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朝起きると、隣の布団はもぬけの殻だった。 今日は休日のため、両親のどちらかがまだ寝ていてもおかしくはない時間だったが、誰もいない。 優紫(ユウシ)はのそりと起き上がると、静かに部屋を出る。
居間へと向かう途中、大声での言い合いが聞こえてきたため予想はついていた。
―――あぁ、まただ。
子供にとって両親が不仲であること程、嫌なこともないと思う。 二人共大切だから、どちらの味方につくこともできない。 だが大抵は、些細などうでもいいことで喧嘩をしている。
「貴方が朝帰りをすると、私が用意した全てが無駄になるって分かっているの? というより、朝帰りになるような仕事じゃないわよね。 誰と会っていたのよ! やっぱり浮気でしょ!?」
「こっちはあんまり寝ていないんだから、朝からキーキー喚かないでくれ。 それに何度も言っているけど、別にやましいことなんてしていないって」
どうやら父親である一緑(イチロク)の朝帰りに、母親の美白(ミシロ)が怒っているようだった。
「質問に答えて。 私は、誰と会っていたのかって聞いているのよ!」
「別に誰だっていいだろ。 俺だってお前の交友関係、根掘り葉掘り聞いたりしないんだから」
「潔白なら答えてよって、言っているの! 家族で隠し事なんて、家庭崩壊の前触れよ!」
「大袈裟だなぁ。 夫婦だからといって、全てを曝け出す必要はないと思うぞ。 あと、俺は知っているんだからな。 俺に黙って、効果があるのかも分からない高い美顔器を買ったっていうこと」
「・・・なッ!? って、話をすり替えないでよ! 今はそんなことを言っているんじゃないの」
「だから俺は、それを指摘せず黙っていただろ。 それに、昨日帰りが遅くなるって言った時『あらそう』だけで、何も聞かなかったじゃないか。 用意が無駄になるっていうのも、結局は自分の手間の話。
何もかもが自分のこと。 本当は家族なんて、どうでもいいんじゃないのか?」
「何を言っているの! そんなはずないじゃない! 私はただ一緑さんのことを信じたいし、意見も尊重したいから・・・」
「あー、はいはい、そんな言葉は聞き飽きた」
「ちょっと、どこへ行くのよ! まだ話は終わっていないわ」
優紫は壁にもたれかかり、喧嘩が終わるまでひたすら耐えていた。 二人の言い合いを聞くと、身体がぶるぶると震え、頭の中がグニャグニャと回り出す。
9歳であるというのに、胃がキリキリと痛む程のストレスを感じるのだ。
「そう言えば、桃佳さんから手紙が来ていたぞ」
「ちょっと! 私に来た手紙を勝手に見ないでよ!」
「ほら、隠し事がどうのこうのって言っていたんじゃなかったか? 別に見る気はなかったけど、見えたんだから仕方ないだろ。 あの子は家庭を大切にしそうだし、幸せな人生を送っているんだろうなぁ。
それに青依さんも、真面目で慎重派だから家庭崩壊なんてことも起きなさそうだし」
「どうして急に、私の友達が出てくるのよ・・・」
優紫の口からは、自然と大きな溜め息が漏れた。
「昔はあんなに仲がよかったのに」
自分にしか聞こえないよう呟くと、一緑がこちらへ来る前に一人玄関のドアノブに手をかけた。
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