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ランドマークタワーのてっぺんに、まるで帽子か傘みたいに、掛かっているのは下弦の月。
もしかしなくても。いい感じのシチュエーションなのに、どうして私は今、こうして日本のロマンチック街道(違う)もしくは百万ドルの夜景スポット(もっと違う)を鬼上司と歩いているのだろう…。
好きな人とだったら、もっとドキドキするんだろうな…。実際は「あータバコ吸いてぇ」とか横でぼやいてるヤニ切れ寸前の上司の隣ってのが、全くもっていただけない。
ちらちらと覗き見してた私の視線に、沢渡さんも気が付いてしまった。
「なんだ、何か言いたいことでもあるのか」
にやっと口角だけを上げた、意地悪な笑い方。自分をカッコいいとか、モテるとか、思っていそうなこの手の人種が、私には鳥肌モン。過去の悲惨な恋愛から脱却できていないだけだという指摘は、この際甘んじて受ける。
でも、上司だろうが、お世話になっていようが、苦手なものは苦手。これってもう、生理学的にしょうがないと思う。
だから――敢えてしてしまった。禁断の質問を。
「山崎さん――でしたっけ、初日に沢渡さんをぶったたいてた人。あの方とはどうなったんですか?」
沢渡さんの余裕ぶった表情から、一瞬笑みが消えて、素の顔になる。明らかに動揺してる。
「山内、な。…お前には関係ないだろ。気になるのか?」
すぐにまたさっきの意地悪スマイルに戻って、訂正してきた。私、地理も苦手だけど、人の名前覚えるのも苦手だった。
気になるのか?ってだから、その自信過剰質問やめてほしい。むしろ、山崎さんのその後が気になるだけで、私はこの人には、なんの興味もない。
「いえ。社内で風紀を乱すようなお付き合いはどうなのかなあ、と思っただけです」
「うちは別に、社内恋愛禁止じゃないぜ。不規則で拘束時間の多い職場だからな。異業種の奴とはなかなか付き合えない。禁止したところで、隠れてこそこそする奴が溢れて意味がないだろうからな」
ほえー、そうなんだ。知らなかった。
「でも、山内さんとは恋愛じゃなかったんですよね」
そう、あの日この人は、その酷薄そうな唇ではっきりと言った。
「俺、一瞬でもあんたに本気なことあった?」って。
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