1 こんな奴が上司とは…

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声はすぐそばにあった地下への非常階段の方から聞こえてくる。 これからお世話になる仕事場だし、人間関係も重要だし…と、つい覗きに行ってしまう。この時、変な好奇心を働かせたことを、後で悔やむことになるなんて、その瞬間の私は知らない。 地下に向かって伸びた階段の踊り場で、女の人と男の人が、相対峙してる。男の人は、こちらに背を向けてるから、顔は見えない。女の人は、お団子髪が印象的なすらっとした女性。灯りが暗くて、顔までははっきりしないけど、美人そう。立ち姿が凛としてて、自信に満ち溢れてるから。 「ふざけ…って、俺、一瞬でも、お前に本気なこと、あった? そんな風に勘違いさせるようなこと、言った覚えもないけど」 張りつめた女の人の声に対して、余りに、余りに最低な言葉と、彼女を嘲笑するような軽い声が響く。 うわ。通りすがりに聞いていた私でさえ、殴りたくなるレベルでムカついた――のだから、当事者の女性の苛立ちは、もっとだろう。 「最低!」 低いどすの聞いた声と同時に、ぴしゃっと心地いいくらいの、打擲音が響いた。 うわ、修羅場だ修羅場。 カツカツと女の人のハイヒールの音が、階段を上がって、こちらに近づいてくる。ヤバい、隠れないと。 けど、隠れる場所などなくて、うろうろしてる間に、あっけなく見つかった。 「ん?」 女の人は、こちらをじろっと見てくる。そりゃそうだ、向こうからしたら、私が不審者だ。 それにしても、後ろ姿だけで、凛とした雰囲気漂ってたけど、正面から見ると、更に美しい…。綺麗、って言葉より、美人とか美しい、って言葉がしっくりくる。 20代後半か、30代前半くらい。前髪を右寄りに流して、きっちり眉尻まで描かれたきりっとした眉。長い睫毛にぱっちりした目。唇は大きく薄くて、立ち姿だけでサマになってる。うちの社の制服着てるから、この人もスタッフさん…? 「沢渡くん。迷子いるよ、新入社員じゃない?」
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