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「キャ―――――ッ!!!」 源は天使の夢見に誘われていきなり大歓迎された。 と思っていたのだが、少々様子がおかしい。 源が見回すと、怯えた顔の天使たちがいる。 「お化けっ! あっちけっ!!」と勇猛果敢な千代に言われて、源はぼう然としてしまった。 すると視界に、白い手と幕のようなものが見えた。 ―― お化け? ―― と源も思ってしまった。 源は腕を上げて広げた。 すると、「あー…」と天使たちは今度は感嘆の声をあげ、笑みを浮かべて祈りを捧げ始めた。 ―― あー、これは… ―― 源は思い、天使たちを刺激しないように水辺に近づいて水面をのぞき込んだ。 ―― 白い、竜… -― 翼をだらんと下ろしていると、確かにお化けのように見える。 だが竜らしく翼をたたんで胸を張ると、なかなかカッコイイと思い、源はしばらくの間ずっと自分の姿を見ていた。 「…フェミニスト…」という、幼児らしからぬ声が聞こえたが、声の主はカノンだと確信した。 一度は無視しようと思い、源はゆっくりと天使たちに近づいた。 少々怖かったのだが声を誘おうと思い、『あー』と言ったはずなのだが、『グィ―――ン』という、まるで鳴き声ではない声が出た。 天使たちはすぐに耳を塞いで驚きの顔を白い竜に向けた。 ―― あー、不自由だぁー… ―― などと思い、源は落ち込んだ。 ―― 地面に字を書こうっ! ―― と思い、源は辺りを見回した。 竜の手は、字を書くには不便だが、寝転べばどうにでもなる。 源はなんとか、『ボクだよボク』と書いたが、まるで詐欺師のようだと思ったので、『万有源』と書いた。 天使たちは、一斉に白い竜に向かって、「えーっ!」とまずは驚きの声をあげ、そして走って源に近づいて抱きしめた。 「絶対ウソよっ!  食べられちゃうわよっ!」 カノンが叫ぶと、天使たちはすぐに離れた。 ―― 執行猶予取り消し ―― と源は思って、カノンに向けて、『ガァ―――ッ!!』と少し低い声で吼えた。 カノンは吹っ飛び、二転三転してうつむきのままで意識を失ったようだ。 ―― 夢見で気絶するとどうなるんだ? ―― などと源は考えなから天使たちを見た。 「…源、お兄ちゃん?」と千代が怪訝そうな顔をして聞いて来たので、源はこくりとうなづいた。 「でも、どうして竜なの?」 源は首を横に振った。 「お兄ちゃんもわかんないんだぁー…」と千代は言ってからうなだれた。 源はしっぽの方を触られているように感じた。 そこには一人だけ笑顔でしっぽと戯れているこのみがいた。 源はゆっくりとしっぽを上げて、千代の目の前にこのみを移動させた。 「あはっ!」と千代は笑って、このみの仲間入りをした。 千代ほどの者ならば、源の魂を探れるはずなのだが、どうやらそれが叶わないようになっているようだ。 さらにはかなりの猛者のカノンが探れないはずがない。 だからこそ警戒したのだろうと源は少々申し訳ない思いがした。 「…う、ううー…」と低いうめき声が聞こえた。 そしてカノンは源をにらみつけた。 だが、天使たちが竜の体を使って遊んでいるので、恐る恐るだが近づいてきた。 「源お兄ちゃんだよっ!」と、今はお山の大将になっている千代が笑顔で叫んだ。 カノンはほんの少しだけ翼に触れて、「ぷにゅぷにゅ」と言ってから鷲づかみにしてから、「あはっ!」とかわいらしい笑みを源の顔に向けた。 ここは脅かさないでおこうと思った源は、首を動かして誰もいない部分の体の確認を始めた。 ―― シリコン? ―― と源は感じた。 しかしかなり柔らかいものだ。 さらにはつきたての餅のようでもある。 よって天使たちにとってこの感触がたまらないのだろう。 ―― イカロスは… ―― と源が思ったと同時に、姿を現した。 源は文句を言おうかと思ったが、もし源がイカロスだったらと考えると、命令がないのできっと出なかったと感じた。 「あっ! 源おにいちゃんっ!」と千代が言ったが、「イカロス君だよっ!」とこのみは両手で源の腹を鷲づかみにしながら言った。 この柔らかな感触がたまらなくうれしいのだろう。 そして、―― その内噛まれる ―― と源は思い覚悟した。 白い竜が源だという証明ができたので、イカロスは千代に誘われるままに遊び始めた。 すると、今度はビルドたちが現れて、白い竜を見てぼう然としている。 だがフォレストだけは、「ボクの仲間?」と言って首をひねっていた。 ビルドはイカロスを見つけてすぐに確認して、「源様ぁ?!」と大声で叫んだ。 「白い体はね、天使だからじゃなくて、白い樹脂なんだ。  調べたけどね、宇宙に飛び出しても問題ないみたいだよ」 イカロスの言葉に、「あー、緑竜の最終形態が源様…」とビルドは言って源に頭を下げた。 「話せないんだけど、どうしてだかわかる?  鳴き声は出るんだよ」 イカロスは源の思考をきちんと読んで代弁者になっている。 「声帯が未熟…  鳴き続けたり話し続ければ理解できるかも」 ビルドの言葉に、『あ、そうなの?』と源は言ったつもりだったのだが、『グルァー ゴルグルー…』と雷鳴のような声が出た。 ビルドたち竜も天使たちも一斉に耳を塞いだ。 そしてまたカノンだけが意識を失っていた。 「修行不足この上ないね」とイカロスが言うと、みんなは同意するようにうなづいた。 「…練習もさせてもらえない…」とビルドは言ってうなだれた。 「遠くに行って練習してきたいんだけど」 イカロスの言葉に、天使たちは同意する意思を示さず、白い竜の肌に触れ回っている。 「源様、失礼します」とビルドが言って白い竜に触れると、全く何も言わなくなって千代たちの仲間になっていた。 源はかなりの勢いで笑おうとしたが、ここはぐっと我慢した。 結局はずっとこのままで、源は朝を迎えた。 ―― なんだありゃ… ―― と源は思って思い出し笑いをした。 そしていつもよりもすっきりとした目覚めを体感した。 この情報は仕入れていたのだが、体感するとやはり不思議に思ってしまう。 天使たちはみんな源にしがみついて、小さく柔らかい手で源のいたるところを握っている。 ひとり、またひとりと起き出して、源を見つけて抱きしめてくる。 「カノンちゃんだけは半分以上寝てたね」 源の言葉に、「平等じゃないぃー…」と少し怒って言った。 源は言い返すことはぜず、このみとふたりして家に帰った。 家族で食事をしていると、「あなた、おはよう」と声は優しいのだが、少々怖い顔をしたローレルがリビングに入ってきた。 昨日の夜は美恵と遊園地に行っていることを知っているからだ。 「あのねあのねっ!」とこのみが早速、ローレルに夢見の報告を始めた。 「マシュマロみたいな白い竜…」とローレルはぼう然として言った。 そして、「おいしそうね…」と言って、意味ありげな顔をして源を見てきた。 「かなり柔らかい樹脂。  宇宙にも飛び出せるそうだよ」 源の言葉に、「星の神じゃなく、宇宙の神…」とローレルはぼう然として言った。 「だったら、古い神の一族と同種じゃないっ!!」とローレルは源を叱るように言い放った。 「ある意味、そうだよね」と源は納豆をかき混ぜながら言った。 「あんっ! キスしちゃうと粘っちゃうぅー…」とローレルは陽気に言っておどけた。 「ビルド君たちは違うんだよね?」 「あ、ティンカちゃんはお父さんの子」 ローレルはすぐに答えた。 「優秀な人間もそこそこいるってことだよね」 源の言葉に、ローレルは深くうなづいた。 今日も源たちは三人でグルメパラダイスに向かった。 「源、おはよう」と美恵が源の頭の真上からあいさつをした。 「やあ、おはよう」 源が美恵を見上げて答えるとローレルが、「パンツ、見せてんの?」と目をつり上げて言った。 「天使はそんなことしないわ」と美恵はスカートを両手で抑えて地面に足をつけた。 「今日のお見合いの席で重大発表があるんだ」 源の言葉に、美恵もローレルも食いつくようにして源に近づいてきた。 「相性の問題が解決した。  調べたけどこれは誰も語っていなかったことなんだ。  そして、恋する天使には聞く権利があるんだよ」 源の言葉に、美恵は控えめに笑顔になった。 「天使だけにはいい話?」 ローレルがドスを聞かせた声で言うと、「できれば、手を出さないほうがやさしいし、自然かなぁー…」と源は笑みを浮かべなから言った。 ローレルは微妙な笑みを浮かべている。 「白い竜と関係があるの?」とローレスが言うと、美恵は小首をかしげた。 「ううん、それは関係ないよ」 ここまで話すと、源たちはレルトランに到着した。 源は三人と別れてラボに行った。 ゲームセンターの全貌が判明したので、まずはその機器の製作に取りかかった。 イカロス・キッドだけでなく、赤木と伊藤が暖めていたゲーム機も置くことになった。 すべてはオンラインゲームなので、機械の外側を作るだけだ。 しかしイカロス・キッドがメインなのは変わりなく、いきなり30台の大量生産となった。 必要なくなれば、イカロス・キッドだけを外に出してポータブルにして、将来はレンタルなどに回すので、造りすぎても何も問題ない。 午前中にほとんどの作業を終えた源は、大使館で昼食を摂っている。 どこから情報が漏れたのか、テレビからはイカロス・キッドのニュースが流れた。 一般のニュース報道の経済ニュースだ。 そして、『15才の天才、現るっ!!』とテロップが流れて、イカロス・キッドが動いている映像が流れ始めた。 『一台、150万円ですっ!』と妙にうれしそうな、松崎ジェシカがテレビ画面に映し出された。 「えー…」と源がつぶやくと、「仕事をくれと言われてな」と松崎が苦笑いを浮かべた。 ジェシカは流暢に、10分間も使ってタクナリラボの宣伝を大々的にして、満足の笑みを浮かべて頭を下げた。 そして別のニュースが始まった。 都心に新しくできた、『愛と感動の博物館』の話題だった。 画面には、源の見慣れた三台の親子時計が映し出された。 「えー…」と源はまたつぶやいてぼう然とした。 「これ、何かあるのか?」と松崎が聞いて来たので、「なんでも屋に置いてあったものです」と源は短く説明した。 そしてその一部始終をドラマチックに抑揚をつけて語り終えて、『ナレーション:寺嶋皐月』とテロップが出たので、源も松崎も苦笑いを浮かべた。 「おふたりはニュース番組がメインですか?」 「今回は偶然だ」と松崎はエビフライに食いつきながら言った。 源のとなりで食事をしている美恵は、涙を流しながら拝んでいた。 「現場にいたらさらに感動したかもね」 源の言葉に、美恵はゆっくりと首を横に振った。 「きっとね、あの時の私だったらね、こんなにもね、  感動しなかったって思うのぉー…」 美恵は小さな女の子のようにして泣きじゃくった。 ―― これが、焔さんの武器だ… ―― と源は考えた。 そして、恋愛対象としては考えることなく源の相手は美恵だということはわかっているのだ。 源はようやく、自分自身が好むタイプを理解できたと感じて笑みを浮かべた。 だが、この一面は花蓮にもある。 しかし、『分不相応な恋』は避けて通るべきなのではないかとさらに考えた。 昼食を済ませた源は、なんでも屋のドアを開けて、「こんにちはぁー!」と明るくあいさつをした。 「こんにちは」と花蓮は柔らかい笑みで源を出迎えた。 そしていきなり上目使いで、源に懇願の眼を向けた。 「あのね、私とね、戦って欲しい…」 あまりの花蓮の申し出に、源は言葉を失ってしまった。 だが、何か言わなければと思ったようで、「ボク、どうやって戦えばいいのか…」と言ったが、源の脳内にイカロス・キッドが浮かんだ。 「あ、戦えるかも…」 「何か思い出したの?」と花蓮が少し心配そうな顔をして言った。 「あ、いえ、過去のことではないんです。  イカロス・キッドの動きなど、基本的にはボクが動いて決めたので。  だから、ボクをコントローラーで操るようにして動けば、  組み手程度ならできると思います。  あ、このスペースでも大丈夫ですので確認だけ」 源の言葉に、花蓮は無言でレジに立った。 店の入り口からレジまでは障害物はなく5メートル四方の何もない空間がある。 花蓮としてはこの狭い空間では激しい動きは無理と判断したが、源のことなのできっと驚かせてくれるだろうと期待した。 源は少し考えてから、とんでもないスピードで動き始めた。 そしていないはずの源の相手が見え隠れする。 せめいる手や足の軌道、身のこなしによって、じわりじわりと人型が浮かんできたのだ。 「…す、すごい、シャドー…」と花蓮はぼう然として言った。 源は、「ふー…」と息を吐いて止まった。 「こんな感じですけど」と源が言うと、花蓮は言葉にならない声で、「…驚いちゃったぁー…」とつぶやいた。 「この程度だったら、天照島の空き地でもできますし、  ロマン島の訓練場を貸してもらってもいいと思います。  もし急ぐのなら、今日のお見合いが終ったあとにでも。  ボクも少しは腕力や体力をつけるべきだと思っていたので」 源は最後の方は少し恥ずかしそうにして話していた。 「私、多分ね、勝てないって思う…」と花蓮は落ち込むことなく言った。 「私の戦ったデヴィラなど、赤子同然だって思ったわ」 花蓮のふつふつと沸き立っている闘志に、源は笑みを浮かべていた。 「クリスタルに変身して言ってください」 源の言葉に我に返ったような顔をした花蓮は、すぐにクリスタルに変身して源に指を差し、『絶対負けねえっ!!』と悪魔の畏れを流して豪語した。 源が拍手をすると、すぐに花蓮に戻った。 「乱暴でごめんなさい…」と花蓮は源に頭を下げたが、今までで一番素晴らしい笑みだと源は感じた。 ―― あー、身分不相応だけど、やれるところまでやらないと ―― と源はそれほど気合を入れずに考えた。 予約票が数点あり、審査の後、源はすべてを造った。 どの客も今日は来ないようで、閉店間際に源は掃除を始めた。 ウインドウ近くの陳列台に、なかなか興味深そうな人形付きのオルゴールが三台置かれている。 「あ、そうだそうだっ!」と源が叫ぶと、「あ、時計のこと?」と花蓮が笑みを浮かべて言った。 「館長さんに話したらね、よろこんでくださったの。  アスカさんはすべてお見通しで、  その時はどうして館長さんを紹介されたのかわからなかったの」 花蓮がうれしそうに言うと、「ニュース、見ましたよね?」と源が言うと、花蓮は驚きの表情を源に向けた。 そして無言で首を横に振った。 「寺嶋皐月さんがナレーションをしていましたよ。  5分ほどでしたが、とっても感動できる内容でした」 「ああ、見たいぃー…」と花蓮が言ったので、源はイカロスを呼び出すと、その映像を宙に浮かべた。 花蓮は源に礼を言うことも忘れて映像を食い入るようにして観ている。 そして新たな涙を流した。 店を閉めて、源は家に帰った。 花蓮も夕食を済ませたらグルメパラダイスに行くと言って張り切っていた。 キッチンには機嫌の悪そうなローレルがいた。 「あ、先に話しておこう」 「なによ」とローレルが聞いて来たが、源は念話を始めた。 源は松崎にロマン島の訓練場を貸してもらう話しをした。 「もう訓練始めるの?」と松崎は驚きの声を上げた。 「あ、もしかして予定を組んでくださっていたのですか?」 「ああ、まあ、それはある」 松崎は中途半端な答えを源にした。 ―― サプライズ? ―― などと源は考えた。 「明日の夜、  セイラさんと相対することになるかもしれないので試運転です」 源の言葉に、松崎は表情を強張らせて、「驚いた」とだけ言った。 「逃げ足は速いので」 「ああ、それはよくわかっているから心配なんかしていない」 松崎が堂々と言ったので、源はさらに自分自身が強くなったように感じた。 「だが、今日の相手は誰なんだ?  できれば二三人頼みたいところなんだよ」 「あ、できれば今日は集中したいので。  相手は花蓮さんです」 「おいおい…」と松崎はかなりの困惑の感情を乗せて言った。 「仲よしですので問題はありません。  それに、クリスタルさんに宣戦布告されました」 「やはり、成長度合いは誰よりも早かったな」 松崎も立ち会うということになり、クリスタルとの組み手はロマン島の訓練場で行なうことになった。 「あんた、殺されちゃうわよ」とローレルが源をにらみつけて言った。 源は笑顔で立ち上がってリビングに移動して、テーブルなどをサイコキネッシスで窓際に寄せた。 ここも5メートル四方ほどあるので、源としては広いと感じる。 「ローレル、ここに立って」 源は床を指差した。 ローレルは怪訝そうな顔をして源の指示した場所に立った。 「次元解」 源の言葉とともにローレルは変身した。 源は、目にも止まらぬ速さで動き出し、時折、ローレルの体に触れている。 ローレルはあまりのことに、『わかったわかったっ!』と叫んでから変身を解いた。 「どこでそんな動き覚えたのよぉー…  ランスさん以上じゃない…」 ローレルの言葉に、「えっ? そうなの?!」と源は言ってよろこんだ。 「それに、叩いたわねぇー…」 ローレルはこれ見よがしに源をにらんだ。 「指で突いただけ。  すきだらけだったから。  全方向見えるんだから少しは避けてもらいたかったね」 源の言葉に、「動く暇もなかったわよっ!」とローレルは叫んで憤慨した態度でキッチンに戻って行った。 源はグルメパラダイスに移動して、松崎を見つけてすぐに頭を下げた。 「映像、観たよ…」と松崎はため息混じりに言った。 イカロスが見たものは、皇源次郎のいる地球の研究室内のストレージに保管されているので、影を持っている者であれば閲覧可能となっている。 だが、見てもらいたくないものがある場合は、ロックすることも可能だ。 源としては何も問題ないので、すべてをオープンにしている。 すると、源に強烈な畏れが襲いかかってきた。 「服部さん、でしたよね?」と源が笑みを浮かべて言うと、「まだまだ半人前の服部です」とマジメ腐った顔をした服部が源に頭を下げた。 「私の仕事を取るおつもりか」 服部の言葉に、「ケンカを売ってんじゃない」と五月が言った。 服部はすぐさま五月に頭を下げた。 「はあ…」と源はため息をついて少し考えて、「スピード自慢」とつぶやいた。 「ボクの場合、全然体力が足りないって思うんですけど、  ひとりの力のように見えて実はそうじゃないんです」 源が謎かけのようなことを言うと、大人たちは大いに悩んだ。 「それが誰だか言えませんけど、  ボクはほんのちょっと手伝っているだけですので、  ほとんど疲れません」 「源はしばらくは戦場には出さない。  だけど、今夜だが付き合ってくれないか?」 松崎が言うと、「あ、願いの夢見ですか?!」と源はかなりの高揚感を持って勢いで松崎に聞いた。 「そういうこと」と松崎が言うと同時に、なぜだか驚愕の顔を源に向けた。 「今日はキャンセル、するかもしれない…」と松崎は肩を落として言った。 その原因になる者たちがやってきて、源に抱きついてきた。 「あー、なるほどぉー…」と源は言って、千代の頭をなでた。 「ぷにゅぷにゅー」と千代は言ってよろこんでいる。 「あ、松崎さん、今日は天使たちをボクの家に招待したいんですけど」 源の言葉に、天使たちは一斉にもろ手を上げて喜んでから、源に祈りを捧げ始めた。 「うん、いいよ」と松崎はかなり軽い口調で言った。 ―― やはり、子を持つ親は子が弱点 ―― と源は思ってから、松崎に頭を下げた。 透明の囲いの部屋で、源は妙にかわいらしい美恵と食事をした。 やはり話題は高校と中学の話しで大いに盛り上がった。 特別な話しをすることなくお見合いはあっけなく終った。 源と美恵が父母の席に行くと、「仲のいいカップル」とだけ源之丞が笑みを浮かべて言った。 花蓮は見ないでおこうと思っているのか、今は大使館の地下にいるようだ。 ローレルはわなわなと震えながら源を見据えている。 美恵はごく自然体で、ごく普通の14才だった。 「ゆっくりと育んで欲しいと普通に思ったよ」 源之丞の言葉に、「あはははは…」と源は照れ笑いをした。 「母さんは?」と源が聞くと、「このみちゃん、今日はなにも言わなかったわね…」と言ってこのみを見た。 「邪魔かなぁーって思って…」とこのみは少し下を向いて言った。 「このみはきちんと考えて話しをしてくれているからね。  今日の雰囲気だと、出番はないって思っちゃったんだ」 源の言葉にこのみは、「美恵お姉ちゃんにとられちゃったぁー…」と言って涙を流し始めた。 源がこのみを抱き上げたと同時に、このみは源のホホにキスをして、「もう大丈夫なのっ!」と自信満々に言った。 「キスして取り戻したってことのようだね」と源がかなり困った顔をして言うと、「妹だから簡単にできちゃうんだぁー…」と美恵が感慨深く言った。 「このみはオマケだから、  これは審査対象にはならないけど、  このみ自身があきらめる必要があると思わせるほどだったんだろう」 源之丞の言葉に、ローレルは力なくうなだれていた。 「じゃ、戦いに行くから」と源が言うと、父母は眼を点にして顔を見合わせた。 源が事情を説明すると、当然沙知は心配する声を上げた。 だがこのみが説得するようにして沙知に甘えた。 源と松崎はかなりの大人数を引き連れて、ロマン島に続く黒い扉をくぐって行った。 扉を出た場所が佐々木コンツェルンの保養所と銘打った訓練場だ。 館内に入ると、縦横50メートルほどのスペースがあり、天井までは10メートルほどある。 部屋の端の方に基礎体力訓練用のトレーニングジムを完備している。 「さあ、やってくれ」 早速松崎が言うと、笑顔の源と、にやりと笑っているクリスタルが空きスペースの中央に向かって歩いていった。 「俺が耐えられたらキスさせろぉー…」とクリスタルが言うと、「そんな賭けは受け付けません」と源は笑みを浮かべて言った。 「おまえ、まだ経験ないんだろ?」 「精神的揺さぶりは通用しません。  ボクは前世で、美恵によく似た女性と結婚していました」 源の言葉と同時に、クリスタルの拳が源を襲った。 そして、『バァーン』と破裂するような音が訓練場に響き渡った。 クリスタルの拳が、源の顔面にヒットしていたのだ。 「キャァ―――ッ!!」と美恵やこのみたちが悲鳴を上げた。 「大丈夫だよ」と松崎が優しい声で言った。 美恵たちが源を見ると、源は笑っていた。 「くっそ、こいつっ!!」と言ってクリスタルは源から距離をとった。 「根性試しです」と源が言うと、クリスタルはその言葉を無視してじりじりと源に向かって行く。 源は時折素早く動いている。 クリスタルはその距離感がうまく捉えられないようで、その拳はすべて空を切っている。 「遅いです」と源は少し厳しい声で言った。 クリスタルは長く戦うよりも素早く動き、源を捉えることに決め、一瞬にして源の目の前に移動した。 だがその瞬間に源はいなかった。 そしてクリスタルの頭が少し前に動いた。 クリスタルは猛然と前に走り回り込み、「まだ負けていないっ!!」と源に向けて気合を入れて叫んだ。 源はクリスタルの背後に回りこみ、後頭部を指で突いたのだ。 「まだ動けますからね」と源は落ち着きはらった声で言った。 今度は源が素早く動き、何もできないクリスタルを指で突きまわした。 ほんの数秒間の攻撃の後、源はクリスタルから距離を取った。 「早すぎます?」 源の言葉に、クリスタルはわなわなと震えて、猛然たる勢いで源に襲い掛かった。 源はまるでクリスタルとダンスをするように組み手を行なった。 もちろん源は、クリスタルに指で触れ回っている。 ついには空振りを繰り返していたクリスタルは力尽きて、床にひざをつけた。 「それまでっ!」と松崎が叫んだ。 「ふぅ―――…」と源は長い息を吐いた。 「戦った実感はありません。  ですけど、とても楽しかったです」 源の言葉に、松崎は笑みを浮かべてうなづいた。 「好きにしろっ!!」とクリスタルは言って、床に大の字になった。 「それって、クリスタルさんにとってごほうびじゃないですかぁー…」 源の言葉に、「欲のないやつめぇー…」とクリスタルは言ってから花蓮に戻った。 「動けないぃー…」と花蓮は情けない声を上げた。 「本気で戦ってくれてありがとう」 「ううん、私、強くなったって始めて感じたわ」と花蓮は言って源に笑みを向けた。 源は花蓮を抱え上げた。 「お風呂、連れて行くから」と巨体の黒崎茜が言ってきたので、源は花蓮を渡した。 「あー、源君に…」と花蓮が言ったが、本当に動けないようで全く抵抗できずに外に連れ出された。 「ボクもお風呂に行ってきます。  きちんと確認しておかないと」 源の言葉に、松崎は笑顔でうなづいた。 「あんた、おかしいわよっ!」とローレルが源に怒りに満ちた顔を向け叫び詰め寄った。 「あ、そうだ、肝心なことを話してなかったっ!」 源は叫んでから笑みを浮かべて美恵を見た。 「天使は結婚しても構わないんだ」 源の言葉に、「…えっ?」と美恵はつぶやいた。 「本来だったら、天使は結婚するべきではない。  それは平等ではなくなるから。  そうなった時、天使は上に上がれない。  成長できても、高位大天使止まり。  これは天使にはあってはならないことなんだ。  だから、大天使になったとしても弱い人たちが大勢いるんだ」 源の言葉に、美恵はこくんとうなづいた。 「だけど、ある条件下では、天使は結婚できる。  もちろん過ぎたる愛情はご法度。  溺愛は禁物。  そして、相手だけど、天使でも悪魔でも神でもない。  ましてや生物と結婚することはできない」 源の言葉に、美恵はぼう然とした。 「…だ、だけど、結婚できる相手…」とだけ美恵は言葉を振り絞った。 「まずはロボット。  生物じゃないからね」 美恵はぼう然とした顔をしてうなづいた。 「そして、一番現実的な相手」 源の言葉に、美恵は固唾を呑んだ。 「宇宙の神である竜」 源の言葉に、「あー、それは言えるなぁー…」と松崎は納得するように言ってうなづいた。 「だからね、千代ちゃんとビルド君は結婚できるんだ。  宇宙の神である竜は生物ではない」 「ああ、ああ…」と美恵は言って涙を流し始めた。 「最近、ビルド君たちみんなに触れてわかったことがあるんだ。  みんなの体の基本的な構成物質は岩なんだよ。  だからこそ、宇宙に飛び出しても死ぬことはないんだ。  そしてボクが竜になったとして、  その肉体は、白いシリコンのような弾力のある耐熱性の優れたもので、  火山だったら飛び込めるんだ」 「うん、うんっ!!」と美恵は素晴らしい笑みを浮かべて何度も何度もうなづいた。 「もしボクが美恵ちゃんと恋人になろうと思った時、  ボクは竜になろう」 「はいっ! ありがとう、源っ!」と美恵は大声で叫んで源に抱きつこうとしたが、源は素早く逃げた。 「まだ恋人は決まってないよ。  三年後だって言ったよね?」 源の言葉に、松崎は大いに笑った。 「プロポーズに聞こえたもんっ!!」 「そんなつもりは全くないよ」 源が答えると、かなり怒りまくっていたローレルはくすくすと笑い始めた。 「感動したのにぃー…」と美恵は機嫌を治して言った。 「いや、だが、どうやって…」と松崎が源を見た。 「昨日の天使の夢見で。  大人気だったので今日も天使の夢見かなぁーって」 源の言葉に、松崎は大きくうなづいた。 「願いの夢見は、少々お預けだな」 松崎は源の肩を抱いて、ふたりはゆっくりと歩いて訓練場をあとにした。 試運転を終えた源は、翌日の夜、セイルの案内でセルラ星に移動した。 源はすでに有名人で、今日はセイラと戦うために来たことをここにいる者は知っていた。 だがまずは、クリスタルとデヴィラに戦ってもらうため、源はデヴィラと対面した。 「大人だと思っていたら子供か」 デヴィラの言葉に、「挑発には乗りません」と源が無感情に言うと、「わかったわかった」とデヴィラは言って、立ち上がった。 「クリスタルを倒せばおまえだ」 「はい、わかっていますよ、そんなこと」 源はめんどくさそうに答えた。 ここでわざとデヴィラを挑発したのだ。 これは花蓮への援護射撃でもある。 これも戦いのうちなのだ。 しかしデヴィラは源の挑発には乗らなかった。 だが源がしっかりと探ると、はらわたが煮えくり返っていたようで、大声で笑った。 「この人、弱ええっ!!!」と源は大声で叫んで笑った。 クリスタルは苦笑いを浮かべている。 源が絶対にしない行動に出ているので、打ち合わせをしていなくてもクリスタルには全てわかっていた。 デヴィラが源を襲うとしたので、クリスタルがすぐに間に入って、「おまえの相手は俺だっ!」と堂々と叫んだ。 そばで見ているセイルは、ずっと苦笑いを浮かべていた。 訓練場にはセイラがいた。 そして数人の戦士がいる。 「え? え?」とひとりの少女とも言える女性が少し離れている源を見て戸惑いの声を上げた。 源はすぐに気づいて、「キャサリンさんですよねっ!」と叫んだ。 キャサリンは源の目の前に素早く移動して、片ひざをついて頭を下げた。 「ビルド様からお聞きしています。  わが主、万有源様」 「あ、そういうのって今だけだよ。  僕たちは仲間だ」 源の言葉に、キャサリンはすぐに立ち上がって、源を守るようにしてとなりに立った。 「おまえ、もう浮気か?」とクリスタルが源に聞いた。 「手下のような従順な人に手を出す趣味はありません」 源が答えると、「はっ!」とクリスタルは一声笑った。 冷静なクリスタルと、その逆の感情のデヴィラが、訓練場の中央に立った。 するとデヴィラがいきなりクリスタルを襲ったが、そのこぶしは簡単に空を切った。 クリスタルは余裕の動きでデヴィラの左に移動を終えていて、そのわき腹に手ひどい一発を叩き込んだ。 『ドンッ!!』と大砲を撃ったような音がして、「がはっ!!」とデヴィラの口がうなり声を上げた。 クリスタルは素早く一歩下がって、デヴィラが立ち上がるのを待った。 だがデヴィラはすぐには立ち上がらなかった。 できる限り、ダメージを抜こうと片ひざをついたまま動かない。 「おいおい、休憩かよ」とクリスタルが挑発した。 その途端、クリスタルの目の前にデヴィラがいたが、クリスタルはすでに、デヴィラの右わき腹を打っていた。 カウンターで入った拳は、『ドーンッ!!』とさらに重厚な音が訓練場に響き渡った。 デヴィラは今度は、前のめりに顔から床に倒れこんだ。 「三秒以内に立ち上がらねえとおまえの負け」 クリスタルの言葉と同時に、デヴィラは消えた。 源はデヴィラの気配を探ったがこの辺りにはいない。 魂を探るとかなり遠くにある、人の少ない場所にいる。 「逃げた」と源が言うと、「連れ戻してくれ」とクリスタルは源をにらみつけて言った。 「この星の中で助かったよ」 源は言って、デヴィラをこの訓練場に呼び戻した。 「な、なんだと…」と地面に突っ伏したままのデヴィラはうなるように言った。 「デヴィラさん、負けを認めてください。  これは戦いではない。  ただの組み手です。  実践では逃げることも必要ですけど、  負けを認めることで強さを手に入れることにもなるんですよ」 源は言ったが、デヴィラは何も答えずにまた消えた。 「すっきりしねえ」とクリスタルはニヒルに笑った。 「そうでしょうね。  でも、ボクはクリスタルさんが勝ったと認めましたよ」 源の言葉を聞いてクリスタルは、『ウォオオオオオオッ!!』と両拳を天高く伸ばして叫んだ。 そして、笑みを浮かべてから、花蓮に変身した。 「弱くなった?」と花蓮が言うと、「デヴィラさんは強さを隠していたんです」と源が答えた。 「ダメージがひどいので、反撃できなかった。  デヴィラさんが本気で戦った場合、  クリスタルさんはまだ戦っていると思います。  ですが、花蓮さんを見誤ったデヴィラさんの負けは負けですから。  さらに言えば、戦場でこれをやった場合、確実な死が訪れます。  これが、デヴィラさんの弱点と聞いていました」 源の言葉に、「お勉強熱心… だけど本当に頼りになるわ」と花蓮が言って、源に寄り添った。 「あー、最悪…」 源は、白目をむいて転がっているセイラを見た。 セイルはバツが悪そうな顔をしている。 「クリスタルさんの勝利の雄たけびで?」 源が聞くと、「あはは、そうっ!」とセイルは陽気に答えた。 「じゃあ、予定変更で、ボクとの戦いはすっ飛ばします」 源は言って、セイルの頭をむんずとつかんだ。 「おっ! すごいすごいっ!」 セイルは子供のように喜んでいる。 「はい、終りました」と源は言って、セイルの頭から手を放した。 「では、双子モード」と源が言うと、セイルは源そっくりに変身した。 そしてふたりは素早く動いて、花蓮の目の前に立った。 「さあ、どっちがボクでしょうか?」 ふたりの源は同時に言った。 「ううっ! 当ったらキスのごほうびっ!」 花蓮は冗談を言いながらも、ふたりの源を探った。 しかし寸分違わずどちらも源だ。 その存在感を探ったが、全くの同一人物としか思えない。 「どちらの魂も源様ですっ!」とキャサリンが叫ぶと、「そういうこと」とふたりは同時に言った。 セイルは変身を解いた。 「ああ、セイルさんの魂に変った…」とキャサリンはつぶやくように言った。 「これでは不完全なので…」と源は小さな術を放った。 キャサリンは源を探ったが、何の変化もない。 「キャサリンさん、ボクの魂は誰ですか? 源が聞くと、「えー… セイル、さん…」と驚きの顔を源に向けた。 「ボクの魂にセイルさんの魂に似たものをかぶせただけです。  これで、セイラさんはボクがセイルさんに変身していると  確実に思い込みます。  さらには、ボクの動きもセイルさんが使えるようにしました。  これでセイラさんは少しはやる気が出ると思います」 源の言葉を受けてセイルは、「ほんと、面倒なことになってゴメンねっ!」と明るく言った。 「でも、戦ってみたかったなぁー…  お見合いもキャンセルだし…」 源は本心から残念に思った。 花蓮は面白くないようで、源をにらみつけた。 源たちは大使館に戻った。 「予定が狂ったな」 松崎が言うと、「まさかあそこで意識を断っちゃうなんて思いもよりませんでした」と源はうなだれて答えた。 「でもそれほどまでに、  花蓮さんの実力が上がっていることが証明できたと思いますから」 源の言葉に、松崎は笑みを浮かべてうなづいた。 今日も天使たちは源の家で寝むることにしたようだ。 万有家は天使の柔らかな癒やしに包まれている。 美恵、ローレル、花蓮も天使の夢見に参加した。 源は昨夜、竜の姿のまま、何とか人間の言葉を話せるようになっていた。 「うう、ずっと触っていたいぃー…」と小さなローレルが言った。 「何がどういいんだろ…」 源の問いかけには誰も答えなかった。 源の体を必死にもんでいるばかりだ。 「イカロス君はどう思う?」 イカロスは源の体を軽くつかんでから、「癒やしが出ていることはわかります」と答えた。 「となると、神通力のはずだけど…」 「憶測ですけど、白魔法と神通力の混ざり具合が絶妙で心地いいのだと。  そして寝り込むわけでもなく起きていて、  そしてその感触も楽しい。  これに似た症状が出るあるものがあるんです。  それは悪魔の木といいます」 イカロスはその映像を宙に浮かべた。 源は映像を見て、「はは、天使じゃなくて悪魔が骨抜き」と言って、映像を楽しんだ。 悪魔の木は、悪魔を引き寄せ、悪魔の心を癒やす木だ。 この悪魔の木は、どれもその姿かたちは寸分違わず同じという非常に不思議な植物だ。 少々特殊なサボテンのようにも見える。 よって葉はなく木なのだが光合成の必要はない。 悪魔の木は大きな実を実らせる。 その実は美味なのだが、わずかな量だけで満腹になるというかなり素晴らしいものだ。 それもそのはずで、悪魔の木の機能を維持するためには、二酸化炭素、水、そして生命エネルギーが必要となる。 悪魔の木は、生物の生命エネルギーをほんの少量吸い取っている、吸血植物のようなものだ。 「ほんのわずかだらから誰も気にならない。  じゃあボクも、  同じように天使たちのエネルギーを吸い取ってるのかなぁー…」 源のことばに、「残念ですけどボクではわかりません」とイカロスは答えてから少し考えた。 「拓生様の妖精のパメラ様ならお分かりになるかもしれません」 「じゃ、明日は妖精パメラにも夢見に参加してもらうよ」 目覚めるとすっきりするので悪いことではない。 しかし、ずっと触れられているというのはどうだろうと思い、源は何かをしようと考えた。 起きている時と同じで、術などは発動できる。 しかし、この場所を移動することは叶わないことが判明した。 ここは平面の天体のようなもので、かなり不思議だと源は感じた。 やはり源としては、みんなが喜ぶことがしたい。 そして、源の知っている人形を操って天使たちを楽しませること以外について考えた。 そしてここは基本的には天使の世界。 天使の成長を促すような喜びを与えるようなものと考えると、ふと、花蓮の顔が思い浮かんだ。 花蓮は感動して涙を流すことが修行。 それと似たような修行をしている人がいる。 一度会った、佐藤俊介だ。 佐藤は創ったものを見て感動を覚えることで、自分自身の糧としている。 よって、造ったものに想いを込める必要がある。 源としては、確かに喜んでもらいたいという意識を持って造っているのだが、佐藤を感動させるようなものはなかったのではないかと考えた。 「早く造りすぎてるのかなぁー…  だから想いが乗っていない…」 「あ、その件ですけど、乗せすぎると諍いが起こるので要注意です。  欲しくて欲しくてたまらなくなって、  奪ってでもとろうという悪い心が生まれるんです。  さらには、造ったものに欲を乗せるのもいけません。  その意思を強く持って造ると、  きっとみんなは自然に感動すると思うんです」 「はあ、なるほど…  それはボクの修行のようなものだし、  失敗は許されないから慎重に造る必要があるなぁー…」 「これは木像から生まれた魂を持つ人たちの恩恵がある人であれば、  比較的容易に創り出すことが可能のようです。  源様は木像番号八番と二番の恩恵を受けています。  その印が、源様の体に残されています。  源様も古い神の一族の一員だといえる証拠のようなものです。  源様の耳たぶのほくろのように見えるものを拡大します」 イカロスが語り終えてすぐに、その映像が宙に浮いた。 「竜?」と源が言うと、「申し訳ありません、ボクには読めないので」と言って頭を下げた。 「起きてから確認するよ。  ということは、  竜という印をもらった人はいないんだね?」 「あ、はい、その通りです」 「でも、どうして竜なんだろ…  松崎さんから生まれた時は天使の姿で心が人間。  竜は関係ないように思うから、  印を託してくれたのはセイラさんだろうか…」 「はあ…  ボクの憶測ですけどそうかもしれません。  ですがもしそれが事実であった時、  セイラさんは確実に源様を奪いにきます。  ですが、しばらくは今の状態でいられると思いますので、  調べ上げて考えることができると思うんです。  まずは、過去の記憶を探ることが重要だと思います」 イカロスの言葉を重く受けて、源はセイラとの記憶を呼び起こした。 「うっわ、産みっぱなし…  ボク、かわいそうだぁー…」 源の言葉に、イカロスも同情した。 その反面、松崎はまさに母で、源を溺愛した。 マスタルトと名づけられた源は、松崎に頼ることなく生きたのだが、母の心情としては不憫なわが子から目を放さなかった。 そして極力、誰にも嫌な思いをさせないように教育もした。 マスタルトはその母の想いをきちんと受け止めて、200年の生涯を終えた。 「松崎さんじゃないね…  すっごく残念だけど…」 その数代あとに、ひとりの神が子を生んだ。 精査すると、それはなんと松崎悦子だった。 悦子は松崎のように源を溺愛した。 「あー、こんな人がいたらいいかもぉー…」 悦子は岩にその姿を描いた。 それは竜に似ている。 「すっごく強くて、どこでも生きられるのよっ!」 口調などは今と同じなので、源は笑ってしまった。 その時に、悦子は源に印を刻んでいた。 「もうひとりのお母さんは悦子さんだった。  確実にえこひいきしそうだけど、  悦子さんというよりも、レスターさんに悪いよなぁー…」 源の言葉に、イカロスも賛同した。 源はその時の様子をしっかりと思い出して、あまり感情は込めずにジオラマを創り上げた。 「あー、ほぼボクの記憶のままだぁー…」 源は感慨深く思って、岩に刻んだ印、今とは違う悦子の姿、そして、憶測だがその当事の源の姿を創り上げていた。 源の姿は、水面に浮かんだその顔などを参考にしたものだ。 わずかに読み取れる魂の記録の感情からその表情を創り上げた。 「当事の悦子さんは誰に似てるのかなぁー…  ボクの知り合いにはいないなぁー…」 「似ているというのであれば…」 イカロスは宙に映像を浮かべた。 顔写真が5枚あり、確かにみんな似ている。 「美人というよりもかわいい人たちだね。  当然、この星の人たちじゃないよね?」 「ひとりだけ、この星の人です」 イカロスが言うと、「あ、この人?」とは言って、その写真に指を差した。 イカロスは写真をアップにして、その情報が写真の下に出た。 「うわー、仲間なんだぁー…」と源は感慨深く言葉にした。 「素晴らしい直感力だと思います。  ほかの4人は無関係ではありませんけど、  それほど神と関わっていません」 「はあ、うれしいんだけど、また好きな人ができちゃったかも…」 「あはははは…」とイカロスは空笑いをした。 「今までそれほど  ボクの恋愛相手のことは考えたことはなかったからね。  高校生活が楽しいことになりそうでうれしいよ」 写真の下には、『才神小恋子(さいがみこここ)』と書かれていて、源と美恵と同じく、城下松崎高校に今年入学する。 住んでいるところは東京なのだが、越境入学を果たしたようだ。 これは松崎がその道を照らしたもので、本人も納得して単身この地にやってくるそうだ。 「マザコンって言われそうだから、  あまり馴れ馴れしくしないようにしよう…」 源は15才なりのコメントを述べた。 「うわぁー…」と言って、千代がフラフラとやってきて、ジオラマを見入った。 今度は竜の体よりもジオラマにご執心のようだ。 「…お母さんと子供…」と千代はつぶやいて涙を流した。 「千代ちゃんはふたりもお母さんがいるよね?」 源の言葉に千代は、こくんとうなづいたのだが、その表情は冴えない。 「あー、なるほどなぁー…」と思い、源は千代の今世の記憶を探ったが、千代が物心つく前に死んでいた。 よって今世は、千代は産みの母の愛を知らない。 その先を見ると、なんとか食べさせてもらうだけの、厄介者として育った。 源はいたたまれなくなって、うなだれた。 だが、千代と源のために、源は千代の魂を探った。 「これでいいっ!」と源は力強く叫んで、ゆっくりとそのジオラマを創り上げた。 それは、母である松崎と、天使姿の千代で、手をつないで顔を見合わせて笑って草原を歩いているものだ。 「千代ちゃん、千代ちゃん」 源が声をかけると、千代は源の顔を見てから、ジオラマに気づいた。 「…うわぁー…」と千代は今造り終えたばかりのジオラマに向かって声をあげ、そしてぶるぶると体を震わせて涙を流し始めた。 しばらくはそのままだったのだが、「だあれ?」と泣き顔を源に向けて聞いて来た。 「大昔の松崎さんと千代ちゃん」と源が言うと、千代は堰が切れたように泣き出し始めた。 深い母の愛を感じてくれたんだと思って、源も感動した。 そして、「やっぱりパパなのにママだったぁーっ!!」と叫んだので、源は少し笑ってしまった。 だが、これでは少々問題が起こると思って、千代の記憶をさらに探った。 全く同じ世代に、エリカも生まれていた。 エリカはことあるごとに松崎から生まれていたと聞いていたので、この可能性もあると思っていた。 そしてエリカはまるで母のように千代をかわいがっていたワンシーンをジオラマとして創り上げた。 「…うわぁー…」と言ってまた千代はジオラマを観察した。 小さな天使が同じなので、その相手が気になったようだ。 どちらかと言えばこのジオラマの方が母と娘のように見える。 やはり体の接触が多いほど、そう思わせる。 草原に腰を降ろして、エリカは千代を抱き寄せて、笑みを向け合っているワンシーンだ。 「こっちの人はエリカさん」 源の言葉に、「やっぱりママだったぁ―――っ!!」と千代はまた号泣を始めた。 源はほっと胸をなでおろした。 「あっ」と声を出して源は目覚めた。 泣き声は上げていないが、千代は涙を流して源にしがみついていた。 そして源の枕元に、源が造ったジオラマがみっつあった。 「はは、持って帰ってきちゃった」 源は言って、笑みを浮かべて寝転んだまま三つのジオラマを見入った。 「おはようございます」 源の頭の上から声が聞こえた。 「あ、どろぼう」と源が言うと、佐藤俊介はかなり困った顔をしていた。 佐藤は、「失礼します」と言ってから座り、マジマジとジオラマの観察を始めた。 源も佐藤に倣って、柔らかいマットレスの上に正座をした。 「ああ、この三点くださいぃー…」と佐藤は涙を流しながら源に言った。 「あげません。  複製も造りません。  一点ものだからこその価値があるというものです」 源が堂々と言うと、「はあー…」と佐藤はため息をついてうなだれた。 「さすが、拓生君の息子さんです…」と佐藤は言って肩を落とした。 「ですが、大いに感動させていただきました。  …あ、ところで展示とかは…」 佐藤が聞いて来たので源は、「店長がまだ寝ているので起きてから考えます」と言って、眠っている花蓮を見た。 「うっ! ライバルッ!」と佐藤が叫んだので、源は笑ってしまった。 神のライフワークとしてのライバルという意味で言ったはずだ。 「仲良く感動してください…」と源が眉を下げて言うと、「はい、競い合う気持ちはご法度ですので…」と言って源に頭を下げた。 やはり穏やかな気持ちを持って鑑賞することに意味があるはずなのだ。 源は早速、かなり立派な展示ケースを造って、ジオラマを中に入れた。 「となると、  源君の想い人に向けた感情のある品も創り出す予定なのですね?」 佐藤の言葉に源は、「はい、ボクも古い神のライフワークのマネをしようと思いました」と答えた。 「まさに都合がいい」と佐藤は心の中をさらけ出して短い言葉を使って言った。 感情そのままを言葉にしているので、悪意などは全くないことに、源は妙に納得してしまった。 「佐藤さんを嫌っている人もいるんでしょうね」 源の言葉に、「はい、できれば正したいのですけど…」と佐藤は申し訳なさそうに言った。 「評論家という存在は辛らつな方が多いようですので、  ボクはそれも糧にしようと思っています」 源の言葉に、佐藤はゆっくりと首を横に振った。 「できばえが素晴らしい。  さらに思いも素晴らしい。  でしゃばっていないところが本当に奇跡に近い。  じんわりと心に染み入る逸品です」 佐藤は笑みをうけべて言った。 「では、奇跡が起こるようにさらに極めます」 源の言葉に、佐藤は小さくうなづいた。 「ちなみに、花蓮さんの場合、  状況を説明しないと感動しないでしょうね?」 佐藤は少し考えて、「その対象物、言葉、文字、語り手の感情などの相乗効果によって、感動する必要があるように思います」と答えた。 源は納得して佐藤に頭を下げた。 「寺嶋皐月さんに弟子入りしよう」と源がジオラマを見ながら言うと、佐藤は笑みを浮かべたまま何度もうなづいた。 源はみっつのジオラマを異空間ポケットに仕舞い込んだ。 それと同時に、「あー…」と佐藤はため息をついた。 「働いているので朝は忙しいんです」 源の言葉に、佐藤は深くうなだれた。 源はキッチンに立って、ストッカーや冷蔵庫の材料を探った。 そしてサイコキネッシスを使って一気に調理を始めた。 「あら、いいにおいが…」と言って源の母の沙知がいいながらキッチンに入って来た。 「味付けはもう終ってるから」 源に言葉に、「はぁー…」と沙知はため息をついた。 専業主婦なので、仕事をひとつさぼってしまった、などと思ったのだろう。 「たまのことだよ」 「うん、ありがとう」 沙知は気を取り直して味見をして、「んまっ!」と言って喜んでいる。 調味料は源の混沌から創り出したものと、異空間ポケットに入れてあった松崎拓生が創った最高級塩を使った。 この塩を使っておいしくならない料理はないと言っていいほどだ。 源は母の後ろ姿を見ながらキッチンのテレビをつけた。 食事を始めると父源之丞が、「おっ! うまいなっ!」と高揚感を上げて、沙知に顔を向けて言った。 「あ、違うの…」と沙知は言って、テレビを見ながら食事をしている源を見た。 「ほう!」と源之丞は源に笑みを向けた。 「源」と源之丞が呼ぶと、源はすぐに源之丞に顔を向けた。 「おまえ、料理も得意だったんだな」と笑みを浮かべて言った。 ローレルたちも一緒に朝食を摂っているので、料理と源をマジマジと見比べている。 「これを見たらどう思うだろうか」 源の言葉に、イカロスが宙に映像を出した。 キッチン内が食材であふれ、宙に浮いたまま細かく切断され、なべやボールに入って流し台やコンロに置かれた。 源はみつ口コンロに火を入れた。 「…料理じゃないな…」と源之丞は言って苦笑いを浮かべた。 「結局はそこらに売ってる弁当と同じだよ。  それがそこそこおいしいだけ。  だからね、ボクたちよりもさらに口が肥えている人は、  きっと見破るって思う」 源の言葉に、特に女性たちは様々なことを考え始めたようだ。 源之丞は少し笑って、「沙知にレシピを教えてやってくれ」と言った。 源は笑顔で、メモ用紙に今日の食卓に並んでいるレシピを書いて沙知に渡した。 「…朝は源ちゃん作って…」と沙知は小さい声で言ったが、源之丞にもきちんと聞こえていた。 「たまのこと、って言ったよね?」 「…ごめんね…」とまた小さい声で謝った。 「…お父さんに全部聞こえちゃってるよ?」と今度はこのみが小さな声で母に言った。 「…何にも言わないから大丈夫よ…」と沙知は答えた。 知らん振りをしてくれるから大丈夫だといいたいのだろう。 源の源之丞もふたりを見て苦笑いを浮かべていた。 「おかしいわ」とローレルは言って、源を見据えた。 そして妙ににっこりと笑って、「なにか、いいことでもあるのぉー…」と聞いた。 源は、「ううん、別に何も」と平常心で答えた。 「いえ、あると思う」とローレルはさらに源に食いついた。 すると源は、「あっ!」と言ってからホホを赤らめた。 「…女…」とローレルが言うと源は、「すっかり忘れてた」と言ったが、「いつもよりも機嫌がよかったからおかしいと思ったの」とローレルは箸を止めて腕を組んだ。 今はまるでローレルは源の妻で、浮気を言及しているように見える。 「だけど源は気づいていない。  ただただ機嫌がよかったことがおかしいって思っただけなの。  こうやって思い出させておかないとね、  いざという時に私たちが困る場合が多いのよ。  口出しが全くできないことがわかりきっているから。  さあ、誰なの、あなた」 ローレルが語ると、「絶対に浮気ができないな…」と源之丞が苦笑いを浮かべて言った。 「この時点で、  ローレルと結婚することはないって思わなかったの?」 源の言葉に、ローレルはぼう然とした。 「だったら浮気するのねっ?!」とローレルが源に喰らいついた。 「じゃあさ、女性関係じゃなくって機嫌がよかったとしたら?  その時ってボクの言葉を信じる?」 源の言葉に、「うー…」とローレルはうなった。 「ボクが機嫌がいいのは両方なんだよ。  あとで見せようって思ったけど、今見せておくよ」 源はケースに入ったみっつのジオラマを出した。 また千代がジオラマに駆け寄ってマジマジと見て涙を流し始めた。 そしてまだ家にいた幼児姿の佐藤も、千代の仲間入りをした。 「みんなに喜んでもらえることがボクの喜び」 源の言葉を受けて、「頭の回転がいいのも程ほどだぞ、ローレル」と源之丞は笑みを浮かべて言った。 「はい、ごめんなさい…」とローレルは素直に謝ってうなだれた。 「じゃあ、女性って、この人?」と美恵が、才神小恋子とよく似ている源の母だった松崎の人形に指を差して言った。 「あー、あはははは…」と源は空笑いをした。 「いえ、この方は今は松崎拓生様ですから」 佐藤の言葉に、ほとんどの者が驚きの顔を佐藤に向けていた。 しかし納得の行く話しなので、さすがのローレルも何がどうなっているのかわからないようだ。 「めんどうだからきちんと説明するよぉー…  こんなことまで説明しなきゃいけないのなら、  ボク、結婚しないことにするよ」 ―― これはさらにまずいっ! ―― とローレルは思ったようで、「お、おほほほ、あなた、本当にごめんなさい」とローレルは素直に謝った。 「源がそう思っても仕方のないことだ。  そうなるとだな、  ローレルはずっと源につきまとって  文句ばかり言っている女になってしまうから、  心を入れ替える必要が大いにあると思うぞ。  心からに源の幸せを願うのなら、  好奇心や欲に左右されてはいけないと思う。  ローレルが異常というほど洞察力に優れていることはよくわかった。  だからこそ、さらに賢くなって欲しいな」 源之丞の言葉はローレルに重くのしかかった。 ローレルは深々と源之丞に頭を下げた。 イカロスは才神小恋子に関する情報を宙に浮かべた。 「…うわぁー、モロライバルゥー…」と美恵が言ってぼう然とした顔をした。 「動画はないようだから、どんな人だか全然わかんないけどねっ!」 源の言葉に、ローレルが何か言おうとしたが、ここは黙っておくことにした。 「マザコンってことでいいの?」と花蓮が言うと源は、「あははははは…」と空笑いで答えた。 「どんなお姉ちゃんかなぁー…」とこのみはまさに楽しそうに言ったので、女性たちは何も言葉にできなくなってしまった。 午前中の仕事は何事もなく終わり、源と美恵は穏やかに昼食を摂っていた。 そして穏やかではない赤木が、「そろそろ種明かししてよっ!」と源に向けてかなりの勢いで言ってきた。 源はすぐにパソコンを操作して、「気づいた子は10名、遅いですねぇー…」と源は少し感心するように言った。 「みんないい子だから余計なことは話さないのっ!」 赤木が怒鳴りながら言うと、「じゃ、ボクもいい子で」と源が答えると、―― ヤブヘビだった… ―― と赤木は思ってうなだれた。 「10名の子供たちが納得してくれたのなら、  公開プレイングをしてもいいですよ。  たくさんゴールドをもらえるように、  ボクがイカロス・キッドを操ります」 「はい、わかりました」とアスカが薄笑みを浮かべて言って大使館を出て行った。 「…それでもわからないかも…」 赤木がつぶやくと、「リプレイを流す必要もありますから、ほぼ判明しますよ」と源は笑みを浮かべて言った。 公開プレイングは源が夕食を終えたあとということに決まり、源はまだふてくされている赤木を尻目に、そそくさとなんでも屋に行った。 花蓮はいつもよりも機嫌がいいと源は思い、ここでは安らかに仕事ができると思っていると、本に目を落としている花蓮の右手が何かを握っているように見えたので、源は注目した。 ―― あー、ぷにゅぷにゅだぁー… ―― と源は納得して、幼児癖がついてしまった花蓮を哀れんだ。 源は、ディスプレイが変った窓際のホコリを取り始めた。 三台ある少し大きめのオルゴールの、一番奥にあるものをついつい凝視してしまった。 ―― なぜここに穴… ―― 正面から見て右側に、左側のハンドルとは逆の部分の少し上に、直系一センチほどの穴があいている。 よくよく見ても、ここに何かの部品があったわけではないようだ。 そしてその穴を中心として、周囲に一本の筋が入っている。 よって、このオルゴールは底板ではなく中間地点でふたを開けるような仕組みになっているようだ。 背面にちょうつがいがあったので、間違いないと思った源は、白い薄い手袋をしてから上部を持ち上げた。 しかし、鍵がかかっているようで、開くことはできない。 鍵のようなものはどこにもないので怪訝に思ったが、ハンドルを見ると、その中心部分が動くのではないかと思い、指でボタンを押すように構えた。 その時、店のドアが開いた。 「いらっしゃいませ」と花蓮の涼やかな声がした後に、「いらっしゃいませ」と源は言って入店客に笑みを向けた。 源は、笑みを浮かべたまま固まった。 花蓮も同じように入店客を見たまま微動だにしない。 ―― 才神小恋子さん… ―― と源は思い、少し頼りなげな笑みを浮かべている小恋子から視線を反らせた。 源は慌てるようにして紙モップでホコリを取っている振りをした。 「あのぉー…」と小恋子が源に声をかけてきた。 源はすぐに呼吸を整えて、「いらっしゃいませ」とまた言った。 ―― あー、舞い上がってるぅー… ―― と源は思って、さらに平静を保つことを心がけた。 「こちらに置いてあったそうですね。  三台の親子時計」 小恋子は性格なのか、妙にゆっくりと話した。 その口調がお嬢様のような印象を源は受けた。 しかし服装は白いブラウスにジーンズ。 赤いスニーカーに、オレンジのカーデガンを羽織っているので、服装からはお嬢様とは言えない。 「あ、はい。  ここにありましたが、報道があったように、  今は愛と感動の博物館に展示してあります」 「実は、そこにいて見ていたようなナレーションだったので、  本当に感動したんです。  きっと、お店のどなたかが、詳しく話されたんだと思って。  報道通りだったのか気になって…  それに、不思議なんです。  手紙の封が切れていませんでした」 ―― それはその通り… ―― と源は思った。 もう落ち着いているので、今は全くの平常心だ。 蝋封を開けることなく手紙を読むことはできない。 まさに小恋子の言った通り、源も花蓮も封は切っていない。 しかし、源のひらめきのトレーシングペーパーが、すべてを物語っていたのだ。 源はさらに落ち着いて、小恋子の存在感をつぶさに探った。 ―― お嬢様、歴史好き、恋愛ノベルオタク、幼児癖あり、サイコキネッシス… ―― 上げれば切りがないほどの、かなり面白そうなお嬢様だった。 「念動力を使えるようですね」 源の言葉に、小恋子は半歩下がって、「な、なぜそれをっ!!」と言ってからすぐに両手で口を塞いだ。 もう答えたも同然で、源は小恋子に向けて苦笑いを浮かべた。 「お客様の反応がその答えのようなものです」 源の言葉に、小恋子は少し首を振って、「わかりません…」と言った。 ―― やったぁーっ! ボクと一緒でかなり鈍いぃーっ! ―― と源は内心かなり喜んだ。 「ボクもサイコキネッシスを使えます。  ボクの念動力は基本的には神通力です。  それから、対象物の感情などを読み取ることができます。  あなたの趣味は恋愛ノベル、歴史。  ですので、封を切らなくても  手紙の内容はなんとなくですけどわかったんです」 源の言葉に、驚きのポーズを解いた小恋子は、「納得、できましたぁー…」と今までで一番スローに言った。 「大学生ですか?」と小恋子はいきなり源に聞いて来た。 「いえ、才神さんと同じクラスになる、同級生です」 源の言葉に、「あー、ほんとうにすごいですぅー…」と小恋子は言って、両手を胸の前で重ねて、少し飛び跳ねるようにしてよろこんだ。 「万有源といいます」 「あ、才神小恋子です」 お互いは頭を下げて自己紹介した。 「バンユウ?」と小恋子は首をかしげた。 「両替商万有ですか?」 「そうです、そうですっ!」とまた飛び跳ねるようにしてよろこんだ。 「私の祖父、銀行の頭取なんです」 「あ、ボクの父もそうです」 源の答えに、小恋子はまた飛び跳ねるようにして喜んで、「…ああ、運命…」と感情を込めて天使のような姿で祈りを捧げ始めた。 「あ、それは偶然だと思います」 源の言葉に、花蓮がくすくすと笑っていた。 小恋子は始めて源に驚愕の顔を向けてから真顔に戻って、「運命ですぅー…」とまた言った。 ―― あー、めんどくさい人なのかもぉー… ―― と源は思い、少しうなだれた。 「その可能性もあるかもしれません」 源がはっきりと言うと、「うー…」と小恋子はうなって、上目使いでにらんだ。 ―― はは、かわいいなっ! ―― 「運命があったら怖いです。  そのレールの上だけしか走れませんから」 さすがにこの言葉は小恋子でも理解できたようで、「あー、そうですわ…」と言ってうなだれた。 「もしよろしければ、その時の状況を体験されますか?」 源の言葉に、「えっ?」と小恋子はつぶやくように言って驚きの顔を源に向けた。 「ここに映像を出します。  才神さんも、感動の目撃者になれると思いますよ」 「はいっ! ぜひっ!!」と小恋子は喜びをあらわにして、熱いまなざしで源をみつめた。 源はオルゴールを丁寧に左側に移動させた。 そしてイカロスが、その時のままに3D映像を出した。 「えっ?」と小恋子は言って、源と映像を見比べた。 「さあ、始めます」 映像が始まると、小恋子はひっきりなしに動いて、すべての映像をつぶさに観察している。 しかし後半は、その目に涙を浮かべて立ち尽くしていた。 最後の、『まだ見ぬわが子へ』という花蓮の声にあわせて、小恋子はまるで幼児のように号泣を始めた。 ―― あー、冷えた、かもぉー… ―― と源は思って、少々残念に思った。 小恋子があまりにも子供過ぎるので、少し引いた、といったところだろう。 小恋子とこのみを比べても、このみのほうが年上ではないかだろうかと思った。 「また泣いちゃったわぁー…」と言って、花蓮が源に近づいてきた。 花蓮と小恋子は自己紹介をしあった。 源はオルゴールを元に戻して、店内清掃を始めた。 やはりまだまだメカニカルヒーローズは人気なので、品切れも秒読みだった。 源はアスカに電話をして聞くと、今回は仕事に余裕があるようなので、松崎たちが造るようだ。 源はまた店内清掃を始めたのだが、アスカから電話がかかって来て、源が造ることに急遽変更になった。 その理由は、赤木がごねたからだという。 特に意地悪で言ったわけではなく、赤木たちよりも源の方が塗りが丁寧だったからという理由だ。 源は承諾して、明日の午前中に造ることが決まった。 電話を切ると、「店長、代わってぇー…」と花蓮が甘えた声で言ってきた。 「ここはバイトで十分です」と源がはっきりというと、「はいはい」と言ってまた雑誌を開いた。 源は花蓮と相談して、レジ前に陳列台を置くことに決まった。 もちろんこれは源の造った、感動できる母と子のジオラマを置くためのものだ。 今回は小さいものを一本出して、昨夜造ったみっつのジオラマを飾った。 「…ああ、うるうるしちゃうわぁー…」 花蓮は泣き出すことはないようだが、かなりの感動をおぼえているようだ。 「ではボクと店長の思い出」と源は言って花蓮の頭をむんずとつかんで、混沌からジオラマを創り上げてケースも造った。 「えっ? 見詰め合って…」と花蓮がつぶやくように言った。 「ボクの、初恋の瞬間です」 源の言葉に、花蓮は号泣を始めた。 だがその十秒後に、「よく考えたら終ったことじゃないっ!!」と花蓮は泣きながら怒り始めた。 「ボクにとっては必要なんです」と源は堂々と言って、陳列棚に収めた。 「あのぉー…」と小恋子が両手に余るほどの箱を抱えてレジに来た。 源はすぐさま支えて、半ほどの箱を持った。 「ずいぶんとお買い上げいただけるようですね」 「あ、はいぃー…  知っていたのでぇー…」 小恋子は源に恥ずかしそうな顔を向けた。 すべてがタクナリラボの、『竹先美智子シリーズ』の着せ替え人形だった。 もっとも、フルセット購入は珍しいことではなく、もう何人かは小恋子のようにレジまでかかえて運んできたそうだ。 「少女漫画も読まれるんですね」 「あ、はいっ!  この竹先先生の漫画だけはっ!」 小恋子はかなり早口で力強く語った。 「ほとんどが実話ですから」 源の言葉に、「あー、少し疑っていましたけど、ノンフィクションだったんですねぇー…」と感慨深そうに言った。 「この先、才神さんにも様々なドラマがあると思います」 源の言葉に、「はい、信じますっ!」と小恋子は源を見つめて言った。 精算を終えて、大きな紙袋をふたつ小恋子に渡した。 「あ、店長」と源が言うと、「お願いします」と花蓮は少し引きつった笑みで源に言った。 「お宅までご一緒しても構いませんか?  少々お買い上げの品が重いと思いますので」 源の言葉に、「…ああ、これも運命…」とまた言ってきたので、源は今度は無視した。 小恋子はもちろん学生寮に入ることになっている。 源はその場所は知っていた。 児童公園を横切るように歩き、さびれかけている一部工事中のシャッター商店街を横切り、小高い丘の手前に真新しい寮がある。 男性棟と女性棟があり、当然のようにアスカの審査を受けた者だけが格安で住むことができる。 当然のことだが、ほとんどは大学生だ。 食事はグルメパラダイスに来れば、通常価格の半額で食事を楽しむことができる。 源は荷物を小恋子に渡して頭を下げて店への帰路についた。 児童公園に差し掛かった時に、背後に人の気配を感じた。 「万有さぁーんっ!」と小恋子が叫んで源に追いついてきた。 「何か忘れ物ですか?」と源が聞くと、「あ、いえ、そうではないんですけど…」と言って、高揚した顔を源に向けた。 源はゆっくりと歩き始めた。 小恋子は送れまいと源に寄り添った。 ただただ歩くだけで、小恋子は何も話さない。 あまり催促するのも変だと思い、源からは何も話さなかった。 だが源はあることに気づいた。 「歴史も好きなんですよね?」 源の久しぶりの言葉に、「あ、はいっ! ロマン島には何度も行きましたっ!!」とまるで小学一年生のようにかなり元気に叫んだ。 「あ、ボクも一昨日行きました。  夜で何も見えませんでしたけど」 「えっ?」と小恋子は言って、戸惑いの顔を源に向けた。 「あの島には、タクナリ市国の訓練場があるんです。  そこで悪魔と戦いました」 源の言葉に、―― 信じられない… ―― といった顔をした小恋子が源を見つめた。 店に着いたのでドアを開け、「ただいま戻りました」と源が言うと、顔を上げ、今は人間の姿の花蓮が少し驚きの顔を向けていた。 もちろん、源がまた小恋子を連れて来たからだ。 「いらっしゃいませ」と花蓮は営業スマイルを小恋子に向けた。 「ごめんなさい、また来ちゃいましたぁー…」 小恋子は申し訳なさそうにいたが、「いえ、半分はギャラリーですから、うれしいことですわ」と花蓮はやさしい笑みを浮かべて言った。 「あー、よかったぁー…」と小恋子は右手で胸を抑えて言った。 源は創ったばかりの陳列棚に、『非売品』の札をそれぞれのスペースに置いていった。 なぜだか小恋子は、源のアシスタントのようにしてそばにいる。 小恋子はジオラマを見入った。 源はまた店内清掃に行った。 今度はストッカーの中の整理をすることにして、店の奥のドアを開けた。 ドアを閉めようとすると、ドアのすぐそばに小恋子がいたので源は驚いた。 「あ、あのー、ここは店の関係者だけしか入れませんので」 源は申し訳なさそうに言うと、「あ、はいぃー、申し訳ありません…」と小恋子はうなだれてきびすを返した。 ―― ストーカー気質、というよりも世間知らず… ―― 源は15才らしからぬことを考えた。 だがこれは、たった一人だが源の先祖の記憶を覗いたおかげでもある。 よって源は確実に大人になっていた。 源は音を立てずに、倉庫内を片付け始めた。 妙に空き箱が多い。 ―― 花蓮さん、ほったらかしだな… ―― と源は思ったが、これは悪魔の性格だろうと察した。 倉庫内の容量が半分に減った。 潰した空き箱がタクナリラボのものだったので、追加注文の必要はない。 すっきりした倉庫の掃き掃除をしてから明かりを消して外に出ると、ほんの数メートル先に小恋子がいて、なぜだが真剣にリナ・クーターの展示品を凝視していた。 女性がロボットなどに興味を持つことはまれにある。 だが小恋子の場合はそれはないと源は思っている。 源が扉を閉めると、我に返ったような小恋子が源に笑みを向けた。 「デートしてくださいっ!」と小恋子は何の前触れもなく言った。 「あ、ひと月後でしたら」と源が答えると、「…心を読まれてた…」と小恋子は驚愕の顔をして源を見た。 「いえ、全くそのようなことはしてません」 「返答が早すぎると…」と小恋子は申し訳なさそうな顔をして言った。 「たくさんの女性に好かれているので、初めてではないからです」 源の言葉に、さすがの小恋子も察したようで、「初恋だった…」と言ってうなだれた。 「ボクも一週間前に初恋を経験しました」 「…私だったらうれしかったのにぃー…」 ―― だんだん、駄々っ子になってきたな… ―― と源は内心ほくそ笑んだ。 源は小恋子に頭を下げて、レジに戻った。 「粘着質」という花蓮の言葉に、「お嬢様、世間知らず」と源は返した。 「なるほどね…」と花蓮は納得したようだ。 「だから、ボクは守るかもしれません。  もしくは誰かについてもらった方がいいかもしれません。  ですが、この程度のことは  アスカさんだったらわかっていると思うんですけど…」 「聞いてみて」と花蓮に言われたので、源はレジ裏の小部屋に入って、アスカに念話をした。 『才神小恋子さんに遭遇しました』 『あら、早かったのね。  入学式の二日前だって聞いていたんだけど』 しばらく沈黙があってから、『急遽今日入室したようね』と答えた。 『お嬢様にデートに誘われました』 源の言葉は破壊力があったようで、アスカは大声で笑い始めた。 『世間知らずなんじゃないんですか?』 『護衛をどうしようかって考えていたところなの。  源君がフリーだったら適任だったんだけど、  やっぱり女性がいいわよねぇー…』 『はい、そう思います。  女子寮に入ってガードもできます』 『そうよねぇー…  念話をしてきたってことはつきまとわれてるのね?』 『あ、はい…  少々困ってしまって…』 『悪いんだけど、今だけ話し相手になってあげて。  花蓮ちゃんには私から言っておくから』 源はアスカに礼を言って念話を切った。 源が外に出ると、小恋子は今度は新しく作った陳列台を見入っていた。 その視線の先は、大昔の松崎悦子だった。 当然、自分に似ていると、小恋子は思ったはずだ。 「…ああ、やっぱり、運命…  赤い糸…」 小恋子の言葉を聞いて、源は少々昔を振り返った。 それは幼稚園に通っていたころのことだ。 脳内の記憶は薄れているので、魂の記録を探った。 ―― うわー、いたよぉー… ―― と源は記録の中に小恋子を見つけた。 源が五歳の時、ふたりはごく普通に仲がよかった。 特に当事の源は鈍いにもほどがある、ロボットに夢中の普通の少年だ。 その記憶の端々に、小恋子がいるのだ。 極めつけは小恋子が引っ越す前の日に、源が家に帰ると沙知が驚きの顔を向けた。 源の右手の小指が赤かったからだ。 源はその小指を見て、「毛糸?」と言うと母は、「はー、ませた子がいるのね」と言っていた。 源はすぐに沙知に念話をした。 毛糸のことを聞くと、とってあると言ったので源は驚いてしまった。 そして才神小恋子の名前を出すと、大手銀行の頭取の名前がすぐに出てきた。 念話を切ってしばらくすると、店に母がやってきた。 「小恋子ちゃん、キレイになったわぁー…」と母は言ってから、自己紹介を始めた。 小恋子は始めは驚いていたようだが、今はおぼろげながらも記憶が戻ってきたようだ。 運命というよりも、半分わかっていてここに来たようなものだが、小恋子にその意識はない。 「源ちゃんって、モテモテなのっ!」と沙知はわが子自慢なのか、かなり陽気に言った。 さすがの小恋子も少し気落ちしたようだ。 ―― 母さんがガードマン ―― と源は思って少し笑った。 沙知は話しをしながら、小恋子とともに外に出た。 「あー、助かったぁー…  今だけ」 源が嘆くと、花蓮はくすくすと笑った。 ふたりして休憩することにして、源は花蓮にエスプレッソを入れてもらった。 「お母さんにも念話したのね?」 「はい、確認したいことがあったので」 源の言葉に、花蓮は怪訝そうな顔をした。 「その先は話してくれない」と言い切った。 「プライベートなことなので」 源は他人行儀に言った。 「才神さんから直接聞くことになると思いますので、  驚いてください。  ひょっとすると泣いてしまうかもしれません。  これも修行です」 源の言葉に、「泣くもんですか」と花蓮は胸を張って答えた。 源は花蓮に笑みを向けただけだ。 店を閉めて源は家に戻った。 廊下にローレルが現れて、「…どういうことよっ!」と小声で怒った。 「話せば長いので省略」 源の言葉にローレルはホホを膨らませた。 源が、「ただいま」と言うと、沙知と小恋子が同時に振り返って、「おかえりなさい」と笑顔で言った。 「私、万有様のお宅でお世話になることになりましたっ!」 小恋子が言うと、沙知はバツが悪そうな顔をした。 否定はしないので、きちんと決まったことなのだろう。 「今日は帰ることにしていたんです。  お引越しは明日なので、荷物はこちらにっ!」 今までにないほどの陽気な小恋子に、源は反比例するような苦笑いを浮かべた。 当然、父も知っていることなのだろうと思い、源は確認することはなかった。 そしてさらには、才神家にも伝わっていることでもあるはずだ。 ―― あー、めんどくさいことが起きるかも… ―― と思い、源はうんざりとした。 このみと父が帰ってきたので食事を始めた。 このみは小恋子に興味津々で、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼んで上機嫌で話しをしている。 その反面、小恋子は源と話しをすることがままならなくなったので、少々眉を下げていた。 夕食を終えた源は、「竜たちと遊んでくるよ」と言って席を立った。 小恋子も立ち上がったのだが、「あんたはダメ」とローレルが言って引き止めた。 「許可、出てないのかな?」と源が聞くと、「まだ大使館すら入れないわ」とローレルは気後れすることなく堂々と言った。 「うん、わかった」と言って、源は一人で廊下に出た。 ―― あー、このみ… ―― と思っていたら、このみだけが廊下に出てきた。 そしてその顔が、妙な憂いを帯びている。 この顔の理由は外で聞くことにして、二人して並んで座って靴を履いた。 外に出てすぐに、「才神さんのこと気に入ったんじゃないの?」と源がこのみに聞くと、「あー…」と言ってうなだれたままになってしまった。 「理由はよくわかんないけど、お姉ちゃんがなんだかいや」 源の言葉に、このみはこくんとうなづいた。 「なにかね、黒いの…」とこのみは少々怖いことを言った。 「それは才神さんじゃないよね?」 「うん、そう…」 「才神さんの周りに黒い人がいる。  繋がっているからイヤなんだね」 源の言葉に、このみはこくんとうなづいた。 源はアスカを捕まえて、このみとの話を繰り返しした。 アスカはすぐに、「正します」と言って、厨房に入って行った。 大手銀行との癒着など、さらには城下松崎銀行の吸収合併など、様々なことが考えられる。 しかし、その中心には小恋子はいない。 小恋子は利用されようとしているはずだ。 源は天使たちと天照島に行って、源は遊び、竜は修行に勤しんだ。 源はこの島にある植物科学研究所に足を向けた。 ここにはひとりだげ女性がいるように見える。 源はフィルターを外した。 「こんにちは」と源が声をかけると、この研究所の所長の南条繭果と植物の妖精のパメラが笑みを浮かべて振り返った。 自己紹介をし合って、源が事情を説明すると、最終的には千代が実権を握って話し合い、天使たちの部屋で寝ることになった。 源は小恋子から逃げる形になったが、これは仕方ないことだと思いたかった。 ほぼ確実に、このみが千代に頼んだはずだ。 ―― 精神的家出 ―― 源は源之丞に念話をした。 しかし忙しいことがすぐにわかったので、念話は断念した。 源は沙知に念話をして、事情を詳しく説明した。 沙知はすぐに察して、外泊の承諾を得た。 源たちは風呂に行ってから、眠りにつくまでの間、天使たちと遊んだ。 「カノンちゃんは何がしたいの?」 源が聞くと、カノンは一気に落ち込んだ。 「悪魔の心が邪魔をしているんだなぁー…」 「それじゃあダメだってわかってるんだけどね…」 カノンはさびしそうに言った。 「カノンちゃんも試練の時だ」 源の言葉に、カノンはうなだれたままうなづいた。 「素直で気持ち悪い」 「どーしてよっ!」とカノンは顔を上げて源をにらみつけた。 「それがいけない」 源の言葉に、カノンはすぐに祈りを捧げ始めた。 すると千代とこのみが源に抱きついてきた。 「…お祈り、それほどしなかったの…」と千代が耳元でささやいた。 源は千代に笑みを向けた。 「娘をとらないで」と言葉とは裏腹に笑みを浮かべたエリカが階段を下りてきた。 「ほんと、子供ですよね」 源はエリカを挑発した。 エリカは何かをしようとしたが、ここではまずかったようで心を入れ替えたように源は感じた。 「ボクには通用しませんよ」 源の言葉に、「さあ、それはどうかしら」とエリカはあごを上げて自慢げな顔をして言った。 「宇宙の神はそれほどだと言っているんです」 「戦いなさい」 「はい、行きましょう」 源は言って素早く立ち上がって、ロマン島に続く黒い扉をくぐった。 源はウォーミングアップをすることなく、訓練場の中央に立った。 エリカは疾風のごとく源の前に立った。 源はすぐさまエリカの間合いに入った。 「なっ!」とエリカが叫んだと同時に、エリカは二十メートルほど先に飛ばされ、二転三転して止まった。 源はただ体制を低くして体当たりをしただけだ。 エリカはすぐに立ち上がって、悪魔に変身してすぐに、両拳を打ち鳴らし、『ガイィィィンッ!!』というけたたましい音を立てたのだが、また後方に吹き飛ばされた。 源はその一瞬にまた体当たりを食らわせていたのだ。 「効かないと言ったはずです」 源は厳しい口調で言った。 「さっさと立ち上がって来い」 源の言葉に、エリカはすでに、源の後ろにいたが、源はいなかった。 エリカの頭が前方にずれたと同時に後方にずれた。 源はエリカの10メートル先にいた。 「遅いなおまえ」 源の言葉に、エリカはわなわなと震えた。 後は同じようなことを繰り返し、エリカはついに床に倒れた。 「おまえ、弱わすぎ」 源の辛らつな言葉に、「…こんなはずはない…」と少し焦げ臭いにおいを放っているエリカが言った。 「調子に乗るな、愚か者」 源は言い放ってエリカを宙に浮かべた。 心配そうな顔をして見ている松崎にエリカを渡した。 もうひとり悪魔がいて、小さな炎を指に灯して、エリカに飲ませた。 エリカは黒煙を吐き出したが、すぐに正常化したようで、松崎の手を離れた。 エリカはまた源をにらみつけた。 「おまえ、次は死ぬぞ」 源の言葉に、エリカは構わず源に突っ込んできた。 源は宙に浮いて床と一直線となり、エリカの攻撃を避け、その後頭部を突いた。 エリカは勢いよく前に転がり、今度は起きては来なかった。 源はまたエリカを宙に浮かせて松崎に渡した。 さすがにあのダメージを受けて、意識を断たれていたようだ。 「ごめんなさい。  今日はボクの機嫌が悪かったので、  ついつい本気で戦ってしまいました」 源が松崎に頭を下げると、「いや、いいんだ」と松崎は言って源に頭を下げた。 千代はおろおろとしていた。 大好きな母を痛めつけたのが大好きな兄。 だがこういった逆境も、暖かい家族には必要なのだ。 「…それほどなのか、宇宙の神…」 松崎がつぶやくように言った。 「竜の鎧でないと対抗できないと思います」 源の言葉に、松崎は大きくうなづいた。 「源は実質、古い神の一員となった。  どうか、協力して欲しい」 松崎は源に頭を下げた。 「もちろんです。  ボクがここにいるのは、  松崎さんのおかげですから。  でもさすがに、周りがうるさいと、  腹も立ってしまいます。  ボクはひとりだけですが、先祖の半生を見て、  ある意味大人になったと思います。  ですがそれは違いました。  ボクはまだまだ子供です」 源の言葉に、このみは源の右手を握った。 千代は源に抱きついてきた。 源はそのままゆっくりと黒い扉をくぐって行った。 天使の夢見で、植物の妖精のパメラの診断により、源の疑問がすべて解けた。 なぜだかパメラはずっと泣いていた。 それは頼られていることと、得体の知れない源との遭遇に尽きるようだと源は感じた。 「ぷにゅぷにゅしてもいい?」とパメラが聞いて来たので、「もちろんいいよ」と源が答えると、パメラは満面の笑みを浮かべて源の体を握り始めた。 「泣いていたのはこれ?」 源の問いかけに、「はあ、多分そうだと思います」とイカロスは申し訳なさそうな顔をして源を見た。 「さあ、今日はどの子がいいかなぁー…  やっぱり、希望を持ってカノンちゃんだなっ!」 源はカノンのすべてを素早く探った。 「あー、かわいいなぁー…」 源は言ってすぐにそのジオラマを創り出した。 そして生まれたばかりの家族の肖像のようなジオラマを創り上げた。 「佐藤さんと双子だったんだ」 源はカノンの出生の秘密を知って喜んだ。 その近辺のカノンの記憶に、恐ろしいものがあった。 「これが根本か…」 源はその言葉を吐き捨てるように言った。 このトラウマを拭い去らない限り、カノンの成長はないと源は感じた。 だが、それに対抗する前に、カノンがよろこぶものをすべて創り上げた。 するとフラフラとカノンがジオラマに近づいて来て、じっと眼を凝らして鑑賞を始めた。 源は何も言わすにカノンの様子を見た。 カノンは、「あはは、かわいいっ!」と他人事のように笑っている。 時には涙し、時には笑みを浮かべ、時には大いによろこんだ。 ―― いい修行になったはずだ ―― 「うっ!」と源はうなって眼が覚めた。 また今日も、佐藤が源を覗き込んでいた顔があったからだ。 「今日も泥棒」と源が言うと、「あはははは…」と佐藤は照れ笑いをした。 「私もいるので、かなりうれしいです」 佐藤は短い言葉に大いに感情を込めて言った。 そして、「何かわかりましたか?」と佐藤が聞いて来た。 天使たちが置きだし始めたので、源は佐藤に念話で伝えた。 「これだけの武器があれば対抗できるはずです。  カノンちゃんがうらやましい…」 「次の機会にでも、夢見に来てください。  優先的にお創りします」 源の言葉を聞いて、「それはいつですかっ?!」と佐藤が勢い込んで聞いて来たが、「あ、拓生君次第…」と言ってうなだれた。 「ボクもそろそろお役に立とうと思いまして」 源の言葉に、佐藤は笑みを浮かべて首を横に振った。 「戦う必要はありません。  組み手だけで幸せだと思っておくことが普通ですよ」 佐藤さんも厳しいな、と源は思ったようだ。 カノンも起き出してきて、源の背中の上に寝そべって鑑賞を始めた。 「全部ください」 「あげないもんっ!」 佐藤の言葉を聞いてカノンは即答した。 「あ、千代ちゃんのは?」 カノンの言葉に、「なんでも屋に飾ってるよ」と源は答えた。 「じゃ、わたしもぉー」とカノンは源に笑みを向けて言った。 身支度を済ませた源たちは大使館で驚愕のニュースを知った。 「才神さんのお爺さんの銀行が吸収された?」 源はぼう然として立ち尽くしていた。 「アスカさん、どれほどお金持ってるんですか…」 源の言葉に、「うふふ…」とアスカは不敵な笑みを浮かべた。 「タクナリ市国と日本人の中で、  一番のお金持ちなのは知っていますけどね。  世界に目を向けても、五指には入るはずですし。  電力会社の利益だけで、買収できたことはわかっています」 アスカは日本全土の電力を供給する太陽光発電プラントを完成させた。 日本にあった全ての電力会社を一円も使わずに手に入れた。 そして今までの電気料金の四分の一という偉業を達成した。 それでも利益が上がっていることを源は知っていた。 「さすがに素晴らしい情報網だわ。  城下松崎銀行も安泰だわ」 「ボク、さらにお坊ちゃまって言われます」 「あら、本当のことだもの」 「じゃあ、アスカさんはお嬢ちゃまで」 「ええ、源君だけはそう呼んで」 源はアスカに苦笑いを向けた。 「父さん、忙しかったんだろうなぁー…  きっと寝てないだろうなぁー…」 源のつぶやきに、「こっちできちんとするから、心配しなくて大丈夫よ」とアスカは明るい声で言った。 源はアスカに丁寧に頭を下げた。 「問題は、お嬢ちゃまでなくなった才神さんだなぁー…  だけど、これで家に帰れる」 源は言って、朝食と格闘しているこのみを温かい目で見た。 地下から松崎とエリカが上がってきた。 エリカはかなり申し訳なさそうな顔を源に向けている。 そして、エリカだけが源の後ろに立って、「本当にごめんなさい」と言って頭を下げた。 「大人気なかったのはお互い様です。  それに強くなって何よりです。  エリカさんはここにいるべきだとボクは思っているんです。  千代ちゃんはランスさんの弟子を中断したようですので」 源の言葉に、千代は申し訳なさそうな顔を源に向けてきた。 「うん、そうするわ」とエリカは少し明るい声で言った。 「拓生よりもひどい状態のようね」 エリカは妙な色気を出して源に言った。 「もうこれ以上は抱え切れません」 源のつれない言葉にエリカは少しだけ顔をしかめた。 「…ママ…」と千代が言った途端に、エリカは一瞬で母に戻り、千代に寄り添って抱き上げてから、エリカのひざの上に千代を乗せた。 「浮気しようと企んでいます」 源が松崎に言うと、「女は面倒」と松崎は言って苦笑いを浮かべた。 そして、「俺も女になろうかなぁー…」と松崎は言った。 源はすぐに身の危険を感じたが、それは違うと思い直した。 松崎は、女に言い寄られないようにするために女になろうと思ったはずだ。 「ボクも女になれたらいいんですけど。  それは逃げのような気もします」 源の言葉に、松崎は同意するようにうなづいた。 「源君、約束破ったよね…」と赤木が源をにらみつけて言った。 「あ、そうだった。  すっかり忘れてました」 イカロス・キッドのゲームのお試しプレイングの件だ。 「昨日は無理。  まとめ役のアスカが忙しかったからな。  ニュース見ただろ…」 松崎が言うと、赤木は深くうなだれた。 「うーん…」と源は言ってから、「最終的には映像で見てもらうわけですし、撮影しましょう」と源は言った。 「うっわっ! やったぁ―――っ!!」と赤木は子供のようにもろ手を上げて喜んだ。 「昼食を終えてすぐに、ひとりで撮影して、  映像は松崎さんにお渡しします」 源の言葉に、「えー…」と赤木がクレームをつけるように言った。 「そんなの当然だろ?」と松崎は赤木に言ってにやりと笑った。 「女はいらない、かぁー…」 源は今はラボの異空間部屋で仕事中だ。 つぶやきながらも仕事はきちんとこなしている。 「15才の少年が語る言葉じゃないな」 伊藤がニヤリと笑って言った。 「実は、ボクの先祖の記録を見たので、  性的なことはもうわかったので。  全然大したことじゃなかったんです」 源の言葉に、「それ、よくないと思う」と伊藤はすぐに言った。 「はい、それもよくわかりました。  ボクは大人の振りをしただけです。  ですが、悪魔と戦う場合はどうしても必要だったので」 「あー、そうだったな…  これは俺の考えが浅かった」 伊藤は言って、源に頭を下げた。 「確実に性的なことを言って責めてくることはわかっていたので。  逆にそれを鼻で笑えば、確実に怒ります」 「もっともなことだ。  単細胞この上ないからな」 「肯定したくはないんですけどね」 源たちは午前中の仕事を終えて、大使館に戻ろうとしたが、源だけがラボに戻って、公開プレイングの映像を撮った。 もちろん秘密漏洩を防ぐために、スクリーンの結界を張っていた。 映像は二パターン二種類で、二次元と三次元で撮影したものだ。 この映像は、松崎の影の源厳衛だけに公開した。 「便利だよなー」と源が言うと、「あ、もう展開されました」とイカロスが驚いていた。 「松崎さんも気になっていたんだね」 「あはは、きっとそうです」とイカロスは陽気に答えた。 大使館に戻ると、ゲーム機を置いてある場所のとなりに人だかりがある。 もうすでに公開を始めたようで、子供たちはホログラム映像を凝視している。 その中に赤木もいたので、源は少々笑ってしまった。 「あー、わかったぁー…」と子供たちは少しつまらなさそうに言った。 できればこの答えを知るまでに、自分自身で見つけたかったのだろう。 『もうひとつの方法もあるんだっ!』 イカロスのナレーションが入ると、「えーっ!!」と子供たちが一斉に叫んだ。 松崎が目をつけている源たちの仲間の少年も驚いた顔をしている。 今回の映像は、なんとたった一分ほどで終わり、子供たちは何がなんだかわからなかったようで、さらに頭を抱え込んだ。 しかし、見るべきところをしっかりと見ていた子も当然いる。 だが、それをどうやって実行させたのかが不思議だったようで深く考え込んでいる。 しかし映像は何度も流れるので、ヒントはたくさん見つかるはずなのだ。 「結局あまりの金持ちさ加減に驚いただけ」と松崎は苦笑いを浮かべながら言った。 源は少し笑ってから、「長い方は現実的な部分とボクのお遊びで、短い方はほとんどボクのお遊びです」と源は答えて詳細を松崎に話した。 「ああ、そうか、短い方はパワーアップしていたんだ」 松崎の言葉に源は大きくうなづいた。 「ゲーム内ではイカロス・キッドが翼を広げるアクションは、  コントローラーでは使えません。  ですが、その方法を使えば、  翼を広げてその翼が少し光ってパワーアップ状態となって、  一撃で倒せるんです。  さらには、街に向けて発砲しないこと。  敵ロボが森など建物がない場所に  背中を向けている時にだけ攻撃しないと、  被害状況の度合いに比例して  復興費用としてゴールドを取られます。  これって、みんな気づいていませんでした。  わかりやすく煙を上げる映像が出ているんですけどね」 「平和的に沈静化する。  これは伝えておいた方がいいな」 松崎が言ってすぐにホログラム映像から、『街に向けて攻撃しちゃいけなんだってっ!』と吹き出しが出ると、「え―――――っ?!」と子供たちは大声を上げた。 もちろん赤木もぼう然としている。 子供たちはさらに食い入るようにホログラムを見入っている。 「さらに難易度が上がったな」 松崎が言うと、源はにっこりと笑った。 源はなんでも屋で窓際の清掃をしていると、中途半端になっていたオルゴールの件を思い出し、側面に穴があいているオルゴールの前に立った。 箱はほぼ正六面体で、天板には二体の人形がある。 なかなか精巧に造られていて、木でできているように見える。 人形は男性が15センチほどで、女性はほんの少し小さいだけだ。 体の感じから、女性にしては背が高い方だと源は感じた。 ふたりの装いは、男性が白の燕尾服、女性は白のレースのドレスだ。 この装いだと結婚式を思わせるのだが、どう考えてもダンシングドールだと源は思った。 さらには注目すべきところは顔で、なんとまぶたが下りるように見える。 そして口も、腹話術人形のように動くようになっているように見えた。 あまりにも精巧にできているので、少し離れると、境目の筋が見えないほどだ。 源は早速、白い手袋をはめて、クランクになっている取っ手を握って、その中央のボタンのようなものを押した。 すると、『カチ』とかすかな音が聞こえた。 源は箱を開けるように、ゆっくりと上部を傾けた。 オルゴール内部の構造がよくわかった。 しかし、よくわからないもが箱の端に立てかけられていた。 ―― ふいご? ―― と源は思い、三角形の形をしたものを出した。 上からは見えなかったのだが、直径一センチほどのチューブがついていた。 源はふいごを押したが、どうやらふたが開いていると押せないようになっていて、まるでゴムマリのようだ。 ここで源は花蓮を呼んだ。 「えー…」と花蓮は驚きの顔をオルゴールに向けた。 「はあ、やっぱり…  知らなかったようですね」 源の言葉に、花蓮は驚きの表情のままうなづいた。 「手回しオルゴールなのに、なぜかふいごが入っているです。  きっとこれも動力のひとつのはずです」 「え、ええ…  ハンドルを回してある程度まで撒けば、  演奏が始まるようになっていたの。  それと同時に人形が踊りだすの。  あけられるって思っていたんだけど、全然わからなかったの」 源はうなづいてから、ハンドルの中央部分を指差した。 「これがふたを開けるスイッチになっていたんです。  一見、ハンドルのカバーのように見えますけどね」 花蓮は納得したのか小さくうなづいた。 源はふいごをテーブルの上に置いて、ホースを半円の溝に軽く押し込んでからふたを閉めた。 「じゃ、ふいごを押します」 ふいごを押すと、『シュー、シュー』とゴム風前のようなものに、空気が入っているような音がかすかに聞こえる。 「あ、少し重くなった」と源は言って作業を中断した。 そしてオルゴールのレバーを少し動かした途端、『シュー』と空気が抜けるような音が聞こえて、「愛している、ドレイク」という男性の声が聞こえた。 源はここで人形の顔に注目した。 口と眼が、まるで人間のように動いていたことを確認した。 そして、一拍おいてから、「愛しているわ、カルタス」という、女性の声が聞こえた。 そして男性の声で、「変わらぬ愛を」と言い、さらに女性の声で、「変わらぬ愛を」と言った。 「たとえこの身が燃え尽きようとも」 「二人の愛は燃え尽きない」 男性と女性が交互に言った。 そして人形はお互いをゆっくりと抱きしめて、瞳を閉じて、くちづけをした。 源は感嘆の声を上げようと思ったが、ここは我慢した。 花蓮が大粒の涙を流していたのだ。 そして、「ウワァ―――――ンッ!!」と堰が切れたように大声で泣き出し始めた。 「…あー、すごいなぁー…」と源は小さな声でうなってから、またオルゴールを開けた。 すると、ついさっきは気づかなかったのだが、手前の板がポケットになっていた。 そのポケットの中に紙が入っているように見える。 源は混沌から竹ピンセットを作り出して、紙をつかんで引き上げた。 「…あー、なるほど…」と言って出てきた写真を眺めた。 写真には男性と女性が写っている。 どちらも敬礼のポーズでかしこまって写っていた。 女性の方が半歩前に出ているように見えたので、肩章を見ると、どうやら将軍のようだと源は感じた。 男性の方は、少々地味な肩章なので、中佐か大佐なのではないかと感じた。 「同業者の恋…  さらには、身分不相応な恋」 源は感慨深く言った。 「…カクタス、ドレイク…  軍人…  見分不相応…  戦場の、ハッピーエンド…」 花蓮がつぶやくように言った。 「戦場のハッピーエンド…」 源が復唱すると、花蓮は小さくうなづいた。 「全然ハッピーエンドじゃなかったのぉ―――っ!!」と花蓮は叫んでから、また大声で泣き出し始めた。 源は苦笑いを浮かべた。 花蓮が落ち着いてから話しを聞くと、始めは将軍と大佐の関係だったのだが、戦禍が激しくなるに連れて、将軍の方が弱気になっていったが、かろうじて生き残っていた大佐が将軍の補佐の役目を果たし、機転を利かせて何とか危機を脱出した。 そして一気に盛り返して、ふたりは戦地で結婚することに決まった。 そして、今のオルゴールのようなやり取りが会って、教会を出たとたんに、敵残兵の放った銃弾によって、ふたりは凶弾に倒れた。 ふたりは重なり合うように倒れて、ふたりは笑みを浮かべてキスをした。 「うーん、死んでないのかも…」と源が前向きの見解を述べた。 「あー…」と花蓮も今それに気づいたようだ。 「防弾チョッキを着ていたとか…」 源がまた前向きの見解を述べると、「そうであってもらいたい」と花蓮は素晴らしい笑みを浮かべて源を見た。 源はもう一度箱を探った。 そして箱を揺さぶると、小さな箱が角の部分だけ顔をのぞかせた。 竹ピンセットを使って、その箱をつまみあげた。 縦横高さ三センチの小さなものだが、ちょうつがいがついているので、リングケースの要領で箱を開いた。 箱の中には、小さなリングがふたつ入っていた。 「あー、結婚指輪…」と源が言うと、花蓮は源に抱きつくようにして箱の中を覗き込んだ。 オルゴールを閉めて、人形を確認すると、それぞれの人形の左手人差し指だけが独立していた。 どうやら、指輪をはめるようになっているようだ。 「ふたりが、生き残ったことを祈って…」 源は言ってから、二体の人形に指輪をはめた。 「…あー、うれしいわ… 源…」と花蓮は夢見心地で言った。 花蓮は花嫁の人形に感情移入しているようで、少々混乱しているようだ。 店の扉が開いて、「こんにちはぁー」と穏やかで緩やかな明るい声が聞こえた。 「いらっしゃいませ」と源と花蓮が同時に言った。 客は才神小恋子だった。 「あのー… どうかされたのですか?」と小恋子が花蓮に聞いた。 「…源君が、エンゲージリングを…」と花蓮はつぶやいて左手の人差し指を指差したが、驚きの表情をしていた。 「花蓮さん、感情移入しすぎです」 源は困り果てた顔をして、人形を指差した。 花蓮も小恋子もオルゴールの人形を見入った。 「…ああ、また、感動があったのですね…」と小恋子は珍しくすべてを悟ったように言った。 「戦場のハッピーエンドっていう小説の登場人物のようなんです」 花蓮の言葉に、小恋子はオーバーアクションで二歩引いた。 そして、「…まっ まさか…」と言ってオルゴールを見入った。 源は写真を指差した。 「人形と写真の顔はよく似ています。  それに声もこのふたりの肉声のような気がします」 源の言葉に、この件に関してはやはり理解できなかったようで、小恋子は怪訝そうな顔をした。 源はふいごを押して、また声を再生させた。 小恋子は写真を見て、「はい、そうかもって思ってしまいます」と感慨深く言った。 「この感動を見られなかったのねぇ―――っ!!!」 小恋子は今までにないほど、声を張り上げて叫び、頭を抱え込んでいた。 「あはは、映像、見ます?」 小恋子はまた、ホログラムを珍しそうにして観察してから号泣した。 花蓮はどこかに電話をしたようで、数十分後に恰幅のいい男性が店を訪れた。 そして源がオルゴールのことを語ると、男性は笑顔でうなづいた。 「花蓮さん、こちらもお借りしてよろしいでしょうか?」 男性の言葉に、「はい、もちろんですわ」と花蓮は穏やかに答えた。 「しかし、今回も素晴らしい愛と感動の品を展示できることに、  本当にうれしく思っています。  あ、私、こういったものです」 男性は源に名刺を手渡した。 源も、ここぞとばかりに名刺を出して、お互いの名刺を確認した。 男性は、愛と感動の博物館の館長だった。 「はぁー、タクナリラボにお勤めで…  しかも、専務さんですか」 館長の言葉に、「え?」と源は言って、新しい名刺を出して見入った。 『タクナリラボ 専務 製造部製品製造課課長』という文字を確認して、「えーっ!」と声を上げた。 「あー、昨日まではこうではなかったんですけど…」と源は言い訳がましく言った。 今朝出社した時に、アスカが名刺を作り直したということで交換していたのだ。 慌ててラボに行ったので、源は内容までは確認していなかった。 「お若いのに素晴らしいですなぁー」と館長は素晴らしい笑みを浮かべて源を見た。 「あ、はい、本当にありがとうございます」 源は丁寧に言って、丁寧に頭を下げた。 「失礼ですが、花蓮さんのご主人になられる方でしょうか?」 館長が聞いた途端、花蓮の眼が爛々と光った。 源はすかさず、「お付き合いをさせていただいていますっ!」とだけ叫んだ。 結婚相手だけにはされないようにしただけだ。 そして驚いた顔の花蓮を尻目に、源は素早く深呼吸をした。 「私はまだ15才ですので、結婚はできませんので」 源の言葉に、館長は驚きの顔を浮かべた。 「はあ、できませんなぁー…」とぼう然として源を見上げている。 そして館長は、「あっ!」と叫んで、また源の名刺を見た。 「万有、様… どこかで…」と館長が考え始めたので、「父が城下松崎銀行に勤めています」と答えた。 「城下松崎銀行…  ああっ! 頭取のお名前が、万有源之丞様でしたっ!!」 館長は驚くよりも喜びの声を上げた。 「はい、父です」 「しっかりされているはずです」と館長は感心したように何度もうなづいていた。 源はサービスとばかり時計とオルゴールを調査した時の映像を館長に見せると、花蓮のように号泣したことに驚いた。 心底好きでないとできない仕事なのだろうと源は感慨深く思った。 「寺嶋皐月さんのナレーションも素晴らしいが、  実際の映像を見せてもらっても同じ感動を得られたと感じました。  やはり、素晴らしい女優さんですなぁー…」 館長は感慨深く言って、借用書を書いてからオルゴールを持って店を出て行った。 「ですけど、どこで仕入れてくるんです?」 源が花蓮に笑みを向けて聞くと、「既成事実のチャンスだったのにぃー…」と答えた。 「質問の答えになっていません」 源の言葉に、「ひらめきだけで、適当に買ってくるの」と答えた。 「いい加減だなぁー…」と源は少し笑って言った。 「だけどその中にふたつも感動があった」 「うん、本当にうれしいの、源…  リング、返して…」 「元々ありませんから」 源の言葉に、花蓮はホホを膨らませた。 「それに、今はボクが上司のようなものです。  さらに強くなって、ボクから巣立ってください」 源の少しつれない言葉には花蓮は答えなかった。 「…あー、なかよしさん…」と小恋子がうなだれて言った。 「仕事ですから」と源が言うと、花蓮は火の出るような目で源を見た。 「あ、どうしてここで働いているんですかぁー  アルバイトや仕事をしなくても、お金持ちなのに」 小恋子が金持ちならではの質問を源にした。 源はダイジェストで簡単に説明した。 「あ、でも、ここで働く理由ってなんでしょうか?」 「ボクと花蓮さんのお見合いのようなものです」 源は少しため息混じりに言った。 「うんざりとされてますぅー…」 小恋子は見たままを言った。 「あまりもて過ぎるのも問題です。  ボクは特定の相手は決めないかもしれません。  これ以上ひどくなったら、女性恐怖症にもなりかねません。  できれば少し距離をおこうか、などとも考えています。  もちろん、才神さんも同じです」 源の言葉に、花蓮も小恋子も大きくうなだれた。 店のドアが開き、「こんにちは」と少しドスの利いた声がした。 「いらっしゃいませ」と三人が声を合わせて言った。 小恋子はここの店員になろうと考えていたようだ。 客はエリカだった。 「女性広域暴力団員」 源の軽口に、エリカは悲しそうな顔をした。 だがそれは一瞬で、「わるかったわね」と言ってから、展示物などを見て回り始めた。 「…怖そうな方… でも…」と小恋子は言ってから笑みを浮かべた。 「本当は優しい方です」と源はごく自然に答えた。 「どうしてケンカ売っちゃうのよ…  そんなこと、源君はないって思ってたほどなのに…」 花蓮が言うと、「無性に腹が立つタイプ」と源は答えた。 「無性に腹が立つ…  ああ、彼女、犯罪者と同じだから」 花蓮はこの先の話しを詳しく源にした。 「ああ、なるほど…  犯罪心理学者…  いつ犯罪を犯してもおかしくない。  ボクの天使の幽霊が反応してるのかなぁー…」 源の言葉に、「それはあるわね」と花蓮はさも当然のように言った。 「でもね、そういった人ってね、くっついちゃったりするの」 小恋子は何とか話題に乗ろうと必死で発言した。 「ドラマや小説ではある話しだよね。  大嫌いだったのに、いつの間にかくっついた。  だけどボクの場合はそれはないなぁー…  その理由は簡単で、穏やかな気持ちで話していたいから。  お見合い三回こなして、気に入ったって思ったのは、  美恵だけかなぁー…」 源の言葉に、花蓮は大きくうなだれた。 「お見合いっ!」と小恋子が叫んだが、「才神さんはお断りします」と源はすぐさま言った。 「その理由は、もう少し庶民を知ってください。  あまりにもお嬢様過ぎます」 「…もう、違うもん…」と小恋子はつぶやくように言った。 「ではこれから庶民の勉強をしていってください。  ちなみにボクは忙しいので、お相手することはできません」 源は小恋子の反撃を封じるように言った。 小恋子は言葉を発することができなくなったようで、縋る目だけを源に向けた。 「今のボクには、そんな目をしても通用しません。  やっぱり、女嫌いにもなったのかなぁー…」 源が感情を込めて言うと、小恋子はゆっくりと歩き出して店の外に出て行った。 源はすぐに外の様子を探った。 まるで小恋子を守るようにしている人の気配を感じた。 「服部さんが護衛をしているようです。  この店に入っていたのかもしれません」 源の言葉に、「うーん…」と花蓮はうなって、何かを考え始めた。 そして、「入っていたようだわ、テーブルの近くに残像思念」と花蓮は答えた。 源はうなづいてから、「あ、展示品、どうします?」と源が聞くと、「少し考えるわ」と花蓮は答えて、レジ裏の小部屋に入って行った。 源はまた清掃と品出しを始めた。 エリカは奥ではなく、ギャラリー関連のアンティークを興味深そうにして見ている。 源は極力近づかないようにして、比較的低年齢用の玩具などの整理整頓を始めた。 ―― 天使のぬいぐるみ… ―― ひとつひとつはビニール袋に入っている、非常に安価で小さなぬいぐるみなのだが、売れ行きはかなりいい。 山盛りに陳列していても、たった三日で底をつく。 源はビニール越しだが、なぜだか懐かしさを感じた。 そして、最近あったことがある人の顔を思い浮かべた。 ―― ああ、母ちゃんが… ―― と思って源は、一番感情を感じ取れた、少しこのみに似た天使のぬいぐるみを手に取った。 源はすぐさまレジにいって支払いをしてから、カウンターの下にあるバッグに笑みを浮かべてぬいぐるみを入れた。 源はまた売り場に戻った。 そしてまた、小さなぬいぐるみを見入った。 ―― うっ! 同じものがないっ! ―― とここで始めて気づいた。 しかも、同種類というようなものもなく、すべてがまったく違うものなのだ。 ―― みんな、実在する天使… ―― と源はほぼ確信した。 よって源が手に取ったのは、このみだったはずだと確信した。 源は思わず笑みを浮かべた。 いつもは山積みにしているのだが、顔がわかるようにきれいに積み直した。 きっとすぐにでも崩されるはずだが、また整頓しようと思って立ち上がった。 「するどいのね」と2メートルほど離れて源を見ている、エリカが無感情な顔で言った。 「何がでしょか?」と源はそっけなく言った。 「拓生だけを好きだと思ってた」 「これ以上女性をかかえたくないので、  爽やかに引き下がってもらえませんか?  松崎ジェシカさんにも、  寺嶋皐月さんにも言い寄られて困ってるんです。  あなた方は子供相手になにがしたいんですか」 「わからないわ…  だけど好き。  でも、あなたの言った通り。  初恋は実らない。  私もそうなちゃッたのかもね」 エリカは言ってから、源に頭を下げて、別のコーナーに移動した。 ―― 帰らないんだ… ―― と源は漠然と思った。 となると、ここの商品に興味があるということだ。 そして源は何気なくだが気づいた。 ―― 松崎さんは、エリカさんの母… ―― 松崎は仲間に対して公言している。 一部にはその母の姿を見せたという。 エリカに見せたのかはわからないが、その事実は知っているので、やはり母という事実に変わりはない。 よって、ほかの男性を愛してしまうことにもつながっているのではないかと思った。 エリカ自身には、この感情に気づいていないのではないかとも思った。 よって、大いに戸惑いがある。 源は、できれば話しをしたいと思ったが、今更ながらなので声をかけにくい。 もし偶然にでも、話しをする機会があれば、聞いてみようと思うに留めた。 今の源は、まさに女性恐怖症に陥ろうとしている。 「うーん…」と源は深く考え込んだ。 変身など、何でもいいので、源のフェロモンのようなものを封じられないかと思い考え込んだ。 源の場合、今は神通力による術がそこそこあるので、封じる手もあると思っている。 しかし問題は相手が天使や神の場合だ。 神通力を使うとどうしても興味をもたれてしまうはずだ。 源は答えはわからないはずだが、魂の中の竜を見据えた。 竜は目を開けた。 だが、何もわからなかった。 ―― 無理があるのか… 松崎さんと同じように… ―― ―― そう思う… ―― 竜が答えたような気がした。 もしここで竜にこの身を変えると少々問題が発生する。 源が竜となった時、美恵と恋人になる時となってしまうのだ。 これだけは避けなければならない。 事情を説明して美恵が納得するだろうかとも考えた。 やはり話さないとわからないので、美恵には話しておくべきだと考えた。 しかし、何に無理があるのだろうか。 ―― ただただ不思議… ―― 好意ではなく、珍獣扱いされているのではないかとも感じた。 興味を持った者が、そこそこ強かった。 そして恋人募集中。 だったら立候補。 確実にこうだとは思えないが、ないわけではないと源は思ってうなだれた。 ―― 自分の時間に逃げ込むか… ―― 源は夕食後は自由時間だ。 竜たちと天使たちを遊んでいる時は楽しい。 だが、精神修行としては、このハーレム的な状態は続けたほうがいいのかとも考えた。 これを抜け出した時、源の目の前は大きく開けるのではないかとも考えた。 ―― 苦手なものを克服する… ―― 特にローレルは口が立つ。 時間を忘れて、言い争うのもいいかもしれないと考えた。 ローレルと同じような存在はエリカ。 さらには、一番面倒なのはセイラだと聞いている。 すぐに横道に入るような、引き伸ばして話すようなことをするそうだ。 悪魔であれば、挑発して馬鹿にすれば終るのだが、セイラは勇者なので、賢く力もある。 やはりセイラとの戦いと見合いをするべきなのかと、源は考え直すことにした。 源は立ち上がって、売り場をひと通り回った。 エリカは今は新設した陳列台を興味深そうにして見ている。 花蓮はレジに座って雑誌を読んでいる振りをしている。 その感覚はエリカに集中しているように源は感じた。 源は窓際を見て、新しい展示物を発見した。 ゆっくりと歩いて、妙に豪華な装飾のある、成金趣味的な宝石箱のようなものを見入った。 白い手袋をはめて、箱を手にとって、ふたを開けようとしたが開かない。 鍵穴があるように見えたのだが、これはフェイクのただの溝だ。 小さな金塊や宝石が回るのかと思って触れ回ったが、その気配はない。 源は、箱の角に注目した。 ピンが打たれた飾りがついている。 妙に浮いているように見えるので、それほど力を入れずに、前後左右に指をずらした。 すると、二カ所にわずかにガタがあるように感じた。 「店長」と源が言った途端に、花蓮は源のとなりにいた。 そしてその影が濃いように思えた。 「エリカさんは呼んでいませんけど」 源の言葉に、エリカはおどけた顔をして花蓮の影から出てきた。 花蓮は気づいていなかったようで、驚きの顔をエリカに向けた。 「少し時間を空けなきゃダメね」 エリカは言ってから、また新設の陳列台を見入り始めた。 源は気を取り直して、角の装飾が動くことを花蓮に告げた。 「開かないから不思議なんだけどね。  ちょっと豪華だし、おもしろいなーって思って」 「鍵穴はフェイク…」と言った途端に源は閃いた。 「簡単に開くかも…」と源は言って、混沌から鍵穴にあう磁石を作り出した。 そして鍵穴に磁石を入れた途端、『カチ』と小さな音がした。 「開いた、かも…」と源が言うと、花蓮は無言でうなづいていた。 「この後は次週っ!」と源が言うと、「もぉー…」と妙にかわいらしく花蓮はホホを膨らませた。 源はゆっくりとふたを開けた。 「まさか、宝石?」と源は言って、色とりどりのカラフルな透き通った石を見回した。 「私じゃあわかんなーい」と花蓮は甘えたような声を出した。 イカロスが出てきて宝石に触れると、「ガラスです」と即座に答えた。 そして、「パズル?」と言った。 源は柔らかいマットを出して、ガラスを並べた。 そして、あっという間に、大きなハートが出来上がった。 「あー、これは面白ですね。  感動はしませんけど」 源が言ったが、花蓮はそうでもないようで、じっとハートを見ている。 「なにか、書いてない?」と花蓮が言ったので、源もマジマジとガラスのハートを見た。 「あー、残念なお知らせですので言わないことにしましょう」 源の言葉に、花蓮は逆に引き込まれたようだ。 「せっかく組み上げたのに、  こんなことを言われたら落ち込みます」 源の言葉に、花蓮はさらに回答を知りたがったようだ。 「斜めから見るとわかりやすいです」 源の言葉に、花蓮は少し腰を落とした。 そして、「失恋して心が壊れた」とつぶやいて泣き出し始めた。 「泣くための小道具だと思いました」 源の言葉に花蓮は何度もうなづいていた。 文字とはわからないように傷がついていて、あわせた場所が一致すると文字に見えるのだ。 「半分ほど泣けるわぁー…」と花蓮は涙声で言った。 陳列はこのままにしておくようで、創ったマグネットには金属で取っ手をつけた。 目録に、『マグネット欠品:作製補填』と書いた。 「これは売っちゃう。  3万5000円」 花蓮の言葉を聞いて、源は目録に書き加えた。 「細工も細かいし、妥当な値段だと思いますけど、  実際はいくらだったんですか?」 「5000円。  あ、泣き道具、って書いておいて。  ほんと、苦労して組み立ててむなしく思っちゃいそう…」 源は書き込みながら、「組み立てはかなり難しいと思います」と答えた。 源は箱の中身をサイドチェックして、「まだあります」と言った。 角にある金具が上にスライドするようになっていて、そこの部分がすっぽりと外れた。 そこにはなんと、宝石らしきものがついたリングなどが入っていた。 「あー、お宝、はっけぇーん…」と源が言うと、「お金持ちぃ―――っ!!」と花蓮が叫んで泣きじゃくり始めた。 イカロスに調べさせると、金属は18金やプラチナで、石は宝石に間違いないようだ。 源はすぐに、値段の部分を消した。 「守銭奴のような感動は毒になるんじゃないんですか?」 源の言葉に、「それはそうだわ…」と花蓮は言って反省した。 「でも、いい予感はしません。  この持ち主、かなり悲しいことになったと思うんですよ」 源の言葉は花蓮にもすぐに理解できた。 「まあもっとも、それがないとしか思えません。  この宝石箱からは、悲観する感情が全く読み取れません。  それ以外の結末があったのかもしれませんね」 「あー、そういえばそうだわ…」と花蓮は感心するように言った。 「じゃ、これはお蔵入りということで。  ここに置いていて盗難にあうと目も当てられません」 「誰も盗まない」と言ったところで花蓮は言葉を止め、「別の街の泥棒」と言った。 「油断大敵ですからね。  この県道沿いは目立つので、まず盗難にはあいませんけど。  …あ、イヤなことが思い浮かびました」 源の言葉に、「盗品」と花蓮が苦虫をかんだ顔をして言った。 源は花蓮と相談してからエリカに来てももらった。 タクナリ市国の大使館は元はといえば日本警察署という、総理大臣の直轄部署だたので、その方面には明るい。 エリカは数枚の写真を撮って照会にかけてくれた。 「5000円、損しましたね」と源が言うと、「また泣きたくなっちゃったわ…」と言ってうなだれた。 「安く見積もっても、一千万円ほどするはずです。  壊さずに、そこそこの値段で売っちゃったんでしょうね」 イカロスが言うと、源も花蓮も納得してうなづいた。 「もう見つかったわ。  本来の持ち主は、才神小恋子さん」 源も花蓮も顔を見合わせた。 源が、「知ってますよね?」と聞くと、エリカは素っ頓狂な顔をしていた。 源が説明すると、すぐに服部に連絡をして、小恋子と服部が店に入って来た。 「…どうしてここに…  女怪盗…」 小恋子は言って花蓮を見た。 源は腹を抱えて笑った。 花蓮は入手した場所をエリカに告げた。 そして警察の鑑識がやってきて、花蓮と小恋子の指紋を採取して、宝石箱を持って帰って行った。 源は白手袋をはめていたので、指紋をとられることはなかった。 「犯人が判明しないとなかなか戻ってこないと思うの」 エリカの言葉に小恋子は、「はあ、そんなこと言ってましたぁー…」とごく普通に言った。 「だけど、何の感情もないのも不思議だなぁー…」 源がつぶやくように言うと、「石ころ」と小恋子がつぶやいたので、源は納得した。 「やっぱりお嬢様だ」 源の言葉に、小恋子はうなだれた。 「いつ盗られたの?」 源の言葉に、「あれは…」と小恋子は少々ドラマチックに5分ほど語ったが、ほぼ一年前に、窓を開けていて金目のものがあったので盗って逃げだけのことだった。 小恋子が寝ていたのは二階なので、そこそこ手馴れた泥棒だろう。 「今の季節、それほど暖かくはないと思うけど、  窓を開けて寝る癖でもあったの?」 「季節外れのサンタさんが来るって…」 「テレパシー?」と源が少し笑いながら聞くと、小恋子はこくんとうなづいた。 「泥棒だったわけだけどね」 源の言葉に、花蓮とエリカは腹を抱えて笑っていた。 「だけどどうしてそのテレバシーが届いたんだろうか…」 「あ、家庭教師の先生…」 小恋子の言葉に、「犯人、確定」と源が言うと、エリカはすぐに小恋子に家庭教師の名前を聞いてから連絡を始めた。 もうすでに別件で逮捕されていて、宝石箱からも指紋が出たことで、宝石箱盗難については解決した。 「5000円、損しましたね。  だけど、アスカさんに伝えておけば返ってくるかもしれませんよ。  せこい話しですけど」 源の言葉に、花蓮は飛びつくように受話器を握った。 「あー、貧乏は敵だぁー…」と源はつぶやくように言った。 花蓮はすぐに戻って来て、「なんだかね、妙な話になってるようなの」と花蓮は少し心配そうな顔をして言った。 「はあ、まあ、あまり深く考えたくはないけどね。  今の一部始終の映像をドキュメントとしてテレビに流す、とか」 源の言葉に花蓮は、「あー、そういうこと…」と言って納得したようだ。 「事件解決の一部始終を見ることが、松崎ジェシカさんは大好き」 源の言葉に、「そうね」とエリカは少し含み笑いをもって答えた。 「きっと、宝石箱を開けるところから解決まで…  ここで思わぬ展開がっ!  っていうテロップが流れる映像を造っているって思うよ」 「あははっ! やめてやめてっ!!」とエリカは叫び声を上げ、腹を抱えて笑っていた。 「テレビでよく見たからね。  ボクは個人的にジェシカさんが大好きだから。  お母さん的なところだけどね」 源が語り終えると、エリカは床に寝転んで痙攣していた。 かなり困った顔をしている服部が、エリカを抱えて帰って行った。 『ここで思わぬ急展開がっ!』 家で家族と夕食を摂っていると、源の予想通り、テレビで宝石箱の一件を特別番組として報道していた。 顔は伏せられた、というよりも変えられていた。 これはマナフォニックス社の技術によるもので、伊藤もこのソフトウエアに関与している。 よって全国には知られていないが、この城下松崎町では、『花蓮のお懐かしなんでも屋』でのこと、ということは周知の事実となった。 「前にも、グルメパラダイス襲撃の時にあったよな、こんな映像」 源之丞が目をぱちくりしてテレビを見てつぶやいた。 「超常識人はかりだからね、  いろいろと考慮はしてくれているんだけど、  そのうち、なんでも屋は満員御礼になっちゃうよ」 源の杞憂は大いに当たり、数日間はなんでも屋に入り浸ることになってしまった。 しかし学生でもある源は、高校の入学式を済ませ、真新しい教室に入った。 この教室のある棟は、この進級Sコースのためだけに増築された。 よって源たちの同じコースの先輩はいない。 源、美恵、小恋子は真新しい学生服に身を包んで、源の席の周りで話しをしている。 席は、五十音順に割り当てられている。 源の席は窓から二列目の前から三番目、美恵は前から5番目。 そして小恋子は、廊下側から三列目の一番前の席だ。 源は自分の席につき、美恵と小恋子は源の両脇少し前に立っている。 「両手に花」 源が軽口を言うと、ふたりは源に笑みを向けた。 このクラスの源の顔見知りは20名で、懇意にしている者は美恵たち以外でも五人いる。 もちろん源を、お坊ちゃま扱いする者もいれば、呼び捨てにする者もいる。 春休み中には数名とは顔を合わせてある程度の事情を察している者も多い。 教室に入って来た牧野忠は、幼いころからの源の友人だ。 「えっ?!」とその忠が言って、ぼう然とした顔を美恵に向けている。 源は少し振り返って忠を見て源、「驚いて当然だよ、ほとんど誰も知らないから」と言った。 「今気づいた」と忠はぼう然として言った。 式典では全く気にしなかったのだろう。 同級生の顔見知りはよく見えるが、それ以外の者はなじみがないために半分無視するような態度に出て当然だ。 「焔さん、いろいろとすごいなぁー…」と忠は感心したように言った。 「あははっ!」と美恵は軽快に笑った。 そして忠は小恋子に少し頭を下げた。 「才神小恋子さん、東京からの越境入学だよ」 源が紹介すると、小恋子と忠は丁寧に自己紹介を始めた。 「おいおい源っ!  驚いたぜっ!!」 源とは腐れ縁と言っていいほどの、木島琢磨が源の左後方から右腕を源の首に巻きつけて言った。 「あー、落ち着くぅー…」と源が感慨深く言うと、「え、何が?」と琢磨が不思議そうな顔をして源を見た。 「まあ、いろいろとわかってくると思うよ。  たくさんあるから、ほんの数分では語れない」 「じゃあ、ここにいる美人の紹介だけでいいぜ」 琢磨は言って、小恋子に笑みを向けて少し頭を下げた。 小恋子はあまりのことに、半歩下がった。 源が紹介すると、「ん? 才神…」と琢磨が言って考え込み始めた。 少し荒れたように見える琢磨だが、精神的にはもう大人の仲間入りを果たしていて、ニュース番組を見ることが趣味になっている。 「その疑問に思っている名前の人のお孫さんだよ」 源の言葉に、「…マジか…」と琢磨はぼう然として言った。 そして、「このたびはとんだことで」と琢磨は言って姿勢を正して小恋子に丁寧に頭を下げた。 「ああ…」と小恋子は琢磨の豹変振りに安堵の笑みを向けた。 「余計なことを言うやつはほとんどいないから。  だけど、白と黒が混ざっちまったから嫌な気になる時もあると思う。  しかし、俺と源は味方だからな」 琢磨が堂々と言うと、「はい、どうか、よろしくおねがいします」と小恋子は言って頭を下げた。 「ま、半分ほどはそれでいいんだけど、  悪いニュースばかりじゃないんだ。  才神さんのお父さんは、城下松崎銀行の頭取秘書に抜擢された。  父と息子は雲泥の差があったってことだよ」 源の言葉に、「あー、それはよかった」と琢磨は心の底から喜びの声を上げた。 「じゃあ、見た目通りまだまだお嬢様。  手はとどかねえなぁー…」 琢磨は少し天井を見上げるようにして感情を込めて言った。 「源様の次に好きになりましたぁー…」と小恋子は少し照れた笑みを浮かべて言った。 「源の次…」と琢磨は言って少し源をにらんだ。 「あ、さっきの話の続き。  どうしてそんなに背が伸びたっ?!」 琢磨が叫ぶと、クラスメイトたちが一斉に源を見た。 「秘密だよ」 源の言葉に、琢磨は苦笑いを浮かべた。 「大人になったんだよって、父ちゃんが言ってたよ」 忠の言葉に、「おー、お、おう…」と琢磨は妙なテンションでうなづいてつぶやいた。 「いやらしいこと考えたよね絶対」 源の言葉に、「うるせえっ!」と琢磨は虚勢を張って怒鳴った。 「だけど、琢磨とは始めてだよね、同じクラス」 源の言葉に、「あー、そうだったかなぁー…」と言って腕組みをして考え始めた。 「放課後はいつも一緒だったからね。  教室はただ勉強する場所だよ」 忠の言葉に、「あー、そうかもなぁー…」と琢磨は答えて、忠の頭をなでた。 琢磨、源、忠がもし兄弟であれば、年齢はこの順であるはずだ。 特に小学校に通っていた頃までは、三人はずっと一緒にいたと言っていい。 家が近いということもあるが、親同士の付き合いが良好という意味もあった。 源たちの会話に、「…野蛮…」「…怖い…」ばどと琢磨批判が始まった。 源は素早く察知した。 もちろん琢磨たちもわかっている。 「…じゃ、僕たちもこっそりと話そう…」 源の言葉に、みんなは少し笑ってから顔を近づけた。 すると、ささやいた者たちに批難の声が上がった。 そのほかの源の周りにいた者たちは、源たちの話に聞き耳を立てていたのだ。 それほど仲が言いわけではない顔見知り程度であれば、それほど寄り添うことはない。 しかし、話の内容は聞いておきたいことがあったりするものだ。 特に、源というお坊ちゃまと、なぜか下級生の美恵がここにいることで、クラスメイトの約半数は興味津々だったのだ。 しかも、源と美恵のそばに、見たことのない小恋子がいることも、興味があった。 「…早速ケンカが始まったぞ…」 琢磨は小さな声で言うと、「…どうしよう源君…」と美恵が小さな声で言ってきた。 「…観察、あと一分…」 源の言葉に、ヒソヒソ話の五人は黙り込んだ。 黙っているのか話しているのかわからないので、クラスの生徒の半数以上は自分の席についてつまらなさそうにして黒板を見ている。 そしてケンカの方は源の知り合いたちの勝利に終った。 もちろん、源がどんな存在なのか、相手に厳しい言葉で罵倒し始めたからだ。 当然のように、この辺りに住んでいれば、城下松崎銀行のことは知っている。 だが、その頭取の息子だと知っているのは、この街に住んでいる者だけだ。 しかも、一気に都市銀行の仲間入りをした銀行なので、このクラスに数名いる、社長や重役の娘や息子は、源とできればお近づきになりたいところなのだ。 「…先生来るよ…」 源がつぶやくと、五人は一斉に解散した。 まだ源と仲がいい者が三人いるのだが、どちらかと言えば源と一対一の方がいいので、こういった集まりの場合は寄ってこない。 ふたりが女子でひとりは男子だ。 源は本当に鈍いので、このふたりの女子のアクションについては全く気づかなかった。 それを彼女たちも気づいていて、しかも源はこの春休み中に様々な女性とつきあっていることも知った。 さらにはグルメパラダイスの大使館に出入りして、スーツなども着ていた。 一体どうなってしまったのかと思い、源から直接話しを聞きたかったはずなのだ。 教室の前の扉が音もなく開いて、妙に緊張した雰囲気の女性の教師が入ってきた。 着飾っているわけではないのだが、少々派手なので貸衣装のように見える。 ―― あー、二回ほどなんでも屋に… ―― と源は思い、化粧はそれほどケバくない教師の顔を見入った。 教師は教卓の前に立って、「では、起立」と言うと生徒たちは一斉に立ち上がった。 少々がたがたといるや机の音がうるさいが、それは10名ほどの生徒だ。 教師は少しの間教室中を見回してから、「おはようございます」と言って頭を下げた。 「おはようございますっ!」とほとんど大人の声で生徒たちが返した。 「着席してください」 教師が穏やかに言うと、生徒たちの半数は、それほど音を立てずに着席した。 「このクラスの担任となりました、  西園寺和枝です。  さらにこのクラスにだけ、副担任がつきます。  はっきりいって特別扱いのこのクラスは、  全員が国立大学を目指しているはずです。  さらには50名という、現在の学校教育では考えられない人数。  それは、皆さんがそれほどに優秀だという証でもあります。  自信を持ってこの三年間、有意義に過ごしていただきたのです」 源は笑みを浮かべてうなづいていた。 その様子を観察していたのか、和枝はほっとした表情をしたように思えた。 ―― まさか、だけど… ―― と源は少し考えた。 それほどいい予感はしなかった。 和枝から、今日の日程の説明があった。 ほかのクラスは簡単にホームルームを済ませて帰宅するのだが、このクラスは昼間でビッチリとコミュニケーションの時間が取られている。 もちろん、常に面接を受ける心が前を持っておくと言った、まさに進学するためのクラスの授業内容だ。 さらには、グループ面接なども行い、社会の適応力などの診断、指導なども行なう。 しかしまずは、席替えをすることになった。 この席替えも、ひと月に一度するというあまりない頻度だ。 誰とでもごく普通に接するために行なわれるはずだと源は確信に似たものを感じた。 ここは甘やかさない進学クラス。 進学どころか社会も見ている。 そして厳しいであろう実際の授業。 さらには部活動必修という、勉強以外でのコミュニケーション。 確かに生徒数が多いので、副担任も必要だろうと源は考えていた。 ほんの少しだけ興奮した声が上がった。 それは、源の前後左右に誰が座るのかということだけに尽きるようで、特に女子生徒は、源から目を放せないようだ。 ―― 女嫌いを公表すると、美恵が騒ぎ始める… ―― 源は少し愉快になってひとりほくそ笑んだ。 誰よりもいち早く、源の席は一番前の中央に決まった。 となると、最高の席はその両隣。 しかも、このクラスは女子の生徒数が多く、30対20の割合となっている。 男子の前後左右は女子が座ることに決まっている。 この幸運の二枚の切符が誰が手にするのか、クラスの女子全員が固唾を飲んだ。 「源君、よろしくっ!」と美恵が右側で微笑み、「万有様、よろしくお願いします」と小恋子が左側で微笑んでいる。 ―― まあ、かなりマシ… ―― と源は思ったのだが、何かやったのではないのかと、美恵と小恋子の感情を探った。 ―― ふたりがタッグ? ―― どうやらふたりともが何かをやってという雰囲気を感じたのだ。 この件はあとで聞くことにして、源は正面を向いた。 和枝が源に笑みを向けていた。 ―― お見合い? ―― と源は感じて内心ほくそ笑んだ。 和枝は、どこにでもいるような高校生が化粧をしたような人で、それほどのにインパクトはない女性だ。 なんでも屋に来た時も、それほどオタク系のものではなく、小型に進化したジグソーパズルなどを買って、時間をかけてギャラリーを回っただけだ。 店での騒ぎは、春休みがあける二日前にようやく終息した。 しかし忙しい中でも、行動に興味があった人については、源はしっかりと覚えていた。 この和枝の場合、行動ではなく、長い髪をリクタナリスヘアにしていたことだ。 左半分はみっつのみつ網を編んで、ヘビのように丸めて止め、右半分は後ろでまとめてとめる。 本来は右側は下から上に向けざっくりと切り落とすのだが、さすがにそれをした人は見たことがない。 大使館では、千代が必ずそのヘアースタイルをしている。 このみもしたいようだが、髪が短いので、今は伸ばしている最中だ。 さすがに今日は長い髪をポニーテールにしている。 ―― なんか気まずい… ―― と源が思っていると、「あ、先生」と小恋子がつぶやくように言った。 すると和枝はすぐに小恋子を見た。 「お店でお会いしました。  アンティークよりも、  非売品のフィギュアに熱中されていましたので覚えていました」 小恋子の言葉に、「あら、はずかしいわ」と和枝は言って、口を手のひらで押さえて笑った。 「家庭訪問のようなものだったの」 和枝は言って、源を見た。 「はあ、そうだったんですか」 源が答えると、「ほんと、普通じゃないわ…」と和枝は言って、源に少しばかり妖艶な笑みを向けた。 「うーん…」と源は言って腕組みをして考え始めた。 「…担任、チェンジ…」という源のつぶやきに、美恵が愉快そうに笑い始めた。 和枝には聞こえていなかったようだが、「えっ?」と言ってすぐに源から視線を美恵に代えた。 そして源は体を少し前に乗り出した。 「グルメパラダイスの会員証ですけど、ランク1ですよね?  きっと今の行動で、会員証剥奪だと思います。  かなり反省しないと、返り咲きは難しいと思います」 もちろんアスカは、会員にランクをつけている。 ランク10から1まであり、1や2の会員は会員証剥奪目前と言っていい。 できる限りこれを上位に上げることも、会員の条件のようなものなのだ。 ちなみに、ついさっきまで源と話しをしていた四人は、ランク10だ。 「…えー、えー…」と和枝は言ってうなだれた。 すると、廊下からどたばたという音がして、ついさっきの入学式で、高いところから話しをしていた校長と、かなり怖い顔をしているアスカが教室に入ってきた。 源たちはすぐにアスカに頭を下げた。 校長のスーツの背中の部分が凍り付いていることに三人は気づいた。 「…めちゃくちゃ怒ってるよぉー…」と源が小さな声で言うと、美恵も小恋子も首をすくめた。 校長はすぐに和枝を外に連れて行った。 するとアスカが教壇に立って、「神奈川県教育委員会委員長の佐々木優華と申します」と堂々と胸を張って言った。 アスカが今ここに来た事情などを手早く話して、担任を交代することを告げた。 このホームルームはアスカが続けることになった。 アスカの厳しい顔は和らいで、気さくなお姉さんという雰囲気が漂ったが、それはアスカを知らない者だけだ。 知っている者は、笑みは苦笑いとなっている。 ―― あー、入学早々とんでもないことになったなぁー… ―― 源は他人事のように思った。 「なんだったら源君が全教科全授業をやっちゃってもいいのよ」 アスカの言葉に、「お断りします」と源はすぐに答えた。 当然、―― そんなことができるわけがない ―― といった嘲笑にも似た顔をしている生徒が半数だった。 「だって、源君って、もう就職してるのよ」 アスカの言葉に、この教室の生徒が凍りついた。 「しかもタクナリラボの専務。  実績はイカロス・キッド。  たった一週間で一回20円のゲーム機で、  一千万円の売り上げを上げた  ゲームデザイナー兼マシンデザイナー兼製作者。  源君にできないことなんて何もないわ」 ―― あー、これでいいのだろうか… ―― と源は思い、しばらくは大人しくしていようと思った。 クラスメイトたちは騒ぎたいところだったようだが、アスカが怖いと思ったようで一斉に席についた。 「この城下松崎町は七つの家で守られていました。  そのひとつが万有家。  源君は城下松崎銀行頭取のご子息で、  マネーロンダリングアドバイザーでもあるの。  もう二足のわらじを履いているの。  子供のあなたたちとはわけが違うの」 すべてが真実なのだが、源としては胸を張ることはできなかった。 ―― これで、楽しい高校生活は終った… ―― などと思ったようだ。 「ではなぜここにいるのでしょうか。  万有君」 アスカの言葉に源はうなだれた顔を上げて、「はい」と言って音も立てずに立ち上がった。 「15才の少年らしく、高校生活を楽しむことです。  ボクにとっては勉強はもう必要ありません。  ですが、同年代とのコミュニケーションも大切だと、  春休み期間中はずっと考えていました。  大学も行かないことに決めかけていましたが、  普段は見られない場所に入り、その場の常識を知り、  様々な経験を積むことが必要だと思い直したのです。  入学早々お騒がせしてしまったようですが、  どうか、許してください」 源はゆっくりと振り返って頭を下げて、音を立てずに着席した。 「今の万有君の言葉、言えた人」 アスカが言ってから、教室内を見渡した。 「このクラスの生徒は、  万有君のように心からの大人の言葉を  使えるようになってもらいたいの。  それほどにみんな優秀なの。  本来の学校生活を、みんなに満喫してもらいたいの。  ですので後任の担任教師は、  正解で一番優秀な方を二名お呼びしています。  さらに副担任は若輩ですが万有君以上です。  きっと驚くと思いますけど、  楽しい三年間になると私は思っているのです」 ―― 若輩者の副担任… ―― 源にその教師に思い当たる節はなかった。 さらには二名の担任教師。 源は一人は察しがついていた。 天照島に学校ができることは知っていた。 来年開校と聞いているので、そこの教師だろうと考えた。 席替え後に、近くの四人一組になって、グループ面接を始めた。 数名の前で話しができれば、大勢の前でも発言ができるようになるという、安直などこにでもあることなのだが、やはり得手不得手はある。 小恋子と同じグループになった源は、小恋子の本番の強さを思い知った。 やはりただのお嬢様ではなかったと、かなり感心した。 ただ源のように働いていないだけで、源と同じように大人だったのだ。 ほかの二名は源とは顔見知りだったので、少々うれしそうな顔をしていた。 アスカが、「はい、結構です。このグループは優秀だわ」と笑みを浮かべて、美恵のいるグループに移動した。 「まるっきり就職活動のリハーサルだね。  だけど、簡単に度胸がつくよ」 源の言葉に、三人は笑みを浮かべてうなづいた。 「だけどさぁー…  まずは自己紹介なんじゃないの?」 源の顔見知りの三谷賢治が不思議そうな顔をして言った。 「それが本番だと思わない?」 源の言葉に、「あー、そうだぁー…」と三人は声をそろえて言った。 「ひとり五分間の自己紹介。  って言われたらどうする?」 「うわぁー、ありえねえー…」と賢治は頭を抱え込んでうなだれた。 「確実にあるわぁー…」と金子冴子が机の天板を見て言った。 「生い立ちでいいと思いますか?」 小恋子の言葉に、「うん、それで丁度いいって思うね」と源が答えると、小恋子は両手を胸の前に合わせて飛び跳ねるようにしてよろこんだ。 「覚えていれば幼稚園から。  小学校でどなことが好きだったのか。  中学校では将来何になりたいって思ったのか。  恥ずかしくなければ、当時の成績とか。  さらには自分のアピールポイントを混ぜ込んでおく。  自慢げに話すことはご法度。  反感を喰らうだけだからね」 源の言葉に、「あー、父が銀行の重役ですって放そうかって思っていましたぁー…」と小恋子は言ってからまたうなだれた。 「自分のアピールだから。  だけど、自分自身が家よりも大きいのなら、  話す必要はあるね」 源の言葉に、「はは、それはないね…」と賢治が苦笑いを浮かべて言った。 「生い立ちって長いようだけどね、  言葉にすればそれほどでもないはずなんだ。  出来れば時計を見ながら、  制限時間にちょうどになるように話すのも面白いんだ。  企業に入るとね、プレゼンテーションの時間制限などもあるんだよ。  もし、広報や営業の仕事をしたいのなら、  普段から心がけておいた方がいいよ」 源のアドバイスに、「万有君はやっぱり銀行に勤めるの?」と冴子が聞いて来たので、「就職もするかもね、やっぱり、マナフォニックス社」と源が答えると、三人は驚愕の顔を現に向けた。 「え? なに?」と源が聞くと、「タクナリラボの社員なんだよね?」と賢治が恐る恐る聞いて来た。 「あ、そうだ、名刺…」と源は言って、賢治とさえ子に名刺を渡した。 「私もくださいぃー…」と小恋子が甘ったるい声で言ってきたので、源は苦笑いを浮かべて渡した。 「はあ… 家宝にしよう…」と賢治が言ったので源は少し控えめに笑った。 「お父さんとお母さんが泣いてよろこぶわ…  そのあとに見習えって…」 冴子はうなだれていた。 「実はね、  大使館にマナフォニックス社の社長が殴りこんで来たんだよ。  その時に入社試験を受けるって決まったんだよねぇー…  理由はそれだけ」 「はあ…」と三人はため息交じりに息を吐いてうなだれた。 「だけど最終的には銀行マン。  これがボクの家系の宿命なんだ」 「俺、具体的には決めてねえ…」と賢治はうなだれて言った。 「今から二年間で決めればいいと思う。  そうすれば大学のどの学部に進めばいいのかも簡単にわかる。  ボクたちは最後の一年で、受験勉強じゃなく、  自分の未来のビジョンをきっちりと  決めて、専門の勉強を始めておく必要があるって思うんだ。  それがこのクラスなんだって思うよ」 「逆に遊べないぃー…」と冴子が悲壮感をあらわにして言った。 「食事をしてから三時間か四時間なら遊べるよ。  休日は休日でしっかりと遊べばいいし。  塾に行くんだったら厳しいかもしれないけどね。  できれば、この一年のうちに、  大学受験をパスできるように勉強すれば、  高校二年は遊びに当ててもいい。  だけど維持することは必要だから、  自分にあった勉強法は必要だよ」 源の言葉に、「俺、まだわかんね…」と賢治が言ってうなだれると、冴子も、「私もぉー…」と言って賢治と同じ姿勢になった。 「才神さんは?」と源が聞くと、「万有君のお嫁さん」と言ったので、源は少し笑ってしまった。 「その名前の部分だけは変えて欲しいね。  政略結婚はお勧めじゃないけど、  銀行マンの妻もかなりの勉強を強いられるよ。  母さんもそうだったようだし」 源の言葉に、「あー、そうだったぁー…」と小恋子は言ってうなだれた。 沙知は、小恋子を相手に経済的な話ばかりをしたようだ。 家計簿から国家予算まで幅広い知識に、小恋子は辟易としたようだ。 グループ面接が終って、アスカが教卓にたった。 「では、本番ですっ!」とアスカは上機嫌で言って、「自己紹介を三分間」と言うと、「えー…」とほとんどの生徒が嘆きの声を上げた。 「何のためのグループ面接だと思ってたの?  わかっていたのは万有君のグループだけね。  グループ面接できちんと話して、  そして堂々と自己紹介をする。  グループ面接はただの試運転。  そして、自己紹介でできるだけ多くの  自分自身をみんなに知ってもらう。  そうすれば、たった半日で、仲良くなれる人が大勢できるはずなの」 アスカの言葉に、生徒たちは一斉に頭を下げた。 途中で一度だけ休憩を入れて、今日の授業は終了した。 「もしよかったら…」という源の呼びかけに、50名全員が、グルメパラダイスのファーストフードに出かけた。 もちろん、会員証を持っていない者は当然いる。 源が小さなキーホルダーを対象者に渡すと、アスカが笑顔で持っていなかった者に会員証を渡した。 「じゃ、みんなにも」と源は全員にキーホルダーを渡した。 美恵も小恋子も持っていなかったので喜んでいたがその瞬間に号泣を始めた。 「いろいろと溜まっていたことがあったようだね」 源の言葉に、美恵も小恋子も、「うんうん」と言って涙を流しながらうなづいた。 「だけど油断大敵だよ。  レベルをきちんと見ておいた方がいい。  今もらった人たちは、高くてもレベル7。  安心はできないから、  最低でも欲はあまり見せないほうがいいね」 源の言葉に、クラスメイトたちは神妙にしてうなづいた。 源たちがファーストフードに行くと、なぜだか予約席が用意されていた。 きっとアスカの仕業だろうと源は思って、フロア係の案内で席についた。 まるで企業の会議室のように、テーブルは、『ロの字』形に並べられていた。 こうすることで、みんなと顔をあわせることができるからだ。 「あー、ドラマのようだぁー…」とここでは源のとなりを陣取った琢磨が言った。 その逆側には、神崎陽一がいた。 陽一は比較的大人しいのだが、こういった席の場合、なんとかして源のとなりに座ろうとする。 どちらかと言えば対人恐怖症のような気があり、源以外にはあまり心を開こうとはしない。 自己紹介では、今までで一番口数が多いほうだった。 グループ面接で少しだけ度胸がついたおかげだろう。 やはりグループ面接ではほとんどの者がしどろもどろだった。 しかし、源のグループだけはしっかりとクラスメートに理解されたはずだ。 やはり準備をしておくことは重要だと、子供ながらにも思ったはずだ。 「あー、脱皮しなきゃいけないのにぃー…」と陽一は嘆くように言った。 「この50人には入れただけでも幸せだと思うよ」 源の言葉に、「そうれはそうなんだけどね…」と気弱そうな声で陽一は言った。 「あ、そうだそうだ、部活だっ!」 琢磨が叫ぶと、「じゃ、琢磨から順に発表」と源が言うと、「まだ授業かよ…」と琢磨はクレームっぽく言った。 「しっかりとみんなの顔と名前を覚えたいじゃないか…」 源の言葉に、「ま、まあ、それはそうだ…」と琢磨は言ってから立ち上がり、「木島琢磨、部活は野球」と胸を張って言った。 この春休み中もずっと部活に出ていたそうだ。 今日はどの部活も活動禁止だったので、みんなここにいられるわけだ。 次々と名前と部活を発表して、美恵の番になった。 「焔美恵です。部活はもう入っていて、職業訓練同好会です」 美恵の言葉に、「え?」とほぼ全員があっけに取られた顔をした。 「あ、ボクが部長。  現在会員は焔さんだけ」 源の言葉に、みんなはさらにあっけに取られていた。 「焔さんは名刺創ってもらったの?」 源が聞くと、「うんっ!」とかなりうれしそうに言った。 源のみっつ右にいる美恵は源に名刺を手渡した。 『フロアチーフ』の肩書きが燦然と輝いていた。 「焔さんも正社員?」と源が聞くと、「あはは、うん、そうなのっ!」と美恵は高揚感を上げて言った。 「あー、それは知らなかったなぁー…  何かお祝いしないとね」 「またあとで…」と言って見えは席につくのではなく、みんなの配膳を始めた。 誰が何を頼んでいたのかすべて把握していたので、みんなは驚きの顔を美恵に向けた。 「どうぞごゆっくり」と美恵は言って頭を下げて着席した。 「あー、プロだぁー…」とところどころから声が上がった。 数名は美恵の接客を受けていたが、まさか正社員だとは思わなかったようだ。 「同好会に入ってくれてもいいんだけどね。  審査は厳しいから。  顧問は県教育委員会会長」 源の言葉に、ほぼ全員がうなだれた。 「じゃ、次は、才神さんだね」 源の言葉に、我を取り戻した小恋子はゆっくりと立ち上がって、「才神小恋子です。部活動はまだ決めていません」と言って頭を下げたが、まだ立っていた。 「職業訓練同好会に、すっごく興味が沸きました。  きっと、タクナリラボとグルメパラダイス以外にも  私にできるお仕事があるのではないかと思いました。  できれば私の可能性を試そうと思っています」 小恋子はしっかりと語ってから着席した。 最後に神崎陽一が立ち上がって、小恋子と同じような考えを述べた。 源としては少し心配になったようだが、小恋子も陽一も本気だと思ったようだ。 「おまえら大人すぎっ!!」と琢磨が源を見て叫んだ。 「ボクの場合は塾をやめることにしてたから丁度よかったんだよ。  それに、普通にアルバイトする人もいるじゃん。  だったら部活動にしちゃおうって思って、立ち上げただけだよ」 「だけど放課後に働くんだよな?」と琢磨が聞くと、「うん、そうだね、この会を終ってからなんでも屋に行って、夕食後は少しだけタクナリラボ」という源の言葉にみんなは自然に頭が下がっていた。 「確実に勤務時間が足りないから、  重役にしたって聞いたんだ。  そうすれば普通に給料を支払えるってね。  意味わかんないんけどね」 源が笑いながら言うと、みんなは、「あはははは」と愛想笑いで返した。 ここからは席の近い者同士が語り合い、その話題の中で多数決やほかの意見などが必要な時だけ声をかけて、このクラスの常識のほどなどの確認をしあった。 周りにいた学生たちは、同年代だと思えなかったようで、居場所を失くしたようにすごすごと店を出て行った。
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