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チェックアウトは基本的には10時。だから、9時半を過ぎた頃から、お客様の数がどっと増える。
私はもちろん、まだ接客なんてさせてもらえないから、その様子を見てるだけ。さっき、ブレザーの前ははだけてるわ、私には怒鳴りまくるわだった沢渡さんは、フロントに立つと別人だった。
きちんとジャケットは着てるし、言葉使いも丁寧そのもの。さっき私に向けた俺様意地悪スマイルじゃなく、完璧な営業スマイル。
なんなんだ、二重人格か?
お客様が途切れた時に、ちょいちょい呼ばれて、機械の操作方法などを沢渡さんに教えてもらう。クレジットカードの時、現金の時、既に支払いがオンラインなどで決済されてる時。ケースごとにやり方も違うし、ご案内の言葉も違う。
聞く方に真剣になってたら、また怒られた。
「町田、今の俺の説明1回で覚えられたのか?」
「へ? はい、大体は…」
「じゃあ明日、やってみろ、って言ったら出来るな」
「え、えーっ、無理ですよ。忘れちゃう」
「忘れちゃう自信があるなら、メモくらい取って置け。何回も教えてやる程、俺は親切じゃねーよ」
「あ、そうですね、はい」
私はスカートのポケットからメモパッドとボールペンを取り出した。覚書を書こうとして、あれ?となった。
「あ、あれ? まずどのボタンでしたっけ…」
初っ端から既に怪しい。私の言葉に、沢渡さんの眉がぴくぴく動く。
「……今後、お前は俺の一言一句、全てメモる覚悟でいろ。物覚え悪すぎだ」
「そ、そんなぁ…」
沢渡さんは、しょうがねえなあ、とぶつぶつ言いながら、もう一度最初から操作方法を教えてくれる。今度はちゃんと初めからメモした。
「アルバイト感覚でいられちゃ困る。フロントはホテルの顔だからな」
その言葉に、俄然やる気が出てきた。
「そ、そうですよね!」
そうだった、憧れのホテルに勤務出来たんだもん、頑張らないと。――たとえ上司が鬼でも女の敵でも。
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