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全てのお客様が10時ぴったりにチェックアウトするわけではなくて、意外と過ぎて出てこられる方はいる。それに、もともとのプランでレイトアウトの方もいるので、実際にアウト業務が全て終わったのは、午前11時くらい。
「じゃあ、俺帰るわ」
パート社員の川辺さんに、沢渡さんは声を掛ける。このホテルの勤務は三交代になってるみたい。日勤が9時~18時。夕勤の人が13時から22時。そして、夜勤の人が22時~朝の11時。ただし、交代で仮眠休憩あり。
「え、もう帰るんですか?」
がみがみ言われなくて済む。というほっとした感情が、私の全面に出ていたらしい。
「町田、顔が笑ってる」
「そ、そんなことは…」
「また明日からびしばし行くから、今日俺が教えたことは、きっちりマスターしておけよ」
沢渡さんこそ、女性関係きっちり清算してくださいよ。散々叱られたうっぷん晴らしに心の中で呟く。
「なんだよ、何か言いたげだな」
「いえ、何でもないです」
きっちり釘を刺して、沢渡さんはあくびをしながら帰っていった。
肩こった。沢渡さんに教えてもらったメモは、急いで書いたから、ぐちゃぐちゃで読めないし、まとまってないし。どうせ出来る仕事なんてないから、事務所の机で、書き直してたら、誰かがそれを覗き込む。
「あら熱心ね」
川辺さんがにこにこ笑いながら言う。彼女はもう20年もこのホテルに勤めてるベテランパートさん、娘さんが私と同い年らしい。
後ろから覗き込まれてて、私は思わずメモを隠してしまう。字も汚いし、なんか恥ずかしい。
「大変でしょ、沢渡さん、厳しいから」
「厳しいですよね」
鬼ですよね、とはさすがに言えなかった。
言ってやるだけの俺親切だ、くらいの上から目線だったけど。やっぱり厳しいよね。ファミレスのバイトの時はあんなにあれこれ、事細かに注意されなかった。
「でも仕事はできる人だから」
「仕事は、ですか?」
私が繰り返すと、川辺さんはふふっと含み笑いをした。
何となく、言いたいことはわかる気がする。
プライベートは、めちゃくちゃぽいから。
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