優先的にお渡しできますよ」 源が気さくに話しかけると、「あ、うんっ! そうさせてもらうよっ!」と源よりふたつほど年長の少年が言った。 源は予約用紙に商品名を書いた。 少年は必要個数と住所、名前を書いて源に渡した。 「君、高校生、だよね?」 「あ、はい、今年から高校に通います。  佐々木優華さんに、ここのアルバイトを勧めてもらったんです」 源は面倒なので先に種明かしをした。 「あ、なるほどねぇー…」と少年は言ってそそくさと帰って行った。 花蓮が妙に上品にくすくすと笑っている。 美恵はその姿を見て面白くないようだ。 「どこかに張り紙でもしておこうかなぁー…」 「それもコミュニケーションよ」と花蓮は穏やかに言った。 「あー、なるほど、そうですね」と源は答えた。 美恵はさらに面白くないようだが、陳列している商品を見入っている振りをしている。 「で? なぜここに?」と源が美恵を見て言うと、「あー…」と美恵は言って言葉を失った。 「夕食に誘うのなら、レストランで待っていればいいだけ」 「あはははは…」と美恵は空笑いをした。 「花蓮さんは無謀なことはしないよ。  したとしたら、大切なものを失うだけだと思わない?」 「でも、心配…」と美恵は言って上目使いで源を見た。 「中学に通っている時に伝えてもらいたかったね。  そうすれば、もうボクちは磐石の恋人だったかもしれない」 「はあ、照れくさいじゃなぁーい…」と美恵は少しうなだれて言った。 「ボクが神の一族の仲間に転生することを知って、  みんなはいきなりボクに注目してきた。  ボクとしてはあまり愉快じゃないね。  実はどこかの御曹司だったっ!  みたいな…」 「違うもんっ!  松崎さんに…」 美恵は叫んでからその声は失速していた。 「はあ、なるほど…  ボクに関わるなって言われてたんだ」 「言われてないけどぉー…」と美恵は言ってホホを膨らませた。 「じゃ、どういうこと?」 「私の場合、見えてなかったの」と花蓮が言った。 源は少し考えて、「ボクは松崎さんに守られていた…」とつぶやくと、花蓮は小さくうなづいた。 「松崎さんが覚醒したのはほぼ一年前。  それ以前から、何人かの存在を見えなくしていたようなの。  それだけ重要人物だってことらしいわ。  だからいきなり超モテモテッ!!」 花蓮は陽気に言って笑った。 「なるほどね。  じゃあ、美恵ちゃんはそれを察していたということだね」 源が美恵に顔を向けると、「うん、そう…」とつぶやくように言って上目使いで源を見た。 「となると、ボクは本当に今すぐにでも覚醒するんだ」 源の言葉に、美恵も花蓮も大きくうなづいた。      8 店の片づけを終えて店を出ると、「あら、あなた」とローレルが言って三人に頭を下げた。 「宅の主人がお世話になっています」とローレルはこれ見よがしに花蓮に頭を下げた。 「もう夫婦なの?」と花蓮は眼をぱちくりさせて源を見た。 「お芝居ですよ」と源はため息混じりに言った。 「悪いけど、急いで夕食をしないと、仕事に遅れるから」 源は言ってから歩き始めた。 そして家に入って、源は母を見た。 「あー、高校生だぁー…」と源は母を見てつぶやいた。 「もう、源ちゃん、やめてよぉー…」と源の母は言って照れくさそうな顔をした。 「行ったんだ、スーパー銭湯」 「おほほほ、心に余裕ができたおかげ」と源の母はローレルに笑みを向けて言った。 この町の七不思議として、ほぼ高校生以上の体格の者は、ほぼみんな高校生程度まで若返る。 その秘密が、天照島のスーパー銭湯にある。 風呂に入れば肌が若返る。 その湯を飲めば、内蔵が若返る。 ただの沸かし湯なのだが、少々とんでもないものをタクナリ市国は生み出したのだ。 「友達、連れてきちゃったんだけど…」 源が言うと、花蓮と美恵は、「お邪魔してますぅー…」と申し訳なさそうに源の母に言った。 「うっ! 美恵ちゃんっ!!」と源の母は今更ながらに驚いている。 昨日会っていたはずだが、全く見えていなかったようだ。 「私、今年度から高校生なんですっ!」と美恵は胸を張って言った。 「えー…  アスカ様のようなことできちゃったんだぁー…」 源の母は言ってぼう然とした顔をした。 話は後のお楽しみとして、源の母は腕によりをかけて大量の料理を造った。 ―― 変われば変わるもんだ… ―― と源は感慨深く思った。 源の父の帰宅と同時に、源は家を出た。 もちろん、ローレルたちも源につきまとっている。 「仕事なんだけど…」 「お見送りっ!」と美恵が早口で言った。 「美恵ちゃんが一番子供だって思った…」 「あーあ、また失敗…」と美恵は言ってうなだれた。 「そういうかわいらしさは嫌いじゃないよ」 源の言葉に、美恵は素早く立ち直って、鼻歌交じりに歩き始めた。 「ローレルは今日はどうするの?  また泊まるの?」 「なんだか私、もういらないって感じ…」とローレルは少しうつむいて言った。 「ううん、きっとまた落ち込むと思う。  今が夢だったなんて思うような気がするんだ。  以前よりも重症になることだけは避けたいから、  できれば気にしてもらいたいんだよ」 「そうした方がよさそうだわ…」とローレルはため息混じりに言ったが、「ごほうびのチューが欲しいっ!」と胸を張って言った。 「しないって言ったよね?」 「じゃあ、デートッ!!」とローレルは確信をもって言った。 もちろん、花蓮と美恵が源にデートの約束をしていると見破っているはずだ。 「再来週の日曜だったらいいよ」と源は少し投げやりに言った。 「妻は、待つほどに強くなるのっ!」 ローレルは格言めいたことを言って自己満足した。 四人でグルメパラダイスに入ると、妙に慌てた様子で友梨香が源に突進してきた。 「やあ、こんばんは」と源が気さくにあいさつをすると、「遊びすぎて大失敗だぁー…」と友梨香は言ってうなだれた。 「じゃ、兄ちゃんは仕事に行ってくるから」 「えーっ?!」と友梨香は叫んでさらに落ち込んだ。 源は美人四人に見送られてラボに移動した。 ラボの黒い部屋の前に松崎、赤木がいた。 「こんばんはっ!」と源が声をかけると、「あ、これ、頼んだよ」と松崎は言って、ぶ厚い手順書と、10セットほどある商品の型を指差した。 「あー、楽しそうだぁー…」と源が言うと、松崎と赤木は大いに笑った。 源たちは異空間部屋に入った。 源は手早く手順書を読んで、ゆっくりと順番に造り始めた。 ―― 型取りは本当に楽しい… ―― と思いながら、完成した製品に色付けを始めた。 ランナー部分をクリップにはさんで干すと、松崎と赤木がチェックを始めた。 「筆って、ここにあったものだよね?」と赤木が怪訝そうな顔をして言った。 「あ、はい、そうですけど…」 「もっと雑でいいそうだ」と松崎がにやりと笑って言った。 「あはは、難しい注文です」と源は言って、できるだけ素早く着色した。 「全然雑になってないけど、サービスで」と松崎が言うと、赤木は大声で笑った。 製作数はすべてで500なので、5時間もあれば完成すると源は思っている。 源は黙々と作業を続けた。 すべての着色を終えたので、今度は組み立てる。 これはただただ組み立てるだけなのでさらに楽しい仕事になる。 まずはひとつだけ完成させて、作業台の上においてマジマジと見た。 「あー、ボクも買おうかなぁー…」 「残業して造って持って帰ればいい」と松崎が言ったので、源はその言葉に甘えることにした。 組み立ても終って、後は梱包作業だ。 ここからはオートメーションなので、完成品を小さなベルトコンベアに乗せるだけで箱詰めまで完了する。 それを大箱に詰め込んで商品としては完成だ。 源の報酬分のものも造り終えると、松崎と赤木も今日の仕事を終えていた。 源は大きなダンボールに商品を丁寧に詰め込んで、タクナリラボの事務所に行った。 ここで商品としての出荷手続きをする。 発送する必要はなく、明日の朝花蓮が取りに来るはずだ。 実労働時間は五時間だったが、現在はまだ6時30分。 作業を始めてここまで、現実世界では30分しか経っていない。 「あ、あのぉー…」と事務員の女性が言って、ほほを赤らめて源を見ている。 「こ、今月の締めが今日なので、お給料ですぅー…」と女性は言って、両手で源に給料の入った小包のような箱を恭しく手渡してきた。 ―― 現物支給? ―― と源は思いながら、箱を受け取って明細を見た。 そこには、考えられなうような金額が書かれている。 「これ、持ち歩けません…」と源が言うと、事務員は、「そうですよねぇー…」と言って、同情してくれた。 この金額になったのは、源の書き上げたロボットの設計図の代金が入っているからだ。 この金額だけで5000万円。 15才の少年が持ち歩くカネではない。 「あ、お金だけど、お父さんを呼んだから」とアスカが笑みを浮かべて言った。 源の父は、このグルメパラダイスとは関係が深い。 山手信用金庫改め、城下松崎銀行に勤めていて、佐々木コンツェルンの金庫番をしているのだ。 その源の父が、数名の武装した部下を引き連れて血相を変えて事務所に入ってきた。 源の父たちはアスカたちにあいさつをしてから、「驚いた」と源に向けてひと言った。 「あはは、ボクもだよ」と源は明るく答えた。 「では、お預かりします」 源の父は息子である源にきちんと頭を下げてから、事務所を出て行った。 「はぁー、お堅い人だってずっと思ってたけど、尊敬しちゃうわ」 アスカの言葉を聞いて、源は鼻が高くなった想いをした。 大使館の地下に出ると、妙な胸騒ぎを感じた。 だがこれは悪いものではないと源は感じている。 その理由は全くわからないのだが、源の視線は昼に会った幼稚園児のこのみに注がれている。 なぜここにいるのかがまず不思議に思えた。 それにこのみだけではない。 ほかにもふたり、天使ではない子がいる。 源は少し離れて、子供たちを観察した。 ―― どういうことだ… ―― と源は考えて、ひとつの可能性を導き出した。 このみを含めた三人は、親がいないのではないかと察したのだ。 よって、児童保護施設としても、この天使たちの住処は機能していると考えた。 さらに不思議に思ったのは、このみに触れてその絵を見ると鮮明にそのイメージを読み取れたことだ。 ―― ほかの子でもできるのか… ―― と源は思い、少し試してみることにした。 「やあ、みんな、こんばんは」と源が明るく言うと、天使たちは一斉にあいさつをしてから、昼の礼を口々に言った。 ―― ああ、子供たちの笑顔がまぶしい… ―― と源は思い、天使たちを軽く抱きしめて回った。 源はできる限り抱きしめた子の思考などを読み取ろうと思ったが、全くうまくいかない。 源はそれを不思議に思った。 だが、このみを抱きしめた時、このみの想いが源に一気に流れ込んできた。 『お兄ちゃんになって欲しい』 これがこのみの願いだった。 源は平等に天使たちを抱きしめ終えた。 想いが流れ込んできたのはこのみだけだ。 源はひとつの可能性を胸にして、一階に上がる階段を踏みしめた。 源はティータイム中の松崎に頭を下げた。 「まさかですけど、下にいるこのみちゃんは美奈ですか?」 源の言葉に、「源なりに探ったけど、結論が出なかったわけだ」と松崎は言ってから、源の頭を鷲づかみにした。 あまりのことに、「えー…」と源はつぶやいた。 だが、松崎が今何をしているのか、源は手に取るように理解した。 そして、源は一筋の涙を流した。 「俺の前世はここにいる石坂さんの息子だった」 松崎の言葉に、松崎の正面に座っているしかめっ面の石坂が、少し困った顔に変えた。 「ま、事実だからな。  たった10才で死にやがった」   石坂は言って源に笑みを向けた。 「源も何が起こったのか理解できたはずだ。  だが、問題は多いぞ。  いくら孤児だからと言って、  今すぐに引き取ることはお勧めではない」 「あ、はい、残されるふたりの気持ちを考えると、できません」 松崎は笑みを浮かべて小さくうなづいた。 「さすがだな。  よって、できれば同時に、  三人の引き取り手を募ることが最優先だ。  だけど、その日がようやく訪れた」 源は松崎の言葉をかみ締め、「このみちゃんが最後のひとりだった」と言って、笑みを浮かべた。 「察しがよくて何よりだ。  早速明日にでも手続きをしよう」 「あ、はい、ありがとうございます」 松崎は笑みを浮かべてうなづいてから、「今夜はお試しお泊りで」と言うと、源はすぐさま地下に降りて、このみを強く抱きしめた。 「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!!」とこのみは叫ぶように言ってから泣き出し始めた。 「お兄ちゃんと松崎さんが見つけたんだぞ」と源は涙声で言った。 孤児のふたりが悲しそうな顔をしてうなだれた。 「あ、玉枝ちゃんと加奈子ちゃんもお父さんとお母さんができるから。  悲しまなくていいんだ」 源が言うと、ふたりは顔を上げて源に抱きついてきた。 そして案の定ふたりは、「お兄ちゃん?」と聞いて来たので、源はゆっくりと二人に説明した。 「あー、源お兄ちゃんて呼びたかったぁー…」とふたりは少しばかり落ち込んでいた。 「二人には悪いけど、  今夜はこのみちゃんはボクの家にお泊りしてもらうから」 このみはしっかりと源に抱きついていて何も言わない。 ふたりは、「あー、いいなぁー…」と言ってうらやましがっていたが、それほどの落ち込みはないようだ。 「あ、大丈夫だから」とカノンが笑みを浮かべて源に言った。 「まさかだけど…」 「うふふふ…」とカノンは意味ありげに笑った。 「いけないって思う…」と千代が言うと、「はい、ごめんなさい」とカノンはすぐに謝った。 カノンはふたりを言い聞かせる代わりに、その見返りに褒美をくれなどといいたかったようだ。 源はこのみを抱いたままそそくさと一階に上がって、「皆さんお疲れ様でした」と言って頭を下げて、そそくさと部屋を出て行った。 「ちょっ! どういうことっ?!」とローレルが言って足早に源に寄り添おうとしたが追いつけない。 源とこのみはあっという間に家に戻ってきた。 「ここがこのみちゃんの家だ」 「あはは、すっごく近かったっ!」とこのみは陽気に言った。 確かにここまで来るのに一分もかかっていない。 それはまさに鬼神の素早さだった。 このみは今日の昼に、源の家の前を通っているので、全く不安になっていない。 源は玄関を開けて、「ただいまぁーっ!」と陽気な声で言った。 「はい、おかえり」と源の母が廊下に出てきて、源が抱いているこのみを凝視した。 「今の名前はこのみちゃん」と源が言って母にこのみを抱かせると、「うん…」と源の母は言って、しっかりとこのみを抱きしめた。 「このみちゃん、おかえり」と母が言うと、「うんっ! ただいまっ!」とこのみは陽気に答えた。 「どんだけ早いのよ」とローレルは言ってから、源の母とこのみを見て笑みを浮かべた。 「あーあ、入り込む余地がなくなっちゃったぁー…」とローレルは少し嘆いた。 「ローレルちゃん、一緒にお風呂入るわよ」と源の母が言うと、「あ、はーいっ!」とローレルは陽気に答えて、源に満面の笑みを向けた。 「また家族が増えた」と帰宅したばかりの源の父が言った。 「今はこのみという名前だけど、その前の名前は美奈だよ」 源の言葉に、源の父は目が飛び出るほどに驚きの顔を源に向けた。 「あー、そうだった、拓生様も…」と源の父は言って笑みを浮かべてうなづいている。 「それも説明してもらったよ。  それに、アフターケアも万全なところがすごい。  本当に普通じゃない人たちばかりだ」 「その普通じゃない人たちに認められたんだ。  少しは胸を張ってもいいぞ」 源の父は言ってから、肩を軽く叩いた。 『ウオッ! ウォオオオオッ!!』と源はきなり叫んだ。 源のすべてが解き放たれた。 源は白い肉体となって光り輝いていた。 源の父は源を見てぼう然と立ち尽くしていた。 『あ、死んでない?』と源が父に聞くと、「ああ、生きてる…」と父は答えた。 『母さんは腰を抜かすだろうね』と源は言ってから人間に戻った。 源の父はへなへなと、玄関のたたきに腰を落とした。 「きっと、悪魔とは相性が悪いって思うなぁー…」と源は言って、花蓮の顔を思い浮かべた。 「人間には、それほどダメージがないって聞いていたけど…」 源の父は力なく言った。 源が父の背中を軽く押すと、「おっ!」と叫んでからすぐに立ち上がった。 「父さんも普通じゃないのかもね」 「その時はその時だ」 父は源に笑みを向けた。 源が振り返ると、美恵は瞳を閉じ、安らかな笑みを浮かべて手を組んで祈りを捧げていた。 そして問題の花蓮は、驚愕の顔を源に向けていた。 「天使と天使、悪魔と天使。  どの組み合わせの相性がいいんだろうね」 源の言葉に花蓮はようやく自我を取り戻して、柔らかな笑みを源に向けた。 「変身しなかったら何も問題ないわっ!」と花蓮は陽気に言ったので、源は少し笑った。 「どうして天使っ?!」と洗面所から顔を出していたすっ裸のローレルはすぐに消えた。 源の母がローレルの腕を強く引っ張って風呂に誘ったからだ。 「見えた」と源が言うと、「見せちゃうっ!」と美恵が言って、服を脱ごうとしてので源がすぐに止めた。 「ランちゃんのようなことしないでよ」 「無垢な最強のライバルゥー…」と美恵が言ってうなだれた。 源はふたりにおやすみを言うと、美恵と花蓮は渋々家に帰って行った。
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