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ノエルホテル。全国に24か所に展開するシティホテルグループ。今回私は、横浜にあるノエルホテルみなとみらい宿泊部に、配属になった。2週間の座学研修、更に1カ月のロールプレイングを中心とした接客研修を経て、今日から現場で働ける…と意気込んでやってきたはずなのに。
何故に、私はついて早々、説教食らってるんでしょうか…それも、職場で修羅場演じるような最低上司と。
「なんで遅刻した」
「道に迷いました」
「は? 駅から徒歩2分だぞ?」
「私、めちゃくちゃ方向音痴なんです。ちゃんと駅には迷う時間も含めて、20分前にはついてたんです。けど…2分もあったら、行ける方向は多岐に渡るじゃないですか」
「地図アプリとかあるだろ、どうやって迷う…」
「地図アプリなんかで見て、迷わず来られるくらいなら、方向音痴なんて言わないです。大体あれ、あと何メートル先を右折とかって、目印も何も教えてくれないし、人間歩いてて20メートル先が何処、って正確にわかりますか?」
「逆切れかよ! 大体フロントスタッフが方向音痴って…」
沢渡さんは呆れたように言って、ふうと大きくため息をついた。
沢渡駿さん。フロントマネージャー。この威圧的人がですぐ怒鳴る人が当面、私の教育係りらしい。最悪だ。
沢渡さんは、胸ポケットからボールペンを取って、何かの裏紙に地図を書き出す。
それは駅からこのホテル裏口までの最短ルートをわかりやすく書いたものだった。ちゃんと桜木町駅北改札って、改札口まで書いてくれてる。言葉使いは乱暴なのに、字もめちゃくちゃ綺麗だ…。あれ、もしかして思ったよりいい人…?
「これで明日も遅刻したら承知しないからな」
凄みを効かせて言うと、沢渡さんは私にその紙を渡した。
「は、はいっ」
緊張のせいか、返事が噛み噛みになってしまう。
もう怖い。この人苦手。
憧れのホテルマンライフ。子どもの頃からの夢が叶ったというのに、私の社会人一日目は、同僚の修羅場と、自分の遅刻で最低なスタートを切ったのだった…。
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