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さっきまで修羅場演じてたとは思えないあっさりした声で、男の人の名を呼ぶ。沢渡って…電話で何度か話したことのある名前だ。横柄で投げやりな感じの受け答えする人で、ちょっと苦手だなと思ってたんだけど、まさかさっき殴られてた最低男のことじゃないよね。
「あ? そういや、まだ一人来てねえんだよ」
かったるそうに答えながら、階段を上がってくる男の人。
身長180㌢以上ありそう、高い、大きい。」
切れ長の目に、黒フレームにアンダーリムの眼鏡。ものすごいイケメン…というわけじゃないけど、迫力と言うか、オーラがある。俺様オーラ。
ダークブラウンのブレザーを、ボタンを留めないでだらしなく着てる。こんな身だしなみでいいのだろうか…。
その人は階段を上がり切ると、女性の前に突っ立ってた私に視線を落とす。
「…高校生みてぇだけど。新入社員大卒だろ? 若すぎだろ」
めちゃくちゃ低年齢に見られてる。確かに童顔だけど。体も155㎝で小さいけど。
「ち、違います! 町田雛、今日からこのホテルで働かせていただく新入社員です」
沢渡さんと、お団子頭の女性は、ぽかんとしたまま、私を見る。え、そんなに驚くこと?
じろじろと私を頭のてっぺんから、つま先まで遠慮なく眺めてから、ちらっと腕時計を見やって、沢渡さんは言った。
「遅刻じゃねーか」
「す、すみません」
「ソッコー着替えて来いっ」
「あ、あの更衣室は…」
「そこの非常口開けて、左だって、電話で言っただろ」
「…す、すみません」
「タイムカードの説明とかは後でするから、とにかく着替えて来い。ったく、覗きしてて遅刻とか、なかなかいい度胸だな、新入社員」
にやっと沢渡さんは口元だけで笑う。全然目が笑ってない黒い微笑み。
これって、目をつけられた、って言うのでは…もちろん悪い意味で。
「ち、違います! もともと、間に合いそうになかったので!」
言い訳になってない言い訳をすると、沢渡さんの眉がぴくぴく動いた。
「偉そうに言ってるんじゃねぇ! いいからとっとと着替えて来い」
「は、はいぃぃっ」
脱兎のごとく私は走って、更衣室に向かおうとしたら、すぐにまた背中に罵声が飛んで来た。
「館内は走るなっ」
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