紫陽花の花言葉

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外は雨が降っていた。 お気に入りの傘を広げ、トボトボと道を歩いていく。 どんよりとした雲は、まるで自分の心を写しているのかのようだった。 ―――・・・どうして、涙が出てくるんだろう。 ―――ただ僕は、お父さんとお母さんに仲よくしてほしいだけなのに。 雨で濡れただけではない小さな雫が、水溜まりに落ちては消えていった。 行く当てもなく、ただ抜け殻のように歩いているうちに、優紫は緑道公園に辿り着く。 ―――ここ、紫陽花園・・・? ―――いつの間にか、こんなところまで来ちゃっていたんだ。 小学校に入る前は、よくここに遊びに来ていた。 母親である美白が紫陽花が好きで、休日は家族三人でお弁当を持参し、ピクニックに来るのが習慣になっていたからだ。 ―――お母さんのお弁当、美味しかったなぁ。 優紫は紫陽花には、特に興味はなかった。 綺麗だとは思うがそれだけだ。 家族三人でお弁当を食べ、外で遊ぶことを楽しみにしていた。 ―――・・・お母さんたちと、いつから出かけていないんだろう。 どちらか一方というのなら今でもある。 だが家族三人での機会は、最近では全くなかった。 優紫は紫陽花に近付いていく。 思い出を間近で確かめるために。 「紫陽花は危険だよ」 「え?」 振り返ると、白いワンピースを着た一人の少女が立っていた。 年は優紫よりも少し上に見える。 雨具がないため、白い紫陽花のヘアピンで留めている髪がずぶ濡れになっていた。 「傘、持っていないの?」 傘を差し出しながら近付こうとすると、少女は一歩下がって距離を取った。 「私はいつも濡れているから平気。 近付くと、君も一緒に濡れちゃうよ」 「でも、そのままだと風邪を引いちゃ・・・」 「優しいのね。 でも、私は本当に大丈夫だから。 それよりも君、もしかして泣いていたの?」 優紫はそれを聞き、慌てて顔を擦り上げる。 「ち、違う! これは、雨のせいで顔が濡れただけだよ」 別に泣いていたことを気にするつもりはないが、やはり女の子に指摘されると恥ずかしかった。 「ふーん、そう」 そっけない言葉とは裏腹に、顔を覗き込もうとしてきたため顔を背ける。 「何? 誰か来たの?」 突然、そんな二人に声がかかった。 ピチャピチャと跳ねる足音からすると、二人組だろう。 優紫がそちらへ目を向けると、青のワンピースと桃色のワンピースを着た少女が立っていた。 二人共優紫より年上、というより白い少女と同じくらいの年齢だろうか。 それよりも何より気になったのは、三人が色違いなだけで全く同じ格好をしていたところだ。 頭に付ける紫陽花のヘアピンも同じで、傘も差さず相変わらずずぶ濡れの状態だった。 ―――雨が好きな姉妹、なのかな・・・? そう推測したのだが、どうやらそれは外れていたらしい。 白の少女が優紫に説明をしてくれる。 「大丈夫、私の友達だから」 「ふーん、男の子かぁ。 初めましてだね」 桃の少女がそう言って、頭を僅かに下げる。 青の少女より、優し気な口調で丁寧な物腰だと感じた。 「あ、初めま・・・」 「雨の中、こんなところに一人でいる理由を当ててあげる。 家族、ううん、親が喧嘩をしているのが嫌で出てきたんでしょ」 青の少女が、指を突き付けながらそう宣言した。 何故それが分かったのか、という疑問もあったが、それ以上に両親の喧嘩を思い出してしまい言葉が出てこなくなる。 「・・・」 「喧嘩をするっていうことは仲がいいのか、悪いのかのどちらかよ。 まぁ、貴方が家を飛び出したっていうことは、後者なんでしょうね。   っていうことは、別れた方がお互いのためにプラスになると私は助言するわ」 あまりにもハッキリな物言いに、心臓が揺れた。 それは流石にマズいと思ったのか、桃の少女が止めに入る。 「ちょっと、青! またそれ!?」 「一度も離婚をしないで一生を終えることができる人なんて、一握りしかいないの。 ただ相性が合わなかったっていうだけよ。   我慢して、我慢して、いつか爆発して取り返しのつかないことになるくらいなら、早めに離婚した方がいいに決まっているわ」 「離婚・・・」 「青! 初めて会った子にどうしてそんなことを言うの! 僕も気にしなくていいからね。 この子、ちょっと事情があって考え方が極端で」 離婚というのは結婚とは逆。 つまり、大好きな両親が離れ離れになってしまうということだ。 9歳の優紫にそれ以上のことは分からなかったが、考えるだけで身体が震えそうになった。 「別に極端なんかじゃない! 本当のことを言っているだけじゃない」 「じっくり話し合えば、解決することの方が多いわよ! 仲直りすれば、より二人の絆が強くなることだってあるんだから!」 桃と青の少女が、まるで取っ組み合いに発展しそうな程に言い合っていた。 優紫は止めようとも思ったが、そこに割って入る程の力はない。 「その解決しようとする労力が勿体ないの。 相性が悪くて喧嘩をしているんだから、話し合いなんかで納得できるわけがない。   そんなくだらないことに時間をかけるくらいなら、新しい人を見つけて、その人と幸せになった方が絶対にいい!」 ギャーギャーと続ける二人におろおろとしていると、白の少女が優紫の背中に手を当ててきた。 「大丈夫よ。 この二人、いつものことだから」 「・・・でも、喧嘩をしているなら止めなきゃ」 「・・・本当に優しいのね」 「け、けけ、喧嘩は駄目だよ! 二人共!」 震える口をギュッと結び、二人に向かって言い放った。 若干腰が引けているのは、仕方がないところだ。 すると青の少女が、キッと睨み付けてくる。 「じゃあ、貴方はどちらの意見に賛成なの?」 「え? え、僕? 僕、は・・・」 どちら、といえば両親が別れるのか別れないのかの選択だ。 当然、優紫としては両親が離れ離れになってほしくない。 だからといっても、いつも喧嘩をしている二人を見るのも嫌だった。 「・・・優柔不断。 八方美人もいいところね」 「こら、青! 貴方は本当に口が悪過ぎるわ」 「ふん。 自分の意見もないくせに、喧嘩をただ止めようだなんて形だけよ」 そう言って、青の少女は一人背を向けた。 雨の中をスタスタと歩いていくのは、ここにいるのが嫌になったからなのだろうか。 「あ! 待ちなさいよ、青! まだ話は終わっていないんだから!」 それを桃の少女が追いかけていき、紫陽花の花畑の中へと消えていった。 二人の背中を見送ると、白の少女が小さく息をつく。 「全く・・・」 「・・・喧嘩、止められなかった」 「ううん。 止めに入った勇気があるんだから、凄いわ。 普段から仲が悪いっていうわけではないんだけどね・・・。 まぁ、それはみんな同じか。 ねぇ君、名前は何?」 「ユウシ。 まだ漢字では書けないけど、優しい紫・・・って書くみたい」 「優紫・・・。 いい名前ね。 じゃあ、優くんだ!」 白の少女はポンと手を叩くと、ニッコリと微笑んだ。 「あ、うん。 お父さんやお母さん、みんなもそう呼んでくれる」 「そうなんだね。 ねぇ、優くん。 こっちでちょっと話さない?」
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